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ARKADIA──それが人であるということ──
Glutonny to Ghostlady──先輩命令
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一体、どれくらいの時間が経ったのだろう。ふとそう思い、窓から空を見上げてみるが、浮かんでいる月は全く動いていないように思える。
──腕時計でもしてくるんだった。いや、こんな普通じゃない場所じゃ、時計なんてものは役に立たないか……。
そんなことを心の中で呟きながら、視線を窓の方から己の腕の中──正確には、未だこちらの胸に顔を埋めたままでいる、先輩にへと戻す。
あれから一頻り先輩は泣いて、泣いて、泣きじゃくって──ようやく落ち着いて、大人しくなった。しかし未だに僕から離れようとはせず、すっぽりと僕の腕に収まったままだった。
自分でもできる限り優しい声音で、先輩に訊ねる。
「溜め込んでたもの、全部吐き出せましたか?先輩」
少し遅れて、こくりと先輩は小さく頷く。そんな様子を思わず可愛らしいと思いながら、僕は続ける。
「なら良かったです。じゃあもう大丈夫そう……ですか?」
その僕の言葉には、先輩は頷かなかった。僕の胸に埋めたまま、ぐりぐりと顔を押しつけながら、口を開く。
「……い」
「?なんですか先輩?」
言葉が聞き取れず、なにを言ったのか僕が訊くと、やっぱり少し遅れて、もう一度先輩は震えた声を絞り出した。
「今、凄え恥ずい」
……その言葉通り、僕の腕の中で先輩は、今までで見たことがないくらいに恥ずかしがっていた。
「よりにもよって、お前にあ、あんな姿見せちまうとか……恥ず過ぎて死にそう……っ」
先輩は、決して僕の胸から顔を離さない。それほどに、今の自分の顔を見られたくないのだろう。……だが、僕は今それどころではなかった。
──恥ずかしがってる先輩滅茶苦茶可愛いいいぃぃぃ……ッ!!
今までを振り返ってみれば、羞恥に駆られる先輩の姿は何度も目にしてきた。だが今この時、この瞬間の先輩は、そのどれよりも魅力的で──どうしようもなく僕を惹きつけた。
今一体先輩はどんな顔をしているのだろう。どんな顔になっているのだろう。恐らくそれはもう真っ赤で、もうこれ以上にないくらいに真っ赤で、その琥珀色の瞳を羞恥で滲ませているのだろう。嗚呼、それがどうしてもこの目で見てみたい。
僕の心の中を、邪念が染めていく。羞恥に駆られている先輩の顔を、どうしても見てみたいという欲望が満たしていく。
…………だが、それは駄目だ。絶対に駄目だ。ここは堪えなければ──駄目だ。
黒い欲望に身を委ねてしまいそうになるのを、鉄の自制心で必死に阻止する。そして少しでも気を逸らそうと、僕は先輩から視線を外し、なにもない天井を静かに見つめる。
「だから、もう少しこのままでいさせろクラハ……!」
そう言って、より先輩は顔を僕の胸に押しつける。その行為に深い意味はないと思われるが……それでも、僕のこの疾しい気持ちを助長させるには充分過ぎる。
──堪えろ。堪えるんだ僕……今、先輩に手を出す訳にはいかないんだ……ッ!
先輩を抱き締めつつも、それ以上のことは我慢する。言うだけならどうということはないが、実行するとなると想像の数十倍は厳しい。凄く辛い。もの凄く、辛い。
気を抜くと、自分の手が先輩の身体の、あらぬ場所に動きそうになる。というか、もう正直触りたい。本当に触りたい。先輩のあらぬ場所にどうしても触れてみたい。
……だが、何度も言う通りそれは絶対にやってはならない、先輩への裏切りだ。先輩は僕のことを心の底から信用しており、だからああして絶対に晒したくなかった姿を僕に見せてくれたのだし、こうして無防備にも僕に抱き締められているのだ。
その信用につけ込んで、先輩の貞操と尊厳を踏み躙るなど言語道断。そんなことをするくらいなら────と、その時。ふと僕は疑問に思った。
──そもそも、先輩は男じゃないか。こんな感情を抱くこと自体、間違ってるんじゃ……。
しかし、今僕の腕の中にいる先輩は女の子だ。あくまでもそれは変わらない。……だから、僕は今こんな獣のような浅ましい欲望を覚えているのか?
それとも、身体関係なく、先輩個人に対して?いや、それはない。僕の恋愛対象は異性だ。間違っても同性ではない。…………であるなら、やはり僕は先輩にではなく、先輩の今の身体に欲情してしまっている、のか?
──……いや、それも違う。
確かに、僕の恋愛対象は異性──女の子だ。しかし、だからといって、抱き締め合うだけでここまで興奮するほど飢えている訳ではない。十代後半ならいざ知らず、流石に二十歳になってからはある程度、そういうのは落ち着いた。
……仮に、もし仮に。他の女の子とでも同じ状況になれば──こんな風に興奮を覚えただろうか?必死にならなければ我を見失いかけるほどに、僕は興奮したのだろうか?
それは、たぶん────
「クラハ?おい、聞こえてんのか?」
────そこで僕の思考は、先輩の声によって遮られてしまった。
「っえ、あ、はいどうしました先輩っ!?」
「……いや、さっきからずっと呼んでんのに、反応しねえからさ。お前こそどうした?なんでそんなに慌ててんだ?」
気がつけば、もう既に先輩は僕の胸から顔を離しており、こちらを不思議そうに見上げていた。もっとも、まだ薄らと頬は赤く染まってはいるが。
「だ、大丈夫ですよ僕は大丈夫ですから気にしないでください。はい」
さっきまで考えていたことを決して見抜かれないよう、若干回転が鈍くなってしまっている頭を無理矢理働かせ、冷静なのを装いながら、僕はそう先輩に返す。
なにが大丈夫なのか全くわからない僕の言葉に、流石の先輩も怪訝そうな表情を浮かべたが、それはすぐさま消え去った。
「なら、別にいいけど」
「いやあ、心配させてすみません。はは、ははは……」
苦笑いする僕に、先輩は何処か照れた風に、しかし吹っ切れた様子で言ってくる。
「その、なんだ。お前のおかげで色々楽になった。……そうだよな、俺は俺──ラグナ=アルティ=ブレイズで、お前の先輩だ。なにがあっても、それは変わんねえ」
そして──向日葵のように眩しく、可愛らしい笑顔を咲かせた。
「あんがとな、クラハっ」
──ッ……!?
別に、先輩の笑顔を見るのはこれが初めてではない。多くもないが、決して少なくない数は目にしている。
……だというのに、今この瞬間の、その先輩の笑顔は、妙に僕の心臓を高鳴らせ、どうしようもなくざわつかせた。
「そ、そんな。僕はただ、後輩としてすべきことをしただけです、よ……」
それを悟られぬよう、落ち着いている風を装って僕は先輩にそう返す。幸い、先輩が僕の動揺を見抜くことはなかった。
「そうだな。じゃあそんな先輩思いの後輩に命令だ」
そう言うや否や、先輩は僕から少し離れ、距離を取る。依然としてその顔に笑顔を咲かせたまま、口を開く。
「少し屈め」
「え?りょ、了解です。……このくらいでいいですか?」
先輩に言われ、僕が少し身体を屈めた──瞬間だった。
ギュッ──突然、僕の顔を柔らかくて温かい感触が包み込んだ。
──……?っ!?ッ?!
遅れてその感触が先輩の胸のものだということに気づき、それと同時に先輩が僕を、僕の顔を胸元に抱き締めているのだとわかった。
それを理解した瞬間、全身が熱くなり、咄嗟に離れようとしたが、その前に先輩の手が僕の後頭部を押さえ込んだ。
「コラ、離れようとすんな」
そして先輩が僕を窘める。しかしその声音は普段とは全く違うどころか、今初めて耳にするほどに優しく──慈愛に満ち溢れた、母のような温もりがあった。
「お前は本当に自慢の後輩だ。クラハ」
先輩はそう言うと、後頭部に置いたままの手で、ゆっくりと僕の頭を撫でる。
──せ、せんぱ……うああっ……。
先輩に頭を撫でられ、瞬く間に僕の脳内が真白に染められていく。なにも、考えられなくなっていく──なにも、考えたくなくなっていく。
心がこの上ない安らぎと幸福感に満たされる中、先輩の言葉だけが深く、染み込む。
「……もし、俺がお前との思い出を全部忘れちまっても、お前は忘れんな。ずっと、ずっと覚えてろ。……先輩命令だかんな」
その言葉に、僕は口を開けなかった。幼い子供のように、ただ小さく頷くことしか、できなかった。
──腕時計でもしてくるんだった。いや、こんな普通じゃない場所じゃ、時計なんてものは役に立たないか……。
そんなことを心の中で呟きながら、視線を窓の方から己の腕の中──正確には、未だこちらの胸に顔を埋めたままでいる、先輩にへと戻す。
あれから一頻り先輩は泣いて、泣いて、泣きじゃくって──ようやく落ち着いて、大人しくなった。しかし未だに僕から離れようとはせず、すっぽりと僕の腕に収まったままだった。
自分でもできる限り優しい声音で、先輩に訊ねる。
「溜め込んでたもの、全部吐き出せましたか?先輩」
少し遅れて、こくりと先輩は小さく頷く。そんな様子を思わず可愛らしいと思いながら、僕は続ける。
「なら良かったです。じゃあもう大丈夫そう……ですか?」
その僕の言葉には、先輩は頷かなかった。僕の胸に埋めたまま、ぐりぐりと顔を押しつけながら、口を開く。
「……い」
「?なんですか先輩?」
言葉が聞き取れず、なにを言ったのか僕が訊くと、やっぱり少し遅れて、もう一度先輩は震えた声を絞り出した。
「今、凄え恥ずい」
……その言葉通り、僕の腕の中で先輩は、今までで見たことがないくらいに恥ずかしがっていた。
「よりにもよって、お前にあ、あんな姿見せちまうとか……恥ず過ぎて死にそう……っ」
先輩は、決して僕の胸から顔を離さない。それほどに、今の自分の顔を見られたくないのだろう。……だが、僕は今それどころではなかった。
──恥ずかしがってる先輩滅茶苦茶可愛いいいぃぃぃ……ッ!!
今までを振り返ってみれば、羞恥に駆られる先輩の姿は何度も目にしてきた。だが今この時、この瞬間の先輩は、そのどれよりも魅力的で──どうしようもなく僕を惹きつけた。
今一体先輩はどんな顔をしているのだろう。どんな顔になっているのだろう。恐らくそれはもう真っ赤で、もうこれ以上にないくらいに真っ赤で、その琥珀色の瞳を羞恥で滲ませているのだろう。嗚呼、それがどうしてもこの目で見てみたい。
僕の心の中を、邪念が染めていく。羞恥に駆られている先輩の顔を、どうしても見てみたいという欲望が満たしていく。
…………だが、それは駄目だ。絶対に駄目だ。ここは堪えなければ──駄目だ。
黒い欲望に身を委ねてしまいそうになるのを、鉄の自制心で必死に阻止する。そして少しでも気を逸らそうと、僕は先輩から視線を外し、なにもない天井を静かに見つめる。
「だから、もう少しこのままでいさせろクラハ……!」
そう言って、より先輩は顔を僕の胸に押しつける。その行為に深い意味はないと思われるが……それでも、僕のこの疾しい気持ちを助長させるには充分過ぎる。
──堪えろ。堪えるんだ僕……今、先輩に手を出す訳にはいかないんだ……ッ!
先輩を抱き締めつつも、それ以上のことは我慢する。言うだけならどうということはないが、実行するとなると想像の数十倍は厳しい。凄く辛い。もの凄く、辛い。
気を抜くと、自分の手が先輩の身体の、あらぬ場所に動きそうになる。というか、もう正直触りたい。本当に触りたい。先輩のあらぬ場所にどうしても触れてみたい。
……だが、何度も言う通りそれは絶対にやってはならない、先輩への裏切りだ。先輩は僕のことを心の底から信用しており、だからああして絶対に晒したくなかった姿を僕に見せてくれたのだし、こうして無防備にも僕に抱き締められているのだ。
その信用につけ込んで、先輩の貞操と尊厳を踏み躙るなど言語道断。そんなことをするくらいなら────と、その時。ふと僕は疑問に思った。
──そもそも、先輩は男じゃないか。こんな感情を抱くこと自体、間違ってるんじゃ……。
しかし、今僕の腕の中にいる先輩は女の子だ。あくまでもそれは変わらない。……だから、僕は今こんな獣のような浅ましい欲望を覚えているのか?
それとも、身体関係なく、先輩個人に対して?いや、それはない。僕の恋愛対象は異性だ。間違っても同性ではない。…………であるなら、やはり僕は先輩にではなく、先輩の今の身体に欲情してしまっている、のか?
──……いや、それも違う。
確かに、僕の恋愛対象は異性──女の子だ。しかし、だからといって、抱き締め合うだけでここまで興奮するほど飢えている訳ではない。十代後半ならいざ知らず、流石に二十歳になってからはある程度、そういうのは落ち着いた。
……仮に、もし仮に。他の女の子とでも同じ状況になれば──こんな風に興奮を覚えただろうか?必死にならなければ我を見失いかけるほどに、僕は興奮したのだろうか?
それは、たぶん────
「クラハ?おい、聞こえてんのか?」
────そこで僕の思考は、先輩の声によって遮られてしまった。
「っえ、あ、はいどうしました先輩っ!?」
「……いや、さっきからずっと呼んでんのに、反応しねえからさ。お前こそどうした?なんでそんなに慌ててんだ?」
気がつけば、もう既に先輩は僕の胸から顔を離しており、こちらを不思議そうに見上げていた。もっとも、まだ薄らと頬は赤く染まってはいるが。
「だ、大丈夫ですよ僕は大丈夫ですから気にしないでください。はい」
さっきまで考えていたことを決して見抜かれないよう、若干回転が鈍くなってしまっている頭を無理矢理働かせ、冷静なのを装いながら、僕はそう先輩に返す。
なにが大丈夫なのか全くわからない僕の言葉に、流石の先輩も怪訝そうな表情を浮かべたが、それはすぐさま消え去った。
「なら、別にいいけど」
「いやあ、心配させてすみません。はは、ははは……」
苦笑いする僕に、先輩は何処か照れた風に、しかし吹っ切れた様子で言ってくる。
「その、なんだ。お前のおかげで色々楽になった。……そうだよな、俺は俺──ラグナ=アルティ=ブレイズで、お前の先輩だ。なにがあっても、それは変わんねえ」
そして──向日葵のように眩しく、可愛らしい笑顔を咲かせた。
「あんがとな、クラハっ」
──ッ……!?
別に、先輩の笑顔を見るのはこれが初めてではない。多くもないが、決して少なくない数は目にしている。
……だというのに、今この瞬間の、その先輩の笑顔は、妙に僕の心臓を高鳴らせ、どうしようもなくざわつかせた。
「そ、そんな。僕はただ、後輩としてすべきことをしただけです、よ……」
それを悟られぬよう、落ち着いている風を装って僕は先輩にそう返す。幸い、先輩が僕の動揺を見抜くことはなかった。
「そうだな。じゃあそんな先輩思いの後輩に命令だ」
そう言うや否や、先輩は僕から少し離れ、距離を取る。依然としてその顔に笑顔を咲かせたまま、口を開く。
「少し屈め」
「え?りょ、了解です。……このくらいでいいですか?」
先輩に言われ、僕が少し身体を屈めた──瞬間だった。
ギュッ──突然、僕の顔を柔らかくて温かい感触が包み込んだ。
──……?っ!?ッ?!
遅れてその感触が先輩の胸のものだということに気づき、それと同時に先輩が僕を、僕の顔を胸元に抱き締めているのだとわかった。
それを理解した瞬間、全身が熱くなり、咄嗟に離れようとしたが、その前に先輩の手が僕の後頭部を押さえ込んだ。
「コラ、離れようとすんな」
そして先輩が僕を窘める。しかしその声音は普段とは全く違うどころか、今初めて耳にするほどに優しく──慈愛に満ち溢れた、母のような温もりがあった。
「お前は本当に自慢の後輩だ。クラハ」
先輩はそう言うと、後頭部に置いたままの手で、ゆっくりと僕の頭を撫でる。
──せ、せんぱ……うああっ……。
先輩に頭を撫でられ、瞬く間に僕の脳内が真白に染められていく。なにも、考えられなくなっていく──なにも、考えたくなくなっていく。
心がこの上ない安らぎと幸福感に満たされる中、先輩の言葉だけが深く、染み込む。
「……もし、俺がお前との思い出を全部忘れちまっても、お前は忘れんな。ずっと、ずっと覚えてろ。……先輩命令だかんな」
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