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ARKADIA──それが人であるということ──

ARKADIA────十六年前(その二十一)

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 何処と見慣れたことのない独自な意匠の真白の穢れなき祭服に、この世界オヴィーリスに唯一にして最大の宗教の象徴たる白金プラチナ十字架ロザリオ──この二つがアルヴァの中で結びつき、一つの推測が立つ。そしてそれは、彼女をにわかにも慄かせた。

 堪らず震える声音で、恐る恐るとアルヴァが訊ねる。

「……アンタは、まさか……」

 すると終始朗らかであった祭服の者の笑顔が────ニヤリと崩れて、初めて欠片ばかりの悪意をアルヴァに見せた。

「御名答」

 その言葉を耳にした瞬間、アルヴァはたちまち己の全身から血の気が引いていくのが、ありありとわかった。だが、それも無理はないのことだ。今自分の目の前にいる存在モノは、本来ならば到底顔を合わせることも、ましてやこのようにして会うことも叶いはしない存在なのだから。

 戦慄を上手く隠せないまま、アルヴァが口を開く。

「何故アン……貴方様が、こんな一冒険者組合ギルドのしがないGMギルドマスターの元にまで、わざわざ遠路遥々訪れたのでしょうか?」

「ははは。別に敬語なんて無理して使うことないよ。知らなかったとはいえ、今さらだろうしねぇ」

 滅多には使わない敬語になるアルヴァに対し、クスクスと祭服の者が笑って愉快そうに返す。しかし、依然としてアルヴァの表情は固いままだった。

「まあいいや。さっきも言った通り、こっちはただ一方的に話をしに来ただけなんだ。いや、話というよりは……お願いって言った方が正しいかな」

「……お願い、ですか」

 アルヴァの言葉に、祭服の者は静かに小さく頷く。そして続けて言った。

「単刀直入に言わせてもらうと、君が今保護している子──確かフィーリアって呼んでたよね。そのフィーリア君に関することなんだけども……大方、ヴィクター君から聞かされたでしょ?」

 ヴィクター────その名前に、微かにだがアルヴァが肩を跳ねさせたのを、祭服の者は見逃さなかった。

「……すみませんが、そのような方は存じ上げません」

「誤魔化さなくていいよぉ。忘れたくても、忘れられないでしょ。ねぇ?」

 腕を抱いて、目を少し逸らしながらそう答えたアルヴァに、ニコニコと祭服の者は朗らかな笑顔でそっとそう返す。何も言えず、黙り込んでしまった彼女に、至って平然としたまま祭服の者が続けた。

「さて揶揄うのもここまでにして。ヴィクター君が言っていたことは全て本当さ。フィーリア君──あの子は人間じゃあない。限りなく人間に似せられて創られた、予言書に記されしこの世界を滅ぼす五つの『厄災』の内一柱────『理遠悠神』アルカディア。そう遠くは未来に、必ず討たなければならない人類の敵なんだ」

 祭服の者の話を、アルヴァは黙って聞く。聞く傍らで、しかし俄かには信じ難い話であった。

 予言書に記されし『厄災』──『理遠悠神』アルカディア──人類が討つべき敵。そのどれもが、およそアルヴァの常識の埒外にある情報で、彼女の脳はそれを荒唐無稽の御伽噺だと決めつけたがっている。

 ……だが、それと同時に強く。はっきりと、鮮明に。あの時の記憶が蘇る。一年前、あの塔の最深部にて繰り広げられたあの光景が、アルヴァの瞼の裏で流される。

 破壊された壁や地面を修復するように覆う薄青い魔石。虹色の閃光に溺れ、次々と身体の内側から魔石に食い破られて絶命する男たちと────かつて心の底から信頼していた、己の良き理解者であり友だと思っていた者の、あまりにも酷たらしく凄惨だった死に様。

 アルヴァがそれらを想起する最中、祭服の者は静かな声で続ける。

「けど、今のアルカディアにそこまでの力はない。一年前は中途半端に、それも無理矢理起こされただけだからね。解放された溢れ出る魔力をただ無意味に撒き散らして、クロミア君を除くあの場にいた全員を魔石にして、終いには『創造主神の聖遺物オリジンズ・アーティファクト』であるあの塔を魔石漬けにしたところで、一旦は魔力を使い切って沈黙した」

 そこまで言って、そこで祭服の者は浮かべていた朗らかな笑顔を、少し崩して真剣な表情をする。それからその表情と同様に真剣な声で、アルヴァに語る。

「けれどね、もう封の役目を果たしていた蓋はこじ開けられてしまった。数年後か数十年後か……正確な日はまだわからないけど、いつの日か、アルカディア──いやフィーリア君はあの塔の元へ帰るだろう。そしてその時こそ、彼女はアルカディアとして課せられた役目の為に、真に力を振るう。その力で、今度こそこの世界を滅ぼすのさ」

「…………」

 言うなれば、それは予言であった。信憑性はない──しかしあの光景を、あまりにも強大に余る、人域を完全に逸脱した人外の魔力をその身から溢れさせ、その身に纏うあの時のフィーリアの姿を目の当たりにしたアルヴァにとっては、もはや信憑性がどうこうもなく、やたら焦燥を含む真実味を帯びたものだった。

 そして。それはアルヴァが、彼女が決して言いたくはなかった言葉を、この上なく苦悶させながら、その口から絞り出させた。

「つまるところ、アタシにフィーリアを……無力の身となっているあの子を、今の内に殺せと?」

 そう、堪らず顔を歪めさせて訊ねるアルヴァに、しかし祭服の者は再び笑顔になってこう返した。

「殺せるの?ねえクロミア君────君はフィーリア君を、あの子を殺せるのかい?」

 執務室は、沈黙に包まれた。祭服の問いかけに、アルヴァは何も答えられなかった。彼女はただ、黙って俯くことしかできないでいた。

「まあ、別に今殺せとは言わないよ。フィーリア君を殺すも生かすも、クロミア君の自由だ。君の好きにするといい。……ただ、今後フィーリア君をあの塔の中に入らせないようにしてほしいんだよね。近づくくらいは大丈夫だけど、中に入れちゃまだ駄目だ。まだ、時期じゃあないからさ」

 そんなアルヴァの様子を気にすることなく、祭服の者はそう言って、椅子から立ち上がった。

「これで話は終わりだよ。復帰初日で色々忙しいところごめんね──じゃあ帰ろうか。アクセル君、ラスティ君」

 言いながら、扉の方へ向かう祭服の者と少年アクセル────そして、気がつけば、いつの間にか開かれていた扉の向こうに、一人の女が壁にもたれかかるようにして立っていた。

 ──な……。

 真白の修道服をその身に包んだ、影のある妖艶な女であった。アルヴァのとは違う、濃い紫色の髪に、それと同じ色をした右の瞳。左の瞳がどうなっているのかは、生憎眼帯をしていた為わからない。

 その女からは、気配が全くと言っていいほどに感じられない。こうして直に目で見ているにも、見えているにも関わらず────その場にいると認識できない・・・・・・

 そのことに対して言い表せぬとてつもない戦慄を抱くアルヴァを、その女が見やる。右の瞳が放つその眼光は、獲物を前にした蛇のように鋭く、全身に絡みつくようであった。

「ッ……!」

 ゾクリとアルヴァの背筋に怖気が走るのと、ニタリとその女が口元を吊り上げたのは同時だった。

「もう会うことはないだろうけど、どうかアルカディアをよろしく────そして、その時・・・・は頼んだよ?」

 硬直するアルヴァに構うことなく、執務室から出た祭服の者はそう言って、だが彼女からの返事も待たずにアクセルが扉を閉めた。
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