361 / 440
ARKADIA──それが人であるということ──
ARKADIA────残景追想(その一)
しおりを挟む
いつだって、避けられていた。いつだって、嫌われていた。
いつも気持ち悪いと言われていた。いつも化け物だと言われていた。
同い年くらいの子供たちにも、そしてずっと年上の大人たちからも。
最初こそ、嫌だった。そんなことを言わないでほしかった。けれど、誰も止めてはくれなかった。
だから────いつしか、どうでもよくなった。
避けられても特に思うことがなくなった。だって一々気にしていても仕方のないことなのだから。
嫌われても特に思うことがなくなった。だって一々傷ついても仕方のないことなのだから。
気持ち悪いと何度も言われた。化け物めと何度も罵られた。でも別にどうでもいい。だって、全部無駄なのだから。
そうして、とうとう────なにも、感じなくなった。
マジリカと呼ばれるこの街には、とある場所がある。ここの住民たちは皆、その場所のことを──『魔石塔』と呼んでいた。
その名の通り、その塔は全体が薄青い魔石で覆われており、また塔ではあるがそう高くはない。一説によれば、地下があるのだとかなんとか。
この塔についての情報はそれ以上になく、またそれが真実なのか確かめる術もない。何故なら、この塔を覆う魔石が壊せないから。
一見すれば、このフォディナ大陸では全般的に見られるような、至って普通の魔石。しかし、その硬度は常軌を逸していたのだ。
どんな衝撃を与えても罅一つすら入らない。どんな魔法をぶつけようが一片も砕けやしない。
その魔石を調べようとした者もいたが、結局塔と同じくなにもわからなかった。
そんなものだからやがて塔に近づく者も減って、遂には誰もいなくなってしまった。
普段から誰も近づこうとしない魔石塔だったが────わたしにとっては、どんな場所よりも居心地の良い場所だったのだ。
「あなた、ですわね!」
日常通り、魔石塔の近くで、特になにかする訳でもなくぼうっとしていると、不意にそんな声が耳朶を打った。まるで鈴のように軽やかで、可愛らしい声音だった。
「ついにみつけましたわ。まったく、こんなところにいるなんて」
その言葉に続いて、足音が近づいてくる。だが、気に留めようとは思わなかった。
声の主の正体など別にどうだっていい。声の高さと、まだたどたどしい言葉遣いからして、どうやら子供のようだ。またいつものように心ない罵倒をぶつけられるだけだろう。
わざわざ人を避けるためにこの場所にいるというのに──そんな諦観の念を抱いていると、やがて声の主は目の前にまでやって来た。
どうでもいいと思いつつも、つい目を向けてしまう。そこに立っていたのは──やけに豪華そうなドレスに身を包んだ、同い年くらいの少女だった。
背中を覆うまでに伸びた金髪と、同じく色の瞳。人形のように整った顔には、自信に満ち溢れ勝つこと以外知らないといった、勝気な表情が浮かんでいる。
少女はこちらを一瞥すると、唐突にビシッと人差し指の先を突きつけて、言い放った。
「あなた!なのりなさい!」
……反応に困った。まさか見ず知らずの少女に、出会い頭名乗れなんて言われるとは、思いもしなかった。
「……」
とりあえず沈黙で返して、少女から顔を逸らす。するとその行動が気に入らなかったのか、怒ったように少女が叫んだ。
「ちょっと!このわたくしがなのれといっているのよ!?なのりなさいよ!」
「…………」
この少女、一体何様のつもりなのだろうか。普通、こういう場合は先に名乗ってから、相手に名乗らせるものだろう。
相手にするのも面倒なので、その言葉も無視すると──またムキになったように少女が叫んだ。
「こ、このわたくしをにどもむしするなんて、あなたいいどきょうしてますわね!?」
「………………」
息を荒げる目の前の少女に、仕方なく再度顔を向ける。そして気怠げに、口を開いた。
「……だれ?」
そう訊ねると、わかりやすいくらいに少女は目を見開かせて、それから信じられないように三度叫んだ。
「こ、このわたくしを、ナヴィア=ネェル=ニベルンをしらないの!?」
ぎゃいぎゃいと叫ぶ金髪の少女。しかしその名前──ニベルンというのには聞き覚えがある。確か『四大』の内の一家だったはずだ。
ということは……この少女はニベルン家のお嬢様ということなのだろうか。言われてみれば、その言葉遣いも何処か丁寧というか、上品だった気がする。
……だとすればなおさら謎である。何故『四大』のお嬢様が、供もなくこんな場所にまでやって来て、街の嫌われ者である自分にこうも突っかかってくるのだろう。
そう疑問に思っていると、少女──ナヴィアは、呆れながらも、キッとこちらを睨んだ。
「ま、まあいいですわ。そんなことよりも……あなた!このわたくしとしょうぶなさい!」
「……は?」
この時久々に、本当に久々に、感情らしい感情を込めた声が出たと思う。
そしてこれが、ナヴィアとの──わたしにできた初めての親友との、出会いだった。
いつも気持ち悪いと言われていた。いつも化け物だと言われていた。
同い年くらいの子供たちにも、そしてずっと年上の大人たちからも。
最初こそ、嫌だった。そんなことを言わないでほしかった。けれど、誰も止めてはくれなかった。
だから────いつしか、どうでもよくなった。
避けられても特に思うことがなくなった。だって一々気にしていても仕方のないことなのだから。
嫌われても特に思うことがなくなった。だって一々傷ついても仕方のないことなのだから。
気持ち悪いと何度も言われた。化け物めと何度も罵られた。でも別にどうでもいい。だって、全部無駄なのだから。
そうして、とうとう────なにも、感じなくなった。
マジリカと呼ばれるこの街には、とある場所がある。ここの住民たちは皆、その場所のことを──『魔石塔』と呼んでいた。
その名の通り、その塔は全体が薄青い魔石で覆われており、また塔ではあるがそう高くはない。一説によれば、地下があるのだとかなんとか。
この塔についての情報はそれ以上になく、またそれが真実なのか確かめる術もない。何故なら、この塔を覆う魔石が壊せないから。
一見すれば、このフォディナ大陸では全般的に見られるような、至って普通の魔石。しかし、その硬度は常軌を逸していたのだ。
どんな衝撃を与えても罅一つすら入らない。どんな魔法をぶつけようが一片も砕けやしない。
その魔石を調べようとした者もいたが、結局塔と同じくなにもわからなかった。
そんなものだからやがて塔に近づく者も減って、遂には誰もいなくなってしまった。
普段から誰も近づこうとしない魔石塔だったが────わたしにとっては、どんな場所よりも居心地の良い場所だったのだ。
「あなた、ですわね!」
日常通り、魔石塔の近くで、特になにかする訳でもなくぼうっとしていると、不意にそんな声が耳朶を打った。まるで鈴のように軽やかで、可愛らしい声音だった。
「ついにみつけましたわ。まったく、こんなところにいるなんて」
その言葉に続いて、足音が近づいてくる。だが、気に留めようとは思わなかった。
声の主の正体など別にどうだっていい。声の高さと、まだたどたどしい言葉遣いからして、どうやら子供のようだ。またいつものように心ない罵倒をぶつけられるだけだろう。
わざわざ人を避けるためにこの場所にいるというのに──そんな諦観の念を抱いていると、やがて声の主は目の前にまでやって来た。
どうでもいいと思いつつも、つい目を向けてしまう。そこに立っていたのは──やけに豪華そうなドレスに身を包んだ、同い年くらいの少女だった。
背中を覆うまでに伸びた金髪と、同じく色の瞳。人形のように整った顔には、自信に満ち溢れ勝つこと以外知らないといった、勝気な表情が浮かんでいる。
少女はこちらを一瞥すると、唐突にビシッと人差し指の先を突きつけて、言い放った。
「あなた!なのりなさい!」
……反応に困った。まさか見ず知らずの少女に、出会い頭名乗れなんて言われるとは、思いもしなかった。
「……」
とりあえず沈黙で返して、少女から顔を逸らす。するとその行動が気に入らなかったのか、怒ったように少女が叫んだ。
「ちょっと!このわたくしがなのれといっているのよ!?なのりなさいよ!」
「…………」
この少女、一体何様のつもりなのだろうか。普通、こういう場合は先に名乗ってから、相手に名乗らせるものだろう。
相手にするのも面倒なので、その言葉も無視すると──またムキになったように少女が叫んだ。
「こ、このわたくしをにどもむしするなんて、あなたいいどきょうしてますわね!?」
「………………」
息を荒げる目の前の少女に、仕方なく再度顔を向ける。そして気怠げに、口を開いた。
「……だれ?」
そう訊ねると、わかりやすいくらいに少女は目を見開かせて、それから信じられないように三度叫んだ。
「こ、このわたくしを、ナヴィア=ネェル=ニベルンをしらないの!?」
ぎゃいぎゃいと叫ぶ金髪の少女。しかしその名前──ニベルンというのには聞き覚えがある。確か『四大』の内の一家だったはずだ。
ということは……この少女はニベルン家のお嬢様ということなのだろうか。言われてみれば、その言葉遣いも何処か丁寧というか、上品だった気がする。
……だとすればなおさら謎である。何故『四大』のお嬢様が、供もなくこんな場所にまでやって来て、街の嫌われ者である自分にこうも突っかかってくるのだろう。
そう疑問に思っていると、少女──ナヴィアは、呆れながらも、キッとこちらを睨んだ。
「ま、まあいいですわ。そんなことよりも……あなた!このわたくしとしょうぶなさい!」
「……は?」
この時久々に、本当に久々に、感情らしい感情を込めた声が出たと思う。
そしてこれが、ナヴィアとの──わたしにできた初めての親友との、出会いだった。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる