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ARKADIA──それが人であるということ──
ARKADIA────『極剣聖』、帰還
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先輩の眠りが浅いものから深いものへ変わったことを確認した僕は、『輝牙の獅子』一階の広間に戻っていた。
広間に戻ると、先程まで大勢いたマジリカ防衛戦の為に三つの冒険者組合から集められた冒険者たちの姿が消えており、残っていたのは状況を逐一確認している受付嬢のリズティアさんと、『輝牙の獅子』GMであるアルヴァさんの二人だけだった。
「おや、戻って来たのはアンタだけかい『大翼の不死鳥』の坊や。『炎鬼神』はどうしたんだい?」
「はい。その、先輩は寝ちゃいました」
「ああ……そりゃ無理もないか。あんなに心配してたら、精神も擦り減って体力も消耗するさね」
「……」
本人としては特にそう思っていない、何気ない一言のつもりだったのだろう。だが、それでも僕にとってはどんな言葉よりも大きく、決して聞き逃せない一言で、心に深く突き刺さる。
──心配させないって、誓ったはずなのにな……。
やっぱり、僕は全然だ。まだ全然駄目な男なんだ──そう自己嫌悪に陥る僕の心境を見抜いたのか、アルヴァさんが僕から顔を逸らして、唐突に独り言のように呟く。
「『炎鬼神』は最後まで諦めなかった」
「……え?」
アルヴァさんの言葉に、僕は思わず反応してしまう。そんな僕を彼女は無視して、さらに続ける。
「実は言うと、ここにいた奴らは諦めてた。あの化け物にアンタたちが蹂躙される様を見せつけられて、もうお終いかと思ってたんだ。……私も含めてね」
けどね、と。アルヴァさんが言う。
「それでも『炎鬼神』だけは諦めなかった。アイツは一時も映像から目を逸らすことなく、あの戦いを最後まで見届けた。そう、アンタが吹っ飛ばされた時だって、目を離さなかったんだ。……アイツだけだったよ、アンタたちが──坊やが勝つって、最初から最後まで信じ切れてたのは」
そこで逸らした顔を僕の方に向けて、微笑を浮かべながらアルヴァさんは言った。
「胸張りな『大翼の不死鳥』の坊や。アンタは着実に強くなってる。『炎鬼神』の期待に、応えられる男になり始めてる。だから、そう一々悲観するんじゃあないよ」
それは、アルヴァさんなりの、この人ができる最大限のフォロー。激励の言葉であり、それと同時に僕への評価であった。それを受けた僕は感極まると同時に、少し照れ臭く思ってしまうのだった。
「あ、ありがとうございます。まさか、アルヴァさんからそんな言葉を、僕には勿体なさ過ぎる言葉を贈られる日が来ようとは思ってもいませんでした……!」
「まあ、まだまだってのは否めないけどね。これからも精進することだね」
「はい!肝に銘じます!……それで、今の状況はどうなってるんですか?」
その僕の問いに、アルヴァさんはすぐには答えてくれなかった。浮かべていた微笑から一転して、少し気鬱そうな、あまり芳しくはない表情に変え、黙り込んでしまった彼女の代わりに、リズティアさんが答えてくれた。
「正直、あまり良い状況とは言えません。目前に迫る脅威は退けられましたが、世界中の空に浮かぶ超巨大魔法陣は、依然健在で……進む秒針が一周するまで、残り数分といったところです」
「……状況、把握しました」
リズティアさんの言う通り、現況は切迫している。あの魔法陣から発動される魔法が一体どのような影響を齎すかは全くの未知数であるが……どんな形であれ、僕たち人類──いや、この世界にとってはそれが終焉になることだけはわかっている。数分もしないで、わからされるんだ。
刻一刻と迫り来る、確実な滅びに身構えながらも。僕は信じる。先輩が僕を信じてくれたように、僕はあの人を──サクラさんを信じる。
あの人なら、きっとできるはずだ。この事態の────最良の幕引きを。
そう思いながら、僕もまた広間を後にし、外へ出た。
外。空の闇は薄れ始めており、星々の光も徐々に遠のき出している。
そんな夜更けと夜明けが曖昧な空に浮かぶ、この街を──否、このフォディナ大陸を覆う程に巨大な魔法陣。時計板を模したそれは薄青い光を放出しながら、一切の淀みなく滑らかにその秒針を進めている。
それが一周するまで、もはやもう間もなく。そしてその末に齎されるは────世界の滅び。
彼ら冒険者たちやこの街の住民たちは固唾を呑み、ただ見上げるしか他ない。この極大厄災を止める為に立ち向かった、たった一人の極者を信じて。
だが無情にも時間は過ぎ去り、秒針が遂に零の目前にまで迫って、そして──────────
ピシンッ──その直前。大きく斜めに、魔法陣に亀裂が走った。
その亀裂を始めに、魔法陣全体が罅割れていく。そして最後には、まるで硝子が割れるかのようにして、魔法陣は砕けた。その残骸は宙を落下し、途中で薄青い粒子となって街に、大陸に降り注がれ、霧散していく。
先程まであった静寂を切り裂くように、組合の通信から報告が飛ぶ。厄災によって全大陸全域に展開されていた魔法陣が、全て同時に無力化され、そして消滅したと。
その報告によって最初こそ目の前で何が起きたのかわからず、呆然としていた冒険者たちであったが、ハッと我に返り、瞬間その場にいる全員が歓声を張り上げた。
街中が安堵と歓喜に満ち溢れる中、やがて空が白み太陽が昇る。そうして皆一様に気がついた。
激闘が繰り広げられた旧市街地に聳え立つ、このマジリカを象徴し、今やその呼び名通り魔石そのものになった『魔石塔』が、大量の薄青い粒子となって、まるで砂の城のように徐々に崩れていることに。
風に流される粒子は輝き、空を染めていく。朝焼けの色と混じり合い、この世に二つとない、今という瞬間だけに成す刹那の幻想風景を作り出す。それは誰からも視線を奪い、そして言葉をも奪い去る。
こうしている間にも『魔石塔』は崩れ去っていき、太陽も昇り地上に暖かな恵みの光を差す。それに照らされ、浴びながら歩く姿がそこにあった。
人々はその姿に気づくや否や、揃って声を張り上げる。全員一丸となって、その存在の凱旋を心の底から祝う。
そう。これでようやく、戦いは終わったのだ。戦いが終わり、彼女は────『極剣聖』サクラ=アザミヤは帰還した。皆の元へ、その腕に少女を────『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミアを抱き抱えて。
広間に戻ると、先程まで大勢いたマジリカ防衛戦の為に三つの冒険者組合から集められた冒険者たちの姿が消えており、残っていたのは状況を逐一確認している受付嬢のリズティアさんと、『輝牙の獅子』GMであるアルヴァさんの二人だけだった。
「おや、戻って来たのはアンタだけかい『大翼の不死鳥』の坊や。『炎鬼神』はどうしたんだい?」
「はい。その、先輩は寝ちゃいました」
「ああ……そりゃ無理もないか。あんなに心配してたら、精神も擦り減って体力も消耗するさね」
「……」
本人としては特にそう思っていない、何気ない一言のつもりだったのだろう。だが、それでも僕にとってはどんな言葉よりも大きく、決して聞き逃せない一言で、心に深く突き刺さる。
──心配させないって、誓ったはずなのにな……。
やっぱり、僕は全然だ。まだ全然駄目な男なんだ──そう自己嫌悪に陥る僕の心境を見抜いたのか、アルヴァさんが僕から顔を逸らして、唐突に独り言のように呟く。
「『炎鬼神』は最後まで諦めなかった」
「……え?」
アルヴァさんの言葉に、僕は思わず反応してしまう。そんな僕を彼女は無視して、さらに続ける。
「実は言うと、ここにいた奴らは諦めてた。あの化け物にアンタたちが蹂躙される様を見せつけられて、もうお終いかと思ってたんだ。……私も含めてね」
けどね、と。アルヴァさんが言う。
「それでも『炎鬼神』だけは諦めなかった。アイツは一時も映像から目を逸らすことなく、あの戦いを最後まで見届けた。そう、アンタが吹っ飛ばされた時だって、目を離さなかったんだ。……アイツだけだったよ、アンタたちが──坊やが勝つって、最初から最後まで信じ切れてたのは」
そこで逸らした顔を僕の方に向けて、微笑を浮かべながらアルヴァさんは言った。
「胸張りな『大翼の不死鳥』の坊や。アンタは着実に強くなってる。『炎鬼神』の期待に、応えられる男になり始めてる。だから、そう一々悲観するんじゃあないよ」
それは、アルヴァさんなりの、この人ができる最大限のフォロー。激励の言葉であり、それと同時に僕への評価であった。それを受けた僕は感極まると同時に、少し照れ臭く思ってしまうのだった。
「あ、ありがとうございます。まさか、アルヴァさんからそんな言葉を、僕には勿体なさ過ぎる言葉を贈られる日が来ようとは思ってもいませんでした……!」
「まあ、まだまだってのは否めないけどね。これからも精進することだね」
「はい!肝に銘じます!……それで、今の状況はどうなってるんですか?」
その僕の問いに、アルヴァさんはすぐには答えてくれなかった。浮かべていた微笑から一転して、少し気鬱そうな、あまり芳しくはない表情に変え、黙り込んでしまった彼女の代わりに、リズティアさんが答えてくれた。
「正直、あまり良い状況とは言えません。目前に迫る脅威は退けられましたが、世界中の空に浮かぶ超巨大魔法陣は、依然健在で……進む秒針が一周するまで、残り数分といったところです」
「……状況、把握しました」
リズティアさんの言う通り、現況は切迫している。あの魔法陣から発動される魔法が一体どのような影響を齎すかは全くの未知数であるが……どんな形であれ、僕たち人類──いや、この世界にとってはそれが終焉になることだけはわかっている。数分もしないで、わからされるんだ。
刻一刻と迫り来る、確実な滅びに身構えながらも。僕は信じる。先輩が僕を信じてくれたように、僕はあの人を──サクラさんを信じる。
あの人なら、きっとできるはずだ。この事態の────最良の幕引きを。
そう思いながら、僕もまた広間を後にし、外へ出た。
外。空の闇は薄れ始めており、星々の光も徐々に遠のき出している。
そんな夜更けと夜明けが曖昧な空に浮かぶ、この街を──否、このフォディナ大陸を覆う程に巨大な魔法陣。時計板を模したそれは薄青い光を放出しながら、一切の淀みなく滑らかにその秒針を進めている。
それが一周するまで、もはやもう間もなく。そしてその末に齎されるは────世界の滅び。
彼ら冒険者たちやこの街の住民たちは固唾を呑み、ただ見上げるしか他ない。この極大厄災を止める為に立ち向かった、たった一人の極者を信じて。
だが無情にも時間は過ぎ去り、秒針が遂に零の目前にまで迫って、そして──────────
ピシンッ──その直前。大きく斜めに、魔法陣に亀裂が走った。
その亀裂を始めに、魔法陣全体が罅割れていく。そして最後には、まるで硝子が割れるかのようにして、魔法陣は砕けた。その残骸は宙を落下し、途中で薄青い粒子となって街に、大陸に降り注がれ、霧散していく。
先程まであった静寂を切り裂くように、組合の通信から報告が飛ぶ。厄災によって全大陸全域に展開されていた魔法陣が、全て同時に無力化され、そして消滅したと。
その報告によって最初こそ目の前で何が起きたのかわからず、呆然としていた冒険者たちであったが、ハッと我に返り、瞬間その場にいる全員が歓声を張り上げた。
街中が安堵と歓喜に満ち溢れる中、やがて空が白み太陽が昇る。そうして皆一様に気がついた。
激闘が繰り広げられた旧市街地に聳え立つ、このマジリカを象徴し、今やその呼び名通り魔石そのものになった『魔石塔』が、大量の薄青い粒子となって、まるで砂の城のように徐々に崩れていることに。
風に流される粒子は輝き、空を染めていく。朝焼けの色と混じり合い、この世に二つとない、今という瞬間だけに成す刹那の幻想風景を作り出す。それは誰からも視線を奪い、そして言葉をも奪い去る。
こうしている間にも『魔石塔』は崩れ去っていき、太陽も昇り地上に暖かな恵みの光を差す。それに照らされ、浴びながら歩く姿がそこにあった。
人々はその姿に気づくや否や、揃って声を張り上げる。全員一丸となって、その存在の凱旋を心の底から祝う。
そう。これでようやく、戦いは終わったのだ。戦いが終わり、彼女は────『極剣聖』サクラ=アザミヤは帰還した。皆の元へ、その腕に少女を────『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミアを抱き抱えて。
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