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ARKADIA──それが人であるということ──
海へ行こう──お前の為
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「…………ん、ぅ…?」
〝絶滅級〟の魔物、クラーケンに襲われてから一時間ほど。気を失っていた先輩から、そんな声が漏れ出た。
それを聞いて、僕は思わず安堵の息を吐いてしまう。それからできるだけ優しげに、こちらからも声をかける。
「大丈夫ですか先輩。頭痛とか、してませんか」
言いながら、先輩の顔を覗いてみる。まだ若干寝惚けているようで、薄く苦しげに開かれた琥珀色の瞳は、とろんとしている。
「……くらは?」
「はい、クラハです」
僕の名前を呼んだ先輩は、それからキョロキョロと眠たげに、やや億劫そうに周囲にへと視線を配らす。
それから不思議そうに、依然寝惚けたままの声色で呟いた。
「……まわり、うみじゃ、ねえ」
「移動しましたから。今僕と先輩がいるのは砂浜の上です」
そう僕が答えると、先輩はそれから意味もなく視線を宙に漂わせて、ふと下の方にやった。
「くらはの、ひざ……?」
その言葉通り、先輩の顔の下には僕の膝がある。そう、僕は今、先輩の頭を己の膝の上に置いているのだ。
依然不思議そうにする先輩に、僕は苦笑いを少し交えながら言う。
「そのままだと先輩の髪、砂塗れになると思って。……やっぱり、硬かったですかね?僕の膝」
僕のその言葉に、少しの間を置いてから、やはりまだ寝惚けた──けれど心なしか、何処か嬉しそうな声音で先輩はこう返した。
「……だいじょうぶ。もうすこし、こんままでいる」
「了解です」
そうしてまた少し間を置いて、最初よりもだいぶはっきりした口調で先輩が口を開いた。
「そういや、サクラとフィーリアは?」
「サクラさんと、フィーリアさんですか……えっと、ですね。お二人なら、向こうの砂浜にいますよ」
「向こうの砂浜……」
そう呟いて、二人の所在をその目で確かめようと、先輩は向こうの砂浜にへと視線をやった。
「サクラの姐御!そのまま!そのまま一直線に!」
「いいえ『極剣聖』様。この馬鹿が言っていることは全くの嘘です。本当はその位置から右に進んで、左に半回転した後に真っ直ぐ歩いてください」
「違いますねえサクラさん。実はその場でジャンプして、着地した地点こそ真実ですよ!」
唐突にではあるが説明しよう。この世界には、夏が旬の果物──『紅爽実』というものがある。
一玉が人の顔ほどの大きさがあり、分厚い緑色の皮によって守られている果肉は、その名の通り鮮烈極まるほどに真っ赤で、シャリシャリとした食感と仄かな甘味、そして爽やかな後味が特徴の、冷やして食べると大変美味な代物である。
それでこの『紅爽実』を使った海の遊びというものもあって、簡単に説明すると目を布などで隠した者が棒を持ち、視界を封じた中周囲の者たちからの情報を頼りに、砂浜に置かれた『紅爽実』を握ったその棒で叩き割る。
その際、伝える情報は虚偽のものでも構わない──そんな海の遊びの一つにサクラとフィーリア、そしてフィーリアに喚び出された剣魔と従魔は興じていた。
三人それぞれの全く違う情報を聞きながら、サクラはただ静かに佇んでいる。彼女は、その場から一歩も動かない。微塵たりとも、微動だにしない。
「姐御!」
「『極剣聖』様」
「サクラさん」
フィーリアの声。剣魔の声。従魔の声。しかし、サクラはなにも答えない。その身に静寂を纏うだけである。
そんな彼女の様子に、あれだけ騒いでいた三人も否応なしに静まり返る。それから数秒後──ようやっと、彼女が動きを見せた。
スッと、握った棒を振り上げて、そしてスッと、軽く振り下ろす。ただ、それだけである。
傍から見れば、それはただの素振りにしか見えなかっただろう。その場から一歩でも動けば、辛うじてその踏み出した先に目当ての『紅爽実』があるのだとサクラは思って、棒を振るったのだと思えただろう。
しかし彼女は一歩どころか、やはりその場から微動だにしていない。それにそもそも、あのような振り方では、彼女といえど『紅爽実』の硬く分厚い皮を割ることなど、到底できやしない。
悪魔二人はどうしたら正解がわからず、ただ黙り込んで。そんな行動を起こしたサクラを茶化すため、フィーリアが口を開く────直前。
三人の目の前で、暴風が吹き荒れた。
「きゃっ!?」
そんなやたら可愛らしい悲鳴が、開けたフィーリアの口から上がる。それとほぼ同時に彼女を庇うようにして、剣魔と従魔の二人が咄嗟に前に出る。
上空に巻き上げられた砂が、宙に流れていく。そんな最中、先ほどの暴風の発生源であるサクラは目隠しをシュルリと解き取って、両腕を軽く上げ伸ばし、なにを思ってか手のひらを上に向けてその場に待機する
するとまた数秒後──突如として空から、見事なまでに真っ二つに両断された『紅爽実』が降ってきて、まるで元からそうなると決まっていたように、それぞれサクラの両手に落下した。
「まあ、ざっとこんなものだ」
両手のひらに乗せた『紅爽実』の綺麗過ぎる断面を見せながら、そうサクラは三人に言うのだった。
「……なに、やってんだあいつら?てかあの仮面とキザ野郎はなんなんだ?」
砂浜の状況を見て、困惑の声を上げる先輩。
「恐らくですけど、『紅爽実』割りをしているんだと思います。あのもう二人については僕もわかりませんけど……」
「ふーん。なんかフィーリアたちは騒いでんな。そんでサクラはだんまりで、さっきから全然動いていな……あ、棒振ったぞ」
「そうですね。けど『紅爽実』は……って、ええっ!?きゅ、急に暴風が……!」
「すっげえな。あの変な緑の果物、めっちゃ高く飛んだと思ったらいきなり切れたな」
などと、呑気にも彼女たちによる『紅爽実』割りの実況をする僕と先輩。のんびりとした、実に平和で穏やかな時間が僕と先輩の間で流れる。
それからすぐさま交代し二回戦を始める四人の様子を先輩と共に見ながら、ふと今まで訊くに訊けなかったことを思い出し、僕は先輩に訊いてみた。
「あの、先輩。ちょっと訊きたいことがあるんですけど……」
「ん?なんだ?」
砂浜に顔を向けたままそう返す先輩に、僕は少し躊躇いながらも、意を決して口を開いた。
「忘れてしまってて本当に申し訳なかったんですけど……先輩、確か海苦手でしたよね。なのに、どうして今日来たんですか?」
僕の問いかけに、先輩はすぐには答えなかった。なにやら謎の盛り上がりを見せる砂浜に顔を向けて、それから数秒経って──突然、身体ごとこちらの方に振り向いた。
僕の視界に、触れただけで折れてしまいそうな腰や、呼吸を繰り返す度僅かに上下する腹部、小さく窪んだ可愛らしい臍に、左右に流れてその柔らかさと妙な艶かしさを表現する胸。その全てが晒される。
未熟とも、完熟とも言えない、その間を彷徨う危うい色香を漂わす先輩の身体が、僕の膝上で遠慮もなく、惜しげもなく晒される。
ゴクリ、と。無意識に生唾を飲んでしまう。途端に、さっきまでは気にならなかったはずの、先輩の背中の感触と温もりをやけに感じてしまう。
「お前の為」
心臓が早鐘を打ち始め、徐々に落ち着きをなくしていく僕に、何処か罰が悪そうに、けれど驚くほど優しげな表情を浮かべて、先輩はそう言った。
〝絶滅級〟の魔物、クラーケンに襲われてから一時間ほど。気を失っていた先輩から、そんな声が漏れ出た。
それを聞いて、僕は思わず安堵の息を吐いてしまう。それからできるだけ優しげに、こちらからも声をかける。
「大丈夫ですか先輩。頭痛とか、してませんか」
言いながら、先輩の顔を覗いてみる。まだ若干寝惚けているようで、薄く苦しげに開かれた琥珀色の瞳は、とろんとしている。
「……くらは?」
「はい、クラハです」
僕の名前を呼んだ先輩は、それからキョロキョロと眠たげに、やや億劫そうに周囲にへと視線を配らす。
それから不思議そうに、依然寝惚けたままの声色で呟いた。
「……まわり、うみじゃ、ねえ」
「移動しましたから。今僕と先輩がいるのは砂浜の上です」
そう僕が答えると、先輩はそれから意味もなく視線を宙に漂わせて、ふと下の方にやった。
「くらはの、ひざ……?」
その言葉通り、先輩の顔の下には僕の膝がある。そう、僕は今、先輩の頭を己の膝の上に置いているのだ。
依然不思議そうにする先輩に、僕は苦笑いを少し交えながら言う。
「そのままだと先輩の髪、砂塗れになると思って。……やっぱり、硬かったですかね?僕の膝」
僕のその言葉に、少しの間を置いてから、やはりまだ寝惚けた──けれど心なしか、何処か嬉しそうな声音で先輩はこう返した。
「……だいじょうぶ。もうすこし、こんままでいる」
「了解です」
そうしてまた少し間を置いて、最初よりもだいぶはっきりした口調で先輩が口を開いた。
「そういや、サクラとフィーリアは?」
「サクラさんと、フィーリアさんですか……えっと、ですね。お二人なら、向こうの砂浜にいますよ」
「向こうの砂浜……」
そう呟いて、二人の所在をその目で確かめようと、先輩は向こうの砂浜にへと視線をやった。
「サクラの姐御!そのまま!そのまま一直線に!」
「いいえ『極剣聖』様。この馬鹿が言っていることは全くの嘘です。本当はその位置から右に進んで、左に半回転した後に真っ直ぐ歩いてください」
「違いますねえサクラさん。実はその場でジャンプして、着地した地点こそ真実ですよ!」
唐突にではあるが説明しよう。この世界には、夏が旬の果物──『紅爽実』というものがある。
一玉が人の顔ほどの大きさがあり、分厚い緑色の皮によって守られている果肉は、その名の通り鮮烈極まるほどに真っ赤で、シャリシャリとした食感と仄かな甘味、そして爽やかな後味が特徴の、冷やして食べると大変美味な代物である。
それでこの『紅爽実』を使った海の遊びというものもあって、簡単に説明すると目を布などで隠した者が棒を持ち、視界を封じた中周囲の者たちからの情報を頼りに、砂浜に置かれた『紅爽実』を握ったその棒で叩き割る。
その際、伝える情報は虚偽のものでも構わない──そんな海の遊びの一つにサクラとフィーリア、そしてフィーリアに喚び出された剣魔と従魔は興じていた。
三人それぞれの全く違う情報を聞きながら、サクラはただ静かに佇んでいる。彼女は、その場から一歩も動かない。微塵たりとも、微動だにしない。
「姐御!」
「『極剣聖』様」
「サクラさん」
フィーリアの声。剣魔の声。従魔の声。しかし、サクラはなにも答えない。その身に静寂を纏うだけである。
そんな彼女の様子に、あれだけ騒いでいた三人も否応なしに静まり返る。それから数秒後──ようやっと、彼女が動きを見せた。
スッと、握った棒を振り上げて、そしてスッと、軽く振り下ろす。ただ、それだけである。
傍から見れば、それはただの素振りにしか見えなかっただろう。その場から一歩でも動けば、辛うじてその踏み出した先に目当ての『紅爽実』があるのだとサクラは思って、棒を振るったのだと思えただろう。
しかし彼女は一歩どころか、やはりその場から微動だにしていない。それにそもそも、あのような振り方では、彼女といえど『紅爽実』の硬く分厚い皮を割ることなど、到底できやしない。
悪魔二人はどうしたら正解がわからず、ただ黙り込んで。そんな行動を起こしたサクラを茶化すため、フィーリアが口を開く────直前。
三人の目の前で、暴風が吹き荒れた。
「きゃっ!?」
そんなやたら可愛らしい悲鳴が、開けたフィーリアの口から上がる。それとほぼ同時に彼女を庇うようにして、剣魔と従魔の二人が咄嗟に前に出る。
上空に巻き上げられた砂が、宙に流れていく。そんな最中、先ほどの暴風の発生源であるサクラは目隠しをシュルリと解き取って、両腕を軽く上げ伸ばし、なにを思ってか手のひらを上に向けてその場に待機する
するとまた数秒後──突如として空から、見事なまでに真っ二つに両断された『紅爽実』が降ってきて、まるで元からそうなると決まっていたように、それぞれサクラの両手に落下した。
「まあ、ざっとこんなものだ」
両手のひらに乗せた『紅爽実』の綺麗過ぎる断面を見せながら、そうサクラは三人に言うのだった。
「……なに、やってんだあいつら?てかあの仮面とキザ野郎はなんなんだ?」
砂浜の状況を見て、困惑の声を上げる先輩。
「恐らくですけど、『紅爽実』割りをしているんだと思います。あのもう二人については僕もわかりませんけど……」
「ふーん。なんかフィーリアたちは騒いでんな。そんでサクラはだんまりで、さっきから全然動いていな……あ、棒振ったぞ」
「そうですね。けど『紅爽実』は……って、ええっ!?きゅ、急に暴風が……!」
「すっげえな。あの変な緑の果物、めっちゃ高く飛んだと思ったらいきなり切れたな」
などと、呑気にも彼女たちによる『紅爽実』割りの実況をする僕と先輩。のんびりとした、実に平和で穏やかな時間が僕と先輩の間で流れる。
それからすぐさま交代し二回戦を始める四人の様子を先輩と共に見ながら、ふと今まで訊くに訊けなかったことを思い出し、僕は先輩に訊いてみた。
「あの、先輩。ちょっと訊きたいことがあるんですけど……」
「ん?なんだ?」
砂浜に顔を向けたままそう返す先輩に、僕は少し躊躇いながらも、意を決して口を開いた。
「忘れてしまってて本当に申し訳なかったんですけど……先輩、確か海苦手でしたよね。なのに、どうして今日来たんですか?」
僕の問いかけに、先輩はすぐには答えなかった。なにやら謎の盛り上がりを見せる砂浜に顔を向けて、それから数秒経って──突然、身体ごとこちらの方に振り向いた。
僕の視界に、触れただけで折れてしまいそうな腰や、呼吸を繰り返す度僅かに上下する腹部、小さく窪んだ可愛らしい臍に、左右に流れてその柔らかさと妙な艶かしさを表現する胸。その全てが晒される。
未熟とも、完熟とも言えない、その間を彷徨う危うい色香を漂わす先輩の身体が、僕の膝上で遠慮もなく、惜しげもなく晒される。
ゴクリ、と。無意識に生唾を飲んでしまう。途端に、さっきまでは気にならなかったはずの、先輩の背中の感触と温もりをやけに感じてしまう。
「お前の為」
心臓が早鐘を打ち始め、徐々に落ち着きをなくしていく僕に、何処か罰が悪そうに、けれど驚くほど優しげな表情を浮かべて、先輩はそう言った。
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