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ARKADIA──それが人であるということ──
ARKADIA────残景追想(その三)
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「フィーリア!明日卒業するって本当なの!?」
サクラ──サドヴァ大陸極東の地、イザナに分布するという固有の植物──の咲き乱れた花弁が、微風によって宙へと無数に吹き飛ばされる、桃色一色の景色の中。それを貫くように、『魔道院』の制服に身を包んだナヴィアの声が響く。
そしてそれは、サクラの木に寄り添うようにして立つ、私────フィーリア=クロミアの耳に充分過ぎる程に届いた。
「……本当だよ。明日、私は『魔道院』を卒業する」
少々億劫だなと思いつつも、私はナヴィアに言う。まあ、顔はそちらに向けなかったが。そんな私の元に、彼女はズカズカと無遠慮にも近づいて来る。そして、またしても盛大な声量を以てその口を開いた。
「あ、貴方編入してからまだ一年しか経ってないでしょ!?なのに、どうやって……!」
大方予想通りであるナヴィアの言葉に、私は同じ言葉ではなく、とあるものを目の前に突き出す。彼女も最初の数秒はこれが何なのかわからなかったようだが、すぐさままたしても絶叫した。
「と、特例卒業証明書……ですってぇ!?」
「『魔道院』の御老公方の頭が固過ぎて、発行させるのにちょっと手間取ったけどね。私嫌われてるから、おか……師匠の手も結局借りちゃったし」
この『魔道院』が正式に設立されてから百五十年、その長い歴史を振り返ってみても、類を見ない偉業を成し遂げた私を、ナヴィアが悔しそうに睨みつける。しかし自分で思った以上にこの紙切れ一枚の効果はあったようで、彼女はもう何も言えなくなってしまっていた。
桃色の花弁が縦横無尽に舞う中、ちょっとした沈黙を挟んで、それから開き直ったようにまたナヴィアがその口を開いた。
「ふ、ふん!貴女が『魔道院』を卒業するとしても、関係ありませんわ。私は貴女に勝つまで、何時だって何度だって「あ、ごめんナヴィア。私卒業したら、すぐにマジリカを発つから」挑んで……え?」
割り込ませた私の言葉に、得意げにその学生が持つものにしては些か大きいと思える胸を張り、続けていたナヴィアが固まる。そして少し遅れて、彼女は私に問いかけてくる。
「マ、マジリカを発つって……それは一体、どういうことですの?フィーリア」
「どういうことも何も、そのまんまの意味。……ちょっと思うことがあって、さ。大魔道士の秘境に籠もりたいなーって」
私の返答を受けたナヴィアの顔が、見る見るうちに焦りの色で染まっていく。そして何を血迷ったか────
「で、でしたら!私も行きますわ!『魔道院』を中退してでも、貴女と一緒に……!」
────などと、とんでもないことを言い出し始めた。
「冗談なら笑えるのにしてよ。大体、仮にも『四大』が一家、ニベルン家の次期当主の御嬢様が、深き歴史と重き伝統ある『魔道院』を中退なんてしたら、立場とか面子とか……色々と不味いんじゃない?」
「それは、そうだけど……!」
ナヴィアはまだ何か言いたそうにはしていたが、私が言うまでもなくそのことは彼女自身が一番知っているし、理解している。
結局、それを最後にまたナヴィアは押し黙ってしまった。色素の濃い赤色の唇を、噛み締めて。
……腐れ縁という奴で、何だかんだ今まで付き合いのある彼女に対して、別に思うこと一つない程、私も薄情者ではなかったらしい。若干ばつが悪そうになりながらも、私は再度口を開く。
「まあ、もう一生この街には帰らないつもりとか、そういうのはないから、そこは安心していいよ」
「……ではいつ、この街にいつ帰ってくる気でいるつもりなの?」
その質問に対して、私は一瞬だけ迷って、そして答えた。
「四年……辺り?」
私のその返答に、やはり予想通りナヴィアは絶句してしまった。数秒彼女は固まっていたが、やがて諦めたように、中々に重いため息を吐いた。
「……そもそも、ちょっと思うことって一体…………」
言っている途中で、ハッとしながらナヴィアが私を見やる。そしてまるで確かめるかのように、こう続けた。
「フィーリア、貴女まだ……諦めてなかったの?」
ナヴィアのその言葉に対して、私はすぐに言葉を返すことができなかった。
そんな私のことを、ナヴィアは真摯な眼差しで見つめたかと思うと、すぐさまキッとまた睨みつけて、そして────
「私とここで勝負なさい!フィリィ!」
────と、この十年間で何百回も聞かされた言葉を、今までにないくらいに真剣な声音と表情で口にするのだった。
「……今思い返せば、ちゃんとした真剣勝負はあの日以来だったね」
酷い有様となった廃墟街の広場にて、フィーリアの呟きが静かに響き渡る。
フィーリアは地面に倒れたまま、微動だにしないナヴィアの傍に、ゆっくりと歩み寄る。彼女はもう完全にその意識を手放しており、目を覚ますことは暫くないだろう。
腰を下ろし、ナヴィアの身体に優しく、割れ物を扱うかのように丁寧に慎重に、フィーリアは手で触れる。
「骨折、十四箇所。打撲、全身。内出血、軽微。……想定よりかは、まだマシかな」
彼女の身体の状態を把握して、それからフィーリアは問題である右手へと視線を移す。改めて見ても酷たらしい惨状で、もはやこちらは普通の回復魔法では完全には治し切れないと判断する。
──無茶し過ぎ。
心の中でそう呟いて、フィーリアは軽く頭を振るう。けれど、それと同時に理解する。一体ナヴィアが、どんな思いで、どんな覚悟で──どれだけ、自分のことを止めたかったのか。
己の指を口元に近づけ、フィーリアは躊躇なく歯で噛む。痛みと共に皮膚が裂け、血が滲み出る。それを目で確認して、そっとナヴィアの右手に翳す。
「【神の血】」
フィーリアの言葉が宙に投げ出されると同時に、彼女の指から滴る血に癒しの魔力が宿る。そしてそれは、ナヴィアの右手にぽたりと落ちた。
瞬間、生理的嫌悪を催す生々しい音を立てながら、ナヴィアの右手がまるで生物のように蠢き始める。それからあっという間に神経やら骨やら筋肉やらが再構築され、新しく再生した皮膚がそれら全てを覆い、包み込んでいく。そして気がつけば──そこには、全くの無傷であるナヴィアの右手があった。
フィーリアはそれをしっかりと確認すると、その場から立ち上がり、ナヴィアの傍から離れる。
「……それくらいは多めに見てよ」
そう呟いてから、またフィーリアは歩き出す。ナヴィアに背を向け、最初と同じように──魔石塔の方へと。
もう振り返ることなく、ただ真っ直ぐに──────
「…………」
──────けれど、数歩歩いたところで、フィーリアは止まった。
その場に立ち止まって、少ししてからフィーリアはため息を吐く。それから、また再びナヴィアの方に戻って、今度は彼女の顔の傍に蹲み込んだ。
「……この際だから、今だから、さ。あんたに言っとく」
言いながら、フィーリアはナヴィアの髪に手を伸ばし、そっと掻き上げる。それから彼女の頬を指で優しくなぞりながら、柔らかで温かな声音で語りかけるように、フィーリアが言う。
「私ね、憧れてたんだ」
その言葉には、嘘も偽りもない。正真正銘の、心の底からの、フィーリアの本音だった。意識のないナヴィアに対して、フィーリアは本心の吐露を続ける。
「あんたの無鉄砲さとか、遠慮なさとか、分け隔てなさとかそういうの、全部。私にはなくて、私じゃあ絶対に手にできないものだったから。羨ましいなって、ずっと思ってた」
恐らく、それはこの世の誰であろうと聞けはしない言葉。『天魔王』と呼ばれ、敬意と畏怖される少女の──ありのままの、剥き出しの言葉。
「街一番の嫌われ者に、あんなに声をかけて、こんなに接してくれるのはあんただけだった。……正直、凄く嬉しかったよ」
まだ言葉を続けようとして、だがそこでフィーリアは口を閉ざす。閉ざして────代わりに、笑顔を浮かべた。
未だ意識の戻らぬナヴィアを置いて、フィーリアは立ち上がる。そしてまた地面に倒れたままの彼女に、その小さな背中を向けた。
「もう、行くね」
背中を向けたままそれだけ言って、ようやく再びフィーリアはその場から歩き出す。止まる様子は──ない。
魔石塔とフィーリアの距離が、徐々に縮まっていく。縮まって──遂に、彼女はすぐ目の前にまで来た。
フィーリアの視界を、魔石塔の扉が埋め尽くす。扉は彼女の背丈を遥かに越しており、そして薄青い魔石で分厚く覆われている。
「……昔から、薄々気づいてた」
独り言を零しながら、フィーリアは扉を覆う魔石に触れる。魔石はまるで氷のように冷たい。
触れたまま、ただ一言。フィーリアが言う。
「砕けろ」
彼女がそう呟いた瞬間、彼女の手が触れている部分から無数の亀裂が四方八方へと走り、そして秒も経たずに硝子を割ったかのように軽やかで、澄んだ音を立てながら────砕けた。扉を、魔石塔全体を覆っていた薄青い魔石が、決して壊せないと言われていたその全ての魔石が、彼女の言葉に従うようにして、一切も残さずに砕け散った。
残骸が、破片が、欠片が。まるで天から降り注ぐ雨のように、落下していく。落下しながら、宙で解けるようにして溶けていく。溶けたそれらは魔力の粒子となって、舞って、霧散していく。
「……やっと。やっと、この時が訪た」
そう呟くフィーリアの眼前で、硬く閉ざされていた魔石塔の大扉が、廃墟街全体を震わせる程の音を立てながら、独りでに開かれていく。その先は、全くの闇で包まれている。
しかしフィーリアは物怖じ一つもせず、先へと進む。今の彼女には、もう止まるなどという選択は存在しない。
その闇に足先を沈ませながら、フィーリアは心の中で呟く。
──私に何があっても、あんたは私の親友だから……ナヴィ。
そして──────フィーリアの身体が、完全に闇に沈み込んだ。
サクラ──サドヴァ大陸極東の地、イザナに分布するという固有の植物──の咲き乱れた花弁が、微風によって宙へと無数に吹き飛ばされる、桃色一色の景色の中。それを貫くように、『魔道院』の制服に身を包んだナヴィアの声が響く。
そしてそれは、サクラの木に寄り添うようにして立つ、私────フィーリア=クロミアの耳に充分過ぎる程に届いた。
「……本当だよ。明日、私は『魔道院』を卒業する」
少々億劫だなと思いつつも、私はナヴィアに言う。まあ、顔はそちらに向けなかったが。そんな私の元に、彼女はズカズカと無遠慮にも近づいて来る。そして、またしても盛大な声量を以てその口を開いた。
「あ、貴方編入してからまだ一年しか経ってないでしょ!?なのに、どうやって……!」
大方予想通りであるナヴィアの言葉に、私は同じ言葉ではなく、とあるものを目の前に突き出す。彼女も最初の数秒はこれが何なのかわからなかったようだが、すぐさままたしても絶叫した。
「と、特例卒業証明書……ですってぇ!?」
「『魔道院』の御老公方の頭が固過ぎて、発行させるのにちょっと手間取ったけどね。私嫌われてるから、おか……師匠の手も結局借りちゃったし」
この『魔道院』が正式に設立されてから百五十年、その長い歴史を振り返ってみても、類を見ない偉業を成し遂げた私を、ナヴィアが悔しそうに睨みつける。しかし自分で思った以上にこの紙切れ一枚の効果はあったようで、彼女はもう何も言えなくなってしまっていた。
桃色の花弁が縦横無尽に舞う中、ちょっとした沈黙を挟んで、それから開き直ったようにまたナヴィアがその口を開いた。
「ふ、ふん!貴女が『魔道院』を卒業するとしても、関係ありませんわ。私は貴女に勝つまで、何時だって何度だって「あ、ごめんナヴィア。私卒業したら、すぐにマジリカを発つから」挑んで……え?」
割り込ませた私の言葉に、得意げにその学生が持つものにしては些か大きいと思える胸を張り、続けていたナヴィアが固まる。そして少し遅れて、彼女は私に問いかけてくる。
「マ、マジリカを発つって……それは一体、どういうことですの?フィーリア」
「どういうことも何も、そのまんまの意味。……ちょっと思うことがあって、さ。大魔道士の秘境に籠もりたいなーって」
私の返答を受けたナヴィアの顔が、見る見るうちに焦りの色で染まっていく。そして何を血迷ったか────
「で、でしたら!私も行きますわ!『魔道院』を中退してでも、貴女と一緒に……!」
────などと、とんでもないことを言い出し始めた。
「冗談なら笑えるのにしてよ。大体、仮にも『四大』が一家、ニベルン家の次期当主の御嬢様が、深き歴史と重き伝統ある『魔道院』を中退なんてしたら、立場とか面子とか……色々と不味いんじゃない?」
「それは、そうだけど……!」
ナヴィアはまだ何か言いたそうにはしていたが、私が言うまでもなくそのことは彼女自身が一番知っているし、理解している。
結局、それを最後にまたナヴィアは押し黙ってしまった。色素の濃い赤色の唇を、噛み締めて。
……腐れ縁という奴で、何だかんだ今まで付き合いのある彼女に対して、別に思うこと一つない程、私も薄情者ではなかったらしい。若干ばつが悪そうになりながらも、私は再度口を開く。
「まあ、もう一生この街には帰らないつもりとか、そういうのはないから、そこは安心していいよ」
「……ではいつ、この街にいつ帰ってくる気でいるつもりなの?」
その質問に対して、私は一瞬だけ迷って、そして答えた。
「四年……辺り?」
私のその返答に、やはり予想通りナヴィアは絶句してしまった。数秒彼女は固まっていたが、やがて諦めたように、中々に重いため息を吐いた。
「……そもそも、ちょっと思うことって一体…………」
言っている途中で、ハッとしながらナヴィアが私を見やる。そしてまるで確かめるかのように、こう続けた。
「フィーリア、貴女まだ……諦めてなかったの?」
ナヴィアのその言葉に対して、私はすぐに言葉を返すことができなかった。
そんな私のことを、ナヴィアは真摯な眼差しで見つめたかと思うと、すぐさまキッとまた睨みつけて、そして────
「私とここで勝負なさい!フィリィ!」
────と、この十年間で何百回も聞かされた言葉を、今までにないくらいに真剣な声音と表情で口にするのだった。
「……今思い返せば、ちゃんとした真剣勝負はあの日以来だったね」
酷い有様となった廃墟街の広場にて、フィーリアの呟きが静かに響き渡る。
フィーリアは地面に倒れたまま、微動だにしないナヴィアの傍に、ゆっくりと歩み寄る。彼女はもう完全にその意識を手放しており、目を覚ますことは暫くないだろう。
腰を下ろし、ナヴィアの身体に優しく、割れ物を扱うかのように丁寧に慎重に、フィーリアは手で触れる。
「骨折、十四箇所。打撲、全身。内出血、軽微。……想定よりかは、まだマシかな」
彼女の身体の状態を把握して、それからフィーリアは問題である右手へと視線を移す。改めて見ても酷たらしい惨状で、もはやこちらは普通の回復魔法では完全には治し切れないと判断する。
──無茶し過ぎ。
心の中でそう呟いて、フィーリアは軽く頭を振るう。けれど、それと同時に理解する。一体ナヴィアが、どんな思いで、どんな覚悟で──どれだけ、自分のことを止めたかったのか。
己の指を口元に近づけ、フィーリアは躊躇なく歯で噛む。痛みと共に皮膚が裂け、血が滲み出る。それを目で確認して、そっとナヴィアの右手に翳す。
「【神の血】」
フィーリアの言葉が宙に投げ出されると同時に、彼女の指から滴る血に癒しの魔力が宿る。そしてそれは、ナヴィアの右手にぽたりと落ちた。
瞬間、生理的嫌悪を催す生々しい音を立てながら、ナヴィアの右手がまるで生物のように蠢き始める。それからあっという間に神経やら骨やら筋肉やらが再構築され、新しく再生した皮膚がそれら全てを覆い、包み込んでいく。そして気がつけば──そこには、全くの無傷であるナヴィアの右手があった。
フィーリアはそれをしっかりと確認すると、その場から立ち上がり、ナヴィアの傍から離れる。
「……それくらいは多めに見てよ」
そう呟いてから、またフィーリアは歩き出す。ナヴィアに背を向け、最初と同じように──魔石塔の方へと。
もう振り返ることなく、ただ真っ直ぐに──────
「…………」
──────けれど、数歩歩いたところで、フィーリアは止まった。
その場に立ち止まって、少ししてからフィーリアはため息を吐く。それから、また再びナヴィアの方に戻って、今度は彼女の顔の傍に蹲み込んだ。
「……この際だから、今だから、さ。あんたに言っとく」
言いながら、フィーリアはナヴィアの髪に手を伸ばし、そっと掻き上げる。それから彼女の頬を指で優しくなぞりながら、柔らかで温かな声音で語りかけるように、フィーリアが言う。
「私ね、憧れてたんだ」
その言葉には、嘘も偽りもない。正真正銘の、心の底からの、フィーリアの本音だった。意識のないナヴィアに対して、フィーリアは本心の吐露を続ける。
「あんたの無鉄砲さとか、遠慮なさとか、分け隔てなさとかそういうの、全部。私にはなくて、私じゃあ絶対に手にできないものだったから。羨ましいなって、ずっと思ってた」
恐らく、それはこの世の誰であろうと聞けはしない言葉。『天魔王』と呼ばれ、敬意と畏怖される少女の──ありのままの、剥き出しの言葉。
「街一番の嫌われ者に、あんなに声をかけて、こんなに接してくれるのはあんただけだった。……正直、凄く嬉しかったよ」
まだ言葉を続けようとして、だがそこでフィーリアは口を閉ざす。閉ざして────代わりに、笑顔を浮かべた。
未だ意識の戻らぬナヴィアを置いて、フィーリアは立ち上がる。そしてまた地面に倒れたままの彼女に、その小さな背中を向けた。
「もう、行くね」
背中を向けたままそれだけ言って、ようやく再びフィーリアはその場から歩き出す。止まる様子は──ない。
魔石塔とフィーリアの距離が、徐々に縮まっていく。縮まって──遂に、彼女はすぐ目の前にまで来た。
フィーリアの視界を、魔石塔の扉が埋め尽くす。扉は彼女の背丈を遥かに越しており、そして薄青い魔石で分厚く覆われている。
「……昔から、薄々気づいてた」
独り言を零しながら、フィーリアは扉を覆う魔石に触れる。魔石はまるで氷のように冷たい。
触れたまま、ただ一言。フィーリアが言う。
「砕けろ」
彼女がそう呟いた瞬間、彼女の手が触れている部分から無数の亀裂が四方八方へと走り、そして秒も経たずに硝子を割ったかのように軽やかで、澄んだ音を立てながら────砕けた。扉を、魔石塔全体を覆っていた薄青い魔石が、決して壊せないと言われていたその全ての魔石が、彼女の言葉に従うようにして、一切も残さずに砕け散った。
残骸が、破片が、欠片が。まるで天から降り注ぐ雨のように、落下していく。落下しながら、宙で解けるようにして溶けていく。溶けたそれらは魔力の粒子となって、舞って、霧散していく。
「……やっと。やっと、この時が訪た」
そう呟くフィーリアの眼前で、硬く閉ざされていた魔石塔の大扉が、廃墟街全体を震わせる程の音を立てながら、独りでに開かれていく。その先は、全くの闇で包まれている。
しかしフィーリアは物怖じ一つもせず、先へと進む。今の彼女には、もう止まるなどという選択は存在しない。
その闇に足先を沈ませながら、フィーリアは心の中で呟く。
──私に何があっても、あんたは私の親友だから……ナヴィ。
そして──────フィーリアの身体が、完全に闇に沈み込んだ。
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