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RESTART──先輩と後輩──
残響、羅列、そして(前編)
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別に思わなかった訳ではない。こうなるだろうと、想定していなかったはずもない。こんな状況にすぐさま出会すだろうことは、目に見えていた。
だが、無意識の内に遠去けていた。敢えて考えないようにしていた。
『今の先輩が僕の為に、一体何ができるっていうんですか。……僕の知っているラグナ先輩じゃない、今のあなたなんかが』
その言葉が忘れられなくて。
『僕の知っているラグナ先輩じゃない、今のあなたなんかが』
その言葉を忘れられなくて。
『今のあなたなんかが』
どうしても、忘れられなくて。
だから遠去けた。だから考えなかった。見えない振りをして、誤魔化して、偽って。
そうでもしなければ、堪えられなかった。辛くて辛くて辛くて、どうにかなりそうで。でもやっぱり、既のところでどうにかなることもできなくて。結果、余計に苦しむことになった。
しかし、時として現実は何処までも冷徹で、残酷で。
そして運命はただひたすらに、意地が悪い。
「…………な」
そのことをラグナは身を以て知っていた。とっくのとうの昔に、嫌と言う程散々なまでに。
「────」
それを今、こんな形で。あんまりにもあんまりな形で、改めて思い知らされた。
『大翼の不死鳥』の大扉の向こうに立っていた者は、中に入ろうとはせずに。心底驚かされたように目を見開き、ただその場に立ち尽くす。その様子は予想外、想定外のことが己の目の前で起こっていて、その現実を前に思考が上手く回らず、確かな事実を受け止めることもできず。
結果、どうすることもできないままにその場に立ち尽くすことしかできないでいる────それは誰の目から見ても明白で、そうであると他者が理解するのは容易のことだった。
広間に────否、二人の間に沈黙が漂う。まるで鉛のように重く、微かに息をするのも憚れる程に気まずい。その沈黙は数秒続いて、だがそれを先に破ったのは────
「クラ、ハ……」
────ラグナであった。今にも消え入りそうな、小さく掠れた声で、ラグナはその名を呟いたのだ。
そう、大扉の向こうで立ち尽くしていたのは他の誰でもない、クラハ。クラハ=ウインドア本人。彼は今、こんな早朝から『大翼の不死鳥』に訪れていた。
「え、えっちょっ!?お、おまっ!クラハ!?こんな朝早く、何で…………あっ」
そもそも誰かが来ることはないと思っていた時間帯に、まさかの人物の到来。そして油断にも似た安堵を抱き、幾分か気を抜いてしまっていたラグナ。
時と場の状況とラグナの心理状態────不幸な偶然が上手い具合に重なったその結果が、ラグナの平常心を容易く掻き乱し、大いに揺さぶる。
動揺を隠せず、慌てながらも噛みながらも、どうにかこうにか。一生懸命に言葉を紡ごうとするラグナであったが。しかしその途中で、ハッと気づく。気づいてしまう。
今の自分の装いに。今、自分がどんな格好をして、それを一体誰の目の前に晒しているのか────ということに。
「あ、ああっ……違っ、これはっ、違くて!いや別に違わない、んだけどっ!」
瞬間、全身のありとあらゆる血が。上に、首に、頬に────顔に集中するのを。敏感に、否応にもラグナは感じ取る。
鏡を見ずともわかる。今、自分の顔がどうなっているのか。この今にでも激しく燃え出し炎上してしまいそうになる程の熱が、それを如実に教えてくれる。
ものの数秒足らずで完熟し切った紅檎実も遠く及ばない程までに、真っ赤に染め上がっているのだろうということを。
──ああクソッ!何だってこんなことに……!
さながら負け惜しみをするかの如く、ラグナはそう心の中で悪態をつかずにはいられない。
……元々、抵抗がない訳ではなかった。そもそも恥ずかしくない訳がなかった。……だが、受付嬢として働くことになったからには。
自ずと『大翼の不死鳥』の面々に。この情けなくて恥ずかしい姿を晒すことになるのは、避けようのない必然であるということくらい、ラグナにだってわかっていた。とっくにわかり切っていたことだった。
確かに嫌だ。恥ずかしい。とんでもなく、それこそ死んだ方が一層マシと思えるくらいに嫌で、どうしようもなく恥ずかしい。
でも、もうこればかりは仕方のないことというか、もはやどうにもならないし、どうすることもできないし────そう己を無理矢理に納得させた上で、ラグナはこの選択を取り、受付嬢の制服に袖を通したのである。
それにまあ、ある一人の者を除けば、まだ。『大翼の不死鳥』の冒険者たちに見られるのも、ロックスやグィンに見られるのもまだ我慢できる。なんとか、どうにか我慢できる。
そして除いたその一人の者に、こんな格好の姿を見られてしまったとしても。事前に他に見られて、それでも我慢して、そうやって慣れておけば。たぶん、平気だった。平然としていられたはずだった。
けれど、数々の不幸な偶然が積み重なった結果が齎した今であるが。その中でも特に、これはとびきりのぶっちぎり。
メルネや他の受付嬢はこの際さて置き。皆目一番、最初の目撃者となったのが。他の冒険者でもロックスでもグィンでもなく。よりにもよって、クラハ。クラハ=ウインドア。
この覆しようのない事実が、歴とした確かな現実が。ラグナに与えてみせた精神的ダメージは強烈無比にして到底計り知れず。
「あぅぅ……ぅぁぁぁぁ…………っ!!」
耐性を身に付ける前に、当然クラハに見られる覚悟も勇気もなかったラグナはただただ悶え、そしてひたすらに身悶え。
──マジ、もう、無理ぃ……っ!
その末にとうとう堪え切れなくなってしまい、遂にラグナは耳も頬も、全部が全部余さず残さず真っ赤に染まったその顔を伏せた。
もはや羞恥心丸出しの今のラグナに、ろくな言い訳もまともな弁明も、その何一つとしてできる道理などまるでなく。それでも唯一できたことといえば。
メルネ=クリスタ考案(なお本人は着ていない)『|大翼の不死鳥(フェニシオン)』受付嬢の制服の、露出上等絶対領域万歳な破廉恥ミニスカートの丈をいじらしく、手で引っ張り押さえ。事故同然に直面してしまったこの事態を前に、今すぐにでも両の目端から溢れそうになっている雫を堪え、不憫にも辛抱強く堪え忍ぶことくらいだった。
解決する目処も立たなければ、良かれ悪かれ何かしら一転する気配ですら皆無なその状況の最中。然れど時間は一秒一秒、こうしている間にも刻一刻と構わず進んでいく────瞬間。
──……?
どうすることもできないでいたラグナがふと気づく。この状況になってから、少なくとも数分が過ぎた。
だというのに、静かだ。あまりにも静か過ぎる────否、いつまで経っても反応がない。
「クラハ……?」
ラグナが知る限り、こんな状況は予想も想定もできない人間だ。そう、こんな状況にいざ直面したのなら、まず間違いなく────
『ど、どうしたんですか!?なな、何でそんな格好してるんですっ!?』
────というような、そんな風な台詞を言うはずだ。ラグナが知る、クラハ=ウインドアという人物であれば。
そのことに気づき、奇妙に思えるくらいに。そして時間が多少過ぎたこともあって。僅かばかりの余裕をなんだかんだ取り戻していたラグナは。訝しげな声音で名を呼びかけながら、伏せた未だに赤い顔をゆっくりと上げる────────そうして初めて、ラグナは気づけた。
「違う、違う……僕、僕じゃない……僕があんなこと……僕はこんなこと……違う違う違う違う……ぐ、く、ぁぁああ…………あ゛、あ゛あ゛ッ!」
その有様に、ようやっと気づくことができた。
だが、無意識の内に遠去けていた。敢えて考えないようにしていた。
『今の先輩が僕の為に、一体何ができるっていうんですか。……僕の知っているラグナ先輩じゃない、今のあなたなんかが』
その言葉が忘れられなくて。
『僕の知っているラグナ先輩じゃない、今のあなたなんかが』
その言葉を忘れられなくて。
『今のあなたなんかが』
どうしても、忘れられなくて。
だから遠去けた。だから考えなかった。見えない振りをして、誤魔化して、偽って。
そうでもしなければ、堪えられなかった。辛くて辛くて辛くて、どうにかなりそうで。でもやっぱり、既のところでどうにかなることもできなくて。結果、余計に苦しむことになった。
しかし、時として現実は何処までも冷徹で、残酷で。
そして運命はただひたすらに、意地が悪い。
「…………な」
そのことをラグナは身を以て知っていた。とっくのとうの昔に、嫌と言う程散々なまでに。
「────」
それを今、こんな形で。あんまりにもあんまりな形で、改めて思い知らされた。
『大翼の不死鳥』の大扉の向こうに立っていた者は、中に入ろうとはせずに。心底驚かされたように目を見開き、ただその場に立ち尽くす。その様子は予想外、想定外のことが己の目の前で起こっていて、その現実を前に思考が上手く回らず、確かな事実を受け止めることもできず。
結果、どうすることもできないままにその場に立ち尽くすことしかできないでいる────それは誰の目から見ても明白で、そうであると他者が理解するのは容易のことだった。
広間に────否、二人の間に沈黙が漂う。まるで鉛のように重く、微かに息をするのも憚れる程に気まずい。その沈黙は数秒続いて、だがそれを先に破ったのは────
「クラ、ハ……」
────ラグナであった。今にも消え入りそうな、小さく掠れた声で、ラグナはその名を呟いたのだ。
そう、大扉の向こうで立ち尽くしていたのは他の誰でもない、クラハ。クラハ=ウインドア本人。彼は今、こんな早朝から『大翼の不死鳥』に訪れていた。
「え、えっちょっ!?お、おまっ!クラハ!?こんな朝早く、何で…………あっ」
そもそも誰かが来ることはないと思っていた時間帯に、まさかの人物の到来。そして油断にも似た安堵を抱き、幾分か気を抜いてしまっていたラグナ。
時と場の状況とラグナの心理状態────不幸な偶然が上手い具合に重なったその結果が、ラグナの平常心を容易く掻き乱し、大いに揺さぶる。
動揺を隠せず、慌てながらも噛みながらも、どうにかこうにか。一生懸命に言葉を紡ごうとするラグナであったが。しかしその途中で、ハッと気づく。気づいてしまう。
今の自分の装いに。今、自分がどんな格好をして、それを一体誰の目の前に晒しているのか────ということに。
「あ、ああっ……違っ、これはっ、違くて!いや別に違わない、んだけどっ!」
瞬間、全身のありとあらゆる血が。上に、首に、頬に────顔に集中するのを。敏感に、否応にもラグナは感じ取る。
鏡を見ずともわかる。今、自分の顔がどうなっているのか。この今にでも激しく燃え出し炎上してしまいそうになる程の熱が、それを如実に教えてくれる。
ものの数秒足らずで完熟し切った紅檎実も遠く及ばない程までに、真っ赤に染め上がっているのだろうということを。
──ああクソッ!何だってこんなことに……!
さながら負け惜しみをするかの如く、ラグナはそう心の中で悪態をつかずにはいられない。
……元々、抵抗がない訳ではなかった。そもそも恥ずかしくない訳がなかった。……だが、受付嬢として働くことになったからには。
自ずと『大翼の不死鳥』の面々に。この情けなくて恥ずかしい姿を晒すことになるのは、避けようのない必然であるということくらい、ラグナにだってわかっていた。とっくにわかり切っていたことだった。
確かに嫌だ。恥ずかしい。とんでもなく、それこそ死んだ方が一層マシと思えるくらいに嫌で、どうしようもなく恥ずかしい。
でも、もうこればかりは仕方のないことというか、もはやどうにもならないし、どうすることもできないし────そう己を無理矢理に納得させた上で、ラグナはこの選択を取り、受付嬢の制服に袖を通したのである。
それにまあ、ある一人の者を除けば、まだ。『大翼の不死鳥』の冒険者たちに見られるのも、ロックスやグィンに見られるのもまだ我慢できる。なんとか、どうにか我慢できる。
そして除いたその一人の者に、こんな格好の姿を見られてしまったとしても。事前に他に見られて、それでも我慢して、そうやって慣れておけば。たぶん、平気だった。平然としていられたはずだった。
けれど、数々の不幸な偶然が積み重なった結果が齎した今であるが。その中でも特に、これはとびきりのぶっちぎり。
メルネや他の受付嬢はこの際さて置き。皆目一番、最初の目撃者となったのが。他の冒険者でもロックスでもグィンでもなく。よりにもよって、クラハ。クラハ=ウインドア。
この覆しようのない事実が、歴とした確かな現実が。ラグナに与えてみせた精神的ダメージは強烈無比にして到底計り知れず。
「あぅぅ……ぅぁぁぁぁ…………っ!!」
耐性を身に付ける前に、当然クラハに見られる覚悟も勇気もなかったラグナはただただ悶え、そしてひたすらに身悶え。
──マジ、もう、無理ぃ……っ!
その末にとうとう堪え切れなくなってしまい、遂にラグナは耳も頬も、全部が全部余さず残さず真っ赤に染まったその顔を伏せた。
もはや羞恥心丸出しの今のラグナに、ろくな言い訳もまともな弁明も、その何一つとしてできる道理などまるでなく。それでも唯一できたことといえば。
メルネ=クリスタ考案(なお本人は着ていない)『|大翼の不死鳥(フェニシオン)』受付嬢の制服の、露出上等絶対領域万歳な破廉恥ミニスカートの丈をいじらしく、手で引っ張り押さえ。事故同然に直面してしまったこの事態を前に、今すぐにでも両の目端から溢れそうになっている雫を堪え、不憫にも辛抱強く堪え忍ぶことくらいだった。
解決する目処も立たなければ、良かれ悪かれ何かしら一転する気配ですら皆無なその状況の最中。然れど時間は一秒一秒、こうしている間にも刻一刻と構わず進んでいく────瞬間。
──……?
どうすることもできないでいたラグナがふと気づく。この状況になってから、少なくとも数分が過ぎた。
だというのに、静かだ。あまりにも静か過ぎる────否、いつまで経っても反応がない。
「クラハ……?」
ラグナが知る限り、こんな状況は予想も想定もできない人間だ。そう、こんな状況にいざ直面したのなら、まず間違いなく────
『ど、どうしたんですか!?なな、何でそんな格好してるんですっ!?』
────というような、そんな風な台詞を言うはずだ。ラグナが知る、クラハ=ウインドアという人物であれば。
そのことに気づき、奇妙に思えるくらいに。そして時間が多少過ぎたこともあって。僅かばかりの余裕をなんだかんだ取り戻していたラグナは。訝しげな声音で名を呼びかけながら、伏せた未だに赤い顔をゆっくりと上げる────────そうして初めて、ラグナは気づけた。
「違う、違う……僕、僕じゃない……僕があんなこと……僕はこんなこと……違う違う違う違う……ぐ、く、ぁぁああ…………あ゛、あ゛あ゛ッ!」
その有様に、ようやっと気づくことができた。
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