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ARKADIA──それが人であるということ──

Glutonny to Ghostlady──戦闘、『幽霊屋敷』の少女

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「お父様の屋敷を荒らす賊は、絶対に許さない……!」

 少女がそう呟いた瞬間、彼女の周囲に浮かんでいた数本のナイフが、動きを揃えて刃先を僕の方に向ける。そして間髪容れずこちらに飛来した。

 冷たく銀色に輝くナイフから視線を逸らさず、僕は咄嗟に眠らされた先輩を抱き上げその場から跳び退く。

 ズダダダッ──遅れて、誰もいなくなった床に全てのナイフが突き刺さるが、数秒遅れて霧のように掻き消えてしまった。

 ゆっくりと、壁際に先輩の身体を下ろす。しかし、未だ目を覚ます気配がない。

 そのことに不安を覚えながらも、僕は少女の方にへと向き直る。少女は依然としてこちらを見つめており、相変わらずその瞳は敵意で溢れている。

 この屋敷、ゴーヴェッテン邸の主ディオス=ゴーヴェッテンには一人娘がいた。だが今から五十年前に乱心した彼によって、その手にかけられたはず。

 仮に、今自分の目の前に立つこの子が、この少女が件の娘だとしても。少なくとも五十年は前の人物である。しかしどう見ても、僕の前にいるのは明らかに僕よりも歳下であろう少女だ。

 ──一体、どういうことなんだ……?

 混乱しながらも、僕は鞘から剣を引き抜く。そして構えると同時に、再び少女が動きを見せた。

 先ほどと同じようにスッと少女は腕を振り上げる。そして宙に掲げた手を、ゆっくりと広げた。

 瞬間──少女の手のひらに禍々しい魔力が渦巻き、凝縮するように集中し、黒い球体が発生する。

 その球体を目にし、慌てて僕は己の魔力を全身の肌に覆うように巡らせる。それが終わる直前、少女がポツリと呟いた。

「【闇魔弾ダークスフィア】」

 少女の呟きと共に、彼女の手のひらから黒い球体が放たれる。少しもブレることなく、球体は僕の方に向かって──着弾し、破裂した。

「…………」

 少女の瞳が、僅かばかり見開かられる。無理もない、自分の放った【闇魔弾】が直撃したというのに、僕は無傷で済んでいるのだから。

 数秒の沈黙を置いて、少女が口を開く。

「【魔防障壁マナバリア】を使える賊なんて、初めて見たわ」

【魔防障壁】──己の魔力を使い、一時的に魔法への耐性を上昇させる防技の一つである。

 大したダメージは受けていないことを確認し、僕は剣を構え床を蹴る。少女との距離はさほど開いてはおらず、一気に詰めた──が、

「なっ……?」

 気がつけば、僕のすぐ目の前にいたはずの少女の姿が、消えている。慌てて周囲を見渡す直前、横から声が上がった。

「【闇魔弾】!」

 瞬間、僕はその場から跳び退く。遅れて、ついさっきまで僕が立っていた位置にあの黒い球体が着弾し、爆ぜて床に穴を開けた。

「言っておくけど」

 声のする方に視線を向ける。案の定そこには少女が立っており、先ほどと同じように周囲にはナイフが浮かんでいた。

「この屋敷の中じゃ、私には絶対に勝てない。だから、無駄な抵抗は止めてくれる?」

 彼女の言葉を無視して、僕は再び床を蹴って駆け出す。今度は両足に【強化ブースト】をかけており、先ほどよりも素早く少女との距離を詰めることができたが────

「……無駄だって、言っているのに」

 ────またもや、少女は僕の目の前から消えていた。呆れたような声が、僕の背後から聞こえてくる。

 頭で考えるよりも先に、身体が動いていた。床を転がって、その場から離れる。一瞬遅れて、ナイフの雨が降り注いだ。

 木製の床が喧しく悲鳴を上げる。顔を上げれば、数十本のナイフが床に突き立っていた。少し経って、霧のように薄れて霧散する。

「…………」

 こちらを刺すような少女の眼差しを受けながら、僕は考えていた。

 ──瞬間移動……【転移】か?いや違う。それらしい魔力の動きはなかった。

 思考を巡らす間にも、少女の攻撃が僕を襲う。突き刺さらんと飛来するナイフを躱し、【闇魔弾】は【魔防障壁】を使って防ぐ。幸い彼女の魔力はそれほど強くはなく、耐性さえ上げてしまえばダメージはない。

 警戒するとしたら、ナイフ。こればかりは躱さなければ。

「ちょこまかと……!」

 やがて痺れを切らしたように、少女が苛立ちを滲ませながら呟く。と、そこで僕はあることを思い出した。

『あ、ウインドアさん。これあげます』

 それはフィーリアさんの言葉。彼女はそう言って、僕にとあるものを渡してくれた。彼女にしてみればただの気紛れだったのだろうが──今この瞬間、それがこれ以上にない最高の贈りものになった。

 ──ありがとうございます、フィーリアさん……!

 すぐさま【次元箱ディメンション】を使い、そこから拳大の麻袋を取り出す。そしてその麻袋からそれを──魔石を取り出した。

 取り出すと同時に、そのまま躊躇いなく魔石を少女に向かって投げつける。魔石は寸分違わず少女の顔面にへと飛んでいき──突如現れた一本のナイフによって貫かれ、粉々に砕かれた。

「お粗末な飛び道具」

 嫌悪感を詰め込んだ少女の一言。そんな彼女の周囲を取り囲むようにして、砕け散った魔石の欠片が床に転がる。

 それを確認し、僕はすぐさま駆け出す。開いていた少女との距離は瞬く間に詰まり、迫る僕を見て少女は嘆息する。

「あなた学習しないの?いくらそうやって近づいてきても、私は捉えられない」

 うんざりとしたように、少女がそう言った──瞬間だった。

 バチジジジッ──突如、少女の周囲に散らばっていた魔石の欠片全てが発光し、まるで稲妻のように瞬いた。

「……なに?え、なんで!?」

 そこで初めて、無表情だった少女の顔が崩れた。先ほどまでの余裕をなくし、その表情に焦りの色が帯び始めていく。

「あっ…!」

 ハッと、少女が振り向く──だが、僕はもう既に彼女の目と鼻の先にいる。

 先ほど僕が投げた魔石は、フィーリアが独自に開発したというもので、なんでも粉々に砕き、その欠片を対象の周りに散らせることで、魔力や魔石を使った転移、またはなんらかの能力での移動を阻害することができるのだ。

 ──間合いに入った。

 視界に、少女の顔が映り込む。焦りと動揺と、そして恐怖に引き攣っていて、蒼い瞳は剣を捉えている。

 慌ててその場から離れようとしてはいたが、身体を上手く動かせていないようだった。恐らく、思考に身体が追いついていないのだろう。

 そんな彼女の様子を目の当たりにしつつ、僕は振り上げた己の得物を、振り下ろそうとした。無防備にも晒されていた白い首筋に、この冷たい刃を叩きつけようと、宙に滑らせようとした──だが、

「…ッ」

 あるまじきことに、ほんの一瞬だけ躊躇してしまった。振り下ろそうとした腕を、ほんの一瞬だけ鈍らせてしまった。時間にしてみれば数秒にも満たない僅かなもの──しかし、少女が次の行動に移るのには充分なものだった。

 未だ顔を引き攣らせながらも、ややぎこちなく少女は僕に向かって手を突き出す。瞬間、僕の身体を衝撃が貫いた。

「がッ……!」

 内臓が圧迫される痛みと異様な不快感に、僕は堪らず後ろに退がってしまう。咄嗟に前を向くと、少女は少しの驚きと不可解が入り混じった表情を浮かべ、そこに立っている。彼女の足元に転がっていた魔石の欠片はもうなくなっている。

 ──やってしまった……。

 心の底から悔やむ。もしあの時躊躇なんかせず剣を振り下ろすことができていたら、この戦いは終わっていた。……だが、僕は躊躇ってしまった。この少女の首を斬り落とすことを、躊躇ってしまった。

 今さら後悔しても遅い。遅過ぎる。気を引き締め、剣を構え直す僕に、納得がいかないような眼差しを送りながら、少女が声をかける。

「……お人好しね、あなた。けどこの屋敷に踏み入った以上、容赦はしないわ」

「…………」

 少女の動向を警戒しながらも、僕は視線を流す──先輩は、未だ床に倒れており、起きる気配は皆無だった。

 そんな僕に対して、少女が言う。

「そんなにその子が大事?」

 その言葉に対して、僕は沈黙で返す。するとなにを思ったのか、唐突に少女は腕を振り上げた。

「気が変わったわ」

 瞬間、彼女の腕の周囲を囲むようにして、五つの黒い球体が浮かび上がる。その光景を目にした時──既に、僕の身体は動いていた。

 駆ける僕を尻目に、淡々と少女が呟く。

「【五連闇魔弾フィフス・ダークスフィア】」

 少女の呟きに、五つの黒い球体が先輩に向かって放たれた。
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