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ARKADIA──それが人であるということ──
ARKADIA────まだおこな先輩ちゃん
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「『大翼の不死鳥』のクラハ=ウインドア様と……チームの方ですね。本日は『輝牙の獅子』へ訪れて頂き、誠にありがとうございます。ではこちらの方から受ける依頼をお選びください」
『輝牙の獅子』の中に入り、僕と先輩はまず受付の方へ向かった。そこで『輝牙の獅子』の受付嬢さんとの挨拶を軽く済ませ、いくつかの依頼を提示された。
提示された依頼を軽く眺め、僕は考える。考えて、先輩の方へ顔を向けた。
「先ぱ……」
そう声をかけかけて、僕の声は途中で止まった。……いや、止めざるを得なかったのだ。
「…………」
先輩は、やはり不機嫌そうに、むすっと頬を僅かに膨らませた表情でこちらから顔を逸らし、『輝牙の獅子』を支える柱の一つに身体を傾けさせ、もたれかかるようにして立っていた。道中で発していた「話しかけんな」的雰囲気を、依然として纏ったまま。
──……参ったなあ。
ほんの少しばかり胃がきりきり痛むのを感じながら、僕は先輩に向けた顔をもう一度依頼書の方に戻す。戻して、頬に一筋の冷や汗を伝わせた。
『輝牙の獅子』の受付嬢さんが提示してくれた依頼は、全部で五つほど。そしてその内四つは魔物退治で……そのどれもが現段階の先輩に戦わせるには、少々危険な相手ばかりである。
しかしこれはあくまでも僕から見た判断で、そして僕が付いていれば大事には至らないだろう。要はこれらを受けるか受けないかは、先輩に判断してもらいたいのだ。
……だが、今先輩はすこぶる機嫌が悪く、先ほども言った通り柱にもたれかかったまま動こうとしていない。とてもじゃないが、僕と話をしてくれそうになかった。
──どうしよう。
チラリ、と。視線だけで受付嬢さんの様子を見やる。彼女も職業柄人の機嫌等には敏感なようで、なにやら居心地が悪そうにしている。それを確かめて、僕は心の中が申し訳ない気持ちで一杯になった。
──仕方ない。ここは早々に決めてしまった方がいいだろう。
そう考えた僕は、魔物退治の依頼を除けて、五つ目の依頼書を手に取った。
「すみません。では今回はこの依頼でお願いしたいです」
五つ目の依頼は、マジリカ近辺の森林調査。主に魔物の特異体が発生していないか、それを調べる依頼だ。
本来、特異体というのは滅多なことで発生しない。それこそ滅びの厄災──もしくはそれに匹敵するだけの魔物、〝絶滅級〟が出現しない限り。
その点を差し置けば、この依頼はただ森を調査するだけだ。見回りと置き換えてもいい。これならば他の依頼よりかは安全で、先輩の意見も聞く必要はないだろう。
「で、では行きましょう……先輩」
受付嬢さんから詳しい話を聞いて、早速向かおうと僕は未だ柱にもたれかかる先輩に声をかける。先輩はジロリと僕に睨みつけるように視線をやって、それから無言のままようやっと柱から離れた。そしてすぐさま外に出ようとスタスタ歩き始めてしまう。
──本当に参ったな。相当お冠になってるぞこれ……。
そう心の中で焦りの言葉を呟きながら、どんどん遠ざかる先輩の背中を僕は慌てて追いかける──その時だった。
「ちょっと待ちな。『大翼の不死鳥』の坊や。そしてお嬢ちゃん」
不意に、女性の声が僕と先輩を呼び止めた。背後を振り返ってみれば、向こうから『輝牙の獅子』のGM──アルヴァさんが歩いて来ていた。
「アルヴァさん……?」
僕はもちろんのこと、すこぶる不機嫌な先輩も流石にその場に立ち止まる。そうしてアルヴァさんはすぐ僕たちの前にまでやって来た。
「一つ訊きたいことがあるんだけど、いいかい?」
「訊きたいこと、ですか?僕は大丈夫ですけど……」
言いながら、先輩の方を見る。先輩は相変わらず仏頂面で無言だったが、どうやらそれは肯定の意を示していたらしい。アルヴァさんも先輩のその様子に多少思うことはあったようだったが、すぐさま僕たちにこんなことを訊いた。
「アンタら、今日馬鹿娘……フィーリアと会ったかい?」
「え……?」
言われて、僕はハッとする。そういえば、昨日この『輝牙の獅子』で別れたのを最後に、フィーリアさんとは会っていなかった。
──今まで全然考えなかったけど、フィーリアさんと会わないのって珍しいな……。
今思えば、知り合ったその日から欠かさずフィーリアさんとは交流があった。というか、彼女の方から交流を深めてくることが多々あった。例に出すなら無人島の件だったり、まだ記憶に新しい『妖精聖剣』騒動だったり。
「いや、会ってませんけど……まさか、フィーリアさんになにかあったんですか?」
言いながら、僕は万が一にも有り得ない話だと思う。あのフィーリアさんのことだ。たとえ彼女の身になにかあったとしても、彼女はそれを難なく退けるだろう。あの人はそういう人だ。
僕がそう訊ねると、アルヴァさんは少し考え込むようにしてから答える。
「……そういうことじゃないさ。まあ、会ってないなら会ってないでいいんだ」
きっとそれが、あの馬鹿娘の選択なんだろうからね────最後に加えられたその言葉は、注意していなければ聞き逃していたほどに、小さなものだった。
──選択?
独り言として聞き流すには少々意味深なその言葉に、咄嗟に僕は追求する──前に、アルヴァさんが背を向ける。
「つまらない時間を取らせて悪かったね」
そう言って、早々に僕と先輩の前から去ってしまった。
『輝牙の獅子』の中に入り、僕と先輩はまず受付の方へ向かった。そこで『輝牙の獅子』の受付嬢さんとの挨拶を軽く済ませ、いくつかの依頼を提示された。
提示された依頼を軽く眺め、僕は考える。考えて、先輩の方へ顔を向けた。
「先ぱ……」
そう声をかけかけて、僕の声は途中で止まった。……いや、止めざるを得なかったのだ。
「…………」
先輩は、やはり不機嫌そうに、むすっと頬を僅かに膨らませた表情でこちらから顔を逸らし、『輝牙の獅子』を支える柱の一つに身体を傾けさせ、もたれかかるようにして立っていた。道中で発していた「話しかけんな」的雰囲気を、依然として纏ったまま。
──……参ったなあ。
ほんの少しばかり胃がきりきり痛むのを感じながら、僕は先輩に向けた顔をもう一度依頼書の方に戻す。戻して、頬に一筋の冷や汗を伝わせた。
『輝牙の獅子』の受付嬢さんが提示してくれた依頼は、全部で五つほど。そしてその内四つは魔物退治で……そのどれもが現段階の先輩に戦わせるには、少々危険な相手ばかりである。
しかしこれはあくまでも僕から見た判断で、そして僕が付いていれば大事には至らないだろう。要はこれらを受けるか受けないかは、先輩に判断してもらいたいのだ。
……だが、今先輩はすこぶる機嫌が悪く、先ほども言った通り柱にもたれかかったまま動こうとしていない。とてもじゃないが、僕と話をしてくれそうになかった。
──どうしよう。
チラリ、と。視線だけで受付嬢さんの様子を見やる。彼女も職業柄人の機嫌等には敏感なようで、なにやら居心地が悪そうにしている。それを確かめて、僕は心の中が申し訳ない気持ちで一杯になった。
──仕方ない。ここは早々に決めてしまった方がいいだろう。
そう考えた僕は、魔物退治の依頼を除けて、五つ目の依頼書を手に取った。
「すみません。では今回はこの依頼でお願いしたいです」
五つ目の依頼は、マジリカ近辺の森林調査。主に魔物の特異体が発生していないか、それを調べる依頼だ。
本来、特異体というのは滅多なことで発生しない。それこそ滅びの厄災──もしくはそれに匹敵するだけの魔物、〝絶滅級〟が出現しない限り。
その点を差し置けば、この依頼はただ森を調査するだけだ。見回りと置き換えてもいい。これならば他の依頼よりかは安全で、先輩の意見も聞く必要はないだろう。
「で、では行きましょう……先輩」
受付嬢さんから詳しい話を聞いて、早速向かおうと僕は未だ柱にもたれかかる先輩に声をかける。先輩はジロリと僕に睨みつけるように視線をやって、それから無言のままようやっと柱から離れた。そしてすぐさま外に出ようとスタスタ歩き始めてしまう。
──本当に参ったな。相当お冠になってるぞこれ……。
そう心の中で焦りの言葉を呟きながら、どんどん遠ざかる先輩の背中を僕は慌てて追いかける──その時だった。
「ちょっと待ちな。『大翼の不死鳥』の坊や。そしてお嬢ちゃん」
不意に、女性の声が僕と先輩を呼び止めた。背後を振り返ってみれば、向こうから『輝牙の獅子』のGM──アルヴァさんが歩いて来ていた。
「アルヴァさん……?」
僕はもちろんのこと、すこぶる不機嫌な先輩も流石にその場に立ち止まる。そうしてアルヴァさんはすぐ僕たちの前にまでやって来た。
「一つ訊きたいことがあるんだけど、いいかい?」
「訊きたいこと、ですか?僕は大丈夫ですけど……」
言いながら、先輩の方を見る。先輩は相変わらず仏頂面で無言だったが、どうやらそれは肯定の意を示していたらしい。アルヴァさんも先輩のその様子に多少思うことはあったようだったが、すぐさま僕たちにこんなことを訊いた。
「アンタら、今日馬鹿娘……フィーリアと会ったかい?」
「え……?」
言われて、僕はハッとする。そういえば、昨日この『輝牙の獅子』で別れたのを最後に、フィーリアさんとは会っていなかった。
──今まで全然考えなかったけど、フィーリアさんと会わないのって珍しいな……。
今思えば、知り合ったその日から欠かさずフィーリアさんとは交流があった。というか、彼女の方から交流を深めてくることが多々あった。例に出すなら無人島の件だったり、まだ記憶に新しい『妖精聖剣』騒動だったり。
「いや、会ってませんけど……まさか、フィーリアさんになにかあったんですか?」
言いながら、僕は万が一にも有り得ない話だと思う。あのフィーリアさんのことだ。たとえ彼女の身になにかあったとしても、彼女はそれを難なく退けるだろう。あの人はそういう人だ。
僕がそう訊ねると、アルヴァさんは少し考え込むようにしてから答える。
「……そういうことじゃないさ。まあ、会ってないなら会ってないでいいんだ」
きっとそれが、あの馬鹿娘の選択なんだろうからね────最後に加えられたその言葉は、注意していなければ聞き逃していたほどに、小さなものだった。
──選択?
独り言として聞き流すには少々意味深なその言葉に、咄嗟に僕は追求する──前に、アルヴァさんが背を向ける。
「つまらない時間を取らせて悪かったね」
そう言って、早々に僕と先輩の前から去ってしまった。
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