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ARKADIA──それが人であるということ──
ARKADIA────十六年前(その三)
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『創造主神の聖遺物』────この世界を無から創み出したと、今現在なお神話として伝えられる最高神、『創造主神』が遺したという、この世の理ですら捻じ曲げかねない力を秘めた、魔道具と似て非なる物。
現在それがそうだと確認されている物は少なく、その上その全てがこの世界の法を統治する機関──『世界冒険者組合』によって、漏れなく回収され、管理されている。……ただ一つを除いて。
その一つというのが今アルヴァたちが調査しているこの塔である。どの年代に建てられたのかも不明であり、それこそ下手をすれば俗に神話と呼ばれる時代の建造物、と考察する遺跡学者も少なくはない。
しかしそれを確かめようにも、この塔を調査することはおろか近づくことすらも『世界冒険者組合』から禁じられていた。曰く、我々人類が触れるには、あまりにも分不相応であり、畏れ多い禁忌なのだという。
……そう、禁じられていた。禁じていたはずだった。
「……それが今更、どういう風の吹き回しだってんだい」
想像の程よりも幾分綺麗で、整っている通路を、しかし慎重に進む傍ら、アルヴァはそう小さくぼやく。注意して耳を澄まさなければ聞き取れないような、そんな小さな声量ではあったが、彼女の隣を歩く男──ジョシュアの耳には届いていた。
「どうしたんだいアルヴァ?そんなに苛ついていると、折角の美貌が台無しだよ?」
「煩い黙れ。……別に何でもないよ。一々気にするな」
「ならいいんだけどね」
調査の補助を務める数人の遺跡学者と、護衛である数人の《A》冒険者に取り囲まれるようにして、アルヴァとジョシュアは塔の通路を進む。進みながら、二人は他愛のない会話を交わす。
「それにしても、思っていたよりも中荒れてないね。壁も然程崩れていないし、この通り通路だって歩き易い。そして何よりも……空気が澄んでいる。塔の中にいるのに、まるで外みたいだ」
「……まあ、調査がし易いなら私は何だっていい」
「君のその淡白な反応、僕の予想通りだよ」
などという、他愛のない会話を繰り広げながら、アルヴァたち即席の調査隊は先を進んで行き────やがて、塔の最深部に続くのではと思われる通路に差し当たった時だった。
「これ、は……」
目の前に広がっている、その光景を目の当たりにしたジョシュアが呆然と呟く。アルヴァも、表面上は平然とはしていたが、内心はジョシュアと同じような面持ちでいた。
調査隊の眼前は、薄青い魔石で覆われていたのだ。
「魔石……?」
警戒しながらも、慎重な手つきでジョシュアがすぐ側の壁を覆っていた魔石に触れる。
「……普通だ。アルヴァ、これは至って普通の魔石だよ。しかし、何故塔の内部にこんな魔石が──っと?」
突然、アルヴァはジョシュアの肩を掴み、彼を後ろに退がらせる。それとほぼ同時のことであった。
パキキ──妙に澄んで、何処か軋んだような音が響く。それに遅れて、調査隊の面々の前に広がっていた薄青い魔石が、固体である筈の魔石が、まるで流体のように蠢き出した。
「な、何だ!?」
遺跡学者と《A》冒険者たちが、その奇怪で信じ難い光景の前に堪らずざわめき立つ。しかしそんな中でも、アルヴァとジョシュアは冷静だった。装っている訳でもなく、二人は冷静に目の前の光景を眺めていた。
薄青い魔石は絶えず蠢き、流動しながらも一点へと収束する。壁を覆っていた魔石も、通路に張っていた魔石も、その全てが。
液体のようになった魔石は幻想的とも思える薄青い燐光を周囲に振り撒きながら、やがて溶け合い混ざり合い、一体となって────突如柱のように突き立ち、硬化した。
いっそ不気味とさえ思える勢いで蠢いていた魔石は、その形を保ったまま静止する。そのまま数秒が過ぎ、ぽつりと一人の冒険者が呟く。
「止まった……?」
瞬間、魔石の柱全体に罅が走る。走って、内側から爆発でもしたかのように弾けて崩れる。しかしその勢いとは裏腹に破片は周囲に飛び散らず──どころか、驚いたことにその一つ一つが宙で固められたように止まった。
宙で止まっていた破片はやがてゆっくりと、まるで何かに引き寄せられるようにして、互いが互いにくっつき、そして合体していく。
気がつけば────調査隊の目の前には、薄青い魔石で出来た、酷く歪で角張った、刺々しい人型の物体が立っていた。予想だにしない光景の連続に、驚き固まるしかないでいる調査隊の面々へと、顔らしき部分がパキバキという音を立てながら、ぎこちなく向けられる。
「……モ、魔物!?岩人形か!?」
「アルヴァ様!お下がりください!」
正気を取り戻した冒険者たちが、それぞれの経験を生かし、各々の得物を抜き、全員前に出る──直前、そんな彼らに対してアルヴァは淡々と告げた。
「アンタらが下がりな。じゃないと、死ぬよ」
アルヴァの言葉を受けて、冒険者たちが一斉に彼女の方を見る。彼らの視線を浴びながら、悠々とアルヴァはその場から歩き出して、岩人形と思しきその魔石の魔物と彼女は対峙する。
──ざっと見、〝殲滅級〟最上位……下手すれば〝絶滅級〟か。とんだ化け物が潜んでたもんだ。
内心そう呟きながら、アルヴァは嘆息する。だが同時に安堵もした──何故なら、今この場に自分がいなかったのなら、間違いなく調査隊は全滅していただろうから。
魔石の魔物の、恐らく腕と思われる鋭く尖った部分に警戒しながら、アルヴァは息を吐いて、己の魔力を手元に集中させる。一瞬彼女の手元から赤光が散ったかと思うと──ボウ、と大気を焼き焦がす音を響かせて、短剣を模したような、細長く幅広い炎が噴き出した。
「ア、アルヴァ……」
心配と不安で満ちたジョシュアの声が静かに、その場に響く。だが彼の声に対してアルヴァが振り返ることは決してなく、彼女は噴き出したその炎を何の躊躇いもなく己が手で握り締めた。
アルヴァと魔石の魔物が、沈黙と静寂の元で互いを見合う。ジョシュアも、学者たちも、冒険者たちも、誰も彼もが押し黙る最中──先に動いたのは。
パキンッ──魔石の魔物だった。
現在それがそうだと確認されている物は少なく、その上その全てがこの世界の法を統治する機関──『世界冒険者組合』によって、漏れなく回収され、管理されている。……ただ一つを除いて。
その一つというのが今アルヴァたちが調査しているこの塔である。どの年代に建てられたのかも不明であり、それこそ下手をすれば俗に神話と呼ばれる時代の建造物、と考察する遺跡学者も少なくはない。
しかしそれを確かめようにも、この塔を調査することはおろか近づくことすらも『世界冒険者組合』から禁じられていた。曰く、我々人類が触れるには、あまりにも分不相応であり、畏れ多い禁忌なのだという。
……そう、禁じられていた。禁じていたはずだった。
「……それが今更、どういう風の吹き回しだってんだい」
想像の程よりも幾分綺麗で、整っている通路を、しかし慎重に進む傍ら、アルヴァはそう小さくぼやく。注意して耳を澄まさなければ聞き取れないような、そんな小さな声量ではあったが、彼女の隣を歩く男──ジョシュアの耳には届いていた。
「どうしたんだいアルヴァ?そんなに苛ついていると、折角の美貌が台無しだよ?」
「煩い黙れ。……別に何でもないよ。一々気にするな」
「ならいいんだけどね」
調査の補助を務める数人の遺跡学者と、護衛である数人の《A》冒険者に取り囲まれるようにして、アルヴァとジョシュアは塔の通路を進む。進みながら、二人は他愛のない会話を交わす。
「それにしても、思っていたよりも中荒れてないね。壁も然程崩れていないし、この通り通路だって歩き易い。そして何よりも……空気が澄んでいる。塔の中にいるのに、まるで外みたいだ」
「……まあ、調査がし易いなら私は何だっていい」
「君のその淡白な反応、僕の予想通りだよ」
などという、他愛のない会話を繰り広げながら、アルヴァたち即席の調査隊は先を進んで行き────やがて、塔の最深部に続くのではと思われる通路に差し当たった時だった。
「これ、は……」
目の前に広がっている、その光景を目の当たりにしたジョシュアが呆然と呟く。アルヴァも、表面上は平然とはしていたが、内心はジョシュアと同じような面持ちでいた。
調査隊の眼前は、薄青い魔石で覆われていたのだ。
「魔石……?」
警戒しながらも、慎重な手つきでジョシュアがすぐ側の壁を覆っていた魔石に触れる。
「……普通だ。アルヴァ、これは至って普通の魔石だよ。しかし、何故塔の内部にこんな魔石が──っと?」
突然、アルヴァはジョシュアの肩を掴み、彼を後ろに退がらせる。それとほぼ同時のことであった。
パキキ──妙に澄んで、何処か軋んだような音が響く。それに遅れて、調査隊の面々の前に広がっていた薄青い魔石が、固体である筈の魔石が、まるで流体のように蠢き出した。
「な、何だ!?」
遺跡学者と《A》冒険者たちが、その奇怪で信じ難い光景の前に堪らずざわめき立つ。しかしそんな中でも、アルヴァとジョシュアは冷静だった。装っている訳でもなく、二人は冷静に目の前の光景を眺めていた。
薄青い魔石は絶えず蠢き、流動しながらも一点へと収束する。壁を覆っていた魔石も、通路に張っていた魔石も、その全てが。
液体のようになった魔石は幻想的とも思える薄青い燐光を周囲に振り撒きながら、やがて溶け合い混ざり合い、一体となって────突如柱のように突き立ち、硬化した。
いっそ不気味とさえ思える勢いで蠢いていた魔石は、その形を保ったまま静止する。そのまま数秒が過ぎ、ぽつりと一人の冒険者が呟く。
「止まった……?」
瞬間、魔石の柱全体に罅が走る。走って、内側から爆発でもしたかのように弾けて崩れる。しかしその勢いとは裏腹に破片は周囲に飛び散らず──どころか、驚いたことにその一つ一つが宙で固められたように止まった。
宙で止まっていた破片はやがてゆっくりと、まるで何かに引き寄せられるようにして、互いが互いにくっつき、そして合体していく。
気がつけば────調査隊の目の前には、薄青い魔石で出来た、酷く歪で角張った、刺々しい人型の物体が立っていた。予想だにしない光景の連続に、驚き固まるしかないでいる調査隊の面々へと、顔らしき部分がパキバキという音を立てながら、ぎこちなく向けられる。
「……モ、魔物!?岩人形か!?」
「アルヴァ様!お下がりください!」
正気を取り戻した冒険者たちが、それぞれの経験を生かし、各々の得物を抜き、全員前に出る──直前、そんな彼らに対してアルヴァは淡々と告げた。
「アンタらが下がりな。じゃないと、死ぬよ」
アルヴァの言葉を受けて、冒険者たちが一斉に彼女の方を見る。彼らの視線を浴びながら、悠々とアルヴァはその場から歩き出して、岩人形と思しきその魔石の魔物と彼女は対峙する。
──ざっと見、〝殲滅級〟最上位……下手すれば〝絶滅級〟か。とんだ化け物が潜んでたもんだ。
内心そう呟きながら、アルヴァは嘆息する。だが同時に安堵もした──何故なら、今この場に自分がいなかったのなら、間違いなく調査隊は全滅していただろうから。
魔石の魔物の、恐らく腕と思われる鋭く尖った部分に警戒しながら、アルヴァは息を吐いて、己の魔力を手元に集中させる。一瞬彼女の手元から赤光が散ったかと思うと──ボウ、と大気を焼き焦がす音を響かせて、短剣を模したような、細長く幅広い炎が噴き出した。
「ア、アルヴァ……」
心配と不安で満ちたジョシュアの声が静かに、その場に響く。だが彼の声に対してアルヴァが振り返ることは決してなく、彼女は噴き出したその炎を何の躊躇いもなく己が手で握り締めた。
アルヴァと魔石の魔物が、沈黙と静寂の元で互いを見合う。ジョシュアも、学者たちも、冒険者たちも、誰も彼もが押し黙る最中──先に動いたのは。
パキンッ──魔石の魔物だった。
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