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ARKADIA──それが人であるということ──

Glutonny to Ghostlady──蝶は空へ飛び

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「……ん…?」

 唐突に、僕の意識は覚醒した。まだ微睡に囚われる中──バッと、僕は急いで身体を起こす。

「先輩ッ!」

 未だ混濁する意識の中で、次々と乱雑に情報が浮かび上がる。『幽霊屋敷』、幽霊少女アリシア──そして、魔神ヴェルグラト

 なにがなんでも先輩を助け出そうと、壁に磔にされているはずの先輩の姿を探すため、無我夢中で周囲を見渡す──見渡して、思わず僕は呆気に取られてしまった。

「え……?」

 壁などなかった・・・・・・・。僕の周囲にあったのは────青々とした無数の木々である。

 ──そ、外?なんで、外に……。

 ただただ困惑するしかない僕に、聞き知った声がかけられる。

「やっと起きましたね、ウインドアさん」

「え?あ、フィ、フィーリア、さん……?」

 声のした方向に目を向けると、僕のすぐ隣にフィーリアさんがいた。そして彼女だけでなく──サクラさんの姿もそこにはあった。

「無事でなによりだ。ウインドア」

「…………え、えっと」

 まるで、というか全然全く状況が飲み込めない。一体なんで僕は外に出られているのか。そもそも屋敷はどこに消えてしまったのか。そして──あの恐ろしい魔神はどうなったのか。

 極度に混乱しながらも、とりあえず二人にそれらを訊ねようとして────僕の背後で、眠たげな声がした。

「ふ、ぁ……?ここ、どこ……?」

 その声に、バッと僕は振り返る。そこには──気怠げに地面からゆっくりと身体を起こす、先輩がいた。その姿を視界に捉えると同時に、僕の身体が無意識に動き──瞼を擦る先輩を思い切り抱き締めた。

「……うぇっ?ちょ、クラハ?お、お前急にどした?」

 堪らず困惑する先輩。しかし僕は黙って、フィーリアさんとサクラさんが見ている前だというのに、その小さな身体をただずっと抱き締め続けた。


















「……件の地下室を発見した後、屋敷全体が激しく揺れ、慌てて脱出。その直後屋敷は倒壊した──か」

 こちらに報告を終え、拠点であり住む街でもあるオールティアに帰還するクラハたちの後ろ姿を窓から見送りながら、『四大』──オトィウス家当代、リオ=カディア=オトィウスはポツリ、と。まるで独り言のようにそう呟いて、なおも続ける。

「やはり『極剣聖』と『天魔王』相手では、かの『七魔神』一柱も役不足だったみたいだね。まあ、仕方ないか」

 これで古い置物も片付けられたことだし、と。彼はそう付け加える。そして少し黙っていた後に、己の背後に立つ彼女に声をかけた。

「是非とも君の感想が聞きたいな。あの二人に間近で接触した君に、さ。ねえ、どうだった?──元《S》冒険者ランカーにして、かつての『六険』〝血塗れブラッディ〟スノウ」

 そのリオの問いかけに、彼女は──彼の侍女メイドであるスノウは、静かに答える。

「数々の噂に違わぬ、いやそれ以上の化け物でした。正直言って、勝てる気が全くしません。特に『天魔王』の方は……人間なのかどうかも疑わしい・・・・です」

 スノウの声に、およそ感情といったものはない。しかしそれでも──微小には震えていた。それをリオは敏感にも感じ取り、満足に頷く。

「やっぱりそうだよねー。僕も武人の心得だとかそういったものは持ち合わせていないけど、それでもあの二人からは圧というか、凄まじい雰囲気をひしひしと感じたよ。できればもう直には会いたくないね」

 まるで他人事のようにそう言うリオに対して、僅かに躊躇しながらも、スノウが再度口を開く。

「確かに、かの《SS》冒険者もですが……個人的にもう一人、警戒すべき人物が」

 彼女の言葉に、リオが振り返る。

「なんだって?それはまさか……あの《S》冒険者のことかい?」

 信じられないように言う彼に対し、こくりとスノウは頷く。そして言った。

「『天魔王』に関しては疑惑程度で、あくまでもこれは私の勘によるものですが……恐らく、アレは人間ではありません・・・・・・・・・。人間の皮を被った、得体の知れない何かです」

「……」

 その彼女の言葉に対してリオはすぐに返事をせず、また窓の方に向き直る、見れば、屋敷の敷地内から出たあの四人が【転移】系の魔法の光に包まれているところだった。

 それを眺めながら、ようやく彼は口を開く。

「僕には多少名の知れた一《S》冒険者にしか思えなかったけどね。でもまあ、一応頭の片隅には留めておくとするかな。君のそういった嫌な予感は昔から外れた試しもないしね」

 やがて空に昇る光の奔流を──否、正確に言うならば空そのものを見つめ、リオはポツリと呟く。

「我ら『四大』が天上へ至る日は、そう遠くない」


















「いやあ、もうおばけ……じゃなくて幽霊屋敷は懲り懲りですよぉ」

「おや、奇遇だなフィーリア。私もしばらくは遠慮したいね。……一体何時間動けないでいたことか。結局屋敷を破壊してしまったな……」

「俺も俺も~なんか変な手首に身体触られまくったし、途中から眠ちまって記憶とか全然ねえし」

「ラグナ嬢、その辺りの経緯を詳し「サクラさん自重しましょうね」

 女三人寄れば姦しい──まあその内の一人は元男であるが──という言葉を体現するように、先輩とサクラさんとフィーリアさんは他愛もない会話を繰り広げる。そして僕といえば少しばかり距離を空けて、三人の後ろを歩いていた。

「……」

 先ほど、今回の依頼主であるリオさんに報告を終えた。これにて『幽霊屋敷』──ゴーヴェッテン邸を巡った依頼クエストの幕は、下された。

 ……しかし、僕にはその実感が全くない。こうして全てが終わったというのに、未だに頭の中に引っかかっている。

 そう、あの恐ろしい魔神──ヴェルグラトの存在が、だ。

 ──あの後それとなくフィーリアさんに聞いたけど、知らぬ存ぜぬだった。……あいつは、どうなったんだ?

 かの魔神に一矢報いたところまでは覚えている。しかしそれから先の記憶が全くない。……ないのだが。

 ──動かした・・・・。あの後、一瞬だけ……誰かが、何かが僕の身体を、右腕を……動かした。

 僕は己の右腕を見やる。どこをどう見ても、至っていつも通りの、僕の右腕──だが、何故だろうか。まるで別の違う何かに、思えてしまうのは。

 ──…………一体、僕が気を失った時になにが……?

「おい、クラハ」

 考え込んでいると、不意に前から声をかけられる。慌てて顔を上げれば、すぐ目の前に先輩が立っていた。

「本当にどうしたんだお前。そんな浮かない顔でぼうっと突っ立ってさ」

「え?あ、いえ……すみません。ちょっと考え事を」

 どうやらいつの間にか立ち止まってしまっていたらしい。さらに先の方を見れば、オトィウス家の敷地内から出たのだろうサクラさんとフィーリアさんが待っていた。

「ふーん。考え事、か。まあ別にいいけど」

 そう言って、先輩は踵を返しその場から駆け出す──前に、思い出したかのように再び僕の方に振り返る。

「ごめん言い忘れてた」

「え?」

 なにを──そう僕が言う前に、花が咲いたような笑顔で、先輩が言った。

「今回は色々、本当に色々あんがとな。クラハ」

 そう言うや否や、また踵を返しサクラさんとフィーリアさんの元に駆け出す先輩。僕といえば、そのあまりの不意打ちに、完全に虚を衝かれ硬直してしまっていた。

 数秒遅れて、ハッと僕は我に返る。

 ──それは、反則ですよ先輩……ッ。

 堪らず、心の中でそう呟きながら、これ以上待たせないためにも僕もその場から駆け出す──その直前、視界の端にあるものを捉える。

 ──あれ、は……。

 それは、一匹の蒼い蝶だった。蝶はひらひらと舞うように、空へ飛んでいく。不思議と目が離せず、その行方を目で追っていると──向こうから先輩が僕を呼ぶ。

 駆け出す直前にもう一度空の方を見やると────もう既に、あの蒼い蝶の姿は何処にもなかった。
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