58 / 464
RESTART──先輩と後輩──
裏心剥離
しおりを挟む
一体、どれくらいの時間が経ったのだろう。一体、どれくらい僕はそこにいて、そうしていたのだろう。
短命に終わるのか、長寿を全うするのか。この先どうなるのか想像もつかない人生の最中で、ただ確実に無意味と言える時間を、そこで浪費した僕は。
唐突に正気に戻ったように、自分がやるべきこと、成すべきことを思い出したように。僕はその場でただ突っ立っているのを止め、歩き出した。
フラフラとおぼつかない、実に危なっかしい足取りで。僕は床に伏せたまま、一向に立ち上がる気配を見せず、微動だにしないライザーを放置して。僕によって扉を蹴破られ、ただの出入口となったそこを通り、この部屋から立ち去る。
抜けた先の大部屋では、つい先程僕によって打ちのめされた男たちが、未だ床に倒れていたり、壁にもたれて座り込んでいたりしていた。大半は気を失っていたが、一、二人は既に気を取り戻しており。しかし、それでもまだ僕の一撃が尾を引いているようで、僅かな呻き声を上げるのが精一杯らしく、結果誰も彼もが床から立ち上がれないでいる。
向こう見ずの彼らでも、流石にそんな状態に陥ってしまえば余裕がないらしい。最初とは打って変わって、今や僕に挑みかかる者は誰一人としていない。
──……だったら、最初から大人しくしていれば、良かったのに。
そうしたら、自分はまだ間に合っていたかもしれないというのに────そう、現実逃避めいた独り言を心の中で呟いて。途端、僕は苛立ち不愉快な気分を胸の内に抱く。
数秒と言えど、それを抱え込むのは存外心身的負担になるもので。そんな些細なものであろうと、今の僕には到底見過ごせない、許容できない負担で。我慢も儘ならないことで。
だからこの苛立ちを解消しようと。この不愉快な気分をどうにかしようと。床の彼らを見つめ、僕は拳を握り、力を込める。
そうして、僕は────何もしないまま、この大部屋からも立ち去った。
「…………」
気がつくと、僕は扉の前に立っていた。元々は僕の部屋であり、しかし今はそう滅多には近づくことも、そして余程のことがない限りは入ることもなくなってしまった、その部屋の扉の前に。
自宅の一室、それも元は自室だったというのに。何故それがそうなってしまったのか────その理由と経緯は非常に、ごく単純なもので。今現在、この部屋が先輩のものになっている。それに尽きる。
──今現在……か。
終えたばかりの自問自答に対して、僕は自嘲し呆れ果てる。当然だろう。だってもう、この部屋はもはや誰のものでもないのだから。
己を嘲りながら、僕は扉越しに、部屋の中までちゃんと聞こえるように。口を開き、大きな声で呼びかける。
「こんな深夜にすみません。部屋の中に、入らせてもらいますよ」
僕の声は虚しく響き渡った。扉の向こう、部屋の中からは返事も、何の音もしなかった。数秒、数分が過ぎても。何も、なかった。
「…………ハハ」
そのことに、その事実から成り立つこの現実を前に。僕はただ、乾いて掠れた笑いを漏らすことしかできない。そうして僕は、ノブに手をかけ握り、捻って。ゆっくりと、その扉を押し開いた。
部屋は、静かだった。ただひたすらに、無音だった。それも当然のこと────何故ならば、誰もいないのだから。
わかり切っていた、とうに理解していた現実を。覆しようも変えようもない事実を確と受け止め。けれど存外、僕は落ち着きを払っていた。異様なくらいに、冷静だった。
……違う。諦観の念の元に想定していた景色を現にこの目で見て確かめたから、取り乱すことはもちろん、今さら驚愕することも愕然とすることもなかったのだ。
扉を開いたまま、立ち尽くしていた僕は。少し遅れて、部屋の中に足を踏み入れさせ、そのまま歩を進める。そうして目指した先にあったのは、一つの寝台。
それを見下ろし、数秒。僕はそこへ、脱力したように倒れ込み、沈んだ。
「…………」
以前まで、あの煌々と燃ゆる紅蓮を直接、そのまま流し入れたような、鮮烈として美麗な赤髪の少女が現れるまで、僕が使っていた寝台。その寝台からは、匂いがした。何処か仄かに甘い気がする、不思議と心地良い、匂いだった。
こうしていると、まるでその匂いに包まれているようで。まるで、この全身を抱き締めてくれるようで。それがなんとも、堪らなく心地良いのだ。気分が落ち着き、安らぎ、癒されるのだ。
今思えば、今日は長い一日となってしまった。体力も消耗した。だからか、次第に睡魔が込み上げ。それは瞬く間に巨大化し肥大化し、とてもではないが抗うことのできない程の、生理的な欲求へと成長を遂げる。
──ああ、眠い……な。
鉛の如く重くなった瞼を、僕は素直に閉じる。そうして視界は閉ざされ、夜闇よりも濃く深い暗闇が、僕を覆い尽くし、包み込む。
恐らく、あと数分もしない内に、僕の意識は睡魔に囚われ、無意識の奈落へ落ちることだろう。
だが、その前に。自分でも意外だと驚く程冷静に、冴え渡る思考を巡らし、つい先程ばかりの出来事を鮮明過ぎるまでの映像として振り返り、そして僕は唐突に答えへと辿り着く。
あの時の自分は、もう自分ではなかったのだ。いや、ある意味では、あれこそが本当の自分だったのかもしれない。
裏の心が剥がれて離れた自分が、内に秘めて閉じ込めていたその本音を、ああやってぶち撒けた。……きっと、そうなのだろう。
うつらうつらとし、途切れ途切れになり始めた意識の中で。ふと、そういえばと、僕は妙な引っかかりを覚える。それが一体何なのか、上手く言葉にはできないのだが。大切で、大事なものを自分は忘れてしまっているような、そんな気がする。
──…………あ。
眠りに誘われ、囚われ、落ちるその寸前。辛うじて、僕はそれを思い出す。答えは、先程想起したばかりの記憶の中にあったのだ。
『僕は……僕はこんなことの為に強くなった訳じゃないッ!』
この手で握り締め、刃を握り砕きながら放ったその一言。そのことを思い出し、僕は妙な引っかかりの正体に辿り着く。辿り着いて、僕は────────
──僕は……何の為に、強くなったんだっけ……。
────────呆然自失に心の中でそう零して、直後僕の意識は安息と安寧が謳う暗闇へ、落ちて沈んだ。
短命に終わるのか、長寿を全うするのか。この先どうなるのか想像もつかない人生の最中で、ただ確実に無意味と言える時間を、そこで浪費した僕は。
唐突に正気に戻ったように、自分がやるべきこと、成すべきことを思い出したように。僕はその場でただ突っ立っているのを止め、歩き出した。
フラフラとおぼつかない、実に危なっかしい足取りで。僕は床に伏せたまま、一向に立ち上がる気配を見せず、微動だにしないライザーを放置して。僕によって扉を蹴破られ、ただの出入口となったそこを通り、この部屋から立ち去る。
抜けた先の大部屋では、つい先程僕によって打ちのめされた男たちが、未だ床に倒れていたり、壁にもたれて座り込んでいたりしていた。大半は気を失っていたが、一、二人は既に気を取り戻しており。しかし、それでもまだ僕の一撃が尾を引いているようで、僅かな呻き声を上げるのが精一杯らしく、結果誰も彼もが床から立ち上がれないでいる。
向こう見ずの彼らでも、流石にそんな状態に陥ってしまえば余裕がないらしい。最初とは打って変わって、今や僕に挑みかかる者は誰一人としていない。
──……だったら、最初から大人しくしていれば、良かったのに。
そうしたら、自分はまだ間に合っていたかもしれないというのに────そう、現実逃避めいた独り言を心の中で呟いて。途端、僕は苛立ち不愉快な気分を胸の内に抱く。
数秒と言えど、それを抱え込むのは存外心身的負担になるもので。そんな些細なものであろうと、今の僕には到底見過ごせない、許容できない負担で。我慢も儘ならないことで。
だからこの苛立ちを解消しようと。この不愉快な気分をどうにかしようと。床の彼らを見つめ、僕は拳を握り、力を込める。
そうして、僕は────何もしないまま、この大部屋からも立ち去った。
「…………」
気がつくと、僕は扉の前に立っていた。元々は僕の部屋であり、しかし今はそう滅多には近づくことも、そして余程のことがない限りは入ることもなくなってしまった、その部屋の扉の前に。
自宅の一室、それも元は自室だったというのに。何故それがそうなってしまったのか────その理由と経緯は非常に、ごく単純なもので。今現在、この部屋が先輩のものになっている。それに尽きる。
──今現在……か。
終えたばかりの自問自答に対して、僕は自嘲し呆れ果てる。当然だろう。だってもう、この部屋はもはや誰のものでもないのだから。
己を嘲りながら、僕は扉越しに、部屋の中までちゃんと聞こえるように。口を開き、大きな声で呼びかける。
「こんな深夜にすみません。部屋の中に、入らせてもらいますよ」
僕の声は虚しく響き渡った。扉の向こう、部屋の中からは返事も、何の音もしなかった。数秒、数分が過ぎても。何も、なかった。
「…………ハハ」
そのことに、その事実から成り立つこの現実を前に。僕はただ、乾いて掠れた笑いを漏らすことしかできない。そうして僕は、ノブに手をかけ握り、捻って。ゆっくりと、その扉を押し開いた。
部屋は、静かだった。ただひたすらに、無音だった。それも当然のこと────何故ならば、誰もいないのだから。
わかり切っていた、とうに理解していた現実を。覆しようも変えようもない事実を確と受け止め。けれど存外、僕は落ち着きを払っていた。異様なくらいに、冷静だった。
……違う。諦観の念の元に想定していた景色を現にこの目で見て確かめたから、取り乱すことはもちろん、今さら驚愕することも愕然とすることもなかったのだ。
扉を開いたまま、立ち尽くしていた僕は。少し遅れて、部屋の中に足を踏み入れさせ、そのまま歩を進める。そうして目指した先にあったのは、一つの寝台。
それを見下ろし、数秒。僕はそこへ、脱力したように倒れ込み、沈んだ。
「…………」
以前まで、あの煌々と燃ゆる紅蓮を直接、そのまま流し入れたような、鮮烈として美麗な赤髪の少女が現れるまで、僕が使っていた寝台。その寝台からは、匂いがした。何処か仄かに甘い気がする、不思議と心地良い、匂いだった。
こうしていると、まるでその匂いに包まれているようで。まるで、この全身を抱き締めてくれるようで。それがなんとも、堪らなく心地良いのだ。気分が落ち着き、安らぎ、癒されるのだ。
今思えば、今日は長い一日となってしまった。体力も消耗した。だからか、次第に睡魔が込み上げ。それは瞬く間に巨大化し肥大化し、とてもではないが抗うことのできない程の、生理的な欲求へと成長を遂げる。
──ああ、眠い……な。
鉛の如く重くなった瞼を、僕は素直に閉じる。そうして視界は閉ざされ、夜闇よりも濃く深い暗闇が、僕を覆い尽くし、包み込む。
恐らく、あと数分もしない内に、僕の意識は睡魔に囚われ、無意識の奈落へ落ちることだろう。
だが、その前に。自分でも意外だと驚く程冷静に、冴え渡る思考を巡らし、つい先程ばかりの出来事を鮮明過ぎるまでの映像として振り返り、そして僕は唐突に答えへと辿り着く。
あの時の自分は、もう自分ではなかったのだ。いや、ある意味では、あれこそが本当の自分だったのかもしれない。
裏の心が剥がれて離れた自分が、内に秘めて閉じ込めていたその本音を、ああやってぶち撒けた。……きっと、そうなのだろう。
うつらうつらとし、途切れ途切れになり始めた意識の中で。ふと、そういえばと、僕は妙な引っかかりを覚える。それが一体何なのか、上手く言葉にはできないのだが。大切で、大事なものを自分は忘れてしまっているような、そんな気がする。
──…………あ。
眠りに誘われ、囚われ、落ちるその寸前。辛うじて、僕はそれを思い出す。答えは、先程想起したばかりの記憶の中にあったのだ。
『僕は……僕はこんなことの為に強くなった訳じゃないッ!』
この手で握り締め、刃を握り砕きながら放ったその一言。そのことを思い出し、僕は妙な引っかかりの正体に辿り着く。辿り着いて、僕は────────
──僕は……何の為に、強くなったんだっけ……。
────────呆然自失に心の中でそう零して、直後僕の意識は安息と安寧が謳う暗闇へ、落ちて沈んだ。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。


Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる