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ARKADIA──それが人であるということ──
ARKADIA────十六年前(その十八)
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気がつくと、目の前が真っ暗だった。どこを見回しても、真っ暗で、光など何処にもなかった。
身体の自由が利かない。身体の自由が利かないまま、ただ沈んでいく感覚だけが広がっている──そう、今自分は沈んでいるのだ。
例えるなら、水の中だ。この暗闇は、水のようだ。だが不思議と息苦しいことはなく、どころか思いの外──心地良かった。
沈んでいく。ゆっくりと、何処までも。沈んで、沈んで──────
「ヘェイ」
──────唐突に、終わった。また気がつけば、あの果ても底も知れない暗闇は掻き消え、代わりに目の前に広がっていたのは澄み渡った青空と海と砂浜。そして立っている、一人の女性。透き通るような灰色の髪と、それと全く同じ色をした瞳を持つ、一人の女性。
「そろそろキミの出番だよ。『理遠悠神』のこと、よろしくネ?」
瞬間、またしても唐突にこの世界も終わりを告げた。
目を開けば、最初に飛び込んだのは染み一つない、白い天井。
──……ここ、は……。
鈍い思考をゆっくりと正常に、冴えさせながらアルヴァは視線を泳がす。泳がして、ここがマジリカにある病院の一室なのだと理解する。
それに続き、今自分は寝台に寝かされていることにも気づく。しかし、何故自分が病室で寝かされているのか、その理由が全くわからず、アルヴァは困惑を覚えながらも、とりあえず寝台から降りようとして──だが、身体が妙に重く、意思に反して上手く動くことができなかった。
──一体、どうなって……。
そのことに対して戸惑い────直後、アルヴァの脳裏を数々の記憶が過った。
『おかあさん!』
『初めまして。私はヴィクターと申します』
『魔石の落し子を、私に譲って頂けませんか?』
『フィーリアが、攫われ、た』
『『紅蓮』の実力……是非、一度味わっておきたい』
『僕が──────ヴィクターさ』
「……そうだ。私は、塔にいて……何で、私こんなとこに……」
あのあまりにも衝撃的な出来事を徐々に思い出しながら、アルヴァはなんとか上半身だけは起こす。それとほぼ同時に、不意にこの病室の扉が静かに、ゆっくりと開かれた。
咄嗟にアルヴァが扉の方に顔を向ける。そこにいたのは────
「……お母、さん?」
────フィーリア、だった。彼女は最初信じられないというような、そんな驚愕の表情を浮かべていたが、それもすぐさま歓喜の笑顔に変わって、そしてとてもではないが抑えられないというように、その場から駆け出した。
「起きたのお母さん!?良かった!」
そう言って、フィーリアはこちらに駆け寄ってくる。その姿がアルヴァには不思議とゆっくりに見えて、酷く懐かしく思えて、同時に言葉では表せない、暖かいモノでアルヴァの心が満たされ、溢れた。
──……ああ、フィーリア……フィーリア……!
そしてこちらに向かってくる愛しい我が娘を優しく抱き止めようと、思い切り抱き締めようとアルヴァは腕を振り上げる。先程まで上手く動かせなかったというのに、今度はあっさりと腕は動いてくれる。
「お母さん!」
満面の笑顔のまま、アルヴァの元に飛び込もうとするフィーリア。そんな可愛らしい少女の姿をアルヴァは微笑ましく見つめて、眺めて────直後、気づいてしまった。
フィーリアの右の瞳が七色入り混じり絡み合う虹に染まっていることに。左の瞳が無を形容するような灰に染まっていることに。そして天使のような笑顔浮かべるその顔に、流麗な曲線を描く一本の薄青い線が走っていることに。
瞬間、アルヴァの脳裏に蘇る。あの光景が。ヴィクターと彼の部下が一瞬に、瞬く間に呆気なく惨殺された、あの恐ろしく悍ましい光景が酷く鮮明に蘇ってくる。
そしてそれをやったあの時の、フィーリアの形を模した別の何かと、今こちらに向かってくるフィーリアの姿と──重なった。
「ッ!」
今思えば、それはアルヴァの、元冒険者としての危機感から来る防衛本能のようなものだったのだろう。アルヴァ自身、決して、決して絶対にそうしたいと考えて、そう行動した訳ではない。そんな訳も、はずもなかった。
だが、アルヴァはそうしてしまった。こちらに駆け寄り、抱き着こうと伸ばされたフィーリアの手を、彼女は。
パン──手で、払い除けてしまった。
「………え……?」
抱き着こうと伸ばした手を払われ、数歩後ろに退がったフィーリアが呆然と声を漏らす。遅れて今自分が何をしてしまったのか理解したアルヴァが、ハッと慌ててこちらから離れたフィーリアに声をかける。
「ち、違っ……違うんだフィーリア。これは、さっきのは違く、て……」
上手く言葉が出ないアルヴァを、フィーリアはただ見つめていた。その瞳は────酷く、寂しげだった。
「……お医者さん、呼んでくるね」
そう言うや否や、フィーリアは踵を返し、ゆっくりと歩き出す。そんな彼女をアルヴァはすぐ呼び止めようとしたが、そうする前にフィーリアは走り出し、急いでこの病室から出て行ってしまった。
「…………何、やってんだ私……この、馬鹿野郎……!」
やっとの思いで、それこそ死ぬ思い取り戻したというのに、自らの手で突き放してしまった小さな背中を見送って、独り病室に残されたアルヴァは抱き締めようとしたその手で、寝台のシーツを握り締め、顔を後悔で歪ませながらただそう呟くことしかできなかった。
身体の自由が利かない。身体の自由が利かないまま、ただ沈んでいく感覚だけが広がっている──そう、今自分は沈んでいるのだ。
例えるなら、水の中だ。この暗闇は、水のようだ。だが不思議と息苦しいことはなく、どころか思いの外──心地良かった。
沈んでいく。ゆっくりと、何処までも。沈んで、沈んで──────
「ヘェイ」
──────唐突に、終わった。また気がつけば、あの果ても底も知れない暗闇は掻き消え、代わりに目の前に広がっていたのは澄み渡った青空と海と砂浜。そして立っている、一人の女性。透き通るような灰色の髪と、それと全く同じ色をした瞳を持つ、一人の女性。
「そろそろキミの出番だよ。『理遠悠神』のこと、よろしくネ?」
瞬間、またしても唐突にこの世界も終わりを告げた。
目を開けば、最初に飛び込んだのは染み一つない、白い天井。
──……ここ、は……。
鈍い思考をゆっくりと正常に、冴えさせながらアルヴァは視線を泳がす。泳がして、ここがマジリカにある病院の一室なのだと理解する。
それに続き、今自分は寝台に寝かされていることにも気づく。しかし、何故自分が病室で寝かされているのか、その理由が全くわからず、アルヴァは困惑を覚えながらも、とりあえず寝台から降りようとして──だが、身体が妙に重く、意思に反して上手く動くことができなかった。
──一体、どうなって……。
そのことに対して戸惑い────直後、アルヴァの脳裏を数々の記憶が過った。
『おかあさん!』
『初めまして。私はヴィクターと申します』
『魔石の落し子を、私に譲って頂けませんか?』
『フィーリアが、攫われ、た』
『『紅蓮』の実力……是非、一度味わっておきたい』
『僕が──────ヴィクターさ』
「……そうだ。私は、塔にいて……何で、私こんなとこに……」
あのあまりにも衝撃的な出来事を徐々に思い出しながら、アルヴァはなんとか上半身だけは起こす。それとほぼ同時に、不意にこの病室の扉が静かに、ゆっくりと開かれた。
咄嗟にアルヴァが扉の方に顔を向ける。そこにいたのは────
「……お母、さん?」
────フィーリア、だった。彼女は最初信じられないというような、そんな驚愕の表情を浮かべていたが、それもすぐさま歓喜の笑顔に変わって、そしてとてもではないが抑えられないというように、その場から駆け出した。
「起きたのお母さん!?良かった!」
そう言って、フィーリアはこちらに駆け寄ってくる。その姿がアルヴァには不思議とゆっくりに見えて、酷く懐かしく思えて、同時に言葉では表せない、暖かいモノでアルヴァの心が満たされ、溢れた。
──……ああ、フィーリア……フィーリア……!
そしてこちらに向かってくる愛しい我が娘を優しく抱き止めようと、思い切り抱き締めようとアルヴァは腕を振り上げる。先程まで上手く動かせなかったというのに、今度はあっさりと腕は動いてくれる。
「お母さん!」
満面の笑顔のまま、アルヴァの元に飛び込もうとするフィーリア。そんな可愛らしい少女の姿をアルヴァは微笑ましく見つめて、眺めて────直後、気づいてしまった。
フィーリアの右の瞳が七色入り混じり絡み合う虹に染まっていることに。左の瞳が無を形容するような灰に染まっていることに。そして天使のような笑顔浮かべるその顔に、流麗な曲線を描く一本の薄青い線が走っていることに。
瞬間、アルヴァの脳裏に蘇る。あの光景が。ヴィクターと彼の部下が一瞬に、瞬く間に呆気なく惨殺された、あの恐ろしく悍ましい光景が酷く鮮明に蘇ってくる。
そしてそれをやったあの時の、フィーリアの形を模した別の何かと、今こちらに向かってくるフィーリアの姿と──重なった。
「ッ!」
今思えば、それはアルヴァの、元冒険者としての危機感から来る防衛本能のようなものだったのだろう。アルヴァ自身、決して、決して絶対にそうしたいと考えて、そう行動した訳ではない。そんな訳も、はずもなかった。
だが、アルヴァはそうしてしまった。こちらに駆け寄り、抱き着こうと伸ばされたフィーリアの手を、彼女は。
パン──手で、払い除けてしまった。
「………え……?」
抱き着こうと伸ばした手を払われ、数歩後ろに退がったフィーリアが呆然と声を漏らす。遅れて今自分が何をしてしまったのか理解したアルヴァが、ハッと慌ててこちらから離れたフィーリアに声をかける。
「ち、違っ……違うんだフィーリア。これは、さっきのは違く、て……」
上手く言葉が出ないアルヴァを、フィーリアはただ見つめていた。その瞳は────酷く、寂しげだった。
「……お医者さん、呼んでくるね」
そう言うや否や、フィーリアは踵を返し、ゆっくりと歩き出す。そんな彼女をアルヴァはすぐ呼び止めようとしたが、そうする前にフィーリアは走り出し、急いでこの病室から出て行ってしまった。
「…………何、やってんだ私……この、馬鹿野郎……!」
やっとの思いで、それこそ死ぬ思い取り戻したというのに、自らの手で突き放してしまった小さな背中を見送って、独り病室に残されたアルヴァは抱き締めようとしたその手で、寝台のシーツを握り締め、顔を後悔で歪ませながらただそう呟くことしかできなかった。
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