373 / 444
ARKADIA──それが人であるということ──
ARKADIA────青年よ、今宵は己が手で
しおりを挟む
──……疲れた。
ふわふわの極上感触である寝台に、ごろんと無防備にも細く白い素足を晒しながら、寝っ転がるラグナはそう心の中で呟く。このマジリカという未知の街を歩き回り、そのおかげで酷使した足がまるで棒のようになっていた。
浴室の方からはシャワーの音が漏れる程度に聞こえてくる。言うまでもないが、今入っているのはクラハだ。
──……。
ぼうっと天井を眺めながら、ラグナは今日一日のことを振り返る。クラハと共に歩き、そして見るこの街は新鮮な驚きで溢れていて、凄く楽しかった。
特にフィーリアに連れられ、食べてみたスライム饅頭。絶品だった。味もさることながら、口に入れた時のあの食感が今でもはっきりと思い出せる。オールティアに帰ったら、是非とも自分なりに再現してみたいものだ。……その時は、レインボウの視界(そもそも目があるのかわからないのだが)に入らないよう、気をつけなければ。
そんなことを考えながら、ラグナは次にクラハのことについて──というよりは、街を歩き進む中で彼に声をかけていた冒険者たちのことを思い出す。
『『大翼の不死鳥』のクラハ=ウインドアさんですよね!?その、サインって貰えますか!?』
『ウインドアさん握手お願いします!』
『も、もし機会があれば一度チーム組みませんか!?』
……その大半が自分たちと同じような観光中の冒険者で、そして女性であった。一応男性もいたにはいたが、それでも圧倒的に女性の方が多かった。
ラグナとて、一ヶ月ほど前のこと────ラディウスでの依頼の一件で、クラハの知名度が爆発的に伸びたことは承知している。それから個人で様々な依頼もこなし、それによりさらに知名度が上がったこともわかっている。そして『大翼の不死鳥』の受付嬢──メルネの話から、女性冒険者からの人気が高いことだって知っているし、理解している。
今まで実績らしい実績がなく、そのせいで日の目を見ることができないでいた可愛い自慢の後輩が、ようやくその実力に見合った、相応しい名声を得られることができたことはラグナだって嬉しい。……嬉しい、のだが。
クラハが他の女性からちやほやされているのを見ていると──何故か無性に腹が立ってくるのだ。
──女に群がれて、鼻伸ばしてんじゃねえよ馬鹿クラハ。
大勢の女性に囲まれ、困りつつも満更でもない表情を浮かべるクラハの姿を思い出し、ラグナは不快そうに眉を顰めるが、その傍らで困惑の表情も浮かべる。
──てか、なんでそんなんで、こんなにイライラしてんだろ……俺。
燻る原因不明苛立ちに、ラグナは己の胸に手を当てる。……まあこんなことをしたところで、この苛立ちが一体なんなのかはわからないのだが。
それに、まだわからないことはもう一つある。この苛立ちはもう一ヶ月ほど前から感じているが、これはつい最近のことである。
クラハのことを考えると────何故か胸がきゅうっと締めつけられるような、そんな心苦しい謎の切なさを胸の奥に覚えるようになってしまったのだ。
この切なさが一体なんなのか、ラグナは全くわからない。ただクラハのことを考えてしまうと、胸の内がこの切なさで一杯になって、どうしようもなくなる。今まで、こんなことは全くなかったというのに。
一度メルネ辺りに相談しようかと考えもしたが、その直前で何故か後ろめたさというか、気恥ずかしさを覚えてしまい、結果未だに相談できないでいた。
この無性な苛立ちといい、この胸を締めつける切なさといい……男の時には全く抱いたことのない感情だった。それ故ラグナの脳内は困惑で満たされ──直後、ぐしゃぐしゃと髪を手で掻き乱した。
──あーもう止めだ止め!これ以上考えてたら、なんか頭ん中変になっちまいそうだ。
そしてごろんと寝返りを打って、ラグナがうつ伏せになる。ラグナの体重と寝台に挟まれて、むにゅぅという擬音が出そうな具合に、胸が押し潰されその形を歪ませた。
──……あ。
寝台と同じくらいにふわふわな枕に顔を押しつけながら、ふとラグナはとあることを思い出した。
──良いかラグナ。胸を揉むんだよ胸を。それで相手の女がときめきゃあ、それが『恋』ってモンなんだぜ──
それは十六年前、ほんのちょっとした好奇心で訊いた質問の答え。今の今まで、脳の片隅から抜け落ちていたいつかの記憶。
当時の自分ではその意味がよくわからず、そして思い出した今でもよくわからない。そもそも、『ときめく』ということが理解できない。
しかし、今は立場が違う。十六年前も四ヶ月前も、その時は男だったが──今のラグナは女である。
──ジョニィ……アイツ、まさかこん時の為に……?
己に喧嘩の技術を与えてくれた、謂わば師匠のような男の顔を思い出しながら、ラグナは上半身を起こし、自分の手を胸に伸ばし、触れる。今の自分には──揉めるだけの胸がある。
……実を言えば、ラグナとてこの苛立ちにも切なさにも、一つの心当たりがあった。昔、とある孤児院に共に住んでいた修道女が、よく言っていたのだ。
──その子のことを考えると、なんだか胸が苦しくなったり、切なくなったりしちゃって……それでその子が他の子と仲良くしてるところを見ちゃうと、別にその子のことが嫌いな訳じゃないのに怒りたくなっちゃう。その思いがね……『好き』ってことなんじゃないかな──
当時の自分にはその言葉の意味があまり理解できないでいたが……今、自分がクラハに対して抱いている感情がまさにそれではないのかと、ラグナは思っていたのだ。
そう思いつつも、しかし否定していた。当然だ、今でこそ自分は女であるが──それはこの身体だけの話である。精神は、違う。
──そうだ。俺は今は女でも、男。そんでクラハも男。……好きになるとか、絶対にねえ。
確かにクラハのことは好いている。しかしそれはあくまでも後輩として。決して恋慕の情ではない──ラグナは、そう考えていた。
であれば良い機会だろう────確かめよう。今、この場で確かめてしまおう。
と、その時。
バタン──丁度いいことに、浴室の扉が開かれる音がした。
タオルで濡れた髪や身体を充分に拭いて、僕は浴室から出る。そうしてすぐさま視界に飛び込んだのは──寝台で眠る先輩の姿だった。
──先輩、寝ちゃってたのか……まあ、今日は結構歩き回ったしな。
そう思いながら、思わず先輩のことを僕は眺めてしまう。眺めて、思わず指で頬を掻く。
──……それにしても、本当にこの人は無防備というかなんというか……。
今の先輩の格好は、正直言ってかなり目に毒だった。ホテルから貸し出されている寝間着に身を包んでいる訳だが、この寝間着……生地が、薄い。
なので身体のラインというものが結構浮き出やすく──先輩の場合、その無防備さも相まってかなり拙い格好となってしまっている。たとえホテルの中であろうが、この格好で歩き回させる訳にはいかない。絶対に。
──というか、他の人……特に男に見られたくない。見せたくない。
そう心の中で固く決意しながら、僕の視線は無意識に先輩の身体を舐めるようになぞっていた。
どちらかといえば、先輩は童顔だろう。まだ幼さが残っていて、しかし時折女の色を覗かせる、そんな曖昧な境界線が引かれた顔立ち。そしてその身長も低い。流石にフィーリアさんよりも低くはないが、僕よりも頭一つ低く、サクラさんと並べば冗談抜きに子供としか思えないほどの身長差ができる。
……そのくせ、その身体つき自体は結構、メリハリがあるというか発育が良いというか、正直顔に見合ってないというか。とにかく、僕には少々……いや、かなり刺激が強い。目の保養になるが、それと同時に目の毒にもなる。
特に横になって僅かに潰れている、大き過ぎず小さ過ぎない絶妙なサイズ感で、その上形も整った文句なしの────
──って、いつまで僕は先輩のことを眺めてるんだ……!
ハッと我に返り、僕は己を叱咤しながら慌てて先輩から顔ごと視線を逸らす──その直前だった。
「ん、ぅ……」
小さな寝息を漏らしながら、先輩が不意に寝返りを打った。横向けの姿勢から仰向けとなり──その最中、男の性により先ほどまで僕が邪な視線を注いでしまっていたその部分が、たゆんと。それはもう、実に柔らかそうに揺れた。
「……」
……どうやら、先輩は下着をしていないらしい。寝巻きの薄布一枚に隔てられた、先輩が寝息を立てる度に僅かに上下するそれに、僕は再び視線を釘付けにされてしまう。
「…………」
ごくり、と。思わず生唾を飲む。そして唐突に、思ってしまった──触ってみたい、と。
それは男の本能だったのだろう。雄に刷り込まれた、根源の欲求だったのだろう。
先輩の方に、ゆっくりと。一歩ずつ、足音を立てないように慎重に僕は近づく。今思えば、背中に押しつけられたり顔に押しつけられたり腹部に押しつけられたり──一応己の身体でその極上の感触を味わう機会は多々あったが、そのどれもが謂わば、不本意による事故のようなものだったと記憶している。
しかし自らの意思で触れたことは、一度もない。それは絶対を以て言える。なんだかんだで、僕から先輩の肌色の果実に手を伸ばすことは、今まで一度もなかった────ただ、この時を除いて。
今の僕は、さながら花の蜜に誘われる一匹の虫だった。逆らうこともできず、ただふらふらと誘い込まれていく。
理性は歯止めを利かせようとするが、本能がそれを邪魔する。それを押し退ける。頭の中では駄目だとわかっていても、身体はどんどん前へ進んでしまう。
そして──遂に、手を伸ばせば届く距離にまで、僕は先輩に近づいてしまった。
──止まらなきゃ。止まら、なきゃ……。
思考は言葉を紡ぐが、腕はそれを無視し手が近づく。仰向けになったことで僅かに横に流れるも、ある程度その形を保っている先輩の双丘に、近づいていく。
──これ、以上は……!
突如として心の内に芽生えた本能による欲求は、想定以上に強大で、想像以上に凄まじかった。それを前にした僕の理性など、まるで吹けば飛ぶような小っぽけなものでしかない。
そうして、いよいよ……僕の手は──────
もはや触れるかないかまでの距離にまでクラハは迫ったが、それだけだった。ほんの微かに詰めれば、ほんの僅かにでも伸ばしてしまえば触れることができたであろう至近距離で、クラハは静止した。
静止して、数十秒そのままでいたかと思えば、バッと踵を返し、何故か浴室へと戻って──しばらくしたら戻ってきた。戻って、先ほどのように寝台の上で眠るふりをするラグナには一瞥もくれず、もう片方の寝台に横たわると、そのまま沈黙した。
ようやっと静寂が訪れた部屋の中、寝台の上でラグナは瞳を閉じながら、ぽつりと呟く。
「……このヘタレチキン」
小さな怒りと失望が宿るその呟きは、クラハの耳に届くことはなく、そのまま宙に流れて溶けて消えた。
ふわふわの極上感触である寝台に、ごろんと無防備にも細く白い素足を晒しながら、寝っ転がるラグナはそう心の中で呟く。このマジリカという未知の街を歩き回り、そのおかげで酷使した足がまるで棒のようになっていた。
浴室の方からはシャワーの音が漏れる程度に聞こえてくる。言うまでもないが、今入っているのはクラハだ。
──……。
ぼうっと天井を眺めながら、ラグナは今日一日のことを振り返る。クラハと共に歩き、そして見るこの街は新鮮な驚きで溢れていて、凄く楽しかった。
特にフィーリアに連れられ、食べてみたスライム饅頭。絶品だった。味もさることながら、口に入れた時のあの食感が今でもはっきりと思い出せる。オールティアに帰ったら、是非とも自分なりに再現してみたいものだ。……その時は、レインボウの視界(そもそも目があるのかわからないのだが)に入らないよう、気をつけなければ。
そんなことを考えながら、ラグナは次にクラハのことについて──というよりは、街を歩き進む中で彼に声をかけていた冒険者たちのことを思い出す。
『『大翼の不死鳥』のクラハ=ウインドアさんですよね!?その、サインって貰えますか!?』
『ウインドアさん握手お願いします!』
『も、もし機会があれば一度チーム組みませんか!?』
……その大半が自分たちと同じような観光中の冒険者で、そして女性であった。一応男性もいたにはいたが、それでも圧倒的に女性の方が多かった。
ラグナとて、一ヶ月ほど前のこと────ラディウスでの依頼の一件で、クラハの知名度が爆発的に伸びたことは承知している。それから個人で様々な依頼もこなし、それによりさらに知名度が上がったこともわかっている。そして『大翼の不死鳥』の受付嬢──メルネの話から、女性冒険者からの人気が高いことだって知っているし、理解している。
今まで実績らしい実績がなく、そのせいで日の目を見ることができないでいた可愛い自慢の後輩が、ようやくその実力に見合った、相応しい名声を得られることができたことはラグナだって嬉しい。……嬉しい、のだが。
クラハが他の女性からちやほやされているのを見ていると──何故か無性に腹が立ってくるのだ。
──女に群がれて、鼻伸ばしてんじゃねえよ馬鹿クラハ。
大勢の女性に囲まれ、困りつつも満更でもない表情を浮かべるクラハの姿を思い出し、ラグナは不快そうに眉を顰めるが、その傍らで困惑の表情も浮かべる。
──てか、なんでそんなんで、こんなにイライラしてんだろ……俺。
燻る原因不明苛立ちに、ラグナは己の胸に手を当てる。……まあこんなことをしたところで、この苛立ちが一体なんなのかはわからないのだが。
それに、まだわからないことはもう一つある。この苛立ちはもう一ヶ月ほど前から感じているが、これはつい最近のことである。
クラハのことを考えると────何故か胸がきゅうっと締めつけられるような、そんな心苦しい謎の切なさを胸の奥に覚えるようになってしまったのだ。
この切なさが一体なんなのか、ラグナは全くわからない。ただクラハのことを考えてしまうと、胸の内がこの切なさで一杯になって、どうしようもなくなる。今まで、こんなことは全くなかったというのに。
一度メルネ辺りに相談しようかと考えもしたが、その直前で何故か後ろめたさというか、気恥ずかしさを覚えてしまい、結果未だに相談できないでいた。
この無性な苛立ちといい、この胸を締めつける切なさといい……男の時には全く抱いたことのない感情だった。それ故ラグナの脳内は困惑で満たされ──直後、ぐしゃぐしゃと髪を手で掻き乱した。
──あーもう止めだ止め!これ以上考えてたら、なんか頭ん中変になっちまいそうだ。
そしてごろんと寝返りを打って、ラグナがうつ伏せになる。ラグナの体重と寝台に挟まれて、むにゅぅという擬音が出そうな具合に、胸が押し潰されその形を歪ませた。
──……あ。
寝台と同じくらいにふわふわな枕に顔を押しつけながら、ふとラグナはとあることを思い出した。
──良いかラグナ。胸を揉むんだよ胸を。それで相手の女がときめきゃあ、それが『恋』ってモンなんだぜ──
それは十六年前、ほんのちょっとした好奇心で訊いた質問の答え。今の今まで、脳の片隅から抜け落ちていたいつかの記憶。
当時の自分ではその意味がよくわからず、そして思い出した今でもよくわからない。そもそも、『ときめく』ということが理解できない。
しかし、今は立場が違う。十六年前も四ヶ月前も、その時は男だったが──今のラグナは女である。
──ジョニィ……アイツ、まさかこん時の為に……?
己に喧嘩の技術を与えてくれた、謂わば師匠のような男の顔を思い出しながら、ラグナは上半身を起こし、自分の手を胸に伸ばし、触れる。今の自分には──揉めるだけの胸がある。
……実を言えば、ラグナとてこの苛立ちにも切なさにも、一つの心当たりがあった。昔、とある孤児院に共に住んでいた修道女が、よく言っていたのだ。
──その子のことを考えると、なんだか胸が苦しくなったり、切なくなったりしちゃって……それでその子が他の子と仲良くしてるところを見ちゃうと、別にその子のことが嫌いな訳じゃないのに怒りたくなっちゃう。その思いがね……『好き』ってことなんじゃないかな──
当時の自分にはその言葉の意味があまり理解できないでいたが……今、自分がクラハに対して抱いている感情がまさにそれではないのかと、ラグナは思っていたのだ。
そう思いつつも、しかし否定していた。当然だ、今でこそ自分は女であるが──それはこの身体だけの話である。精神は、違う。
──そうだ。俺は今は女でも、男。そんでクラハも男。……好きになるとか、絶対にねえ。
確かにクラハのことは好いている。しかしそれはあくまでも後輩として。決して恋慕の情ではない──ラグナは、そう考えていた。
であれば良い機会だろう────確かめよう。今、この場で確かめてしまおう。
と、その時。
バタン──丁度いいことに、浴室の扉が開かれる音がした。
タオルで濡れた髪や身体を充分に拭いて、僕は浴室から出る。そうしてすぐさま視界に飛び込んだのは──寝台で眠る先輩の姿だった。
──先輩、寝ちゃってたのか……まあ、今日は結構歩き回ったしな。
そう思いながら、思わず先輩のことを僕は眺めてしまう。眺めて、思わず指で頬を掻く。
──……それにしても、本当にこの人は無防備というかなんというか……。
今の先輩の格好は、正直言ってかなり目に毒だった。ホテルから貸し出されている寝間着に身を包んでいる訳だが、この寝間着……生地が、薄い。
なので身体のラインというものが結構浮き出やすく──先輩の場合、その無防備さも相まってかなり拙い格好となってしまっている。たとえホテルの中であろうが、この格好で歩き回させる訳にはいかない。絶対に。
──というか、他の人……特に男に見られたくない。見せたくない。
そう心の中で固く決意しながら、僕の視線は無意識に先輩の身体を舐めるようになぞっていた。
どちらかといえば、先輩は童顔だろう。まだ幼さが残っていて、しかし時折女の色を覗かせる、そんな曖昧な境界線が引かれた顔立ち。そしてその身長も低い。流石にフィーリアさんよりも低くはないが、僕よりも頭一つ低く、サクラさんと並べば冗談抜きに子供としか思えないほどの身長差ができる。
……そのくせ、その身体つき自体は結構、メリハリがあるというか発育が良いというか、正直顔に見合ってないというか。とにかく、僕には少々……いや、かなり刺激が強い。目の保養になるが、それと同時に目の毒にもなる。
特に横になって僅かに潰れている、大き過ぎず小さ過ぎない絶妙なサイズ感で、その上形も整った文句なしの────
──って、いつまで僕は先輩のことを眺めてるんだ……!
ハッと我に返り、僕は己を叱咤しながら慌てて先輩から顔ごと視線を逸らす──その直前だった。
「ん、ぅ……」
小さな寝息を漏らしながら、先輩が不意に寝返りを打った。横向けの姿勢から仰向けとなり──その最中、男の性により先ほどまで僕が邪な視線を注いでしまっていたその部分が、たゆんと。それはもう、実に柔らかそうに揺れた。
「……」
……どうやら、先輩は下着をしていないらしい。寝巻きの薄布一枚に隔てられた、先輩が寝息を立てる度に僅かに上下するそれに、僕は再び視線を釘付けにされてしまう。
「…………」
ごくり、と。思わず生唾を飲む。そして唐突に、思ってしまった──触ってみたい、と。
それは男の本能だったのだろう。雄に刷り込まれた、根源の欲求だったのだろう。
先輩の方に、ゆっくりと。一歩ずつ、足音を立てないように慎重に僕は近づく。今思えば、背中に押しつけられたり顔に押しつけられたり腹部に押しつけられたり──一応己の身体でその極上の感触を味わう機会は多々あったが、そのどれもが謂わば、不本意による事故のようなものだったと記憶している。
しかし自らの意思で触れたことは、一度もない。それは絶対を以て言える。なんだかんだで、僕から先輩の肌色の果実に手を伸ばすことは、今まで一度もなかった────ただ、この時を除いて。
今の僕は、さながら花の蜜に誘われる一匹の虫だった。逆らうこともできず、ただふらふらと誘い込まれていく。
理性は歯止めを利かせようとするが、本能がそれを邪魔する。それを押し退ける。頭の中では駄目だとわかっていても、身体はどんどん前へ進んでしまう。
そして──遂に、手を伸ばせば届く距離にまで、僕は先輩に近づいてしまった。
──止まらなきゃ。止まら、なきゃ……。
思考は言葉を紡ぐが、腕はそれを無視し手が近づく。仰向けになったことで僅かに横に流れるも、ある程度その形を保っている先輩の双丘に、近づいていく。
──これ、以上は……!
突如として心の内に芽生えた本能による欲求は、想定以上に強大で、想像以上に凄まじかった。それを前にした僕の理性など、まるで吹けば飛ぶような小っぽけなものでしかない。
そうして、いよいよ……僕の手は──────
もはや触れるかないかまでの距離にまでクラハは迫ったが、それだけだった。ほんの微かに詰めれば、ほんの僅かにでも伸ばしてしまえば触れることができたであろう至近距離で、クラハは静止した。
静止して、数十秒そのままでいたかと思えば、バッと踵を返し、何故か浴室へと戻って──しばらくしたら戻ってきた。戻って、先ほどのように寝台の上で眠るふりをするラグナには一瞥もくれず、もう片方の寝台に横たわると、そのまま沈黙した。
ようやっと静寂が訪れた部屋の中、寝台の上でラグナは瞳を閉じながら、ぽつりと呟く。
「……このヘタレチキン」
小さな怒りと失望が宿るその呟きは、クラハの耳に届くことはなく、そのまま宙に流れて溶けて消えた。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
一般トレジャーハンターの俺が最強の魔王を仲間に入れたら世界が敵になったんだけど……どうしよ?
大好き丸
ファンタジー
天上魔界「イイルクオン」
世界は大きく分けて二つの勢力が存在する。
”人類”と”魔族”
生存圏を争って日夜争いを続けている。
しかしそんな中、戦争に背を向け、ただひたすらに宝を追い求める男がいた。
トレジャーハンターその名はラルフ。
夢とロマンを求め、日夜、洞窟や遺跡に潜る。
そこで出会った未知との遭遇はラルフの人生の大きな転換期となり世界が動く
欺瞞、裏切り、秩序の崩壊、
世界の均衡が崩れた時、終焉を迎える。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
エデンワールド〜退屈を紛らわせるために戦っていたら、勝手に英雄視されていた件〜
ラリックマ
ファンタジー
「簡単なあらすじ」
死んだら本当に死ぬ仮想世界で戦闘狂の主人公がもてはやされる話です。
「ちゃんとしたあらすじ」
西暦2022年。科学力の進歩により、人々は新たなるステージである仮想現実の世界に身を移していた。食事も必要ない。怪我や病気にもかからない。めんどくさいことは全てAIがやってくれる。
そんな楽園のような世界に生きる人々は、いつしか働くことを放棄し、怠け者ばかりになってしまっていた。
本作の主人公である三木彼方は、そんな仮想世界に嫌気がさしていた。AIが管理してくれる世界で、ただ何もせず娯楽のみに興じる人類はなぜ生きているのだろうと、自らの生きる意味を考えるようになる。
退屈な世界、何か生きがいは見つからないものかと考えていたそんなある日のこと。楽園であったはずの仮想世界は、始めて感情と自我を手に入れたAIによって支配されてしまう。
まるでゲームのような世界に形を変えられ、クリアしなくては元に戻さないとまで言われた人類は、恐怖し、絶望した。
しかし彼方だけは違った。崩れる退屈に高揚感を抱き、AIに世界を壊してくれたことを感謝をすると、彼は自らの退屈を紛らわせるため攻略を開始する。
ーーー
評価や感想をもらえると大変嬉しいです!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる