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RESTART──先輩と後輩──

殺意に飢える(その三)

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 一体どれ程の間、僕は慟哭していたのだろう。一体どれ程の間、僕はこの上なく惨めで無様な姿を晒していたのだろう。少なくとも、もう嗄れた呻き声一つすら出せないくらいには、僕はずっとそうしていた。

 呆然とそんなことを考えながら、ラグナ先輩を抱き抱えたまま。僕はその場からゆっくりと立ち上がり、そして歩き出した。先輩を連れて、行く当てもなく、どこを目指す訳でもなく。

 僕は歩いた。歩いて、歩いて歩いて歩いて。ラグナ先輩のことを抱き締め、抱き抱えて。そしてずっと、歩き続けた。

 けれど、どれだけ歩こうが。どれだけ先に進もうが、僕と先輩はこの森を抜けることができないでいた。延々と、いつまで経っても。永遠、と。

 だがそれでも僕は足を止めることなく、歩いた。進んだ。鉛のように重たい身体を引き摺るようにして、羽のように軽い先輩の身体を抱えて。

 ──……ああ、そうか。

 そんな時、僕はふと気づいた。きっとこれは、罰なんだと。天が、神が。僕に下した、罪に対する罰なのだと。

 自分の大事で大切な存在ひとを、自分の手で殺めた罪。永久不変の憧れを、自ら打ち砕き壊した罪。

 それは決して許される罪ではない。それは絶対に赦される罪ではない。そう、死を以て贖うことすらもできない、あまりにも重い大罪。

 だから、こんな罰が僕に下されたのだろう。大罪を犯した咎人の僕は、己が罪を文字通りこの腕に抱いて、堪え難い苦しみの真っ只中に立たされながら、歩かされ続ける。終わりのない道を、僕は終わりなく進まされる────それが、僕に下された罰。

 ──でも、それでも僕は許されない。絶対に赦されない。僕の罪はそれ程に、それ程のものなんだ……。

 そうして、僕は歩き続ける。果てしない後悔と絶望を背負い、こんな過ちを犯した己を呪い、忌み続けながら──────────










「いやいやいぃーやぁ?別にその必要はないよ?」

 突如、僕のすぐ横で。そんな調子の軽い、実にお気楽そうな声がした。

「え」

 トッ──その声に僕が気を取られた直後、足が何かに引っかかり。結果躓いた僕は、そのまま体勢を崩し、突っ込むようにして前のめりに転んでしまった。

「ぐあっ……!」

 そして抱き抱えていたラグナ先輩も放り捨てるように手離してしまって。僕の視界の先で、先輩が地面に落下し転がる光景が飛び込んでくる。それを目の当たりにした僕は、全身から血の気が一気に引くのを感じながら、慌てて地面から立ち上がった。

「せ、先輩ッ!ラグナ先輩すみませんッ!」

 そう謝りながら、僕は急いで先輩の元にまで駆け寄って。顔や腕に付いた土を払い落とし、まるで割れ物を扱うように慎重に、そっと地面から抱き起こした。

「あはははっ。いつ見ても面白いよねェ、この瞬間。いやあ……実に面白い!こうして何回何十回繰り返して、こうやって何度も何度も目にしてきた訳だけど……全然、ボクは全ッ然飽きないよお」

 ラグナ先輩の身体を抱き締める僕の背後で、先程も聞いた声が響く。……耳にしていて、神経を無遠慮に逆撫でられる、嫌に耳障りで────こちらに言い知れない不安を抱かせる、そんな雰囲気を醸す声音だった。

 その声の主は一体誰なのかと、その姿を確かめようと。先輩を抱き締めたまま、僕は背後を振り返った。

 僕の背後に立っていたのは、女性だった。服────というよりは辛うじてそう見えるだけの、白い一枚布をその身に纏う、透き通るような灰色の髪と、それと全く同じ色を宿した瞳を持つ、一人の女性がそこのは立っていた。

 今し方、面白いと言った通り。その表情に愉快そうな、楽しそうな笑顔を浮かべているその女性に。僕は呆気に取られ、呆然としながらも訊ねる。

「……貴女、は……?」

 するとその女性は一切表情を変えることなく、そしてさっきと全く同じ、聞いていて不快になる明るげな声音で、依然こちらを小馬鹿にするような調子で僕にこう言う。

「そんなことよりもさぁさぁ、さっきも言った通り別にキミはそうやってする必要はないんだぁよねェ。そう、そうやって泣いたり嘆いたり、後悔したり絶望したり……そんなどうしようもなくつまらなくてくだらなくて、馬鹿丸出しな真似なんて、する必要がない」

 女性の言葉はまるで意味不明だった。理解しようにも、元よりこちらに全く理解させる気のない内容だった。当然、全く見当違いの答えを聞かされた僕は、ただ混乱し、ただただ困惑する他しかなかった。

 そんな僕に対して、女性は。別にそう大したことではないように、まるで日常会話の一つだとでも言わんばかりの軽さとお気楽さで。なおもこう続ける。

「だってだってね?ボク、言っちゃう。キミにぶっちゃけちゃうんだけどォ……。キぃーミっ!あははははっ!」

「…………は……?」

 その女性の言葉が、僕の思考を完全に停止させるのには十分なものだった。十分過ぎるものだった。



 まともに考えることができなくなった頭で、然れど僕はなんとか、女性の言葉を反芻させることで。止まってしまった思考をどうにか、無理矢理に動かす。

 これが最初の一回目ではない────果たしてその言葉が意味することは。その答えを求め、壊れかけている頭の中に、歪になりつつある思考を巡らし。瞬間、僕の脳裏に。





『どうして、俺を殺したんだ?……クラハ』





 唐突に、その言葉が響き渡った。瞬く間に自分の全身から血が引いていく感覚を如実に享受しながら、極度の悪寒に包み込まれた僕は恐る恐る、ぎこちなく口を開く。

「……じゃ、あ……なんです、か。貴女、貴女が言いたい、ことは」

 呂律が回らない。まるでどうするのかを忘れてしまったかのように、僕の喋り方は拙く。しかし、それでも目の前に立つ透き通った灰色の女性は黙って、依然として貼り付けたような笑顔を浮かべたまま、僕の言葉に対して耳を傾けており。だから、僕はどうにかして言葉を続ける。

「つまり……僕は、僕が」

 そうして、今の今まで些細な言葉ですら口から出すのに梃子てこって僕であったが。次の瞬間、それがまるで嘘だったかのように────────





。……そういうこと、なんですか?」





 ────────という、恐らく核心を突いた言葉だけはするりと、自分でも気づかない内に口から滑り出ていた。

 そして、そんな僕の言葉を聞いた女性は、さも当然かのように。至極当然のことのように、いかにも作り物めいた欺瞞の薄ら笑みをその顔に貼り付けたまま、平然と答える。

「うん、そうだよ。実に呆気なく、とんでもなく平凡で、当たり前な結論……退屈極まりないよねェ」

「……ふざ、けるな。ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなッ!!」

 女性の言葉に対して、僕は叫ばずにはいられなかった。とてもではないが、冷静なんかではいられなかった。しかし、この僕の反応は当然のことだろう。

「どうして、なんで僕がラグナ先輩をこの手にかけなきゃいけないんです……?どうしてなんだって僕は先輩を殺してるんですッ!?僕はそんなこと一度たりとだって思ったことはない!そんなこと、僕が思うはずがないでしょうッ!?」

 それは、理性を働かせないで口から出た言葉。それは間違いない。何の装飾も着飾りもしていない、僕の心の奥底から転び出た本音であることを、僕は確信していた。

 が、僕の嘘偽りの言葉に。間違いのない本音に。女性は────おかしくて堪らなそうに、ころころと笑ってみせた。そして、彼女はこう言う。

「あっは!あっははははっ!え?何?なぁに、それぇ?本気で言ってる?もしかして、もぉしかしてキミ、本気でそう言ってるの?だとしたら、さあ……面白っ!面白過ぎキミぃ!あははっ!」

「はあ……ッ!?」

 遠慮なく、そして容赦なく。大いに女性は僕のことを笑い、嘲った。僕も、人にここまで馬鹿にされたのは生まれて初めてのことで、流石に頭に血が徐々に昇っていくのを抑えられないでいた。だがそれでも、僕ははっきりと。突きつけるみたいに女性に言い放つ。

「本気も何も僕はただ事実を言っているだけのことだ!ああ、断言してやる!僕はラグナ先輩に殺意を向けたことなんてないし、先輩に対して殺意を抱いたことだってないッ!」

 言い終え、息を荒げ肩を小さく上下させる僕に。女性は未だ微かに笑いを漏らしながらも、こう言ってくる。

「確かに、確かにねェ。うんうん。そうだよ、そうだとも。キミは尊敬し敬愛しているラグナ先輩には殺意なんて物騒極まりないもの、向けたことも抱いたこともないよ。そのことはボクも保証するし」

「…………え?」

 一体僕の何を知って、何を根拠にそう言っているのだろうか。あまりにも予想だにしていなかったその言葉に、堪らず面食らう僕を他所に。女性はさらに続ける。

「でもね?それはあくまでもラグナ先輩に対してって話でしょォ?キミの腕のそれ……

 ……今さっきと違って、僕は声すら出せなかった。まるで背中に極太の氷柱つららを思い切り突き立てられたかのような、そんな悪寒に全身が硬直し、またしても思考を停止させられていた。

 そんな僕の様子などに構うことなく、全く気にも留めず女性は言葉を続ける。

「ていうかさあ、キミ自分で認めてたことだよね?キミ自分でそう言ってたよね?ね?」

 女性の言葉によって、僕の心の中で自分の言葉が響く。



『僕の知っているラグナ先輩じゃない、今のなんかが』



 そしてそれを目敏く気づいたらしい女性は、先程からも、今こうしている間も浮かべている薄ら笑みを────まるで満開に咲き誇る大輪の花が如く、満面の笑顔にして僕にこう言った。

「ほぉうら、ね」

 ……もはや何も言えなくなった僕は、未だこの腕に抱いている少女を見た。その身体も血も、何もかもが冷たくなった少女の亡骸を、僕は見やった。

 ──……ああ、そうだ。そうだった。そうだったじゃないか。

 僕は馬鹿だ。今さら気づいた僕は、大馬鹿野郎だ。女性の言う通りだ。全部、その通りだ。

 。僕の知っている、ラグナ先輩じゃない。たかがナイフ一本で死んでしまった、こんなにも弱くてか弱い女の子が、。そんなこと、子供にだってわかるような、簡単で単純なことだった



 ──違う。そんなことない──



 ……不意に、頭の中で声が響いた。……気がした。何故だろう、少し頭痛がする。

 だが今はそんなことどうでもいい。重要なことなんかじゃない。

 僕はそんな簡単で単純なそれが、わからないでいた。理解できていないでいた。こともあろうに、ラグナ先輩の後輩である僕がだ。自分が堪らなくどうしようもない程に情けない存在だと思った。そう思いながらも、しかし。

「……僕がこの子を……殺した、のは。こんな可憐で、美麗で、綺麗な女の子を僕が殺したのは……これで最初ではない、と。一回目ではないと……そう、貴女は言いました」

 それだけは否定したかった。どちらにせよ、僕は人間として犯してはならない過ちを犯した。けれど、それだけはどうしても否定せずにはいられなかった。

 胸に大穴が穿たれたような、心の中が空っぽになったような虚無感に苛まれつつも、僕は俯きながら女性に言った。

「人は必ず一度、死ぬ。一度死んでしまえば、そこで終わりです……確かに僕は、この子を、殺した。一本のナイフを胸に突き立てて殺してしまった。それは、否定しませんよ」

 そこで僕は俯かせていた顔をバッと上げ、女性を真っ直ぐに見据えながら、彼女に己の言葉を叩きつける。

「けどそこまでだッ!そこまでなんだッ!!人は死んだら終わる!だから、最初だとか一回目だとかそもそもないんだ!同じ人を何度も殺すことなんて……できやしないッ!!」

 そう、そこだった。人は死ぬ。必ず、死ぬ。だがそれは己に与えられた生涯の中で、一度だけのこと。たった一度だけのことなのだ。死んだ人間をもう一度殺すことなど────何度も何度も繰り返し繰り返し、殺すことなど……できはしない。だからそこだけは、僕は少女を殺したのはこの一度だけであると言いたかった。弁明、言い訳────どんな形になっても構わないから、僕はそう主張したかった。

 ……仮に。もし仮に、そんなことが。同じ人を一度ならず二度も,三度も。何度も何度も、繰り返し繰り返し殺せるのなら。そんな恐ろしく悍ましい行為が許されるのは、きっと────────





「……あは。あはは…………あははははっ!あぁっははははっ!!アハ、アハハッ!アハハハハハッ!!」





 ────────笑って、いた。それはもう見事なまでに、僕の目の前に立つ、灰色の女性は大笑いしていた。

 この女性が笑うのはこれが初めてなどではない。先程からも、この女性は僕のことを煽るでもように、要所要所で笑いを漏らし、嘲笑を零していた。だが、しかし。

「アハハハハハ!」

 違った。これはそのどれでもなかった。何が、何処が違うのかはわからないが────この大笑いは、今までとは明らかに異なっている。

 言い知れようのない、未知に対する恐怖が僕の心の奥底から込み上げてくる最中。女性の笑い声が、響く。

「アハハハハハ!」

 上からも。

「アハハハハハ!」

 下からも。

「アハハハハハ!」

「アハハハハハ!」

 右からも、左からも。上下左右、どこからでも。女性の笑い声が、響いてくる。喧しく騒々しく、聞こえてくる。

「アハハハハハ!」

「アハハハハハ!」

「アハハハハハ!」

 瞬間、唐突に僕は理解した。今自分は、この灰色の女性の笑い声に、四方八方────どこもかしこも、完全に取り囲まれてしまっていることを。





「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」「アハハハハハ!」










 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ


















「ねえ、大丈夫?」
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