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ARKADIA──それが人であるということ──
ARKADIA────GDM──オルテシア=ヴィムヘクシス
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『理遠悠神』が展開した、世界全大陸全域の空に浮かぶ魔法陣が砕け、完全に無力化された。そのことが意味するのは────第四の厄災、『理遠悠神』との戦いが遂に終わったということ。
その事実を僕らは噛み締めながら、一斉に声をあらん限り上げて、歓喜した。自分たちは勝った、世界を守った、生き残った、と。
『理遠悠神』の力の一端、その残滓たる薄青い魔力の粒子が街中に降り注ぐ中、空が白み沈んでいた太陽が昇る。地上に燦々と光を注ぎ────その暖かな日差しの中を歩く者が見えた。
その姿を最初に見た一人の冒険者が、思わずというように声を上げる。
「『極剣聖』様だ!皆、我らが『極剣聖』様が帰還されたぞ!」
瞬間、どっと湧き上がる歓声。当然だろう、何せ今回一番の立役者──英雄、サクラさんの帰還だ。
僕もまた観衆の中から抜け出して、サクラさんの元へ駆け寄る。
「サクラさーんっ!」
こちらへ歩いて来るサクラさんは、その腕に一人の少女を──フィーリアさんを抱き抱えていた。その光景を見て、僕は思わず目頭が熱くなってしまう。
──フィーリアさんを正気に戻せたんですね……!
信じていた通り、この人は最良の幕引きをやってみせた。この街に、僕たちの元にフィーリアさんを連れ戻してくれた。そのことに限りない感謝を抱きながら、僕はさらに呼びかける。
「サクラさ……んッ!?」
呼びかけて、直後僕は驚愕と動転に見舞われる羽目になった。何故ならば、こちらに向かうサクラさんは────立っているのはおろか、そうして歩けているのが不思議な程の重傷を負っていたのだから。
その身に着るサドヴァ大陸極東の伝統衣装、キモノも見るも無惨なまでにそこら中が破れ裂かれており、もはやボロ切れ同然と化してしまっている上に、そこから露出して見えている傷口から流れ出たのだろう血によって、その全体が真っ赤に染まっている始末である。
そんな彼女の酷い有り様を目の当たりにしてしまった僕は、思い切り動揺しながら、大慌てで安否を訊ねる。
「サクラさん!?だ、大丈夫ですか!?大丈夫なんですかっ!?」
すると当のサクラさんは切り傷や裂傷だらけの顔に余裕の微笑を浮かばせ、言う。
「ただいま、ウインドア。見ろ、この通りフィーリアは無事連れて帰って来たぞ」
「えっ?いや……あ、はい。えっと、おかえりなさいです……いえそうじゃなくて!サクラさん明らかに重症ですよね!?平気そうですけど普通だったら間違いなく致命傷ですよねその状態!」
「ああ、気にするな。既に血は止まっているし、特に問題はないよ。……とはいえ、今回は私も流石に疲れた。至急休みたいから、フィーリアのことを頼んでいいかな?」
「えっ……わ、わかりました」
「ありがとう」
微笑を浮かべたまま、サクラさんは己の腕の中で眠るフィーリアを僕の方へと移し、僕は慎重に彼女の身体を腕に抱き抱える。フィーリアさんも先輩と同じか、先輩よりも軽く、一瞬心配になってしまう程だった。
「じゃあフィーリアを頼んだ」
サクラさんはそう言うと、他の冒険者たちからも心配や危惧の声をかけられ、その度にちょっとした返事をしながら『輝牙の獅子』の扉を開き、そしてそのまま中へと入っていってしまった。
フィーリアさんの身体を抱き抱えたまま、その背中を見送った僕は呆然としながらも心の中で思わず呟いてしまう。
──サクラさんって、本当に僕や皆と同じ人間なんだろうか……?
と、その時。不意に抱き抱えられているフィーリアさんから、ほんの小さな声が漏れ出た。
「ん、ぅ……?」
そしてやや重たそうに閉じられていた瞼が開かれる。そこから見えたのは────七色が鮮やかに入り混じる虹と、それに相反するように薄い灰一色の瞳であった。
その瞳を前に、僕が思わず硬直してしまっていると、フィーリアさんは寝惚け眼でこちらの顔を見つめ、少し経ってパチパチと数回瞬きをし、それからも数秒僕の顔を眺める。そしてゆっくりと、その口を薄く開いた。
「ウイン、ドアさん……?」
「え……あ、はい。僕です。クラハ=ウインドアです」
「…………」
僕がそう返事すると、フィーリアさんは僕の顔から視線を外し、今度は周囲を見渡す。そうして彼女は理解したのだろう、今自分が一体どういう状況に置かれているのかを。
今自分は、僕に抱き抱えられて────俗な言い方をするなら、お姫様抱っこされているのだと。
「……ッッッ!!」
ボッと、そんな音がするのではないかという勢いで。フィーリアさんの顔が真っ赤に染まり、そして彼女は叫ぶ。
「ななんっ!ななな何でウインドアさんがわわ、私をおひ、お姫様抱っこしてるんですかッ!?サクラさんはッ?!」
それは出会ってから初めて耳にする、フィーリアさんの心の底から動揺した声音だった。その可愛らしい様子と反応に、僕は堪らず吹き出しそうになるを必死に我慢しながら、至って平静に答える。
「フィーリアさんのことをサクラさんから任されまして。あの人は今、『輝牙の獅子』の中で休んでいるかと」
「へ、へえ……そうだったんですか。だからウインドアさんは私のことを……って、別にお姫様抱っこする必要はないじゃないですか!普通に起こせばいいじゃないですか!」
「いえ。寝ていたので、起こしたら悪いかなと」
「それで怒ったりなんかしませんよっ!もう下ろしてください!」
依然真っ赤な顔でそう僕に訴えるフィーリアさんを、言われた通り僕はゆっくり下ろす。ようやく自分の足で地面に立ったフィーリアさんが、その身に纏うローブの裾を適当に直している時。
「……ようやく、帰って来たかい」
と、一体自分たちはどんな反応をすべきなのか戸惑い騒つく冒険者たちの中から、その声が聞こえて通る。瞬間、フィーリアさんの肩が僅かながらに跳ねた。
少し遅れて、冒険者たちの中から一人の女性──先程の声の主である、アルヴァさんが現れこちらに────正確に言えばフィーリアさんの元にまで歩み寄って来る。
「……お、お母……さん」
アルヴァさんの姿を見るや否や、先程の様子がまるで嘘だったかのように、フィーリアさんはおどおどとし始めてしまう。……が、彼女がそうなるのも無理もない。例えるのも憚れてしまうが、もし僕も彼女と同じ立場であったのなら、僕だってそうなるだろう。
それだけ、フィーリアさんは己に対して罪の意識を、払拭しようのない後悔を感じているのだ。
「あの、えっと……わ、私……」
一体どんな言葉を口に出せばいいのかわからず、それでも懸命に声を絞り出すフィーリアさんを、アルヴァさんはただ黙って見ていた。黙って見て、そして────
「おかえり。フィーリア」
────そう、険しさを保っていた表情を和らげさせ、ただその一言を彼女へ贈った。
瞬間、フィーリアさんの瞳がパッと見開かれて、それから潤む。そして彼女もまたその口を開く──直前。
「お、おい!何か、向こうから何かこっちに近づいて来るぞ?」
フィーリアさんとアルヴァさんの二人の会話の行く末を静かに見守っていた冒険者の一人が、唐突に空を指差して言う。その言葉に釣られて他の者も空を見上げ、そして皆一様にどよめく。
「ありゃ、まさか……」
「おいおい、こいつは何かの冗談か?」
「ど、どうしてこんなことが……」
この場にいる全員が驚き、狼狽えるのは仕方のないことであった。皆と同じように空を見上げた僕だって、自分の視界に映ったものが信じられなかった。
呆然と、無意識に呟いてしまう。
「竜種……」
マジリカの上空を飛んでいたのは、一匹の竜種。かなりの巨体を誇る、純白の竜。その竜はまるで天使を彷彿させるような翼を羽ばたかせ、ゆっくりとこっちに、確実に僕たちがいる方へと近づいて来ている。
ある程度の距離にまで近づくと、僕はその巨竜の背に────二人の人間が乗っていることに気がついた。
──ひ、人が、乗ってる?
僕が困惑するよりも先に、ここから少し離れた場所に巨竜が着地する。その巨体に見合わず静かに、ゆっくりと
それとほぼ同時に、その背から二人の人間が飛び降りた。
その二人を見て──────僕は心臓を鷲掴みにされたが如きの衝撃を受けることになった。
「な……ッ!?」
突如として現れた巨竜のことも、まるで非現実的なことのように思えてしまうというのに。己の視線の先に立つあの二人は、それ以上だった。
硬直する僕の代わりに、激しく震えた声で一人の冒険者が言う。
「う、嘘だろっ?あ、あのおふっお二人はまさか……まさかッ?」
言葉にして口に出すことすらも憚れるその名を、彼はなけなしの勇気を振り絞って口に出した。
「世界冒険者組合統括、GDMオルテシア=ヴィムヘクシスと『六険』第二位、『威光の熾天』GMルミナ=ゼニス=エインへリアぁ!?」
その事実を僕らは噛み締めながら、一斉に声をあらん限り上げて、歓喜した。自分たちは勝った、世界を守った、生き残った、と。
『理遠悠神』の力の一端、その残滓たる薄青い魔力の粒子が街中に降り注ぐ中、空が白み沈んでいた太陽が昇る。地上に燦々と光を注ぎ────その暖かな日差しの中を歩く者が見えた。
その姿を最初に見た一人の冒険者が、思わずというように声を上げる。
「『極剣聖』様だ!皆、我らが『極剣聖』様が帰還されたぞ!」
瞬間、どっと湧き上がる歓声。当然だろう、何せ今回一番の立役者──英雄、サクラさんの帰還だ。
僕もまた観衆の中から抜け出して、サクラさんの元へ駆け寄る。
「サクラさーんっ!」
こちらへ歩いて来るサクラさんは、その腕に一人の少女を──フィーリアさんを抱き抱えていた。その光景を見て、僕は思わず目頭が熱くなってしまう。
──フィーリアさんを正気に戻せたんですね……!
信じていた通り、この人は最良の幕引きをやってみせた。この街に、僕たちの元にフィーリアさんを連れ戻してくれた。そのことに限りない感謝を抱きながら、僕はさらに呼びかける。
「サクラさ……んッ!?」
呼びかけて、直後僕は驚愕と動転に見舞われる羽目になった。何故ならば、こちらに向かうサクラさんは────立っているのはおろか、そうして歩けているのが不思議な程の重傷を負っていたのだから。
その身に着るサドヴァ大陸極東の伝統衣装、キモノも見るも無惨なまでにそこら中が破れ裂かれており、もはやボロ切れ同然と化してしまっている上に、そこから露出して見えている傷口から流れ出たのだろう血によって、その全体が真っ赤に染まっている始末である。
そんな彼女の酷い有り様を目の当たりにしてしまった僕は、思い切り動揺しながら、大慌てで安否を訊ねる。
「サクラさん!?だ、大丈夫ですか!?大丈夫なんですかっ!?」
すると当のサクラさんは切り傷や裂傷だらけの顔に余裕の微笑を浮かばせ、言う。
「ただいま、ウインドア。見ろ、この通りフィーリアは無事連れて帰って来たぞ」
「えっ?いや……あ、はい。えっと、おかえりなさいです……いえそうじゃなくて!サクラさん明らかに重症ですよね!?平気そうですけど普通だったら間違いなく致命傷ですよねその状態!」
「ああ、気にするな。既に血は止まっているし、特に問題はないよ。……とはいえ、今回は私も流石に疲れた。至急休みたいから、フィーリアのことを頼んでいいかな?」
「えっ……わ、わかりました」
「ありがとう」
微笑を浮かべたまま、サクラさんは己の腕の中で眠るフィーリアを僕の方へと移し、僕は慎重に彼女の身体を腕に抱き抱える。フィーリアさんも先輩と同じか、先輩よりも軽く、一瞬心配になってしまう程だった。
「じゃあフィーリアを頼んだ」
サクラさんはそう言うと、他の冒険者たちからも心配や危惧の声をかけられ、その度にちょっとした返事をしながら『輝牙の獅子』の扉を開き、そしてそのまま中へと入っていってしまった。
フィーリアさんの身体を抱き抱えたまま、その背中を見送った僕は呆然としながらも心の中で思わず呟いてしまう。
──サクラさんって、本当に僕や皆と同じ人間なんだろうか……?
と、その時。不意に抱き抱えられているフィーリアさんから、ほんの小さな声が漏れ出た。
「ん、ぅ……?」
そしてやや重たそうに閉じられていた瞼が開かれる。そこから見えたのは────七色が鮮やかに入り混じる虹と、それに相反するように薄い灰一色の瞳であった。
その瞳を前に、僕が思わず硬直してしまっていると、フィーリアさんは寝惚け眼でこちらの顔を見つめ、少し経ってパチパチと数回瞬きをし、それからも数秒僕の顔を眺める。そしてゆっくりと、その口を薄く開いた。
「ウイン、ドアさん……?」
「え……あ、はい。僕です。クラハ=ウインドアです」
「…………」
僕がそう返事すると、フィーリアさんは僕の顔から視線を外し、今度は周囲を見渡す。そうして彼女は理解したのだろう、今自分が一体どういう状況に置かれているのかを。
今自分は、僕に抱き抱えられて────俗な言い方をするなら、お姫様抱っこされているのだと。
「……ッッッ!!」
ボッと、そんな音がするのではないかという勢いで。フィーリアさんの顔が真っ赤に染まり、そして彼女は叫ぶ。
「ななんっ!ななな何でウインドアさんがわわ、私をおひ、お姫様抱っこしてるんですかッ!?サクラさんはッ?!」
それは出会ってから初めて耳にする、フィーリアさんの心の底から動揺した声音だった。その可愛らしい様子と反応に、僕は堪らず吹き出しそうになるを必死に我慢しながら、至って平静に答える。
「フィーリアさんのことをサクラさんから任されまして。あの人は今、『輝牙の獅子』の中で休んでいるかと」
「へ、へえ……そうだったんですか。だからウインドアさんは私のことを……って、別にお姫様抱っこする必要はないじゃないですか!普通に起こせばいいじゃないですか!」
「いえ。寝ていたので、起こしたら悪いかなと」
「それで怒ったりなんかしませんよっ!もう下ろしてください!」
依然真っ赤な顔でそう僕に訴えるフィーリアさんを、言われた通り僕はゆっくり下ろす。ようやく自分の足で地面に立ったフィーリアさんが、その身に纏うローブの裾を適当に直している時。
「……ようやく、帰って来たかい」
と、一体自分たちはどんな反応をすべきなのか戸惑い騒つく冒険者たちの中から、その声が聞こえて通る。瞬間、フィーリアさんの肩が僅かながらに跳ねた。
少し遅れて、冒険者たちの中から一人の女性──先程の声の主である、アルヴァさんが現れこちらに────正確に言えばフィーリアさんの元にまで歩み寄って来る。
「……お、お母……さん」
アルヴァさんの姿を見るや否や、先程の様子がまるで嘘だったかのように、フィーリアさんはおどおどとし始めてしまう。……が、彼女がそうなるのも無理もない。例えるのも憚れてしまうが、もし僕も彼女と同じ立場であったのなら、僕だってそうなるだろう。
それだけ、フィーリアさんは己に対して罪の意識を、払拭しようのない後悔を感じているのだ。
「あの、えっと……わ、私……」
一体どんな言葉を口に出せばいいのかわからず、それでも懸命に声を絞り出すフィーリアさんを、アルヴァさんはただ黙って見ていた。黙って見て、そして────
「おかえり。フィーリア」
────そう、険しさを保っていた表情を和らげさせ、ただその一言を彼女へ贈った。
瞬間、フィーリアさんの瞳がパッと見開かれて、それから潤む。そして彼女もまたその口を開く──直前。
「お、おい!何か、向こうから何かこっちに近づいて来るぞ?」
フィーリアさんとアルヴァさんの二人の会話の行く末を静かに見守っていた冒険者の一人が、唐突に空を指差して言う。その言葉に釣られて他の者も空を見上げ、そして皆一様にどよめく。
「ありゃ、まさか……」
「おいおい、こいつは何かの冗談か?」
「ど、どうしてこんなことが……」
この場にいる全員が驚き、狼狽えるのは仕方のないことであった。皆と同じように空を見上げた僕だって、自分の視界に映ったものが信じられなかった。
呆然と、無意識に呟いてしまう。
「竜種……」
マジリカの上空を飛んでいたのは、一匹の竜種。かなりの巨体を誇る、純白の竜。その竜はまるで天使を彷彿させるような翼を羽ばたかせ、ゆっくりとこっちに、確実に僕たちがいる方へと近づいて来ている。
ある程度の距離にまで近づくと、僕はその巨竜の背に────二人の人間が乗っていることに気がついた。
──ひ、人が、乗ってる?
僕が困惑するよりも先に、ここから少し離れた場所に巨竜が着地する。その巨体に見合わず静かに、ゆっくりと
それとほぼ同時に、その背から二人の人間が飛び降りた。
その二人を見て──────僕は心臓を鷲掴みにされたが如きの衝撃を受けることになった。
「な……ッ!?」
突如として現れた巨竜のことも、まるで非現実的なことのように思えてしまうというのに。己の視線の先に立つあの二人は、それ以上だった。
硬直する僕の代わりに、激しく震えた声で一人の冒険者が言う。
「う、嘘だろっ?あ、あのおふっお二人はまさか……まさかッ?」
言葉にして口に出すことすらも憚れるその名を、彼はなけなしの勇気を振り絞って口に出した。
「世界冒険者組合統括、GDMオルテシア=ヴィムヘクシスと『六険』第二位、『威光の熾天』GMルミナ=ゼニス=エインへリアぁ!?」
応援ありがとうございます!
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