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ARKADIA──それが人であるということ──

海へ行こう──がさつで、大雑把で

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「お前の為」

 優しげな、しかし何処かばつが悪そうな表情を浮かべて、先輩はそう言う。僕としては、その予想外の言葉に対して、驚きと困惑を抱いていた。

「ぼ、僕の為……ですか?」

 思わず聞き返した僕に、先輩は小さく頷く。それからほんの僅かばかり僕から琥珀色の瞳を逸らして、再度その小さな口を開く。

「ラディウス……だったよな。あの街で、またお前に無茶させちまったから、さ。……その、俺のせいで」

 そう言う先輩は、まるで親に叱られた子供のように怯えていて、弱々しく縮こまっていた。

「だから詫びっていうか、お礼っていうか……とにかくお前になんかしてやりたくて。けどなんにも考えつかなくて……そんな時に、フィーリアに言われたんだ」

「フィーリアさんにって、今朝の……?」

 僕の脳裏に描き起こされる記憶──Lvレベル上げのため、出かけようとした矢先、玄関に突然【転移】してきたフィーリアさんが有無を言わさず、先輩を誘拐……という言い方はアレだが、まあどこかへと連れ去ってしまった。

 そんな今朝の記憶を思い出しながら、先輩にそう訊くとまた小さく頷いた。

「いきなり服屋の前に連れてかれてさ──『海に行きましょう』って。けど俺海嫌いだろ?だからすぐ断ろうとしたんだけど、その前にこう言われた」

 そこで一旦先輩は間を置いて、逸らしていた瞳を僕の顔に合わせてきた。

「『そしてウインドアさんにブレイズさんの水着姿を見てもらいましょう!』……ってな」

 気がつけば、先輩の顔がまた薄く赤らんでいる。声も、僅かばかりの震えが生じていた。

 先輩は続ける。

「正直言えば、かなり迷った。凄え迷った。女の、それも水着なんか死ぬほど着たくなかったし。……けど、今の俺がお前にしてやれることなんか、こんくらいしかなかった」

 頬を染めさせて、健気にもその琥珀色の瞳を向けて。先輩は、僕に言う。

「な、なあクラハ。この水着、似合ってるか?──今の・・俺の水着姿、見れて嬉しい……か?」

 恐らく、その言葉を絞り出すのに、先輩は相当憚られたのだろう。その証拠に──先輩の瞳には、底知れぬ不安が滲んでいた。

 ──先輩……。

 正直に言えば、先輩の水着姿は最高だ。フィーリアさん……はともかく、男であれば誰であろうと、下手すれば同性である女性すらその目に留めさせられるだろう肉体美プロポーションを誇る、サクラさんと並べても──僕は、先輩の水着姿の方が魅力的に見えた。

 普通なら、ここは似合ってますよだとか、凄く可愛いですよだとか、男としてそういう言葉を返すべきだろう。しかし、しかしだ。

 先輩は女性ではない──女の子ではない。元は歴とした、男なのだ。今はそうでなくとも、僕にとって先輩は男なのだ。

 ……その割にはいちいち異性として、不覚にも見てしまって、意識してしまっている自分がいるのだが。まあそのことについては置いておくことにする。

 とにかく、今は下がってしまったLvを上げることを最優先としているが、いずれ将来的には元の性別に、男に戻ってもらう。戻ってもらわないと、僕が困る。……その、色々と。

 そして先輩本人も、己の現状には不満を抱いている──はずだ。Lvのことも、女の子になってしまったことにも。

 事実、女の子となってしまった後も、あくまでも先輩は男として振る舞っている。僕とだって、以前と変わらない接し方を続けている。

 そんな先輩に、果たして──本来ならば女の子にかけるような言葉を、褒め言葉を送ってもいいのだろうか?

 ──いや、ここは……送るべき、だろう。

 そう思い、さっきまで考えていたこと全てを僕は頭の中から振り捨てた。

 今考えてみれば、ここ最近先輩の様子は少し、違っていた。普段はあっけらかんで、僕の事情やらなんやらなど関係ないと、僕を引っ張り回していた。

 それが最近──というより、先輩が言うラディウスでの一件からあまりなくなって、何処か妙に距離を置かれ、遠慮されていた。

 何故そんな態度だったのか、先輩の話を聞いてその疑問がようやく氷解した。先輩は、ラディウスで僕が無茶をしたことに心を痛め、今の今まで気にかけていたのだ。

 ──気にしなくていいって言ったのに……。

 本当にこの人は。普段はがさつで、大雑把で。そのくせ変なところで律儀というか生真面目で。

 僕を喜ばせるためだけに、本当なら絶対に着たくない女物の水着を着て、嫌いで苦手なはずの海にまでやって来て。

 やっぱり先輩は先輩だ。たとえその境遇が変わろうと、その性別が変わろうと、やはり──ラグナ=アルティ=ブレイズは健在だ。

 だからここは送るべきなのだ。その健気過ぎる、献身的努力を報うために

 そこまで考えて、僕は口を開く──直前だった。

「や、やっぱいい!なにも言わなくていいてか言うな!」

 僕の沈黙に堪え兼ねたのか、それとも正気に戻ってしまったのか、ガバッと僕の膝から起き上がり、慌ててそう言ってきた。顔も、いつの間にか薄らとではなく、燃え上がっているかのように真っ赤になっていた。

「急に変なこと言ったり訊いたりしてごめんな、クラハ。さっきのは全部忘れてくれいや忘れろ。い、いいな!?」

「え、いや……あ、はい。わかりました」

「よし。それでいい、それで」

 誤魔化すように僕に笑いかけて、先輩は僕の膝から離れ、立ち上がる。そして背中を向けたまま、僕に言う。

「じゃっ、俺たちも遊ぼうぜ!」

 そう言うや否や、僕の返事も待たずに先輩は砂浜にへと駆け出してしまう。その遠ざかる小さな背中を僕は少し見送って、それから苦笑いしながらもゆっくりと立ち上がった。
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