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ARKADIA──それが人であるということ──
ARKADIA────エピローグ(その終)
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「記憶が思い出せない、だと?」
それは予想だにしない返答であり、サクラは思わずそう声を上げてしまう。それに対しフィーリアも申し訳なさそうに、困惑に満ちた声音で言葉を返す。
「はい。その……どう言えばいいのかわからないんですけど……アルカディアとしての自覚も意識もまだあるんです。記憶もまあ完全に思い出せない訳じゃなくて、私がアルカディアとしての発言と行動の全ては覚えてしますし、はっきりと思い出すこともできます。というか、忘れろというのが土台無理な話です。……そうなん、ですが」
表情を曇らせ、そこで一旦言葉を区切るフィーリア。それから数秒を挟んで、彼女はサクラに言った。
「『理遠悠神』アルカディアとして立ち振る舞っていたときは、目的を果たそうとしていた時には覚えていた『厄災』自体に関することも、そして『創造主神』に関する全ての記憶は全くと言っていい程……いえ、元から何も知らなかったかのように、思い出すことができないんです」
「……そうか」
「お役に立てず、申し訳ありません」
「いや、君が気にすることはない」
そうフィーリアに言葉を返す傍ら、サクラは真面目な表情を浮かべて、あの時のことを────アルカディアと対峙した時の記憶を振り返る。
『大いなる主祖に、お母様に────あの最低最悪のろくでなしに利用される為だけに創り出された、ただの部品風情がァ!!!』
それはフィーリアの────否、アルカディアの言葉。それがずっと、今この日に至るまでサクラの中で引っかかっていた。
──アルカディアが、『厄災』らが祖と、お母様と呼ぶ存在……それに私たち人間が部品とは一体どういうことだ?
この世界を無から創り出し、全を生み出した最高神──それが『創造主神』。それはこの世界に生きる全ての存在にとっての常識であり、真理だ。
だが、アルカディアの言葉を思い出す限り────もしかすると、『創造主神』というのは自分たちが思っているような存在ではないのかもしれない。
かの神は世界を創り出したが、世界を滅ぼす『厄災』も創み出した。『厄災』にとっては『創造主神』は文字通り親であり、母と呼ぶのはごく自然のことだろう。
──……ん?そういえば……。
そこでふとサクラは思い出す。そう、アルカディアは『創造主神』を母と呼んでいた。かの神をお母様と呼んでいた。
だが、アルカディアはどこかで一度だけ────別の誰かに対して、お母様と呼んでいなかったか?
──…………駄目だ。思い出せん。
数秒考えたが、それが一体誰だったのか思い出せず、結局そこでサクラはそのことについて思考を割くのを止めた。普段あまり使わない頭を回転させて疲れたというのもあるが、今はこんなことよりも別に──すぐ隣を共に歩く存在に意識を集中させたかったのだ。
「今思えば、あれだけの期間留まった街はあそこが初めてだったな」
「はい。私もです」
「悪くない……いや、実に充実した、楽しい日々を過ごせたよ」
「本当にその通りです。同じ場所に留まって、退屈な気分にならなかったなんていつぶりでしたかね」
真面目な話は終わりを告げて、今度はサクラとフィーリアは他愛ない雑談を始め、そして繰り広げる。けれどその間も二人の歩みは止まることなく、整備された道を進んでいく。
「それに私にとっては貴重な友人が三人も増えましたし。実を言うと最初の頃は見ず知らずの街に期間未定の滞在なんて嫌だなあって、思ってたんですけどね」
「……増えた友人は二人ではないのか?」
「え?」
何故か不服そうにそこを突っ込んだサクラの言及に、疑問符を浮かべてフィーリアが彼女の方に顔を向ける。するとサクラは口元を悪戯っぽく歪め、それから指先を唇に押し当てた。
「少なくとも私と君は、もはや友人以上の関係だと思っているのだが」
と、揶揄いの声音で言うサクラ。フィーリアはきょとんとした表情を浮かべ────数秒を経てサクラの行動とその言葉の意味を理解し、一瞬にして火でも噴き出し燃えるのではないかと思ってしまう程に、その顔を真っ赤に染め上げさせた。それから酷く動揺した様子で、大慌てで口を開く。
「は、はあッ!?なな何を言ってるんですか貴女はッ!だ、大体あんなの、あんなのノーカン!ノーカンですよノーカン!」
「はっはっは。それは酷いなあ。それにホテルの時だって、君は私に身体を差し出そうとしていたじゃあないか」
「は、はああああッ?!ち、違ッ……あれは、流されてっていうか……だああああああああ!!!とにかくあの時の私は色々あり過ぎて!本当に色々あり過ぎて混乱してて正気じゃなかったんです!別にサクラさんのことなんて気の合う友人としか見てませんしそもそも私にそっちの趣味はありませんからぁ!私は至って健全ですからぁ!!」
「そこまで必死になって否定すると、却って説得力ないぞフィーリア」
と、周囲がだだっ広い静かな平原なのをいいことに、騒がしく言い合う二人。それから顔を見合わせて、ふと堪え切れなくなったように同時に笑い出した。
数分、存分に笑い合って。瞳の端に涙を浮かべながらフィーリアが口を開く。
「あーあ、おかしい。本当におかしくて、思わず柄にもなくたくさん笑っちゃいました」
「ああ、全くだ」
そして、サクラとフィーリアは不意にその歩みを止めた。彼女たち二人の前には古びた看板が立てられており、その先に少し続く一本道は──途中から左右に分かれていた。
それを少し複雑そうな表情で見て、フィーリアが呟く。
「意外と早かったですね」
オールティアからここまでの道のりは、精々一時間と少し程度。馬車を選ばず敢えて徒歩を選んだ二人のちょっとした旅路の、終着点。
ここから始まるのは、長い一人旅だ。そのことを理解している二人はまた歩き出し、そしてそれぞれが別の道に立つ。
サクラは左の道に。フィーリアは右の道に。そこで彼女ら二人は、互いに向き合った。
それから先程までの様子がまるで嘘だったかのように、二人は無言で互いを見つめ合う。そして先に口を開いたのは──サクラであった。
「フィーリア」
神妙な面持ちでサクラがフィーリアに言う。
「ホテルでも言ったが、死んで終わりにするな。死は贖罪にならない。今や君は一人の、己の命だけでなく、三人の命を背負っているんだ。それを自分から放り捨てることを、たとえ君であろうと──いや、君だからこそ、私は許さない」
「……はい」
サクラの言葉に、フィーリアは苦々しい表情で頷く。そんな彼女へ、サクラは続けて言葉を贈る。
「幼い少女が見れなかった分だけ、君が世界を見ろ。あのような男が二度と現れぬよう、君が行動しろ。支えとなっていた者の代わりに、次は君が母の支えになっていけ。そして決して忘れるな。君の目の前で散った三つの命を。……それが命を奪った者の、責任と義務だ」
サクラの言葉は何処までも重く────だが、それと同じくらいに、フィーリアのことを想っていた。そのことを感じ取り、瞳を僅かに潤ませて、フィーリアは再度深く頷いた。
「……そういえば気になっていたんだが、私ならともかく、君であれば【転移】を使えばすぐにマジリカに戻れるのだろう?わざわざ列車に乗る必要などないと思うのだが」
「べ、別にいいじゃないですか。初心に戻ってというか……たまにはそういうのも悪くないんじゃないかって思ったんですよ」
「まあ、確かに初心に返ることは良いことだ」
という、最後に少しの会話を済ませて。サクラとフィーリアはまた互いに見つめ合い、互いに笑顔を浮かべた。
「では、またな」
「ええ、また」
そう言って、二人は互いに背を向け、それぞれの道をゆっくりと歩き出す──が、すぐにハッとした様子でフィーリアがサクラの方に振り返った。
「サクラさーんっ!」
フィーリアに呼ばれて、一体どうしたかとサクラもまた振り返る。そうして笑顔のまま、フィーリアはこう続けた。
「事態が全て落ち着いたら!私と一緒に旅に、世界を回ってみませんかー!」
そうフィーリアに提案を投げられ、サクラがその場に数秒留まる。一瞬何か考え込むように顔を俯かせたかと思えば、すぐにサクラは顔を上げて、フィーリアに向けて言った。
「ああ!是非、そうしよう!」
そして今度こそ二人は互いに背を向けて、進むべき道へと再び歩き出した。
とある少女がいた。その少女は幼い頃に周囲から酷い迫害と拒絶を受けていた。
血の繋がりはなかったが、それでも溢れんばかりの愛情を注いでくれた義理の母にすら、一時とはいえ突き放され、少女はとうとう絶望の底に叩き落とされ、哀しんだ。ただひたすらに哀しみを抱き、遂にはその心を閉ざしてしまった。
だがそんな少女に手を差し伸べた、もう一人の少女がいた。最初こそその手を拒んだ少女であったが、手を差し出す少女は決して彼女から離れなかった。
そんな彼女に、少女は今までに感じたことのない感情を覚えて、遂にその手を掴み、そしていつしか閉ざしてしまっていた心を、また開いたのだ。
救われた少女はいつの日からか、自分という存在に興味を持った。過去がない自分は、一体何なのだろうと、疑問を持った。
それから少女は自分に関する記憶を────起源を求め始めた。だがいくら調べても、探しても、少女はそれを手にすることはできなかった。
だが少女は手にすることができた。十五年という月日の果て、自分がどういう存在なのかを知った──思い出した。
そして今一度、今度はより深く、より強大な絶望を抱き包まれることとなってしまった。世界という世界に絶望し、少女は次に破滅を望んだ。滅びを渇望した。
だがしかし、既のところで再び、少女は救われたのだ。
少女は何処までも運命に翻弄された。弄ばれた。傷という傷を負い、塗れ、そしてその果てに倒れた。けれど、それでも彼女を救う手はあった。
少女が進む道は、これからもきっと過酷なものになるだろう。それがその少女の運命であり、決められた定めなのだ。
けれど、これまでとは一つ違うことがある。それはもう、少女は独りではないということ。
これから先、少女はどうなるのか。それは誰にもわからない。少女のすぐ傍に立つ者にも、少女自身にも、そして少女を創み出した存在にすらも。
だが、これだけは言える──────もう二度と、その少女が絶望に呑まれることはない。
「さてさて、と。これでようやく舞台が整った」
言うなれば、其処は礼拝堂であった。もっとも、其処に礼拝堂としての機能などありはしないのだが。
薄暗な月明かりだけが照らす中、玉座に座るその存在は言う。眼下に跪く四人の影へ、宣告する。
「待ちに待った仕事の時間だよ。『神罰代行執行者』の諸君」
まるで焦らすかのように玉座の存在はその影たちに視線を配り、そしてようやっと続けた。
「『創造主神』の器──我らが愛おしき世杯の君を迎えに────否、取り戻しに行こう」
それは予想だにしない返答であり、サクラは思わずそう声を上げてしまう。それに対しフィーリアも申し訳なさそうに、困惑に満ちた声音で言葉を返す。
「はい。その……どう言えばいいのかわからないんですけど……アルカディアとしての自覚も意識もまだあるんです。記憶もまあ完全に思い出せない訳じゃなくて、私がアルカディアとしての発言と行動の全ては覚えてしますし、はっきりと思い出すこともできます。というか、忘れろというのが土台無理な話です。……そうなん、ですが」
表情を曇らせ、そこで一旦言葉を区切るフィーリア。それから数秒を挟んで、彼女はサクラに言った。
「『理遠悠神』アルカディアとして立ち振る舞っていたときは、目的を果たそうとしていた時には覚えていた『厄災』自体に関することも、そして『創造主神』に関する全ての記憶は全くと言っていい程……いえ、元から何も知らなかったかのように、思い出すことができないんです」
「……そうか」
「お役に立てず、申し訳ありません」
「いや、君が気にすることはない」
そうフィーリアに言葉を返す傍ら、サクラは真面目な表情を浮かべて、あの時のことを────アルカディアと対峙した時の記憶を振り返る。
『大いなる主祖に、お母様に────あの最低最悪のろくでなしに利用される為だけに創り出された、ただの部品風情がァ!!!』
それはフィーリアの────否、アルカディアの言葉。それがずっと、今この日に至るまでサクラの中で引っかかっていた。
──アルカディアが、『厄災』らが祖と、お母様と呼ぶ存在……それに私たち人間が部品とは一体どういうことだ?
この世界を無から創り出し、全を生み出した最高神──それが『創造主神』。それはこの世界に生きる全ての存在にとっての常識であり、真理だ。
だが、アルカディアの言葉を思い出す限り────もしかすると、『創造主神』というのは自分たちが思っているような存在ではないのかもしれない。
かの神は世界を創り出したが、世界を滅ぼす『厄災』も創み出した。『厄災』にとっては『創造主神』は文字通り親であり、母と呼ぶのはごく自然のことだろう。
──……ん?そういえば……。
そこでふとサクラは思い出す。そう、アルカディアは『創造主神』を母と呼んでいた。かの神をお母様と呼んでいた。
だが、アルカディアはどこかで一度だけ────別の誰かに対して、お母様と呼んでいなかったか?
──…………駄目だ。思い出せん。
数秒考えたが、それが一体誰だったのか思い出せず、結局そこでサクラはそのことについて思考を割くのを止めた。普段あまり使わない頭を回転させて疲れたというのもあるが、今はこんなことよりも別に──すぐ隣を共に歩く存在に意識を集中させたかったのだ。
「今思えば、あれだけの期間留まった街はあそこが初めてだったな」
「はい。私もです」
「悪くない……いや、実に充実した、楽しい日々を過ごせたよ」
「本当にその通りです。同じ場所に留まって、退屈な気分にならなかったなんていつぶりでしたかね」
真面目な話は終わりを告げて、今度はサクラとフィーリアは他愛ない雑談を始め、そして繰り広げる。けれどその間も二人の歩みは止まることなく、整備された道を進んでいく。
「それに私にとっては貴重な友人が三人も増えましたし。実を言うと最初の頃は見ず知らずの街に期間未定の滞在なんて嫌だなあって、思ってたんですけどね」
「……増えた友人は二人ではないのか?」
「え?」
何故か不服そうにそこを突っ込んだサクラの言及に、疑問符を浮かべてフィーリアが彼女の方に顔を向ける。するとサクラは口元を悪戯っぽく歪め、それから指先を唇に押し当てた。
「少なくとも私と君は、もはや友人以上の関係だと思っているのだが」
と、揶揄いの声音で言うサクラ。フィーリアはきょとんとした表情を浮かべ────数秒を経てサクラの行動とその言葉の意味を理解し、一瞬にして火でも噴き出し燃えるのではないかと思ってしまう程に、その顔を真っ赤に染め上げさせた。それから酷く動揺した様子で、大慌てで口を開く。
「は、はあッ!?なな何を言ってるんですか貴女はッ!だ、大体あんなの、あんなのノーカン!ノーカンですよノーカン!」
「はっはっは。それは酷いなあ。それにホテルの時だって、君は私に身体を差し出そうとしていたじゃあないか」
「は、はああああッ?!ち、違ッ……あれは、流されてっていうか……だああああああああ!!!とにかくあの時の私は色々あり過ぎて!本当に色々あり過ぎて混乱してて正気じゃなかったんです!別にサクラさんのことなんて気の合う友人としか見てませんしそもそも私にそっちの趣味はありませんからぁ!私は至って健全ですからぁ!!」
「そこまで必死になって否定すると、却って説得力ないぞフィーリア」
と、周囲がだだっ広い静かな平原なのをいいことに、騒がしく言い合う二人。それから顔を見合わせて、ふと堪え切れなくなったように同時に笑い出した。
数分、存分に笑い合って。瞳の端に涙を浮かべながらフィーリアが口を開く。
「あーあ、おかしい。本当におかしくて、思わず柄にもなくたくさん笑っちゃいました」
「ああ、全くだ」
そして、サクラとフィーリアは不意にその歩みを止めた。彼女たち二人の前には古びた看板が立てられており、その先に少し続く一本道は──途中から左右に分かれていた。
それを少し複雑そうな表情で見て、フィーリアが呟く。
「意外と早かったですね」
オールティアからここまでの道のりは、精々一時間と少し程度。馬車を選ばず敢えて徒歩を選んだ二人のちょっとした旅路の、終着点。
ここから始まるのは、長い一人旅だ。そのことを理解している二人はまた歩き出し、そしてそれぞれが別の道に立つ。
サクラは左の道に。フィーリアは右の道に。そこで彼女ら二人は、互いに向き合った。
それから先程までの様子がまるで嘘だったかのように、二人は無言で互いを見つめ合う。そして先に口を開いたのは──サクラであった。
「フィーリア」
神妙な面持ちでサクラがフィーリアに言う。
「ホテルでも言ったが、死んで終わりにするな。死は贖罪にならない。今や君は一人の、己の命だけでなく、三人の命を背負っているんだ。それを自分から放り捨てることを、たとえ君であろうと──いや、君だからこそ、私は許さない」
「……はい」
サクラの言葉に、フィーリアは苦々しい表情で頷く。そんな彼女へ、サクラは続けて言葉を贈る。
「幼い少女が見れなかった分だけ、君が世界を見ろ。あのような男が二度と現れぬよう、君が行動しろ。支えとなっていた者の代わりに、次は君が母の支えになっていけ。そして決して忘れるな。君の目の前で散った三つの命を。……それが命を奪った者の、責任と義務だ」
サクラの言葉は何処までも重く────だが、それと同じくらいに、フィーリアのことを想っていた。そのことを感じ取り、瞳を僅かに潤ませて、フィーリアは再度深く頷いた。
「……そういえば気になっていたんだが、私ならともかく、君であれば【転移】を使えばすぐにマジリカに戻れるのだろう?わざわざ列車に乗る必要などないと思うのだが」
「べ、別にいいじゃないですか。初心に戻ってというか……たまにはそういうのも悪くないんじゃないかって思ったんですよ」
「まあ、確かに初心に返ることは良いことだ」
という、最後に少しの会話を済ませて。サクラとフィーリアはまた互いに見つめ合い、互いに笑顔を浮かべた。
「では、またな」
「ええ、また」
そう言って、二人は互いに背を向け、それぞれの道をゆっくりと歩き出す──が、すぐにハッとした様子でフィーリアがサクラの方に振り返った。
「サクラさーんっ!」
フィーリアに呼ばれて、一体どうしたかとサクラもまた振り返る。そうして笑顔のまま、フィーリアはこう続けた。
「事態が全て落ち着いたら!私と一緒に旅に、世界を回ってみませんかー!」
そうフィーリアに提案を投げられ、サクラがその場に数秒留まる。一瞬何か考え込むように顔を俯かせたかと思えば、すぐにサクラは顔を上げて、フィーリアに向けて言った。
「ああ!是非、そうしよう!」
そして今度こそ二人は互いに背を向けて、進むべき道へと再び歩き出した。
とある少女がいた。その少女は幼い頃に周囲から酷い迫害と拒絶を受けていた。
血の繋がりはなかったが、それでも溢れんばかりの愛情を注いでくれた義理の母にすら、一時とはいえ突き放され、少女はとうとう絶望の底に叩き落とされ、哀しんだ。ただひたすらに哀しみを抱き、遂にはその心を閉ざしてしまった。
だがそんな少女に手を差し伸べた、もう一人の少女がいた。最初こそその手を拒んだ少女であったが、手を差し出す少女は決して彼女から離れなかった。
そんな彼女に、少女は今までに感じたことのない感情を覚えて、遂にその手を掴み、そしていつしか閉ざしてしまっていた心を、また開いたのだ。
救われた少女はいつの日からか、自分という存在に興味を持った。過去がない自分は、一体何なのだろうと、疑問を持った。
それから少女は自分に関する記憶を────起源を求め始めた。だがいくら調べても、探しても、少女はそれを手にすることはできなかった。
だが少女は手にすることができた。十五年という月日の果て、自分がどういう存在なのかを知った──思い出した。
そして今一度、今度はより深く、より強大な絶望を抱き包まれることとなってしまった。世界という世界に絶望し、少女は次に破滅を望んだ。滅びを渇望した。
だがしかし、既のところで再び、少女は救われたのだ。
少女は何処までも運命に翻弄された。弄ばれた。傷という傷を負い、塗れ、そしてその果てに倒れた。けれど、それでも彼女を救う手はあった。
少女が進む道は、これからもきっと過酷なものになるだろう。それがその少女の運命であり、決められた定めなのだ。
けれど、これまでとは一つ違うことがある。それはもう、少女は独りではないということ。
これから先、少女はどうなるのか。それは誰にもわからない。少女のすぐ傍に立つ者にも、少女自身にも、そして少女を創み出した存在にすらも。
だが、これだけは言える──────もう二度と、その少女が絶望に呑まれることはない。
「さてさて、と。これでようやく舞台が整った」
言うなれば、其処は礼拝堂であった。もっとも、其処に礼拝堂としての機能などありはしないのだが。
薄暗な月明かりだけが照らす中、玉座に座るその存在は言う。眼下に跪く四人の影へ、宣告する。
「待ちに待った仕事の時間だよ。『神罰代行執行者』の諸君」
まるで焦らすかのように玉座の存在はその影たちに視線を配り、そしてようやっと続けた。
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