391 / 440
ARKADIA──それが人であるということ──
ARKADIA────十六年前(その九)
しおりを挟む
「フィーリアちゃんを──魔石の落し子を私に譲って頂けませんか?」
黒衣を身に纏う自称研究者、ヴィクターは。まるで至って普通に、さも平然とそうアルヴァに言った。その言葉には、不気味なくらいに感情というものが込められていなかった。
「……は?」
これには流石のアルヴァも絶句し、辛うじてそう返すことしかできなかった。そんな彼女に対して、ヴィクターは淡々と続ける。
「いや実はですね。先ほども申し上げた通り、私は魔石の研究を行っていまして。それでとある方から支援を条件に、とある計画を任されているんです。ですがここだけの話……その計画というのが今、少々難航しておりまして。が、しかしです。フィーリアちゃんがあれば、その計画が大幅に進歩、いえ完成させることができるかもしれないのですよ」
まあ極秘の計画なので、その詳しい内容等は説明しかねますが──そう言いながら、ヴィクターは【次元箱】を開き、そこからやけに頑丈そうな銀色のケースを取り出す。そしてそれをテーブルの上に無造作に置いた。
「無論、無償でという訳ではありません」
言って、ヴィクターはそのケースを開く。中に入っていたのは──大量のOrs紙幣だった。
「とりあえず、一千万は用意しました」
至って普通に、己は正常であると主張するかのように。ヴィクターがそう言う。瞬間────アルヴァの中で、辛うじて彼女を押し留めていたモノが、音を立てて千切れた。
「……どうか致しましたか?」
無言で黙っているアルヴァの様子を変に思ったのか、ヴィクターがそう訊ねる。そんな彼の言葉に対して、アルヴァが口を開く。
「どうか、致しましたかだって?そりゃこっちの台詞だよ。どうかしてんのは、お前の方だろ」
言いながら、アルヴァは目の前に座る男を睨めつける。その紫紺の瞳には、視界に映る全てを焼き尽くす烈火の如き、憤怒の激情が揺らめいていた。
身と心を焦がす怒りに、堪らず震える声でアルヴァが続ける。
「そもそもの話、何様のつもりだいお前。他人の私事にズカズカ割って入り込んで、挙げ句の果てにフィーリアを金で寄越せって……あの子は物じゃないんだよ。ふざけるのも大概にしやがれこの腐れ研究者が」
もはや殺意を毛ほども隠さずに、躊躇も遠慮も容赦もなく直情的にぶつけてくるアルヴァに対し、ヴィクターはほんの僅かだけ沈黙したかと思うと、すぐさま合点がいったように言った。
「ああ、そうですね。確かに私はふざけてました。魔石の落し子の価値を見誤っていた。一千万程度の額では足りませんよね」
「はあ?」
意味がわからない、というようなアルヴァの声を無視するように、ヴィクターは続ける。
「では言い値で買い取ります、アルヴァ=レリウ=クロミア殿。とはいえ流石に限度というのもありますので、一億以上となると「帰れ」
もう、論外であった。アルヴァは一秒でもこの男を視界に入れたくなかった。あらん限りの怒りと嫌悪を込めて、ヴィクターの言葉を遮って彼女は言う。
「今すぐ帰れさっさと帰れとっとと帰りやがれクソ野郎。ちょびっとばかりの親切心で教えてやるが、これ以上私と会話しても、お前の望むものは絶対に手に入らない。絶対に、だ。それが理解できたんなら一秒でも早くここから消えてくれ。もう二度とその趣味の悪い仮面面を私に見せるな。私の前から失せろ、クソったれ」
「………」
ヴィクターは、黙った。仮面をしているせいで、彼が今一体どんな表情を浮かべているのか、アルヴァが窺うことはできないが、よしんばそれができても彼女は死んでもしなかっただろう。
そうして数秒経ち、不意にヴィクターが声を上げた。
「わかりました。今日のところは帰りましょう」
言って、彼はケースを閉じ、再びそれを【次元箱】へと放り投げる。そして椅子から立ち上がると、そのまま扉の方に向かう。
「また後日、返事を聞きます。今日からしばらく、私もこの街に滞在しようと思いますので。……次は良い返事を期待してますよ」
先ほどのアルヴァの言葉を聞いていなかったのか、ヴィクターはそう言い残す。当然その言葉にアルヴァが黙っていられるはずがなく、すぐさま先ほど以上にキツい罵声を浴びせようとしたが、彼女がそうするよりも早く彼は扉を開け、部屋から出て行った。
バタン──扉がゆっくりと閉じられ、部屋にはアルヴァ一人が残された。
「…………」
少し経って、深々とアルヴァがため息を吐く。そして懐から一本の煙草を取り出し、咥えると反対側の先端に指先を近づける。一瞬だけ彼女の指先から火が噴いて、煙草に灯る。
「……ふぅ」
紫煙を吐き出して。ポツリと独り、アルヴァは呟いた。
「ストレス溜まっちまった……久々に、男でも食い漁ろうかね」
黒衣を身に纏う自称研究者、ヴィクターは。まるで至って普通に、さも平然とそうアルヴァに言った。その言葉には、不気味なくらいに感情というものが込められていなかった。
「……は?」
これには流石のアルヴァも絶句し、辛うじてそう返すことしかできなかった。そんな彼女に対して、ヴィクターは淡々と続ける。
「いや実はですね。先ほども申し上げた通り、私は魔石の研究を行っていまして。それでとある方から支援を条件に、とある計画を任されているんです。ですがここだけの話……その計画というのが今、少々難航しておりまして。が、しかしです。フィーリアちゃんがあれば、その計画が大幅に進歩、いえ完成させることができるかもしれないのですよ」
まあ極秘の計画なので、その詳しい内容等は説明しかねますが──そう言いながら、ヴィクターは【次元箱】を開き、そこからやけに頑丈そうな銀色のケースを取り出す。そしてそれをテーブルの上に無造作に置いた。
「無論、無償でという訳ではありません」
言って、ヴィクターはそのケースを開く。中に入っていたのは──大量のOrs紙幣だった。
「とりあえず、一千万は用意しました」
至って普通に、己は正常であると主張するかのように。ヴィクターがそう言う。瞬間────アルヴァの中で、辛うじて彼女を押し留めていたモノが、音を立てて千切れた。
「……どうか致しましたか?」
無言で黙っているアルヴァの様子を変に思ったのか、ヴィクターがそう訊ねる。そんな彼の言葉に対して、アルヴァが口を開く。
「どうか、致しましたかだって?そりゃこっちの台詞だよ。どうかしてんのは、お前の方だろ」
言いながら、アルヴァは目の前に座る男を睨めつける。その紫紺の瞳には、視界に映る全てを焼き尽くす烈火の如き、憤怒の激情が揺らめいていた。
身と心を焦がす怒りに、堪らず震える声でアルヴァが続ける。
「そもそもの話、何様のつもりだいお前。他人の私事にズカズカ割って入り込んで、挙げ句の果てにフィーリアを金で寄越せって……あの子は物じゃないんだよ。ふざけるのも大概にしやがれこの腐れ研究者が」
もはや殺意を毛ほども隠さずに、躊躇も遠慮も容赦もなく直情的にぶつけてくるアルヴァに対し、ヴィクターはほんの僅かだけ沈黙したかと思うと、すぐさま合点がいったように言った。
「ああ、そうですね。確かに私はふざけてました。魔石の落し子の価値を見誤っていた。一千万程度の額では足りませんよね」
「はあ?」
意味がわからない、というようなアルヴァの声を無視するように、ヴィクターは続ける。
「では言い値で買い取ります、アルヴァ=レリウ=クロミア殿。とはいえ流石に限度というのもありますので、一億以上となると「帰れ」
もう、論外であった。アルヴァは一秒でもこの男を視界に入れたくなかった。あらん限りの怒りと嫌悪を込めて、ヴィクターの言葉を遮って彼女は言う。
「今すぐ帰れさっさと帰れとっとと帰りやがれクソ野郎。ちょびっとばかりの親切心で教えてやるが、これ以上私と会話しても、お前の望むものは絶対に手に入らない。絶対に、だ。それが理解できたんなら一秒でも早くここから消えてくれ。もう二度とその趣味の悪い仮面面を私に見せるな。私の前から失せろ、クソったれ」
「………」
ヴィクターは、黙った。仮面をしているせいで、彼が今一体どんな表情を浮かべているのか、アルヴァが窺うことはできないが、よしんばそれができても彼女は死んでもしなかっただろう。
そうして数秒経ち、不意にヴィクターが声を上げた。
「わかりました。今日のところは帰りましょう」
言って、彼はケースを閉じ、再びそれを【次元箱】へと放り投げる。そして椅子から立ち上がると、そのまま扉の方に向かう。
「また後日、返事を聞きます。今日からしばらく、私もこの街に滞在しようと思いますので。……次は良い返事を期待してますよ」
先ほどのアルヴァの言葉を聞いていなかったのか、ヴィクターはそう言い残す。当然その言葉にアルヴァが黙っていられるはずがなく、すぐさま先ほど以上にキツい罵声を浴びせようとしたが、彼女がそうするよりも早く彼は扉を開け、部屋から出て行った。
バタン──扉がゆっくりと閉じられ、部屋にはアルヴァ一人が残された。
「…………」
少し経って、深々とアルヴァがため息を吐く。そして懐から一本の煙草を取り出し、咥えると反対側の先端に指先を近づける。一瞬だけ彼女の指先から火が噴いて、煙草に灯る。
「……ふぅ」
紫煙を吐き出して。ポツリと独り、アルヴァは呟いた。
「ストレス溜まっちまった……久々に、男でも食い漁ろうかね」
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる