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ARKADIA──それが人であるということ──
ARKADIA────十六年前(その十四)
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「これも貴重な体験です。元『六険』第二位、『紅蓮』の実力……是非、一度味わっておきたい」
そう言って、ビクンと鼓動するように震える漆黒の右腕を、ヴィクターが振り上げる。
「私の理想通りであれば、恐らく可能なはずです」
ヴィクターがそう言った直後、振り上げたその黒い右腕が激しく蠢く。粘度のある液体を棒で掻き混ぜるような音に伴って、辛うじて人間の腕を模していたその形が歪み、崩れ、変形する。その光景は、頑健な精神の持ち主であるアルヴァに、生理的嫌悪感を抱かせる程度には気色悪いものだった。
──気持ち悪りぃな……アイツ一体何を……。
ヴィクターの一挙一動が上手く読めず、アルヴァは戸惑う。先程の罠のこともあり、彼女が動くにも動けないでいる、その時だった。
ガキンッ──言うなれば、それは金属音であった。その音の発生源は、ヴィクターの黒い右腕からで、先程から絶えず一つの形を留めていなかったそれは、一瞬にして鋭利な黒い刃と化していたのだ。
「成功です。まだ少し時間はかかりますが、形態変化もできますね」
先程から続く、予想だにしない光景の連続に、またしても面食らうアルヴァを他所に、ヴィクターが他人事のように淡々と言葉をそう述べる。そして、唐突に彼は刃となった右腕を軽く振るった。
言うまでもなく、今ヴィクターとアルヴァの距離は開いている。どうやっても、その刃が彼女に届くことはないくらいには、だ。そんなことは彼も承知しているはず。しかし、彼は振るった。下から、まるで掬い上げるように、その刃を。
刃が切り進む。まるでバターでも切るかのように、何の抵抗もなくスルスルと地面を覆う魔石を切りながら、伸びてアルヴァに迫る。
「ッ!?」
大した速度ではなかった。常人であればともかく、アルヴァからすれば、思わず欠伸が出そうになるほどに、その黒刃は遅い。……しかし、腕自体がまるで餅のようにグンと伸びたことに、流石の彼女もギョッとしてしまい、固まってしまった。
結果、刃の接近を首元にまでアルヴァは許してしまい────
「く、ぅあッ!!」
────しかし、それでもギリギリの直前で反応に間に合い、咄嗟に上半身を後ろに倒し、何とか躱した。彼女の首を切り損ねた刃が、すぐ眼前を通り過ぎていく。
──もう少し速かったら、終わってた……!
全身から冷や汗を滲ませながら、アルヴァは心の中で呟く。そして次を警戒しすぐさま背後を振り返る。
黒刃は過ぎ去った後も止まらず、宙を滑っており、その進路にはヴィクターと似たような仮面を被った、彼の部下と思われる一人の男が立っていた。
ザシュッ──しかし黒刃が止まることなく、それどころかその勢いを全く緩めず、そして一切の躊躇なく、その部下の身体を斜めに通り過ぎた。
「……な」
堪らずアルヴァの口から、信じられないというような声が漏れる。それと同時に恐らくまだ作業中だったのだろうその部下の身体が、斜めに分断されて地面に血と臓物を撒き散らして落下した。
「なるほど。形態変化を用いると、制御に多少の難が発生するようです。有益な情報が取れました」
絶句するアルヴァを他所に、自分の部下を斬殺したというのに、平然とした様子でヴィクターがそう言う。そんな彼をアルヴァは正気を疑うような目で睨めつける。
──コイツ、イカれてるにも限度があるだろ……!?
そんなアルヴァの心の内を見抜いたのか、ヴィクターが彼女に言葉を投げかける。
「彼の名はリルトと言います。優秀な部下でした。私としても、残念です」
「はぁ……?」
自分の不手際で殺しておいて、一体何を言い出すのか────そう言わんばかりにアルヴァが声を漏らして、直後彼女はその場から跳び退く。
瞬間、先程まで彼女が立っていた場所を、黒刃が通過した。その道中、また別のヴィクターの部下が一人いたのだが、少し遅れてその身体は左右に分かれた。
「彼はアルウィン。彼もまた優秀な部下だったのですが……残念ですよ」
何の感情もなくそう言って、続けてヴィクターは黒刃を操る。最初こそ軌道も直線的で、速度も大したものではなかったのだが、それも秒刻みで改善されていく。黒刃が、まるで一つの生物のようにアルヴァをしつこく粘り強く追跡する。
アルヴァが身を捻って黒刃を躱す。ヴィクターの部下の上半身と下半身が切り離される。
「ああ、ダンテ。貴方も優秀でしたね」
アルヴァがしゃがんで黒刃を躱す。ヴィクターの部下の首が宙を舞う。
「ハイネ。貴方も優秀な部下でした」
アルヴァが身体を傾け黒刃を躱す。ヴィクターの部下がまた一人、死ぬ。黒刃に胸を貫かれたその部下は、他の者よりも背丈が低く、それだけで見ればまだ若い青年のように思えた。それを裏付けるかのように、やはり終始変わることのない声音でヴィクターが言う。
「ロヴェルツ……君も、優秀で将来有望な子でしたよ。本当に、本当に残念でなりません」
「ッ……!」
とてもではないがそう思ってるとは全く思えない、ヴィクターの言葉を聞き、遂にアルヴァの堪忍袋の尾が切れた。
「さっきからいい加減にしとけよお前ェッ!!部下を、自分の仲間を何だと思ってやがんだこのド畜生があッ!!!」
己の腹を焼く憤怒に任せ、アルヴァは叫ぶ。そして今の今まで躊躇っていた手段を、彼女は解放した。
「お前は生きてちゃいけねえ人種だ!生かしちゃいけねえ人種だ!だから、私が引導を渡す!渡してやる今ここでッ!!お前を、地獄の底にブチ叩き込むッ!!!!」
迫っていた黒刃を難なく躱し、アルヴァは地面を蹴りつける。瞬間、彼女の姿がその場から消え去った。それから少し遅れて、先程まで彼女が立っていた地面が、爆発でも起きたかのように吹き飛んだ。
地面が大きく抉れ、覆っていた魔石も砕けて大小無数の欠片となって、宙に飛散し周囲に節操なく散っていく。
ヴィクターの視界に、アルヴァの姿は映っていない。ただ、彼の眼前の地面が凄まじい勢いで次々と爆ぜ砕け、その度に魔石が欠片となって飛び散る。いっそ幻想的と思えてしまうその光景を目の当たりにしながら、やはり淡々と彼は呟いた。
「【強化】ですか。それも相当に強力なものようですね。その身体でそんな無茶を行うとは……もしや、死ぬおつもりですか?」
それはアルヴァに対する、ヴィクターの問いかけ。しかしそれに彼女が答えることはない。
ヴィクターが正面を向いている中────アルヴァは、既に彼の背後に回っていた。
──速度は圧倒的にこっちが勝ってる。その首、蹴り落としてやるよッ!
ここまで駆けた勢いを殺さずに、アルヴァは振り上げた右足にその全てを乗せる。もはやその蹴撃は人の目で捉えられるような代物ではなく、そして直撃すれば圧し折れるどころか、そのまま千切れ飛ぶまでの、殺人的な威力を秘めていた。
その殺傷力極まった蹴撃を、少しの躊躇もなく、一切の迷いなく、アルヴァはヴィクターの後頭部目掛けて一息に振り下ろす──────直前。
彼女の首を、黒い右手が掴んだ。
「が、ッ?!」
掴んだと同時に、凄まじい膂力でアルヴァの身体が持ち上げられ、そのまま一気に後方へと持っていかれ、思い切り壁に叩きつけられる。魔石が砕かれる甲高い音と、壁が破壊される轟音が鳴り響いて、叩きつけられたアルヴァの背中に巨大なクレーターが発生し、そこを中心に大きな亀裂やら罅やらが無数に広がっていった。
「ぎ、は…ぁ……!」
一体何が起きたのか、アルヴァは理解できなかった。しようとして、それを背中を襲う重過ぎる鈍痛によって阻まれる。
肺に残されていた空気を根刮ぎ絞り出され、アルヴァは咄嗟に新たな空気を肺に取り込もうとして、しかしその直前に凄まじい力で首を締められてしまう。
「がッ」
ギリギリと、首が締められる。気道が圧迫され、アルヴァの呼吸が阻害される。肺に新たな空気を取り込めず、命の危機からくる生存本能か、彼女は暴れようとするが、首を締める力がより一層増し、それすらもできなかった。
──何で。ヴィクターは私が背後に回ってることに気づいていなかった。そもそも、私の動きを全然捉えられていなかった。なのに、何で……!?
命が脅かされ、逆にそれで次第に冷静になっていった思考を、必死にアルヴァは回す。それから無意識に視線をこちらの首を掴んで締めているヴィクターの右手に向け、彼女は目を見開かせた。
「確かに、私には貴女の動きは全く見えていませんでした。だから、そうしたんですよ」
そう言うヴィクターの右手、いや伸びた黒い右腕全体に────びっしりと、百個は超えるだろう目玉があった。その全てが、アルヴァのことを無機質に見つめていたのだ。
「たとえ私の目が捉えられずとも、他の目が貴女を捉えます」
アルヴァの首を掴む右手に、力が込められる。込められていく。このままでは窒息する前に、首が握り潰される。……いや、この男はそうするつもりなのだろうと、呆然としながらアルヴァは思う。
「アルヴァ=レリウ=クロミア。貴女は素晴らしい方でした。ここで殺してしまうのが、非常に惜しいです。しかし、計画遂行の為、私は心を鬼にしましょう」
次第に、アルヴァの全身から力が抜け始める。そして感覚すらも抜けて、徐々に目の前が暗くなっていく。
──……なんて様だよ。これじゃあ、同じじゃないか。四年前と、同じ……。
振り上げようとしていた手が、だらりと下がる。もう、身体に力を込めることすら、今のアルヴァにはできない。ぼんやりと、彼女の耳にヴィクターの声が届いてくる。
「私は進みます。五人の大切な部下と、貴女の亡骸を踏み越えて、私は進み続けます。それが私にできる、先生への恩返しなのですから。……さあ、終わらせましょう」
そしてヴィクターは右手に最大限の力を込めようとする。そうすれば、アルヴァの今にも潰れそうな細い首など、一瞬にして握り潰されてしまうだろう。
その直前────アルヴァは、視界を前に向けた。
「…………」
中央に聳え立つ、巨大な魔石の柱。中心が空洞となっており、そこに収められている──まだ幼い少女の姿が、再度映った。
──……フィー……リア……。
瞬間、アルヴァの脳裏に在りし日の光景が、静かに過った。
そう言って、ビクンと鼓動するように震える漆黒の右腕を、ヴィクターが振り上げる。
「私の理想通りであれば、恐らく可能なはずです」
ヴィクターがそう言った直後、振り上げたその黒い右腕が激しく蠢く。粘度のある液体を棒で掻き混ぜるような音に伴って、辛うじて人間の腕を模していたその形が歪み、崩れ、変形する。その光景は、頑健な精神の持ち主であるアルヴァに、生理的嫌悪感を抱かせる程度には気色悪いものだった。
──気持ち悪りぃな……アイツ一体何を……。
ヴィクターの一挙一動が上手く読めず、アルヴァは戸惑う。先程の罠のこともあり、彼女が動くにも動けないでいる、その時だった。
ガキンッ──言うなれば、それは金属音であった。その音の発生源は、ヴィクターの黒い右腕からで、先程から絶えず一つの形を留めていなかったそれは、一瞬にして鋭利な黒い刃と化していたのだ。
「成功です。まだ少し時間はかかりますが、形態変化もできますね」
先程から続く、予想だにしない光景の連続に、またしても面食らうアルヴァを他所に、ヴィクターが他人事のように淡々と言葉をそう述べる。そして、唐突に彼は刃となった右腕を軽く振るった。
言うまでもなく、今ヴィクターとアルヴァの距離は開いている。どうやっても、その刃が彼女に届くことはないくらいには、だ。そんなことは彼も承知しているはず。しかし、彼は振るった。下から、まるで掬い上げるように、その刃を。
刃が切り進む。まるでバターでも切るかのように、何の抵抗もなくスルスルと地面を覆う魔石を切りながら、伸びてアルヴァに迫る。
「ッ!?」
大した速度ではなかった。常人であればともかく、アルヴァからすれば、思わず欠伸が出そうになるほどに、その黒刃は遅い。……しかし、腕自体がまるで餅のようにグンと伸びたことに、流石の彼女もギョッとしてしまい、固まってしまった。
結果、刃の接近を首元にまでアルヴァは許してしまい────
「く、ぅあッ!!」
────しかし、それでもギリギリの直前で反応に間に合い、咄嗟に上半身を後ろに倒し、何とか躱した。彼女の首を切り損ねた刃が、すぐ眼前を通り過ぎていく。
──もう少し速かったら、終わってた……!
全身から冷や汗を滲ませながら、アルヴァは心の中で呟く。そして次を警戒しすぐさま背後を振り返る。
黒刃は過ぎ去った後も止まらず、宙を滑っており、その進路にはヴィクターと似たような仮面を被った、彼の部下と思われる一人の男が立っていた。
ザシュッ──しかし黒刃が止まることなく、それどころかその勢いを全く緩めず、そして一切の躊躇なく、その部下の身体を斜めに通り過ぎた。
「……な」
堪らずアルヴァの口から、信じられないというような声が漏れる。それと同時に恐らくまだ作業中だったのだろうその部下の身体が、斜めに分断されて地面に血と臓物を撒き散らして落下した。
「なるほど。形態変化を用いると、制御に多少の難が発生するようです。有益な情報が取れました」
絶句するアルヴァを他所に、自分の部下を斬殺したというのに、平然とした様子でヴィクターがそう言う。そんな彼をアルヴァは正気を疑うような目で睨めつける。
──コイツ、イカれてるにも限度があるだろ……!?
そんなアルヴァの心の内を見抜いたのか、ヴィクターが彼女に言葉を投げかける。
「彼の名はリルトと言います。優秀な部下でした。私としても、残念です」
「はぁ……?」
自分の不手際で殺しておいて、一体何を言い出すのか────そう言わんばかりにアルヴァが声を漏らして、直後彼女はその場から跳び退く。
瞬間、先程まで彼女が立っていた場所を、黒刃が通過した。その道中、また別のヴィクターの部下が一人いたのだが、少し遅れてその身体は左右に分かれた。
「彼はアルウィン。彼もまた優秀な部下だったのですが……残念ですよ」
何の感情もなくそう言って、続けてヴィクターは黒刃を操る。最初こそ軌道も直線的で、速度も大したものではなかったのだが、それも秒刻みで改善されていく。黒刃が、まるで一つの生物のようにアルヴァをしつこく粘り強く追跡する。
アルヴァが身を捻って黒刃を躱す。ヴィクターの部下の上半身と下半身が切り離される。
「ああ、ダンテ。貴方も優秀でしたね」
アルヴァがしゃがんで黒刃を躱す。ヴィクターの部下の首が宙を舞う。
「ハイネ。貴方も優秀な部下でした」
アルヴァが身体を傾け黒刃を躱す。ヴィクターの部下がまた一人、死ぬ。黒刃に胸を貫かれたその部下は、他の者よりも背丈が低く、それだけで見ればまだ若い青年のように思えた。それを裏付けるかのように、やはり終始変わることのない声音でヴィクターが言う。
「ロヴェルツ……君も、優秀で将来有望な子でしたよ。本当に、本当に残念でなりません」
「ッ……!」
とてもではないがそう思ってるとは全く思えない、ヴィクターの言葉を聞き、遂にアルヴァの堪忍袋の尾が切れた。
「さっきからいい加減にしとけよお前ェッ!!部下を、自分の仲間を何だと思ってやがんだこのド畜生があッ!!!」
己の腹を焼く憤怒に任せ、アルヴァは叫ぶ。そして今の今まで躊躇っていた手段を、彼女は解放した。
「お前は生きてちゃいけねえ人種だ!生かしちゃいけねえ人種だ!だから、私が引導を渡す!渡してやる今ここでッ!!お前を、地獄の底にブチ叩き込むッ!!!!」
迫っていた黒刃を難なく躱し、アルヴァは地面を蹴りつける。瞬間、彼女の姿がその場から消え去った。それから少し遅れて、先程まで彼女が立っていた地面が、爆発でも起きたかのように吹き飛んだ。
地面が大きく抉れ、覆っていた魔石も砕けて大小無数の欠片となって、宙に飛散し周囲に節操なく散っていく。
ヴィクターの視界に、アルヴァの姿は映っていない。ただ、彼の眼前の地面が凄まじい勢いで次々と爆ぜ砕け、その度に魔石が欠片となって飛び散る。いっそ幻想的と思えてしまうその光景を目の当たりにしながら、やはり淡々と彼は呟いた。
「【強化】ですか。それも相当に強力なものようですね。その身体でそんな無茶を行うとは……もしや、死ぬおつもりですか?」
それはアルヴァに対する、ヴィクターの問いかけ。しかしそれに彼女が答えることはない。
ヴィクターが正面を向いている中────アルヴァは、既に彼の背後に回っていた。
──速度は圧倒的にこっちが勝ってる。その首、蹴り落としてやるよッ!
ここまで駆けた勢いを殺さずに、アルヴァは振り上げた右足にその全てを乗せる。もはやその蹴撃は人の目で捉えられるような代物ではなく、そして直撃すれば圧し折れるどころか、そのまま千切れ飛ぶまでの、殺人的な威力を秘めていた。
その殺傷力極まった蹴撃を、少しの躊躇もなく、一切の迷いなく、アルヴァはヴィクターの後頭部目掛けて一息に振り下ろす──────直前。
彼女の首を、黒い右手が掴んだ。
「が、ッ?!」
掴んだと同時に、凄まじい膂力でアルヴァの身体が持ち上げられ、そのまま一気に後方へと持っていかれ、思い切り壁に叩きつけられる。魔石が砕かれる甲高い音と、壁が破壊される轟音が鳴り響いて、叩きつけられたアルヴァの背中に巨大なクレーターが発生し、そこを中心に大きな亀裂やら罅やらが無数に広がっていった。
「ぎ、は…ぁ……!」
一体何が起きたのか、アルヴァは理解できなかった。しようとして、それを背中を襲う重過ぎる鈍痛によって阻まれる。
肺に残されていた空気を根刮ぎ絞り出され、アルヴァは咄嗟に新たな空気を肺に取り込もうとして、しかしその直前に凄まじい力で首を締められてしまう。
「がッ」
ギリギリと、首が締められる。気道が圧迫され、アルヴァの呼吸が阻害される。肺に新たな空気を取り込めず、命の危機からくる生存本能か、彼女は暴れようとするが、首を締める力がより一層増し、それすらもできなかった。
──何で。ヴィクターは私が背後に回ってることに気づいていなかった。そもそも、私の動きを全然捉えられていなかった。なのに、何で……!?
命が脅かされ、逆にそれで次第に冷静になっていった思考を、必死にアルヴァは回す。それから無意識に視線をこちらの首を掴んで締めているヴィクターの右手に向け、彼女は目を見開かせた。
「確かに、私には貴女の動きは全く見えていませんでした。だから、そうしたんですよ」
そう言うヴィクターの右手、いや伸びた黒い右腕全体に────びっしりと、百個は超えるだろう目玉があった。その全てが、アルヴァのことを無機質に見つめていたのだ。
「たとえ私の目が捉えられずとも、他の目が貴女を捉えます」
アルヴァの首を掴む右手に、力が込められる。込められていく。このままでは窒息する前に、首が握り潰される。……いや、この男はそうするつもりなのだろうと、呆然としながらアルヴァは思う。
「アルヴァ=レリウ=クロミア。貴女は素晴らしい方でした。ここで殺してしまうのが、非常に惜しいです。しかし、計画遂行の為、私は心を鬼にしましょう」
次第に、アルヴァの全身から力が抜け始める。そして感覚すらも抜けて、徐々に目の前が暗くなっていく。
──……なんて様だよ。これじゃあ、同じじゃないか。四年前と、同じ……。
振り上げようとしていた手が、だらりと下がる。もう、身体に力を込めることすら、今のアルヴァにはできない。ぼんやりと、彼女の耳にヴィクターの声が届いてくる。
「私は進みます。五人の大切な部下と、貴女の亡骸を踏み越えて、私は進み続けます。それが私にできる、先生への恩返しなのですから。……さあ、終わらせましょう」
そしてヴィクターは右手に最大限の力を込めようとする。そうすれば、アルヴァの今にも潰れそうな細い首など、一瞬にして握り潰されてしまうだろう。
その直前────アルヴァは、視界を前に向けた。
「…………」
中央に聳え立つ、巨大な魔石の柱。中心が空洞となっており、そこに収められている──まだ幼い少女の姿が、再度映った。
──……フィー……リア……。
瞬間、アルヴァの脳裏に在りし日の光景が、静かに過った。
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