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ARKADIA──それが人であるということ──

ARKADIA────残景追想(その二)

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「さあフィリィ!勝負しますわよ!」

 ……早朝。日常いつも通り、薄青い魔石で覆われた魔石塔の外壁にもたれかかっていると、これまた日常通り──五年過ぎたらいつの間にかそうなっていた──に、甲高い少女の声がキンキン響き渡った。

「…………」

 心地良く微睡んでいたところを邪魔された私は、不愉快だと言うように眉を顰めて、その声のした方へと煩わしく顔を向ける。……本当のことなら無視してしまいたいのだが、そうすると余計悪化するのでできない。理不尽だ。

 そうして顔を向けると──やはりというか案の定というか。毎度毎度よく飽きもせずにいられているというか。視線の先には、今ではうんざりするほどに見慣れてしまった一人の少女の姿があった。

 その少女は私がそっちに顔を向けたことを認識すると、不思議なほどに自信に満ちた表情で近づいて来る。そして目の前にまでやって来ると、私のことを見下ろしながらこう言うのだった。

「勝負しますわよ!」

「…………」

 先ほど聞いたばかりのその言葉に対して、私も言葉で返すのはとてつもなく面倒だなと思い、秒にも満たない刹那の思考の末、私はやはり日常通りに鬱屈としながら渋々頷くのだった。









「おかしい!こんなの絶対におかしいですわ!」

 数十分後、私の鼓膜をキンキンとした泣き声が叩く。それがあんまりにも喧しくて、私は堪らず眉を顰めさせる。そして面倒ながらも、口を開いた。

「……おかしいって、なにが」

「貴女がですわよフィリィ!なんでそんなに、いつだって強いの!?どうしてなのよぉ……!!」

「…………」

 そう言われて、正直私は困った。確かに私が年齢に対して異常過ぎる魔力量があることや、魔法の精度や発動速度、その威力が高過ぎることは自覚し切っていたことなのだが、しかし何故そうなのかと問われると私も答えられない。だって昔からそうだった・・・・・らしいのだから。

 なので私は嘆息しながら、泣き喚く少女──ナヴィアにつっけんどんに言った。

「さあ?そんなのわからないし、わかろうとも思わないし、興味もない」

 私のその言葉と言い方に、ナヴィアの泣き声が止まった。絶句する彼女は、信じられないといったような表情を私に向ける。

「……うう、ぅぅぅ……!」

 しかしそれも少しだけのことで、すぐに彼女はその表情を悔しそうに歪めて、恨めしそうな呻き声を漏らす。そしてバッとその場から立ち上がると、再度私のことを見下ろして、ビシッと小さく細い指先を私の鼻先に突きつけた。

「そんな無愛想にすることないでしょ!?フィリィ、こうなったらもう一度」

 グギュゥゥ──怒りに燃えるナヴィアの言葉は、そんな彼女の腹部から鳴り響いた珍妙な音によって遮られた。直後、二人の間で沈黙が流れる。

「…………」

 こちらを見下ろし指先を突きつけたまま、顔を真っ赤に染めて固まるナヴィア。そういえばもう少しでお昼だなと、私は呑気にそう思う。

 沈黙が漂う最中、とりあえず私は口を開いた。

「お昼、食べれば?」









「……前々から訊きたかったんだけど」

 ナヴィアが持ってきたサンドイッチを食べながら、ふと私はあることを訊こうとして、隣に座りサンドイッチを美味しそうに頬張る彼女に声をかける。

「むぐ……訊きたいこと?貴女がわたくしに?なんですの?」

 奇妙、というよりは珍しいといった色が濃い声音で返すナヴィアに、私は少し躊躇いながらも、その訊きたいことを口に出した。

「飽きないの?」

 私の言葉に、ナヴィアは小首を傾げる。そんな彼女の様子を見て、内心ため息を吐きながらも、私は再度口を開いた。

「五年間、ずっと私に勝負を挑んでるけど……なんで、いい加減飽きないの?というか、諦めないの?」

 今度こそ伝わるように言葉を選んだ甲斐もあって、ナヴィアは私のその言葉にぱちくりと一度その瞳を瞬かせた後、手に持っていた食べかけのサンドイッチを放り出しかねない勢いで怒った。

「あ、貴女!この私を一体誰なのか忘れましたの!?私は『四大』が一家、ニベルン家次期当主──ナヴィア=ネェル=ニベルンですのよ!絶対、絶対に諦めませんし、絶対に飽きませんわ。私が貴女に勝つ、その時まで!」

 そしてまたビシッと、ナヴィアは私に指先を突きつけるのだった。……一応聞くだけにはそれなりに様になった宣言だが、その凄みやらは彼女の口元にあるサンドイッチの食べカスで半減してしまっていた。

 そんな彼女に対して、私はサンドイッチを少し齧り、喉奥に流し込んでから大雑把に返した。

「あっそ。まあ、頑張ってね」

 むろん、私の言葉でナヴィアがさらに烈火の如く怒ったことは言うまでもない。



















「………………」

 夢、か──上手く思考が働かない頭の中で、ただ呆然とそう思う。夢なんて、いつぶりに見たことだろう。

 真っ白な天井を見上げて、それからゆっくりと身体を起こす。そして流れるように時計に目をやった。……時刻はまだ朝の六時を回った頃である。

「…………」

 無言で、寝台ベッドから下りて、そそくさと身嗜み整える。整えながら、心の中でぽつりと呟いた。

 ──今日は、忙しくなる。
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