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ARKADIA──それが人であるということ──

ARKADIA────VS『三厄災』

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 全身から力が漲る。力が湧く。力が、溢れ出してくる。それでも身体が訴えかけてくる────まだまだこんなものではない、と。

 言うまでもなく、相手は強大過ぎる程に強大。確かめるまでもなく、今までの中で最強。

 だが、何故だろう。そうだと認識しているはずなのに──────



 ──負ける気がしない。



 ──────その確信が、胸の中で疼いて止まらない。

起動開始スタートオン────【超強化フル・ブースト】」

 考えるでもなく、唐突に浮かび上がった言葉を呟いて。この手に握る得物の長剣ロングソードを逆手に持ち替え、無尽蔵に込み上げてくる力のままに僕は地面を蹴りつける。

 バガンッ──たったそれだけの動作で、僕の周囲一体が爆ぜ割れ陥没し、刹那僕の姿はそこから消え失せていた。

 視界に映り込む周りの景色が、溶け出すように凄まじい勢いで流れていく。喧しい風切り音を聴きながら、僕はただ一心に前に前にと駆ける。

 目指す前方────崩壊し瓦礫の山と化したそこから、不意に無数の腕が天を突くように飛び出し、瓦礫を吹き飛ばす。舞い上がった土煙の中から現れたのは、胸に深々と亀裂を刻まれた、三つの厄災を模する、異形の魔石の像。

 腕に囲まれながらその場に立つ魔石の像。唐突に胸の亀裂から新たな魔石が生え出し、盛り上がり、その亀裂を歪ながらも埋めて塞ぐ。その最中に喚び出した無数の腕は複雑で読み難い軌道を描きながら、凄まじい速度で僕の方へと接近を仕掛けてくる。

 それを眺めて、僕は軽く剣を振るった。

「【剣撃砲】ッ!」

 瞬間、剣身に伝わった僕の魔力が、空飛ぶ分厚い刃となって撃ち出される。その刃は迫り来る腕たちを悉く斬り捨て、跡形もなく消し飛ばしながらもその勢いと鋭さを全く落とさず、その向こうにいた魔石の像へと直撃し、その身体を大きく斜めに分断せしめた。

 欠片を周囲に飛び散らせながら、斜めに立たれた魔石の像の半身が落下を始める──直後。それぞれの断面から急速に魔石が生え、そして伸びたかと思うと溶け合うかのように混ざり、瞬間魔石の像の身体は元通りとなっていた。

 そんな衝撃的な光景を目の当たりにして、僕はさらに勢いを強めて地面を蹴りつける。先程以上に地面を陥没させながら、グンと加速した僕の元に、また新たな腕が捉えようと迫る。

 腕を躱しながら、僕は今度は思い切り地面を踏みつけ、宙へ跳躍する。そして透かさず真下目掛けて剣を振るう。

「【斬撃波】ッ!」

 瞬間魔力の刃が爆ぜ砕け、凹み抉れた地面をさらに無残に破壊する。刃を受けた地面は深々と斬撃の跡を刻まれ、そして宙に大小様々な瓦礫の塊を巻き上げる。

 それらに視線をやり、僕は適切な瓦礫を選別し、頭の中で道筋ルートを繋げる。そして何の迷いもなくその通りに動いた。

 落下する瓦礫を蹴って、蹴って蹴って蹴って。僕は空中を突き進む。腕の追跡を躱しながら、蹴る度にその速度を増しながら。

 そして再び、僕は剣を振るった。今度は地面にではなく、近くにあった廃屋へと。

 魔力の斬撃は易々と廃屋を断ち、断たれた廃屋は崩壊を始める。落下するその巨大な残骸をあらん限り力強く蹴りつけ、僕はさらに宙を跳んだ。

 跳び上がった僕を包み込むように無数の腕が取り囲む──前に、僕は叫んだ。

「【魔力放出マナバースト】ッ!!」

 瞬間、僕の身体から膨大な魔力が勢いよく放たれ、取り囲もうとした腕を一本残らず吹き飛ばしてみせる。そのまま身を屈ませ落下を早めさせた僕は、苦もなく無事に着地する。

 落下を受け止めた地面はやはり派手に陥没してしまったが、それに構うことなく僕は即座に駆け出す。離れていた魔石の像は、もう目の前にいた。

 ──間合いは詰めた。絶対に逃がさない。

 冷静に判断する傍ら、僕は魔石の像に斬りかかる。対する像も背の巨腕が握る大剣を振り下ろす。その見た目とは裏腹に、素早い。

 僕の剣と像の大剣。二つの剣身が衝突し、その間に火花を咲かす。それに遅れて────大剣の剣身に罅が走り、刹那甲高い音を立てて砕けた。

 僕は刹那にも止まらず、ただ剣を振るう。像もまた別の大剣で受け、そして砕かれる。それをあと六回繰り返し────結果、瞬く間に魔石の像は得物を失うことになった。

 空手となった巨腕が、今度は僕自身を握り潰さんと八本一斉に捉えにかかる。だが僕は退がらず逆に一歩、前に詰めた。そして続け様に叫ぶ。

「遅い!【魔力放出】ッ!!」

 瞬間、僕から爆発するように放たれた魔力が八本の巨腕を弾き飛ばし、直後その全てが粉々に砕け散り、薄青い燐光だけを残して宙に霧散した。

 得物のみならず、巨腕までも失った魔石の像──不意にその周囲の空間が揺らぐ気配を察知し、僕は長剣を握る手に力を込める。

「させない!そんな隙は与えないッ!」

 剣を振りかぶったまま、僕は地面を蹴りつける。像の懐に飛び込んで、駆ける勢いそのままに剣を振り下ろす──直前。

 バキンッ──そんな、以前にも一度聴いた音がしたかと思うと、今まさに振り下ろそうとしていた剣が、無情にも砕け散った。

 ──なっ……!?

 戦闘中の、得物の破損────瞬間、僕の脳裏に光景が過ぎる。

『この遊戯ゲームは私の勝ち、ということだなあ』

 あの時もそうだった。剣を失い、僕は負けた。先輩を守れなかった。



 そして今、またしても僕はこの手に握り締める剣を砕かれ、失った。



 攻撃が一拍遅れ、その隙に魔石の像の周囲が揺らぐ。そしてあの無数の腕が虚空から現れ、その全てが魔石の像の元に集合する。集合した腕たちは像の腕へと群がり、絡まり、繋がっていく。

 そこにあったのは、先程ガラウさんを葬り去らんとしていた腕の巨槍。だが今僕が相対しているこれは明らかにより巨大で、堅牢で、そして鋭利だった。

 ──僕は、また負けるのか……?ここで、死ぬ……?

 得物を失い、心の中で呆然とそう呟き────俄然僕は拳を握り固めた。

「違うッ!負けない!死ねない!まだ、終わってないッッッ!!!」

 剣を砕かれたからなんだ。得物を失ったからどうした。それで負けた訳じゃない。死んだ訳じゃない。終わった訳じゃない。



 武器ならまだ、これがある。



 こちらに巨槍を構える魔石の像に対して、僕は握り締めたこの拳に魔力を集中させる。集中させると同時に、頭の中で一つの想像イメージを描き出す。

 僕はいつも見ていた。すぐ側で。すぐ傍で──すぐ隣で。その姿を、その戦いを。

 鮮やかな紅蓮に燃ゆる髪を揺らし、絶対不敵の笑みを浮かべて、その身一つ拳一つで、並み居る敵を薙ぎ倒してきた。

 そう、いつだってあの人は────ラグナ先輩はそうやって戦ってきたんだ。そうして戦っていたんだ。

 想像を固く、固く、固く固く固くただひたすらに。思い出せ、あの戦い方を。今はそれを、模倣する。

 ──もう絶対に心配させない不安にさせない。絶対の、絶対に。

 魔石の像が構えた巨槍の切先を見据え、僕は足で地面を踏みつける。腰を低く構え、拳を振りかぶる。

 そして────────





「もう二度と、絶対に泣かせたりするものかぁあああアアァァアアアアッッッ!!!!」





 ──────迫る巨槍へ、何処までも固く握り締めたこの拳をぶつけた。

 巨槍と拳。武器と武器が衝突し、その間と周囲に衝撃を伝わせ、暴風が逆巻く。そして巨槍の切先が折れ、その全体に亀裂が走り、弾け飛ぶように砕け散る。

 露出した魔石の像の腕。像もまた拳を握っており、それもまた僕の拳と衝突し────呆気なく砕けた。だがそれでも僕の拳は止まることなく宙を突き進み、がら空きとなっていた像の胸を打ち、貫いた。

















「……おいおい嘘だろ。ブッ倒しちまったぞ……あの、バケモンを」

 イズとアニャの魔石に込めた回復魔法による治療を終え、気を失ったリザを地面に寝かせたガラウが呆然と呟く。それも無理はない。目の前の激闘をその目で見た上でも、到底信じられない光景の連続だったのだから。

「まるで別人じゃねえか。同じ小僧にゃ思……」

 薄青い粒子と化し、風に流され霧散していく魔石の像と、拳を突き上げたままその場に静止しているクラハの姿を眺め、ふとガラウは一つの単語を思い出し、無意識にそれを呟いた。

「まさか、二重魔力核ダブルコアだってのか……?」
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