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ARKADIA──それが人であるということ──

海へ行こう──そうして、無人島の夜は過ぎ

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「「…………」」

一体、どれくらいの時間が経ったのだろうか。それすらもわからないまま、僕と先輩はお互いに黙りながら、サクラさんとフィーリアさんの二人がいる砂浜にへと戻るため、森の中をゆっくりと歩いていた。

空気が気まずい。非常に気まずい。……まあ、それは当然だろう。

先ほどまで、僕と先輩は抱き締め合っていた。無言で、時間も忘れて、ずっと。……いやまあ、別にそれ自体は構わないのだが。問題はなかったのだが。

ふと冷静になって思い返してみると、僕は先輩に対してとんでもないことをしていたのだと自覚した。いくら先輩を宥めるためとはいえ、お互い水着というほぼ裸同然の格好で、あんなに密着しながら抱き締め合っていたとは……今になっても、畏れ多いというか恥ずかしいというかなんというか。

自分の心に渦巻くよくわからない感情に翻弄されながら、とりあえずこの気まず過ぎる無言状態を打破するため、半ば自棄になりながらも僕は開こうにも開けないでいた己の口を、無理矢理に開いた。

「せぇっぁ」

…………噛んだ。盛大に噛んでしまった。僕の上擦り切った奇妙この上ない声に、堪らずといった様子で僕の方に先輩が顔を向けてくる。

「……先輩、さっきはその、すみませんでした。あんな……だ、抱き締めたりなんかしてしまって」

どうにも締まらない己の情けなさに内心身悶えながらも、先ほど言えなかった言葉をなんとか口に出せた。

「き、気にすんな。俺も、さっきは変になってたっていうか、考え過ぎてたっていうか……と、とにかく別にいいんだ。別に、謝んなくても」

僅かばかりに頬を赤らめさせながら、先輩は僕にそう言ってくれる。その言葉だけでも、僕の心に刺さる罪悪感が、少しは薄らいでくれた。

しかし、どうしようもないことに僕と先輩の会話はそこで終了してしまい、再び気まずい静寂が戻ってしまう

──わ、話題を……とにかくなんでもいいから話題を……!

この静寂を堪え切れるほど、僕は図太くない。先輩は気にしなくてもいいと言ってくれたが、罪悪感がいかに薄まろうと、その姿を視界に映す度に先ほどの記憶が鮮明に蘇ってしまう。

その瞳から涙を溢れさせ、精神的にすっかり弱り切ってしまった先輩が。僕に抱き締められるままになって、その身体の感触と温もりを包み隠さず、惜しげもなく伝えてくれた先輩の姿が。

それら全ての記憶が脳裏を過ぎる度に、どうしようもなく僕は心を揺さぶられてしまう。

このままではまずい。なにがどうまずいのか具体的には説明できないが、まずいものはまずい。少しでも、気を逸らさなくては。

そう思って、ふと視線を上にやった。頭上には、満天の星空が広がっていた。

「…………ほ、星」

「星?星がどうかしたかクラハ?」

それは、ほぼ無意識な呟きであった。大抵は聞き流されてしまうだろう小さな呟き──しかし、運の悪いことに、その呟きは先輩の耳に届いてしまっていた。

「えっ?あ、いやえっとその」

この時、僕の中での最優先事項はなんとかして先輩と会話すること──それしか考えていなかった。だからだろう。

さっきのは独り言です。大した意味はないんです忘れてください──そう返すべきだったのに。そう返すだけでよかったのに。

「ほ、星がっ、綺麗ですねっ!先輩!」

……余計に頭を回転させてしまった結果、そんなどこぞの詩人みたいなことを僕は言ってしまった。

なんの脈絡もなくいきなり星を賛美した僕に、意味がわからないとでも言うように先輩は琥珀色の瞳を瞬かせる。かと思えば──突然、堪え切れなかったという風に噴き出した。

「ふっ、あははっ!そ、そうだな。星綺麗だな!」

「え、ええ……星綺麗ですよ、ね……」

先輩に思い切り笑われながら、頭の中を真っ白にして僕はそう返す。……もう自分が情けないというか穴があったら今すぐ入りたいというかなんというかなんていうか。

夜が深まる森の中、先輩の明るく楽しそうな笑い声が響く。そうして先輩はひとしきり笑って、ふと僕に顔を合わせ訊ねた。

「そういやさ、お前その傷どうすんだ?」

「え?ああ、この傷跡ですか?」

「おう。フィーリアに頼めば消してくれるんじゃねえか?」

僕の全身にある大小の傷跡を眺めながら、そう言う先輩。確かに先輩の言う通り、フィーリアさんならばこの程度、それこそ痕跡など全く残さず綺麗に消せるだろう。というか、実を言えば既に彼女から言われていたのだ。

──ウインドアさん、その傷私が綺麗にしてあげましょうか?──

フィーリアさんの言葉を思い出しながら、僕は先輩に告げる。

「はい。……ですが、その気はありませんよ」

「は?なんでだよ?」

疑問符を浮かべる先輩に、何故その気がないのか、僕は笑顔を浮かべて答えた。

「僕にとってこれは、証みたいなものなので」

「証?」

「ええ。こんな僕でも、先輩のことを助けることができた、守れたんだっていう証なんですよ。……はは」

言ってる途中で気恥ずかしくなってしまい、僕は最後に苦笑いを零す。そんな僕を先輩はきょとんとした顔で見つめたかと思うと、突如何故か顔を逸らした。

「ば、馬っ鹿じゃねえの……」

その先輩の声は消え入りそうなほど小さく、またかなりの羞恥が混じっていた──と、思う。

それはさておき。また少しの沈黙を挟んでから、再び先輩は逸らしていた顔を僕に向けた。

「なあ、クラハ」

「はい。なんですか?先輩」

そう返事をすると、先輩はそこで少し躊躇するように押し黙って、もう一度その口を開いた。

「前に言ったよなお前。今の・・俺が昔の・・俺のこと忘れても、教えるって」

「え、あ……そうですね。はい、言いました」

先輩の言葉に、僕は早くも数ヶ月前の記憶となってしまった、あの夜の日。詳しい事情は省くが、今日と同じように先輩は精神的に弱っており、結果的に寝台ベッドを共にすることになった。

その時に、僕は言った。約束した──もし、今の先輩が昔の先輩のことを忘れてしまっても、その度に何度でも、僕が教えると。昔の先輩のことを今の先輩に教えると。

それらの記憶を振り返る最中、先輩がほんの少しだけ憚れる様子で僕に言う。

「……い、今。今教えてくれ。お前が凄いって思ってた、昔の俺のこと」

琥珀色の瞳が、不安そうに僕を見つめる。その不安をいち早く振り払おうと、僕は笑顔を浮かべて、喜んでその頼みを引き受けた。
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