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ARKADIA──それが人であるということ──

Glutonny to Ghostlady──戦闘、亡霊の騎士(後編)

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 近づけさせまいと、必死に腕を振る先輩を嘲笑うかのように、その薄く透けた手首たちは浮遊する。その様を目の当たりにして、思わず僕は叫んでいた。

「先輩!」

 あの手首たちには見覚えがある。確か〝有害級〟の魔物モンスター彷徨える手ウィスプハンドだ。

 この彷徨える手も亡霊の騎士ゴーストナイト同様、昇天できずにいる魂が魔素マソを浴びて、魔物化してしまったものだ。とはいえ亡霊の騎士と比べればその危険度は低く、特別警戒視するような相手ではないが──先輩からすれば充分な強敵に成り得る。しかもそれが四体ともなれば、万が一あっても先輩に勝利はない。

 急いで先輩を助けようと僕はその場から駆け出す──が、残る亡霊の騎士たちに行手を阻まれてしまう。堪らず舌を打って、剣を構えた。

「邪魔だッ!!」

 苛立ちをそのまま吐き出すように叫んで、剣を振るう。だが先輩が襲われているという状況に焦ってしまい、力に任せた雑な一撃となってしまった。

 ガギンッ──正面に立ち塞がる亡霊の騎士の剣が、僕の剣を受け止める。刃と刃が衝突し、火花を散らせた。

「くっ……!」

 そのまま勢いに任せて、僕は押し込もうとする。が、僕は一瞬でも忘れていた。亡霊の騎士が、まだ他にいるという重要な情報を。

「ッ!」

 ハッとそれを思い出し退こうとするが、遅かった。

 ザシュッ──僕の右脇腹を、他の亡霊の騎士の剣が斬り裂いた。

「ぐあっ……」

 堪らず僕は呻き、だがそれでも接近していた亡霊の騎士を蹴り飛ばしその場を退く。右脇腹を押さえながら、改めて周囲を見渡した。

 亡霊の騎士はまだ十六体残っている。いくら雑魚とはいえ、考えなしにこの包囲網を突破するのは容易くない。

 と、その時だった。

「なっ、それ返せぇっ!!」

 先輩の声に、堪らず僕は顔をそちらに向けてしまう。向けて、目を見開いた。

 先輩の周囲を漂っていた彷徨える手の一体が、素早く先輩の頭に近づいたかと思うと、髪に結び付けられた白いリボンを解き奪い取った。

 慌てて先輩が取り返そうと腕を伸ばすが、彷徨える手は離れてしまう。それからリボンの端を掴むと、垂れ下がったもう一方の端を別の手が掴んだ。

 そしてその二体の手はリボンを横に広げたかと思うと、これまた素早く先輩の顔面に向かって飛来する。僕からすればだいぶ遅い動きだったが、先輩からすれば速く、捉え切れるものではなかった。

「ちょなっ!」

 彷徨える手は奪ったリボンで、瞬く間に先輩の両目を覆う。そのまま端と端を結び合わせ、あっという間に先輩の白いリボンを目隠しにしてしまった。

 視界すらも奪われ、暴れようとする先輩を彷徨える手が二体がかりで押さえる。

「こんのっ……離しやがれぇ!」

 彷徨える手たちをなんとか振り払おうとするが、先輩の膂力では到底叶わないことだった。と、残っていたもう二体の彷徨える手も先輩にへと接近する。

 その手中には、一体どこから持ってきたのか長めの紐があった。そしてそれをやたら慣れた動き……というよりは手つきで、あれよあれよと先輩の両手と両足に巻きつけ、縛り上げてしまった。

「クソッ……」

 そうして、四体の彷徨える手たちは瞬く間に、先輩の身体の自由を奪ってしまった。その事実に直面し、堪らず僕の焦りは頂点ピークに達してしまう。

 剣の柄を固く握り締めながら、心の奥底から噴き出す憤りのままに叫ぶ。

「先輩ッッッ!!」

 だからか、気がつけなかった。彷徨える手たちに視線を向けている間、周囲の亡霊の騎士たちに異変が生じていたことに。

 慌てて無理矢理包囲網を突破しようとして、そこで初めて僕はそのことに気づいた。

 ──気配が、変わった……?

 そう感じた瞬間、咄嗟に剣を掲げた。直後、亡霊の騎士の剣が襲いかかる。その一撃は防ぐことはできたが、さらに困惑してしまう。

 ──剣がさっきよりも疾くなってる……!

 その場から跳び退いて、亡霊の騎士たちの出方を窺う。やはり先ほどと明らかに様子が違う。

 鎧の一体が僕に向かってくる。人形めいていたはずの動きが、まるで歴戦の戦士のように鋭くなっていた。

 僕に向かって、剣が振り下ろされる。キレが数割増したその一撃は、もはや油断を許さないものとなっている。慌てて剣で受け止めるが、重さも増しており堪らず僕は押し込まれてしまう。

「ぐッ……!」

 もはや、目の前にいる亡霊の騎士たちは雑魚とは呼べぬ代物となっていた。一体だけならともかく、十六体もいるのだ。危機的状況──と、再び僕の鼓膜を先輩の悲鳴が震わせた。

「先輩!?」

 思わず顔をそちらに向けてしまう────そこには、とんでもない光景があった。



「ど、どこ触って、ちょ、止めっ……!」



 先輩の動きを封じ、彷徨える手たちはまたその周囲を好き勝手に浮遊していたかと思えば、突然また近づいた。

 近づいて────あろうことか、先輩の身体を弄び始めたのだ。

 二体の彷徨える手は別れると、先輩の上半身──胸にへと触れる。程よく豊かに実ったその果実を、薄く透けた手たちは無遠慮にも掴んだ。

「ひ、あ……っ」

 瞬間、先輩の小さな口から甲高い悲鳴が漏れた。それに少し遅れて、かあぁっと先輩の顔が赤く染められていく。

「へ、変な声出ちま──ひゃうっ?」

 彷徨える手の中で、先輩の果実が踊る。薄透明の指が沈み込み、むにゅむにゅと身勝手にその形を歪ませ、その度にビクンと先輩の華奢な肩が小さく跳ねた。

「ん……んんっ……!」

 もうこれ以上声を上げたくないのか、先輩は必死になってその唇を噤み、彷徨える手たちの下劣な行為に堪え続ける。が、不意に彷徨える手の指先が先端にへと伸びて──ピンッと弾くように触れた。

「ふぁあっ!?」

 不意打ちの刺激に、堪らず先輩は声を上げてしまう。だが彷徨える手は止まらない。

 その指先は先端をグッと今度は押し潰し、胸全体を揉み込みながらグリグリと刺激を容赦なく与える。それはあまりにも先輩には強過ぎるもので、我慢できず嬌声にも似た悲鳴が先輩の口から溢れ出した。

「こんなの、知らなっ──んあぁっ……!」

 ビクンッと肩どころか全身が跳ね、先輩の背中が仰け反る。まだ穢れを知らぬ無垢な先輩の身体に、彷徨える手たちは着実に女の悦びというものを教え込んでいく。

 不躾な陵辱に身悶える先輩。そこでようやくもう二体の彷徨える手たちは動き出し、一体は先輩の薄く開かれた口元に触れたかと思うと、そのまま指を口腔に突っ込んだ。

「むぐぅっ……!?」

 図らずも彷徨える手の指を咥える先輩。リボンによって隠されているため不明ではあるが、恐らくその目を白黒とさせていたことだろう。

 そして最後の一体は上下を繰り返す先輩の腹部を指先で撫でながら、徐々に下腹部にへと降下し────瞬間、僕の中でなにかが弾け飛び、気がつけば感情のままに叫んでいた。

「それ以上先輩に触ってんじゃねぇええッッッ!!!」

 激昂のままに、僕は剣を前に押し出す。すると自分でも驚くほどに呆気なく亡霊の騎士を押し返せ、そのまま思い切り剣を振るった。

 ガギギィンッ──鎧に刃が食い込み、激しく火花を散らしながら断ち斬った。上下に分断された鎧が床に音を立てて転がる。

 前方を睨めつけると、三体の亡霊の騎士が立ち塞がっている。柄を潰すつもりで握り締め、僕は叫ぶ。

「邪魔だって言ってんだよこの鉄屑共がぁあッ!!」

 床を破らんばかりの勢いで蹴りつけ、勢いのままに剣を振るう。

 ザンッ──立ち塞がっていた三体の鎧は、ろくに抵抗もできず、構えた己の剣ごと僕に斬られ、先ほどの鎧と同じように床を転がった。

 そのまま突き進み、先輩の元に一気に駆けつける。見れば、もう彷徨える手の指先が、先輩の短パンの中に侵入する直前だった。

「いい加減、先輩から……離れろッッッ!」

 胸の奥底から延々と沸き出す激情に身を任せ、剣を振り上げる。そしてありったけの魔力を注ぎ込み────先輩の少し前めがけて思い切り突き立てた。

 切っ先が床に突き刺さった瞬間、注がれていた魔力が凄まじい勢いで放出される。それはさながら爆発によって生じた爆風のようで、たかが魔素によって魔物化しただけであり、半ばこの世に未練を残す魂でしかない彷徨える手が堪えられるようなものではなかった。

 魔力の放出をまともに受けた彷徨える手たちは呆気なく吹き飛ばされ、そして四体とも呑まれて消滅してしまった。

「ハアッ……ハァ……」

 僕はその場で荒く何度も呼吸を繰り返す。我ながら結構な無茶をしたせいで、体力も魔力も激しく消耗している。

 少し遅れて、後ろで重いものが床に叩きつけられる音がいくつも鳴り響く。見てみれば、残りの亡霊の騎士がただの鎧となっており、床に転がっていた。どうやら亡霊の騎士たちも、あの魔力の爆発には耐えられなかったらしい。

 危機的状況をなんとか打破し、堪らず僕は安堵の息を吐く。そして呼吸を整えながら、先輩に顔を向ける。

「…………」

 リボンが解け、解放された先輩の琥珀色の瞳は、薄らと涙が滲んでいた。未だその顔も赤らんでおり、呆然とした様子で僕のことを見上げている。

「すみません、先輩……その、大丈夫ですか……?」

 そう声をかけながら、僕もしゃがみ込み先輩の両手と両足を縛っている紐を解く。幸い柔らかい素材だったので、痕などは残っていない。

 先輩はというと、若干ぼうっとしながらもハッと我に返ったように、慌てて口を開いた。

「お、おう俺は大丈夫だおう!」

 その声は何故か上擦っており、先輩が動揺しているのは明らかだった。一体、どうしたというのだろうか。

 まあそれはさておき。確かに先輩の言う通り、目立った外傷もなく、大丈夫そうではある。彷徨える手たちは先輩のことを傷つけた訳ではなく、ただ辱めただけのようだった。……しかし何故だろう。それが一番に許せない。

 今なお言い表せない感情が心の内に燻る中、不意に背後でなにかが軋む音が静かに響いた。咄嗟に振り返って見てみれば──閉ざされていた大広間ホールの扉が開いていた。

 ──よし、これでここからは出られる。

 そう思いながら、僕はもう一度先輩の方に振り向く。先輩は、まだ床に座り込んだままだった。

「……先輩?」

 拘束からは解かれ、もう自由の身だというのに先輩は中々立ち上がらない。どうしたのだろうと僕がそう呼びかけると、先輩は太腿をもじもじと擦り合わせながら、少し遅れて恥ずかしそうに声を絞り出した。

「わ、悪りぃクラハ……腰抜けて、動けねえ……」
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