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ARKADIA──それが人であるということ──

海へ行こう──夏、到来

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 この世界オヴィーリスにも四季というものが存在する。春夏秋冬──今は気温穏やかな春が終わり、灼熱の日差しが忌々しくも好ましい、爽やかな夏である。

 辛くもまだ耐えられる猛暑の中──僕は一人、冒険者組合ギルド大翼の不死鳥フェニシオン』のロビーにて、テーブルに突っ伏していた。

 ──……暑い。

 この季節、それは当たり前のことなのだが毎度毎度思う。大量の汗を流しながら、ぼうっと目の前にある依頼看板クエストボートを僕は眺める。

 この一ヶ月間、思い返せば多忙な日々だった。それはもう……多忙な日々であった。

 ラディウスでの一件から、喜ばしいことにどうやら僕の知名度がそれなりに上がったらしい。まああの『世界冒険者組合』直々の依頼を達成クリアしたのだから、当然のことと言えばそうなのだが。

 ともかく、それなりとはいえクラハ=ウインドアという名前が有名になったことで、僕を指名する依頼が舞い込んでくるようになったのだ。最初の一ヶ月間は……本当に忙しかった。

 ──暇じゃないだけマシなんだろうけど……それでもなあ。

 あまりの忙しさに、日課であった先輩のLvレベル上げもままならなかったほどだ。おかげさまで先輩のLvはラディウスに出発した時から一つも上がっていない。

 それについていい加減焦りというか危機感を抱き始めた頃、ようやっと僕を指名する依頼の数も減って、最終的にこうして冒険者組合のロビーにて、テーブルに突っ伏していられるくらいには暇ができたのだ。

 ……ならば、今こそ先輩のLv上げをすべきだと思うだろう。誰だってそう思う。僕だってそう思う。

 だから今朝、先輩を連れてヴィブロ平原にいざ向かおうとした。したのだが────



『おはようございますウインドアさん!ブレイズさん借りますね!』



 ────家を出た瞬間、突如目の前に現れたフィーリアさんによって、抵抗はおろか声を上げる間すらも与えられず、先輩が攫われてしまった。

 あっという間に玄関前に一人残された僕は、予定がなくなってしまいどうすることもできなかったので、取り敢えずこうしてこの場所に来た訳だ。

 かと言って、依頼を受ける気力などなく、テーブルに突っ伏し無為な時間を過ごしている。そんな僕の元に、歩み寄る影が一つあった。

「あら、クラハ君。元気がないようだけど大丈夫?」

『大翼の不死鳥』の受付嬢──メルネさんである。夏仕様の生地の薄い制服姿の彼女が、トレイを片手に僕が突っ伏すテーブルにまでやって来て、トレイに載せたコップを僕の目の前に置いた。

「冷たいお水よ」

 メルネさんの言う通り、コップに注がれた水はキンキンに冷えており、実に美味しそうである。

「あ、ありがとうございます……メルネさん」

 お礼を言いながら、身体を起こし、コップを手に取り縁を口につけ傾ける。予想通りこの猛暑の中で飲む水は格別で、喉を通り抜けるこの冷たさが大変素晴らしく心地良かった。

「ふふっ、良い飲みっぷりね。中身が水じゃなくてお酒だったら、もっと様になったでしょうけど」

 微笑を携えるメルネさんの言葉に、僕は苦笑を浮かべる。空になったコップを返すと、また彼女は受付の方にへと戻っていった。

 メルネさんの背中を見送りながら、僕は独り心の中で思う。

 ──僕が『大翼の不死鳥フェニシオン』に来てから、もう三年経つのか……。

 三年前──僕はまだ《B》冒険者ランカーの駆け出しで、今よりもずっと未熟でどうしようもない冒険者だった。そんな僕がここまで来れたのは、ラグナ先輩のおかげだ。

 ──いやあ、本当に無茶苦茶だったなぁ先輩。色んな危険地帯に散々連れ回されたっけ……よく死ななかったよ、僕。

 嘆息しながら、当時の記憶を振り返る。先輩は誰に対しても平等で、僕のような新人冒険者でも、本来ならば熟練の冒険者たちがチームを組んで挑むような過酷なダンジョンなどに平気で連れていく。あの時命を落とさずに現在いまをこうして生きていられるのが奇跡と思えるくらいには、僕も死にかけた。

 ──先輩には数え切れないほど助けてもらったよな。

 ラグナ=アルティ=ブレイズ。誰よりも立派で、偉大なる僕の先輩であり、この世界最強と謳われる三人の《SS》冒険者の一人。

『炎鬼神』の異名を持ち、その通り怒れる鬼神の如く暴れ回り、その紅蓮に燃ゆる炎を以て眼前の敵を焼き尽くす──それが先輩の戦い様で、僕は何度もその姿をこの目で見てきた。

 そう、ラグナ先輩は自他共に、誰もが認める最強の冒険者────だったのだ。

 ──それが、今やLv15の女の子だもんなあ…………。

 詳しい事情は割愛させてもらうが、ともかく色々あって今や先輩は可憐でか弱い女の子になってしまった。最強だったラグナ=アルティ=ブレイズは、一夜にして最弱の少女となってしまった。

 そうしてなんとか先輩を元に戻す為奮闘続けて早二ヶ月──進歩は、蝸牛の如し。成果は微々たるもの。

 ──マシになった。最初よりかはずっとマシになったんだ。スライムだって一人でもなんとか倒せるようになったし……なった、し……。

 スライム一匹と一戦交えただけで疲労困憊となり倒れてしまう先輩の姿が脳裏に蘇り、とても悲しい気分になってきた。おかしいなあ、何故か視界が滲んでよく見えない。

 ──それにしても、なんだってフィーリアさんは先輩を攫ったんだろう?

 そう思った瞬間だった。

 シュン──突如として、僕の目の前にフィーリアさんが現れた。至極幸福といった満面の笑顔と共に。

「ウインドアさん!海に行きましょう!」

 そして間髪容れず僕に対してそう言ってきて。あまりにも突然過ぎるその提案に対して僕は────

「……えっ、あ、はい」

 ────そう反射的に了承してしまうのだった。
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