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ARKADIA──それが人であるということ──
ARKADIA────理遠悠神
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『創造主神』が創りし世界、オヴィーリス。この世界には、古の時から言い伝えられる五つの存在がある。
それらの名は、滅びの厄災。オヴィーリスに破滅を齎す、終末の体現。一つ一つの形を成した、一つ一つの終焉。
第一の滅び────魔焉崩神エンディニグル。
第二の滅び────剣戟極神テンゲンアシュラ。
第三の滅び────輝闇堕神フォールンダウン。
第四の滅び────理遠悠神アルカディア。
第五の滅び────真世偽神ニュー。
人類はこれまでに第一、第二、第三の滅びを退けた。さあ、次なる滅びは理想による滅び。悠遠なる終焉。
悠久の理想郷が世界に築かれし瞬間──滅びは齎される。
想像していたよりも、塔の内部はそう入り組んではいなかった。まあ、だからといってスムーズに先に進める訳ではない──のだが。
フィーリアは歩いていく。一歩も立ち止まらず、迷いなく、淀みなく。塔の中を進んでいく。だが彼女の頭の中は困惑と戸惑いで満ちていた。
当然のことではあるが、フィーリアはこの塔の内部を知らない。知る由もない──だというのに、勝手に足が進む。まるで幼少時からそうしていたかのように、まるで慣れ親しんだ庭を散策するかのように、足が進んでいく。
それが彼女にとって、到底無視し得ない、堪らない疑問であった。だがそれを考える間も余裕もなく、ひたすら前進を続けていく。
途中途中、塔の外壁を覆っていた薄青い魔石を見かけた。どうやら魔石は内部にも渡って、この塔を侵食していたらしい────しかし、その全てがフィーリアの視界に入る度に、例外なく、片っ端から、独りでに砕け散っては解けるようにして、魔力の残滓となって宙に溶けていく。
フィーリアとて最初こそ、その現象に対して面食らいはしたが、それが何度も続けば流石に慣れる。今ではもう横目で流し見るだけで、彼女はそういうものものなんだなと、軽く済ませていた。
元々、これらの魔石は自分から発生したものだ。なので、今さらフィーリアがどうこう思うことはない。また途中、道を塞ぐようにして魔石が生えていたが、それも彼女が万色に絶え間なく変わる瞳で捉えれば、呆気なくそして儚く砕け散ってしまった。
そんな光景を数度目にしながら、塔の内部を進み続け────遂に、フィーリアはそこへ、辿り着いた。
恐らく、魔石塔の最深部──そこは、魔石に包まれていた。
天井も壁も石に覆われた地面も、その全てが薄青い魔石によって包まれていた。魔石に宿った魔力が、微弱に光を放ち、この場所全体を淡く照らし出していた。
「…………何、ここ」
フィーリアが、呆然と呟く。道中あれほど滑らかに、微かな淀みもなく進んでいた足は、ここに辿り着いた瞬間、また勝手に止まっていた。
思うように動かない足で、フィーリアは先に、この場所の中央に向かう。フラフラと、まるで花の蜜に誘われる蝶のように、中央へと。
そして途中、何回か転びそうになりながらも──フィーリアは、ようやくそれの元にまで、歩み寄れた。
フィーリアの眼前を、魔石が覆っていた。彼女の背丈を遥かに超す、それこそ天井を突き破らんばかりにまで巨大な、魔石だった。
──なんで。
フィーリアの動悸が、その勢いを徐々に増していく。じっとりと、滲み出てくる冷や汗が彼女の背中を湿らせていく。
──なんで、なんでなんでなんで。
フィーリアの瞳が捉えても、ここにある魔石には何の変化もなかった。そしてそれは、彼女のすぐ目の前にある巨大な、奇妙にも中心だけが砕けて、空洞となっている巨大な薄青い魔石も同じだった。
視線が外せない。フィーリアは、その魔石から──中心の空洞から目が離せない。彼女の動悸が、さらに速くなっていく。
──知らない。知らない知らない知らないこんなの私は知らない。なんで、なんで、なんで。
ずぐり、と。不意にフィーリアに頭痛が走る。脳髄の奥深くから、自分の全く知らない何かが、無理矢理這い出てくるような、強烈な不快感と痛烈な違和感に彼女は襲われる。
「っい、あ……!」
堪らずフィーリアはよろめいて、咄嗟に身体を支えようと手を伸ばす────すぐ目の前に聳え立つ、全く知らないのに知り尽くしている巨大な魔石に。
フィーリアの小さな白い手が、ゆっくりと伸びて──────その魔石に、触れた。
「……………………は?」
フィーリアは、目を見開く。魔石に触れている彼女の手が、わなわなと震える。
「ぇ、いや……なんっ……ぃや、嘘、嘘嘘嘘嘘」
今すぐ魔石から手を離せと、心が叫ぶ。しかし、それが秒も経たずに、容赦なく吹き飛ばされる。
「違う違う違う違う違う違う違う違う」
出鱈目に言葉を垂らしながら、ようやくフィーリアは魔石から手を離し、その場に両手を突く。彼女の顔は──まるで死人のように真白だった。
「私は、私は、私は…………」
亡霊のようにそう呟くフィーリアの瞳から、涙が落ちる。ぼたぼたと、止め処なく落ちていく。
「ああ……ぁ……ああああぁぁぁぁああ……」
フィーリアの心を、深い後悔が満たしていく。昏い絶望が覆っていく。
フィーリアの右の瞳が、虹に染まる。
フィーリアの左の瞳が、灰に染まる。
「………………そう、だったん、だ」
掠れて、震える声でそう呟いた瞬間──────それは全てを取り戻した。
僕が想像していたよりも、魔石塔の内部はそう複雑なものではなかった。だが途中壁が崩壊していたり、瓦礫が散らばっていたりと、進むには少々疲れる道のりではあった。
当然と言うべきか、魔物の気配は全く感じない。その点であれば、昔先輩と共に探索した遺跡などに比べれば幾らか楽だろう。
……だからといって、最低限の警戒は怠らない。魔物の気配を感じないからといって、そう安心できるものではない。魔物の中には意図的に気配を消せる種類もいるのだから。
体力を余計に削らぬ程度に注意を払いながら、僕と先輩、そしてサクラさんの三人で塔の内部を進む──いや、降りていく。
──……それにしても。
歩きながら、視界の端に映る魔石に意識を向ける。薄青い、魔石。……間違いなく、魔石塔の外壁を覆っていたものと同じものだろう。
……気のせい、だとは考えたい。自分の考え過ぎだと思いたい。しかし、これまで散々目にしてきた、この魔石は。
──以前、フィーリアさんが……。
ギュッ──不意に、僕の腕を何かが掴んだ。
咄嗟に顔を向けると、先輩が僕の腕を掴んでいた。……先輩が浮かべていた不安や怯えは、魔石塔に入るよりも深く、濃いものとなっていた。
「……先輩」
僕が声をかけると、先輩は戸惑った様子で口を開く。
「…………やっぱ、声すんだよ。さっきからずっと、何かが呼んで、やがる……!」
言いながら、先輩は掴むだけじゃなく、僕の腕に抱きついてくる。その身体は、僅かながら震えていた。
「それに、俺知らねえのに……こんな場所、全然知らねえのに……なんでこんなに懐かしいって思うんだよ……!」
……先輩の声は、震えていた。どうしようも、ないくらいに。そんな先輩に対して僕は言葉をかけようとして──代わりに、そっと自分の手をその華奢な肩に乗せた。
「……大丈夫ですよ、先輩。僕が、いますから」
僕の言葉など気休め程度にしかならないと思ったが、それでも先輩は充分だったようで、こくりと小さく頷いて僕の方に身体を寄せた。
「ウインドア」
突如、先を歩いていたサクラさんが口を開いて、僕と先輩の方に振り返った。
「この先が最深部かもしれん」
サクラさんはそう言って、それから少し言い淀むようにして、僕に続けた。
「……剣は、いつでも鞘から抜けるようにしておけ」
「え?」
それは一体どういうことですか、と僕が訊き返すよりも早く、サクラさんはまた歩き出してしまう。
──剣を抜けるようにって、なんで……。
サクラさんの言葉が引っ掛かったが、考えるのは後にして僕も先を進んだ。
魔石塔の最深部──と思われる場所。そこは大きく開けた場所となっていた。
「……ここ、は」
見渡しながら、僕は呆然と呟く。ただただ、圧倒される他なかった。
視線を向ける先全てに、あの薄青い魔石がある。しかもこの道中で見かけたものと、比較にもできない程に高純度なものだ。それがこの場所全体に──いや、この場所を包み込むようにしてそこら中から生え出している。
微弱な魔力を放ち自ら発光する魔石が作り出す景色は、非常に幻想的で、まるでここがオヴィーリスではない、別の異界のように感じられた。
……だが、僕は以前にも一度、似たような景色を目にしたことがある。そう────僕と先輩が迷い込んだ、緑色の魔石が生え出していた、あの洞窟で。
──同じ、だ……。
厄災の予言に記されし滅びの一つ、『魔焉崩神』エンディニグル。終焉を司る魔神の出現の影響によって、恐らく生み出されたのだろうあの洞窟。その最奥で目にしたように────この開けた場所の中央部には、極太の柱のような魔石が突き立っている。……そして、その魔石の元に。
「フィ、フィーリアさん!」
今朝からその姿を消していた、フィーリアさんの姿があった。彼女はこちらに背を向けて、目の前にあるその魔石を見上げていた。
思わず咄嗟に一歩踏み出そうとして──寸前、バッとそれをサクラさんに止められた。
「……サクラさん?何を……」
何故止めたのかと僕が訊く前に、声が響く。
「思ってたよりも、早かったですね」
それは紛れもなく、フィーリアさんの声だった。……そう、それは間違いない。だが、その声音は──ゾッとするほどに無感情で、無機質極まりないものだった。
瞬間、僕の身体に重圧がのしかかってくる。全身から、冷や汗が滲み出してくる。
「……フィーリア、さん……?」
呆然と、半ば無意識に僕はそう呟く。わからなかった。何故フィーリアさんから、こんな威圧感が放たれているのか、全く理解できなかった。
呆気に取られている間に、フィーリアさんがゆっくりと僕たちの方に振り返る。
「……私、全部思い出したんです」
振り返ったフィーリアさんの顔は、無表情だった。感情など欠片程も感じさせないくらいに、無表情だった。その無表情な顔には────薄青い、紋様のような刺青が走っている。
「長話もなんでしょう。手短に、手っ取り早く言いますね──私って、実は人間じゃなかったんですよ」
普段とかけ離れた、一切色の変わらない虹の瞳と灰の瞳でこちらを眺めながら、フィーリアさんがそう言う。何も言えずにいる僕と先輩、サクラさんの三人に向けて、彼女は言う。
「では、改めて名乗らせてもらいます──人間」
ただただ、固まるしかない僕たち三人にはっきりと────こう告げた。
「私が『理遠悠神』アルカディア。厄災の予言に記されし、滅びの一つ形り」
それらの名は、滅びの厄災。オヴィーリスに破滅を齎す、終末の体現。一つ一つの形を成した、一つ一つの終焉。
第一の滅び────魔焉崩神エンディニグル。
第二の滅び────剣戟極神テンゲンアシュラ。
第三の滅び────輝闇堕神フォールンダウン。
第四の滅び────理遠悠神アルカディア。
第五の滅び────真世偽神ニュー。
人類はこれまでに第一、第二、第三の滅びを退けた。さあ、次なる滅びは理想による滅び。悠遠なる終焉。
悠久の理想郷が世界に築かれし瞬間──滅びは齎される。
想像していたよりも、塔の内部はそう入り組んではいなかった。まあ、だからといってスムーズに先に進める訳ではない──のだが。
フィーリアは歩いていく。一歩も立ち止まらず、迷いなく、淀みなく。塔の中を進んでいく。だが彼女の頭の中は困惑と戸惑いで満ちていた。
当然のことではあるが、フィーリアはこの塔の内部を知らない。知る由もない──だというのに、勝手に足が進む。まるで幼少時からそうしていたかのように、まるで慣れ親しんだ庭を散策するかのように、足が進んでいく。
それが彼女にとって、到底無視し得ない、堪らない疑問であった。だがそれを考える間も余裕もなく、ひたすら前進を続けていく。
途中途中、塔の外壁を覆っていた薄青い魔石を見かけた。どうやら魔石は内部にも渡って、この塔を侵食していたらしい────しかし、その全てがフィーリアの視界に入る度に、例外なく、片っ端から、独りでに砕け散っては解けるようにして、魔力の残滓となって宙に溶けていく。
フィーリアとて最初こそ、その現象に対して面食らいはしたが、それが何度も続けば流石に慣れる。今ではもう横目で流し見るだけで、彼女はそういうものものなんだなと、軽く済ませていた。
元々、これらの魔石は自分から発生したものだ。なので、今さらフィーリアがどうこう思うことはない。また途中、道を塞ぐようにして魔石が生えていたが、それも彼女が万色に絶え間なく変わる瞳で捉えれば、呆気なくそして儚く砕け散ってしまった。
そんな光景を数度目にしながら、塔の内部を進み続け────遂に、フィーリアはそこへ、辿り着いた。
恐らく、魔石塔の最深部──そこは、魔石に包まれていた。
天井も壁も石に覆われた地面も、その全てが薄青い魔石によって包まれていた。魔石に宿った魔力が、微弱に光を放ち、この場所全体を淡く照らし出していた。
「…………何、ここ」
フィーリアが、呆然と呟く。道中あれほど滑らかに、微かな淀みもなく進んでいた足は、ここに辿り着いた瞬間、また勝手に止まっていた。
思うように動かない足で、フィーリアは先に、この場所の中央に向かう。フラフラと、まるで花の蜜に誘われる蝶のように、中央へと。
そして途中、何回か転びそうになりながらも──フィーリアは、ようやくそれの元にまで、歩み寄れた。
フィーリアの眼前を、魔石が覆っていた。彼女の背丈を遥かに超す、それこそ天井を突き破らんばかりにまで巨大な、魔石だった。
──なんで。
フィーリアの動悸が、その勢いを徐々に増していく。じっとりと、滲み出てくる冷や汗が彼女の背中を湿らせていく。
──なんで、なんでなんでなんで。
フィーリアの瞳が捉えても、ここにある魔石には何の変化もなかった。そしてそれは、彼女のすぐ目の前にある巨大な、奇妙にも中心だけが砕けて、空洞となっている巨大な薄青い魔石も同じだった。
視線が外せない。フィーリアは、その魔石から──中心の空洞から目が離せない。彼女の動悸が、さらに速くなっていく。
──知らない。知らない知らない知らないこんなの私は知らない。なんで、なんで、なんで。
ずぐり、と。不意にフィーリアに頭痛が走る。脳髄の奥深くから、自分の全く知らない何かが、無理矢理這い出てくるような、強烈な不快感と痛烈な違和感に彼女は襲われる。
「っい、あ……!」
堪らずフィーリアはよろめいて、咄嗟に身体を支えようと手を伸ばす────すぐ目の前に聳え立つ、全く知らないのに知り尽くしている巨大な魔石に。
フィーリアの小さな白い手が、ゆっくりと伸びて──────その魔石に、触れた。
「……………………は?」
フィーリアは、目を見開く。魔石に触れている彼女の手が、わなわなと震える。
「ぇ、いや……なんっ……ぃや、嘘、嘘嘘嘘嘘」
今すぐ魔石から手を離せと、心が叫ぶ。しかし、それが秒も経たずに、容赦なく吹き飛ばされる。
「違う違う違う違う違う違う違う違う」
出鱈目に言葉を垂らしながら、ようやくフィーリアは魔石から手を離し、その場に両手を突く。彼女の顔は──まるで死人のように真白だった。
「私は、私は、私は…………」
亡霊のようにそう呟くフィーリアの瞳から、涙が落ちる。ぼたぼたと、止め処なく落ちていく。
「ああ……ぁ……ああああぁぁぁぁああ……」
フィーリアの心を、深い後悔が満たしていく。昏い絶望が覆っていく。
フィーリアの右の瞳が、虹に染まる。
フィーリアの左の瞳が、灰に染まる。
「………………そう、だったん、だ」
掠れて、震える声でそう呟いた瞬間──────それは全てを取り戻した。
僕が想像していたよりも、魔石塔の内部はそう複雑なものではなかった。だが途中壁が崩壊していたり、瓦礫が散らばっていたりと、進むには少々疲れる道のりではあった。
当然と言うべきか、魔物の気配は全く感じない。その点であれば、昔先輩と共に探索した遺跡などに比べれば幾らか楽だろう。
……だからといって、最低限の警戒は怠らない。魔物の気配を感じないからといって、そう安心できるものではない。魔物の中には意図的に気配を消せる種類もいるのだから。
体力を余計に削らぬ程度に注意を払いながら、僕と先輩、そしてサクラさんの三人で塔の内部を進む──いや、降りていく。
──……それにしても。
歩きながら、視界の端に映る魔石に意識を向ける。薄青い、魔石。……間違いなく、魔石塔の外壁を覆っていたものと同じものだろう。
……気のせい、だとは考えたい。自分の考え過ぎだと思いたい。しかし、これまで散々目にしてきた、この魔石は。
──以前、フィーリアさんが……。
ギュッ──不意に、僕の腕を何かが掴んだ。
咄嗟に顔を向けると、先輩が僕の腕を掴んでいた。……先輩が浮かべていた不安や怯えは、魔石塔に入るよりも深く、濃いものとなっていた。
「……先輩」
僕が声をかけると、先輩は戸惑った様子で口を開く。
「…………やっぱ、声すんだよ。さっきからずっと、何かが呼んで、やがる……!」
言いながら、先輩は掴むだけじゃなく、僕の腕に抱きついてくる。その身体は、僅かながら震えていた。
「それに、俺知らねえのに……こんな場所、全然知らねえのに……なんでこんなに懐かしいって思うんだよ……!」
……先輩の声は、震えていた。どうしようも、ないくらいに。そんな先輩に対して僕は言葉をかけようとして──代わりに、そっと自分の手をその華奢な肩に乗せた。
「……大丈夫ですよ、先輩。僕が、いますから」
僕の言葉など気休め程度にしかならないと思ったが、それでも先輩は充分だったようで、こくりと小さく頷いて僕の方に身体を寄せた。
「ウインドア」
突如、先を歩いていたサクラさんが口を開いて、僕と先輩の方に振り返った。
「この先が最深部かもしれん」
サクラさんはそう言って、それから少し言い淀むようにして、僕に続けた。
「……剣は、いつでも鞘から抜けるようにしておけ」
「え?」
それは一体どういうことですか、と僕が訊き返すよりも早く、サクラさんはまた歩き出してしまう。
──剣を抜けるようにって、なんで……。
サクラさんの言葉が引っ掛かったが、考えるのは後にして僕も先を進んだ。
魔石塔の最深部──と思われる場所。そこは大きく開けた場所となっていた。
「……ここ、は」
見渡しながら、僕は呆然と呟く。ただただ、圧倒される他なかった。
視線を向ける先全てに、あの薄青い魔石がある。しかもこの道中で見かけたものと、比較にもできない程に高純度なものだ。それがこの場所全体に──いや、この場所を包み込むようにしてそこら中から生え出している。
微弱な魔力を放ち自ら発光する魔石が作り出す景色は、非常に幻想的で、まるでここがオヴィーリスではない、別の異界のように感じられた。
……だが、僕は以前にも一度、似たような景色を目にしたことがある。そう────僕と先輩が迷い込んだ、緑色の魔石が生え出していた、あの洞窟で。
──同じ、だ……。
厄災の予言に記されし滅びの一つ、『魔焉崩神』エンディニグル。終焉を司る魔神の出現の影響によって、恐らく生み出されたのだろうあの洞窟。その最奥で目にしたように────この開けた場所の中央部には、極太の柱のような魔石が突き立っている。……そして、その魔石の元に。
「フィ、フィーリアさん!」
今朝からその姿を消していた、フィーリアさんの姿があった。彼女はこちらに背を向けて、目の前にあるその魔石を見上げていた。
思わず咄嗟に一歩踏み出そうとして──寸前、バッとそれをサクラさんに止められた。
「……サクラさん?何を……」
何故止めたのかと僕が訊く前に、声が響く。
「思ってたよりも、早かったですね」
それは紛れもなく、フィーリアさんの声だった。……そう、それは間違いない。だが、その声音は──ゾッとするほどに無感情で、無機質極まりないものだった。
瞬間、僕の身体に重圧がのしかかってくる。全身から、冷や汗が滲み出してくる。
「……フィーリア、さん……?」
呆然と、半ば無意識に僕はそう呟く。わからなかった。何故フィーリアさんから、こんな威圧感が放たれているのか、全く理解できなかった。
呆気に取られている間に、フィーリアさんがゆっくりと僕たちの方に振り返る。
「……私、全部思い出したんです」
振り返ったフィーリアさんの顔は、無表情だった。感情など欠片程も感じさせないくらいに、無表情だった。その無表情な顔には────薄青い、紋様のような刺青が走っている。
「長話もなんでしょう。手短に、手っ取り早く言いますね──私って、実は人間じゃなかったんですよ」
普段とかけ離れた、一切色の変わらない虹の瞳と灰の瞳でこちらを眺めながら、フィーリアさんがそう言う。何も言えずにいる僕と先輩、サクラさんの三人に向けて、彼女は言う。
「では、改めて名乗らせてもらいます──人間」
ただただ、固まるしかない僕たち三人にはっきりと────こう告げた。
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