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ARKADIA──それが人であるということ──
ARKADIA────極者問答
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「待ってましたよ。数時間ぶりってとこですかね、サクラさん」
薄青い魔石の門の前で、日常と変わらない様子で、口調で、声音で言う。真白のローブに、それと同じく真白の髪をした、秒とて一定の色を保たない奇異な瞳を持つ一人の少女。
その名を、フィーリア=レリウ=クロミア。彼女もこの世界最強と謳われる《SS》冒険者の一人にして────世界を滅ぼす五つの『厄災』の一柱、『理遠悠神』アルカディアとして覚醒してしまった存在。
ニコニコとまだ幼さが残るその顔に可愛らしい笑顔を携えながら、フィーリアはサクラにそう声をかけたが、それに対して返事が返されることはない。サクラは、ここへ来る道中と同様に、依然として口を閉ざし黙ったままである。
サクラとフィーリアの間に静寂が流れる。その状態が数秒続いて、そしてまたフィーリアが少し残念そうにその口を開かせた。
「こうしてようやくまた、直に再会できたのにだんまりっていうのは流石の私も傷つきますよ?」
フィーリアのその言葉が効いたのか、そこでようやくサクラがこの街に足を踏み入れてから、今の今まで閉ざしていた口をゆっくりと開く。
「先程とは随分、口調も様子も違うようだが」
「ええ。だって演技してましたもん。ほら、ああいう堅苦しい方が雰囲気とか、威厳とかそういうの出るでしょう?それにサクラさんと直接会うんですから、あんな姿よりも親しみがある姿の方が良いかと思いまして」
相も変わらずに、その顔に不自然な程にニコニコとした笑顔を携えて。一体何がそんなに楽しいのか、やたら明るげな声音でさも嬉しそうに。そう、フィーリアはサクラに語る。
対してサクラはというと──仏頂面を浮かべ、そこに嘲笑を添えていた。
「直接、か。なるほど、物は言いようだな」
酷くつまらず、くだらないとでも言いたげなサクラのその言葉に、初めて彼女と相対するフィーリアが浮かべる笑顔に僅かな影が差す。しかしそれも一瞬のことで、すぐさまフィーリアはサクラに言う。
「言葉の真意は測りかねますが、ここで一つ私から、『厄災』としての私から親切な忠告をしてあげます。……今すぐその場で右に回って、戻ってください。そうすれば、全ては穏便に済みますよ」
フィーリアの忠告に対し、返事はない。だがそれは予想通りだったようで、仕方なさそうにわざとらしくため息を吐いて、再度フィーリアが言う。
「ここへ向かう道中、貴女も見かけましたよね?薄青い魔石の魔物を。もし貴女がこのまま先に進むというのならば、私は躊躇なくあれを市街地に差し向けます。何やら人間共は無意味な足掻きを試みるつもりのようですけど、わかってますよね?あの街に今いる冒険者では、あれには敵わないと貴女はわかっているはずですよねサクラさん。……言っておきますが私は本気ですよ。あの街を蹂躙することに対して、私は一切躊躇しない。あの街を血で染め上げることを厭いはしない」
何故なら、『厄災』だから。この世界を滅ぼす、第四の滅び。『理遠悠神』アルカディアだから────そう、笑顔のままに、笑顔を崩すことなくフィーリアは言いのける。……しかし、それでもサクラが再度その口を開くことはなかった。
そうしてまた、両者の間に静寂が流れ出す。重く、淀みを帯びた静寂が。
そしてまたしても、それを断ち払ったのはフィーリアであった。
「まあ、今さら訊くまでのことではないと重々承知しているんですが……それでも、敢えて訊きましょう。サクラさん、貴女は一体──何をしにここへ来たんですか?」
彼女と相対してから、必要最低限の言葉以外は交わさず、終始無言の姿勢をサクラは貫いた。
だが、しかし。ここでようやくそれも覆る。答えなどとうにわかり切った、明らかに見え透いたその問いかけに対して、初めてサクラが動きを見せる。
スッと、サクラの手が──自らの腰に下げる極東独自の武器である、刀の柄へと伸びて、そして静かに握られた。
「……そうだな。それには、こう返すとしよう」
チンッ──そう、サクラが言い終えるとほぼ同時に。そんな音が互いの間で小さく鳴り響く。
「……?」
彼女の一連の動作と言葉に、フィーリアは不可解そうに小首を傾げる。そんな彼女に対して、まるで突き放すかのようにきっぱりと、サクラが言った。
「それが聞きたいのであれば、紛い物など頼らずに、お前自身で改めて訊け」
最初、彼女のその言葉の意味が理解できなかったのか、そこでとうとうフィーリアの笑顔が消え失せ、怪訝そうに歪む。が、それすらもすぐさま消えて────ニイッと、口元が凶悪に吊り上がった。
「ああ、そうですか。やっぱり、そうでしたか」
口元を吊り上げたまま、フィーリアがそう言う。それと同時に彼女の髪が小さく微かに揺れた、その瞬間。
彼女の首が、横にずれた。
ズガガガッッッ──フィーリアの首がずれると全く同時に、彼女の背後にある塔の門も斜めに分断され、石同士を激しく擦り合わせるような轟音が旧市街地、どころか街の方にまで響き渡る。
ずれて落下するフィーリアの首が、一瞬にして薄青く変色し、ただの魔石の塊となって、宙で罅割れ砕けて霧散する。残された彼女の身体も同様に、やはり硝子細工のように細かく砕けて、崩壊していく。
『やっぱり!やっぱりやっぱりやっぱり!そうなんですね!?その気なんですねサクラさん!?』
一閃されて、分断された門が未だ轟音を鳴らして崩れゆく中で、そんなフィーリアの感極まった声が旧市街地中から響く。
『いいでしょう!ならば訊きましょう私自身で!だから早く来てくださいサクラさん──いや、『極剣聖』!その刃を我が首に振るってみせろ!我が滅びを、我が理想を阻んでみせろ!!』
フィーリア────否、『理遠悠神』アルカディアの声がこだまする。それを聞きながら、サクラはその場から進む。得物を握る手の、僅かな震えを押さえながら。
──……紛い物と頭でわかっていても、流石に少し堪えるな。
崩れ去る門を抜け、サクラは改めて見上げる。すぐ目の前に聳え立つ、薄青い魔石の巨塔を。その頂点を。
「……」
見上げて、ぽつりと呟いた。
「フィーリア。君は、勘違いしているよ」
薄青い魔石の門の前で、日常と変わらない様子で、口調で、声音で言う。真白のローブに、それと同じく真白の髪をした、秒とて一定の色を保たない奇異な瞳を持つ一人の少女。
その名を、フィーリア=レリウ=クロミア。彼女もこの世界最強と謳われる《SS》冒険者の一人にして────世界を滅ぼす五つの『厄災』の一柱、『理遠悠神』アルカディアとして覚醒してしまった存在。
ニコニコとまだ幼さが残るその顔に可愛らしい笑顔を携えながら、フィーリアはサクラにそう声をかけたが、それに対して返事が返されることはない。サクラは、ここへ来る道中と同様に、依然として口を閉ざし黙ったままである。
サクラとフィーリアの間に静寂が流れる。その状態が数秒続いて、そしてまたフィーリアが少し残念そうにその口を開かせた。
「こうしてようやくまた、直に再会できたのにだんまりっていうのは流石の私も傷つきますよ?」
フィーリアのその言葉が効いたのか、そこでようやくサクラがこの街に足を踏み入れてから、今の今まで閉ざしていた口をゆっくりと開く。
「先程とは随分、口調も様子も違うようだが」
「ええ。だって演技してましたもん。ほら、ああいう堅苦しい方が雰囲気とか、威厳とかそういうの出るでしょう?それにサクラさんと直接会うんですから、あんな姿よりも親しみがある姿の方が良いかと思いまして」
相も変わらずに、その顔に不自然な程にニコニコとした笑顔を携えて。一体何がそんなに楽しいのか、やたら明るげな声音でさも嬉しそうに。そう、フィーリアはサクラに語る。
対してサクラはというと──仏頂面を浮かべ、そこに嘲笑を添えていた。
「直接、か。なるほど、物は言いようだな」
酷くつまらず、くだらないとでも言いたげなサクラのその言葉に、初めて彼女と相対するフィーリアが浮かべる笑顔に僅かな影が差す。しかしそれも一瞬のことで、すぐさまフィーリアはサクラに言う。
「言葉の真意は測りかねますが、ここで一つ私から、『厄災』としての私から親切な忠告をしてあげます。……今すぐその場で右に回って、戻ってください。そうすれば、全ては穏便に済みますよ」
フィーリアの忠告に対し、返事はない。だがそれは予想通りだったようで、仕方なさそうにわざとらしくため息を吐いて、再度フィーリアが言う。
「ここへ向かう道中、貴女も見かけましたよね?薄青い魔石の魔物を。もし貴女がこのまま先に進むというのならば、私は躊躇なくあれを市街地に差し向けます。何やら人間共は無意味な足掻きを試みるつもりのようですけど、わかってますよね?あの街に今いる冒険者では、あれには敵わないと貴女はわかっているはずですよねサクラさん。……言っておきますが私は本気ですよ。あの街を蹂躙することに対して、私は一切躊躇しない。あの街を血で染め上げることを厭いはしない」
何故なら、『厄災』だから。この世界を滅ぼす、第四の滅び。『理遠悠神』アルカディアだから────そう、笑顔のままに、笑顔を崩すことなくフィーリアは言いのける。……しかし、それでもサクラが再度その口を開くことはなかった。
そうしてまた、両者の間に静寂が流れ出す。重く、淀みを帯びた静寂が。
そしてまたしても、それを断ち払ったのはフィーリアであった。
「まあ、今さら訊くまでのことではないと重々承知しているんですが……それでも、敢えて訊きましょう。サクラさん、貴女は一体──何をしにここへ来たんですか?」
彼女と相対してから、必要最低限の言葉以外は交わさず、終始無言の姿勢をサクラは貫いた。
だが、しかし。ここでようやくそれも覆る。答えなどとうにわかり切った、明らかに見え透いたその問いかけに対して、初めてサクラが動きを見せる。
スッと、サクラの手が──自らの腰に下げる極東独自の武器である、刀の柄へと伸びて、そして静かに握られた。
「……そうだな。それには、こう返すとしよう」
チンッ──そう、サクラが言い終えるとほぼ同時に。そんな音が互いの間で小さく鳴り響く。
「……?」
彼女の一連の動作と言葉に、フィーリアは不可解そうに小首を傾げる。そんな彼女に対して、まるで突き放すかのようにきっぱりと、サクラが言った。
「それが聞きたいのであれば、紛い物など頼らずに、お前自身で改めて訊け」
最初、彼女のその言葉の意味が理解できなかったのか、そこでとうとうフィーリアの笑顔が消え失せ、怪訝そうに歪む。が、それすらもすぐさま消えて────ニイッと、口元が凶悪に吊り上がった。
「ああ、そうですか。やっぱり、そうでしたか」
口元を吊り上げたまま、フィーリアがそう言う。それと同時に彼女の髪が小さく微かに揺れた、その瞬間。
彼女の首が、横にずれた。
ズガガガッッッ──フィーリアの首がずれると全く同時に、彼女の背後にある塔の門も斜めに分断され、石同士を激しく擦り合わせるような轟音が旧市街地、どころか街の方にまで響き渡る。
ずれて落下するフィーリアの首が、一瞬にして薄青く変色し、ただの魔石の塊となって、宙で罅割れ砕けて霧散する。残された彼女の身体も同様に、やはり硝子細工のように細かく砕けて、崩壊していく。
『やっぱり!やっぱりやっぱりやっぱり!そうなんですね!?その気なんですねサクラさん!?』
一閃されて、分断された門が未だ轟音を鳴らして崩れゆく中で、そんなフィーリアの感極まった声が旧市街地中から響く。
『いいでしょう!ならば訊きましょう私自身で!だから早く来てくださいサクラさん──いや、『極剣聖』!その刃を我が首に振るってみせろ!我が滅びを、我が理想を阻んでみせろ!!』
フィーリア────否、『理遠悠神』アルカディアの声がこだまする。それを聞きながら、サクラはその場から進む。得物を握る手の、僅かな震えを押さえながら。
──……紛い物と頭でわかっていても、流石に少し堪えるな。
崩れ去る門を抜け、サクラは改めて見上げる。すぐ目の前に聳え立つ、薄青い魔石の巨塔を。その頂点を。
「……」
見上げて、ぽつりと呟いた。
「フィーリア。君は、勘違いしているよ」
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