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ARKADIA──それが人であるということ──

ARKADIA────おこな先輩ちゃん

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 気がつけば、僕はいつの間にか無事に朝を迎えていた。若干睡眠が足りていない身体を、気怠げに寝台ベッドからゆっくりと起こす。

 ──……昨日は、どうかしてたな。僕。

 寝起きで上手く働かない頭の中で、僕はそう言葉を思い浮かべる。同時に想起される昨夜の、寝台に横たわる直前の記憶──なんの警戒も不信も全く抱かず、食べるには充分過ぎるほどに熟し、しかし若々しく瑞々しい肢体を、心許ない薄布一枚の寝間着パジャマで包んだ、あまりにも無防備な先輩の寝姿。

 そして危うくその隙につけ込んで、悪戯をしでかしそうになった最低に尽きる己の姿を。

 ──…………本当にどうかしてた。取り返しのつかないことを、しようとしてた……。

 別に言うことでもないが、一人暮らし時代の時ならいざ知らず、現在僕は先輩を絶賛同棲中だ。当然、個人的な時間はかなり削られてしまっている。

 ……まあ、そのせいで色々・・と溜まるものも増えてしまった訳で。そして今は旅行中な訳で。否が応でも気分というものが高まってしまう訳で。

 そこに夜のテンションと先輩の刺激的な姿が合わさった結果──普段は誤魔化している欲が駆られてしまったのだ。…………さて、そろそろ言い訳もここまでとしよう。なにを言ったところで、僕が最低最悪の男になりかけたのは変わらない事実なのだし。

 色々と考え事をしたおかげか、気がつけば寝起きの頭もすっかり覚醒している。とはいえ身体の方はまだそれについてこれず、やはり怠い。ちょっとしたあくびを交えながら、なにを思った訳でもなく僕は先輩が眠る寝台の方へ顔を向けた。……が、そこに先輩の姿はなかった。

「あれ……」

 そのことに思わず声を漏らして、視線を部屋中に巡らす──必要はなかった。何故なら、先輩の姿をすぐに見つけることができたからだ。

 先輩は部屋の扉の前に立っていた。格好もあの刺激の強い寝間着姿ではなく、動き易さを重視した普段の衣服に着替えている。

「……」

 先輩は僕の方を見ている。心なしかその顔が固いというか、何処か不機嫌そうに思えるのは気のせいだろうか。

 なにも言わずただこちらを見る先輩に、僕は困惑しながらも声をかけた。

「せ、先輩おはようございます。僕より早く起きるなんて珍しいですね」

 そう、基本的に先に起きるのは僕であり、丁度朝食を作り終える頃に先輩は起きてくる。それが毎回の流れであり、僕が体調を崩すなどの不測事態イレギュラーがない限り、その流れが変わることはなかった。

 僕の言葉を受けて、先輩は依然として固い表情のままに口を開く。

「おう。じゃあ俺先に行ってるから。とっとと準備終わらして来いよ」

 先輩の声音は酷く乱暴なものだった。言うが早いか、先輩は僕に背を向け、扉のノブに手をかける。

 そして扉を開けてそのまま部屋から出る──直前、顔だけを僕に向けて、はっきりとした怒りを込めた言葉を僕にぶつけた。

「この童貞野郎」

 それだけ言って、先輩は部屋から出て行った。バタンと叩きつけるように扉が閉められる。予想だにしていなかった先輩からのその暴言に、僕はただ寝台の上で呆然としている他なかった。









 先輩からまさかの暴言を受け、寝台の上で固まっていた僕だったが、その数分後に突如として正気を取り戻し、すぐさま寝台から下り大急ぎで着替えも準備も終え、最後に忘れ物もないか確認した上で部屋を出た。

 先輩はエントランスホールで僕のことを待ってくれていた。てっきり部屋を出る際の言い方からして、先に一人で『輝牙の獅子クリアレオ』に向かってしまったのではないのかと僅かながらに思ってしまっていた。

 ……しかしその機嫌自体は全く変わっていなかった。理由が全然わからないのだが、何故か先輩は酷く怒っていたのだ。

 僕が会話を試みても刺々しい返事しかしてくれないし、先輩の方から言葉を投げられることもない。……今日の先輩は、類を見ないほどに怒り心頭に達していた。

 なんとかしてその怒りの理由を訊き出したかったが、だからといって「先輩なんでそんなに怒ってるんですか?」などと訊ねてしまった日には、もう絶対に口を開かないだろうし、こちらに顔どころか少しの視線もくれはしないだろう。それがラグナ=アルティ=ブレイズという人物なのだ。

 ……ただこれは最近になってからのことであり、僕が覚えている限りでは、昔──というより、まだ男だった時はそこまで酷くはなかったはずだ。

 ──なんか、先輩女の子になってから沸点が低く……いや、怒りどころがわからなくなってきてるような……。

 まあ、なにはともあれ僕と先輩はこれから簡単な依頼クエストを受ける為、『輝牙の獅子』へ向かった訳だが……その道中の雰囲気は最悪の一言に尽きた。

 一つの会話もなく、冗談すら挟まず、また並んで歩くことは許さないとでも言うように。先輩は普段よりもずっと早い歩調でズンズンと僕の前を歩く。その間、先輩から声をかけられることもなければ、こちらに振り返ることすらなかった。

 ……であればと、僕からコミュニケーションを取ろうとしたが、その小さな背中越しから発せられる「話しかけんな」という無言の圧力を前にしては、そんなこととてもじゃないができなかった。

 そうして胃が痛くなってくるような気まずい雰囲気の中、心なしか道行くマジリカの人々に距離を取られる中──僕と先輩は目的地である『輝牙の獅子』の門の前に辿り着いた。
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