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ARKADIA──それが人であるということ──

海へ行こう──強い漢に

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「抱き締めさせてください、ラグナ先輩」

 その華奢な肩に手を乗せ、その涙塗れの瞳を見つめ、もうこれ以上にないほど真剣になって、僕は先輩にはっきりとそう言った。

「……は?え?」

 僕の言葉を受け、数秒の沈黙を挟んだ後に先輩が、呆気に取られたような表情を浮かべて、戸惑いに満ちた声を漏らす。

「だ、抱き締──」

 それから続けてなにか言いかけた先輩を、僕は有無を言わさず思い切り、抱き締めた。腕を先輩の背中に回して、先輩の胸を押し潰すくらいに、強く。

 胸板にマシュマロを押しつけたような、弾力のある柔らかな感触が広がる。それと同時に仄かに甘い、蕩けるような匂いが僕の鼻腔を軽く撫でた。

 ──……ちょっと、これは予想以上にまずいかもしれない……。

 思わず心臓が高鳴りそうになる。先輩の身体は、僕の胸板で潰れている胸と同じくらいに柔らかくて、温かくて──そして小さかった。

 こうしてこの身体を抱き締めて、改めて思い知った。思い知らされた。こんな小さな、本当に小さな身体で、この人はあんなにも重い自責を背負っていたのだと。

 下手すれば、一瞬で押し潰されてしまうほどの、重荷じせきを、たった一人で背負い込んでいたのだと。

 一体どれだけ苦しかったのだろう。一体どれだけ辛かったのだろう。その苦しみを、その辛さを、今まで理解してやれなかった己を、許せない。

 さらに強く、先輩を抱き締める。僕と先輩の身体が、これ以上にないくらいに密着し、堪らず先輩が苦しそうに微かな呻き声を漏らすが、それでも僕は両腕に込めた力を緩めなかった。

 否応なしに昂る自己を必死に抑えつけて、僕は閉じていた口を開く。

「先輩」

「ん、っ……どう、した?クラハ」

 僕の腕の中で身じろぎ、妙に艶のある声で先輩が返事する。……気のせいだろうか、心なしか先輩の身体が少し熱くなってきている気がする。それとも、僕の身体が熱くなっているのだろうか。

 まあそんなこと今は置いておこう。慌てふためきそうになるのをなんとか誤魔化しつつ、途中で噛まぬようにしっかりと息を整えて、僕は再度口を開いた。

「決めました」

 強く、強くその身体を抱き締めながら。両腕に確かな温度と感触を感じながら。

 一言一句決して違わぬよう、一言一句全て伝わるよう。僕は、続ける。

「本当に身勝手で、思い上がりも甚だしいと思います。けど、言わせてください」

 先輩は、なにも言わない。ただ、沈黙を返すだけ。僕はそれを肯定と受け取り、ほんの僅かに揺れ動いていた決意を、完全に固めた。

「強く、なります。先輩が心配にならないくらいに。不安なんてこれぽっちも覚えないくらいに。そんな強い──漢に、僕はなります。なってみせます」

 側から聞けば、説得力の欠片すらない、あまりにも現実を知らない若者の言葉だ。それが那由多の先にある叶わぬ願望だ。そんなことは、口にした僕にだってわかっている。

 けれど、誰がなんと思おうとも、誰になんと思われようとも構わない。

 もうこれ以上、こんな先輩は見たくない。もうそれ以上、自分を追い込まないでほしい。その一心だった。

「だから、もう自分を責めるのは止めてください。何度でも言いますが、僕は大丈夫ですから。絶対に、先輩の前から消えたりなんか、しませんから」

 だから──そう、言葉を続けて。

「安心して、少しくらい気楽にしていてくださいよ。ラグナ先輩」

 夢物語にも近い、僕の決意の全ては話し終わった。場が、静寂に包まれる。

 気がつけば、先輩の身体の震えは止まっていた。僅かばかりに漏れていた、小さな嗚咽も聞こえなくなっていた。

 しばらくして、僕に抱き締められたままの先輩が、おずおずと口を開く。

「……本当か?本当に、俺の前から消えたりしないか?」

「はい。消えたりしません」

「本当の本当にか?」

「本当の本当にです」

 先輩はそう何度も僕に確かめて、それからようやっと──安心したような、脱力した安堵の息を漏らした。

「……その言葉、絶対に忘れねえからな」

 そう言って、少し躊躇ってから、先輩は僕の首に両腕を回す。

 夜の無人島の、森の奥深くで。なにも聞こえない、静寂が支配する空間で。時間が過ぎ去るままに、僕と先輩は抱き締め合い続けた。
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