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RESTART──先輩と後輩──
ボクはキミ。キミはボク
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「じゃあ逆に訊くけど。そういうキミこそ、一体何なの?」
と、灰色の少女はラグナに問うた。今の彼女の態度に先程までの、他人を何処までも馬鹿にし、際限なく嘲笑する悪心は何処かへと消え去り。至って真面目な、確として真摯な真剣さがその代わりと言わんばかりに収まっている。
豹変、変貌────などと、生易しい表現で済ませられるものではなく。それはもはや、こうして見ている目の前で全くの別人と入れ替わったのかと思えてしまう程。
無論、そんな常識から遠くかけ離れた現象と直に相対した者が。それ相応の動揺と混乱に見舞われるだろうことは火を見るより明らかで。
だが、しかし。
「はあ……?」
今相対しているラグナはそうではなかった。
──俺が一体何だって?……は。なんだ、そりゃ。
この現象に対してまず。ラグナが感じたのは、怒りと憤り。だがそれは決して、質問に対して質問で返されたことだけではなく。それよりももっと、実に単純明快なこと。
ずばりそれは────灰色の少女の質問自体。
「お前、俺が一体何だって訊いたな」
ラグナにとってそれはどんな質問よりもくだらない、つまらない質問。あまりにも馬鹿馬鹿しい、酷い愚問。
自分が一体何なのか。一体、どういう存在なのか。そんなことはラグナ当人が、誰よりもわかっている。一番わかり切っている。
「んなの決まってるだろーが」
故にだからこそ、ラグナは確固たる自信を以て。試す灰色の少女に対抗するよう、射抜かんばかりに彼女を真っ直ぐ睨めつけて。
「俺は」
ラグナは答えようと。
「俺、は」
答えようと────
「……俺は」
────して。
「…………俺は!」
けれど、ラグナは答えられなかった。本来ならば即答することだって、できたというのに。答えるべきことなどわかっていたというのに。そんなことはとうにわかり切っていたはずだったというのに。
だというのに、ラグナは答えられなかった。こんなくだらなくてつまらない質問に、あまりにも馬鹿馬鹿しい酷い愚問に答えることができなかった。
そんな自分の情けなさを誤魔化すようにただ叫ぶことしか、ラグナはできなかったのだ。
何故だろう。どうしてだろう。少し思い返すだけでも、そうであると自分は言えていたのに。
だというのに、それでもラグナは答えられない。ラグナは言えない。ラグナは口にできない。
『すまないが、今の君を……私はあの───────だとは思えない。認められない』
妨げられて。
『俺の知っているアンタは…… ───────は何処かに消え失せてしまったんだ』
遮られて。
『あなたはもう、───────なんかじゃない』
塞がれて。
「………………」
そうして、ラグナはもう何も言えなくなった。この自分がそうであると。他の誰でもなく、そしてどの存在でもない。そう、自分こそが───────である、とは。ラグナはもはや、こうなってしまった以上口が裂けても言えなくなってしまった。
そんなラグナのことを、敗者然としたその姿を。惨めなことこの上なく情けないその姿を晒すラグナを。灰色の少女は嘲笑しながら小馬鹿にする────ことはなく。
ただ、見ていた。その態度、その様子を一切切り替えることなく。やはりただ、見ているだけに。灰色の少女は留めていたのだ。
──……こいつ。
だがそれがより一層何よりもラグナの心を追い詰める。駆り立て、焦らせ、揺さぶる。
言葉もなく沈黙が流れる。物音もなく静寂が満ちる。その最中、二人して互いに互いを見つめ合うラグナと灰色の少女────そして。
「……、っ」
先に崩れたのは、ラグナの方だった。遂に堪えられなくなったラグナが、とうとう目を逸らし顔を伏せてしまったのだ。
……だが、それでも。
「…………」
変わらなかった。灰色の少女の様子と態度も、変わらなかった。一切、全く。僅かにも、微かにも。何もかもが変わらない。
嘲ることも、茶化すことも、馬鹿にすることもなく。無変のままに灰色の少女は、ただ。先程からずっとそうしているように、じっとラグナの顔を見つめるだけ。視線を注ぐだけに留めるだけ。
────それが一体どれ程、ラグナに敗北感を抱かせたことか。完膚なきまでの、完敗を味わわせたことか。
沈黙と静寂の最中にて。まるで針の筵に座らされたような気分に陥ったラグナは。そうして、その末に、とうとう。
「………………ょ」
長い長い沈黙を経て、遂に再度その口を開かせた。……とは言っても、ほんの僅か、微かばかりで。出した肝心の声も、消え入りそうな程に小さく、弱々しいもので。おかげさまで拾うのに多少の苦労を要した。
そしてそれは、灰色の少女もそうだったらしい。
「なに?」
全てはこの為だったのだろうか。声を潜め、口を閉ざし、黙々と粛していたのは。何よりもどんなことよりにも、この空気、この状況の為にだったのであろうか。
もはや意固地とすら思える程に静まり返り黙り込んでいた灰色の少女は、よりにもよってこの一番に。今の今まで、このまま永久永劫永遠に黙りを極め込み、その態度姿勢意志を貫き突き通すかと思われたが。しかしそれを思い切り裏切るようにして、あっさりと淡白飄々に躊躇いなく口を開かせた。
……けれど。その言葉は何処までも一途で。声音は何処までも真摯で。巫山戯など欠片程も微塵ない、至極真面目な鳴響だった。
「────」
なので、今し方目を伏せ顔を俯かせたラグナが。バッと、それこそ糸に吊られた人形の如く首を振り。眼前の少女に呆気に取られた表情を晒すことになるのはほぼほぼ、必然のこととも言えて。
一体どうして?。何故に?何で?どういう神経で?よりにもよって今そこで?────────などという、憤怒と表裏めいた混乱によって頭を滅多矢鱈に掻き回されながらに、ラグナは叫んだ。
「わかんねえよっ!わかんねえわかんねえわっっっかねぇんだよ俺だって、んなのっ!もうっ!!!」
ラグナの叫びは悲痛なものだった。切実なものだった。事実、そう叫び散らし、息を切らしながら。ラグナは────紅玉が如きその瞳から、雫を輝かせていた。
「…………これで満足か、なあ。これで満足したかよ、お前なあ」
そう言い終えるとほぼ同時に、堰を切ったように。ポロポロとラグナの瞳から涙が零れ落ちる。頬を伝い、顎先へ流れ、滴り────その様は可哀想で。酷く、とても酷く可哀想で。けれどしかし、傍目から眺めるその姿は、やはり綺麗で美しい。ラグナの涙が、ラグナの可憐な美貌を飾り、際立たせる。
もう何かもがどうでもいい。全てが全て、全部がもはやどうでもいい。そういった開き直りとも取れるラグナの言葉を受けた、灰色の少女はというと。
数秒の間が空いた。数秒の間を要して、灰色の少女は────────悪辣極まった、これ以上にないくらい邪悪な笑顔を以て、その顔を綻ばせた。
「よく言えました。ぱちぱちぱち。……ふ、ふふ。あは」
「……ッ」
戻ってきた。その瞬間、ラグナはそう思わざるを得なかった。灰色の少女はまたしても、今こうしてラグナが見ている目の前で、全くの別人から元の人間に戻ってみせたのだ。
やはり豹変変貌などとは到底済ませられない────そこはなとなく醸し出される、言い知れない不気味な悍ましさに、否応なしに息を呑むラグナ。そんなラグナのことなど意に介さず、灰色の少女が続ける。
「素直なのは良いことだよ可愛いし。だったらまあ、まだ我慢できる。……っと、危ない危ない話が逸れるところだった。それじゃあその素直さに免じて、ボクも素直に教えてあげる。わからないキミの代わりに、ボクが答えてあげる」
と、そこで灰色の少女は一旦言葉を区切り。勿体ぶるように溜める────ことなどせずに。
「キミはボクで、ボクはキミだよ」
そう、あっさりと言った。言って、有無を言わせず灰色の少女はラグナとの距離を詰めた。
互いの鼻先が触れ合う程の至近距離で。灰色の少女はラグナの顔から視線を離さず、逸らさずに。
「その身に世界の杯を抱く存在」
言う。まるで謳うかのように、そう言う。
「その胎に創世の種を宿す存在」
もはやどうすればいいのか、どうしたらいいのか。皆目見当、まるでわからないでいるラグナのことなど他所に。灰色の少女が続ける。
「十代目の器。十個目の世杯。さあ、そろそろ現実に帰る時間だね」
「違、う…………ッ」
そうして。ようやっと、ラグナの意識は現実へ引き戻された。
と、灰色の少女はラグナに問うた。今の彼女の態度に先程までの、他人を何処までも馬鹿にし、際限なく嘲笑する悪心は何処かへと消え去り。至って真面目な、確として真摯な真剣さがその代わりと言わんばかりに収まっている。
豹変、変貌────などと、生易しい表現で済ませられるものではなく。それはもはや、こうして見ている目の前で全くの別人と入れ替わったのかと思えてしまう程。
無論、そんな常識から遠くかけ離れた現象と直に相対した者が。それ相応の動揺と混乱に見舞われるだろうことは火を見るより明らかで。
だが、しかし。
「はあ……?」
今相対しているラグナはそうではなかった。
──俺が一体何だって?……は。なんだ、そりゃ。
この現象に対してまず。ラグナが感じたのは、怒りと憤り。だがそれは決して、質問に対して質問で返されたことだけではなく。それよりももっと、実に単純明快なこと。
ずばりそれは────灰色の少女の質問自体。
「お前、俺が一体何だって訊いたな」
ラグナにとってそれはどんな質問よりもくだらない、つまらない質問。あまりにも馬鹿馬鹿しい、酷い愚問。
自分が一体何なのか。一体、どういう存在なのか。そんなことはラグナ当人が、誰よりもわかっている。一番わかり切っている。
「んなの決まってるだろーが」
故にだからこそ、ラグナは確固たる自信を以て。試す灰色の少女に対抗するよう、射抜かんばかりに彼女を真っ直ぐ睨めつけて。
「俺は」
ラグナは答えようと。
「俺、は」
答えようと────
「……俺は」
────して。
「…………俺は!」
けれど、ラグナは答えられなかった。本来ならば即答することだって、できたというのに。答えるべきことなどわかっていたというのに。そんなことはとうにわかり切っていたはずだったというのに。
だというのに、ラグナは答えられなかった。こんなくだらなくてつまらない質問に、あまりにも馬鹿馬鹿しい酷い愚問に答えることができなかった。
そんな自分の情けなさを誤魔化すようにただ叫ぶことしか、ラグナはできなかったのだ。
何故だろう。どうしてだろう。少し思い返すだけでも、そうであると自分は言えていたのに。
だというのに、それでもラグナは答えられない。ラグナは言えない。ラグナは口にできない。
『すまないが、今の君を……私はあの───────だとは思えない。認められない』
妨げられて。
『俺の知っているアンタは…… ───────は何処かに消え失せてしまったんだ』
遮られて。
『あなたはもう、───────なんかじゃない』
塞がれて。
「………………」
そうして、ラグナはもう何も言えなくなった。この自分がそうであると。他の誰でもなく、そしてどの存在でもない。そう、自分こそが───────である、とは。ラグナはもはや、こうなってしまった以上口が裂けても言えなくなってしまった。
そんなラグナのことを、敗者然としたその姿を。惨めなことこの上なく情けないその姿を晒すラグナを。灰色の少女は嘲笑しながら小馬鹿にする────ことはなく。
ただ、見ていた。その態度、その様子を一切切り替えることなく。やはりただ、見ているだけに。灰色の少女は留めていたのだ。
──……こいつ。
だがそれがより一層何よりもラグナの心を追い詰める。駆り立て、焦らせ、揺さぶる。
言葉もなく沈黙が流れる。物音もなく静寂が満ちる。その最中、二人して互いに互いを見つめ合うラグナと灰色の少女────そして。
「……、っ」
先に崩れたのは、ラグナの方だった。遂に堪えられなくなったラグナが、とうとう目を逸らし顔を伏せてしまったのだ。
……だが、それでも。
「…………」
変わらなかった。灰色の少女の様子と態度も、変わらなかった。一切、全く。僅かにも、微かにも。何もかもが変わらない。
嘲ることも、茶化すことも、馬鹿にすることもなく。無変のままに灰色の少女は、ただ。先程からずっとそうしているように、じっとラグナの顔を見つめるだけ。視線を注ぐだけに留めるだけ。
────それが一体どれ程、ラグナに敗北感を抱かせたことか。完膚なきまでの、完敗を味わわせたことか。
沈黙と静寂の最中にて。まるで針の筵に座らされたような気分に陥ったラグナは。そうして、その末に、とうとう。
「………………ょ」
長い長い沈黙を経て、遂に再度その口を開かせた。……とは言っても、ほんの僅か、微かばかりで。出した肝心の声も、消え入りそうな程に小さく、弱々しいもので。おかげさまで拾うのに多少の苦労を要した。
そしてそれは、灰色の少女もそうだったらしい。
「なに?」
全てはこの為だったのだろうか。声を潜め、口を閉ざし、黙々と粛していたのは。何よりもどんなことよりにも、この空気、この状況の為にだったのであろうか。
もはや意固地とすら思える程に静まり返り黙り込んでいた灰色の少女は、よりにもよってこの一番に。今の今まで、このまま永久永劫永遠に黙りを極め込み、その態度姿勢意志を貫き突き通すかと思われたが。しかしそれを思い切り裏切るようにして、あっさりと淡白飄々に躊躇いなく口を開かせた。
……けれど。その言葉は何処までも一途で。声音は何処までも真摯で。巫山戯など欠片程も微塵ない、至極真面目な鳴響だった。
「────」
なので、今し方目を伏せ顔を俯かせたラグナが。バッと、それこそ糸に吊られた人形の如く首を振り。眼前の少女に呆気に取られた表情を晒すことになるのはほぼほぼ、必然のこととも言えて。
一体どうして?。何故に?何で?どういう神経で?よりにもよって今そこで?────────などという、憤怒と表裏めいた混乱によって頭を滅多矢鱈に掻き回されながらに、ラグナは叫んだ。
「わかんねえよっ!わかんねえわかんねえわっっっかねぇんだよ俺だって、んなのっ!もうっ!!!」
ラグナの叫びは悲痛なものだった。切実なものだった。事実、そう叫び散らし、息を切らしながら。ラグナは────紅玉が如きその瞳から、雫を輝かせていた。
「…………これで満足か、なあ。これで満足したかよ、お前なあ」
そう言い終えるとほぼ同時に、堰を切ったように。ポロポロとラグナの瞳から涙が零れ落ちる。頬を伝い、顎先へ流れ、滴り────その様は可哀想で。酷く、とても酷く可哀想で。けれどしかし、傍目から眺めるその姿は、やはり綺麗で美しい。ラグナの涙が、ラグナの可憐な美貌を飾り、際立たせる。
もう何かもがどうでもいい。全てが全て、全部がもはやどうでもいい。そういった開き直りとも取れるラグナの言葉を受けた、灰色の少女はというと。
数秒の間が空いた。数秒の間を要して、灰色の少女は────────悪辣極まった、これ以上にないくらい邪悪な笑顔を以て、その顔を綻ばせた。
「よく言えました。ぱちぱちぱち。……ふ、ふふ。あは」
「……ッ」
戻ってきた。その瞬間、ラグナはそう思わざるを得なかった。灰色の少女はまたしても、今こうしてラグナが見ている目の前で、全くの別人から元の人間に戻ってみせたのだ。
やはり豹変変貌などとは到底済ませられない────そこはなとなく醸し出される、言い知れない不気味な悍ましさに、否応なしに息を呑むラグナ。そんなラグナのことなど意に介さず、灰色の少女が続ける。
「素直なのは良いことだよ可愛いし。だったらまあ、まだ我慢できる。……っと、危ない危ない話が逸れるところだった。それじゃあその素直さに免じて、ボクも素直に教えてあげる。わからないキミの代わりに、ボクが答えてあげる」
と、そこで灰色の少女は一旦言葉を区切り。勿体ぶるように溜める────ことなどせずに。
「キミはボクで、ボクはキミだよ」
そう、あっさりと言った。言って、有無を言わせず灰色の少女はラグナとの距離を詰めた。
互いの鼻先が触れ合う程の至近距離で。灰色の少女はラグナの顔から視線を離さず、逸らさずに。
「その身に世界の杯を抱く存在」
言う。まるで謳うかのように、そう言う。
「その胎に創世の種を宿す存在」
もはやどうすればいいのか、どうしたらいいのか。皆目見当、まるでわからないでいるラグナのことなど他所に。灰色の少女が続ける。
「十代目の器。十個目の世杯。さあ、そろそろ現実に帰る時間だね」
「違、う…………ッ」
そうして。ようやっと、ラグナの意識は現実へ引き戻された。
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