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『極剣聖』と『天魔王』
DESIRE────VSギルザ(中編)
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僕の耳元で、血が噴き出す音が聞こえる。どこよりも近い場所で聞こえているはずのその音は、不思議なことに遠くから鳴り響いているように思えた。
真っ白になっていく頭の中、僕はゆっくりと甲板に倒れ始めていく。もう、身体を動かそうだとか、なにも考えられなかった。
そんな僕を一瞥して、ギルザは踵を返し、離れていく。それを止めようとも、思えなかった。彼の背中をただ、見つめることしかできなかった。
──……ああ、やっぱり僕なんかには無理だった。僕なんかに、できることじゃなかったんだ。
薄れていく意識に、サクラさんの姿が映り込む。彼女は僕を信頼してくれたが、それに応えることはできなかった。それが悔しくて……けど、なにもできない。
──すみません。サクラさん……フィーリアさん……。
そうして、身体から外に流れ出る血の生温さを感じながら、僕は──────
──………………あ…。
甲板に倒れる直前、偶然にも僕の視界に『それ』が映った。ギルザの左手にある、『それ』が。
『それ』は──白いリボン。僕が、先輩に買ってあげた白いリボン。
瞬間、真っ白に染まっていくだけだった僕の脳内を埋め尽くさんばかりの記憶が浮かび上がってくる。
『おい起きろ、クラハ!』
『ありゃなんだ?あれも店……なのか?』
『これでいいんだろこれで!?』
『あ、あんがと……』
『な、なに言ってんだこの馬鹿ぁぁぁあっっっ』
『よろしく、お願いします。クラハ』
それはこの街で繰り広げた、ほんの少しばかり変わった、日々。そのどれもが忘れ難い、思い出。
笑っていた。先輩が────笑っていた。
ダンッ──床に倒れ臥す直前、僕は甲板に手を突きなんとか持ち堪えた。ボタボタと血が垂れ落ちて甲板を赤く染める。
顔を上げれば、ギルザがこちらに振り返っていた。その顔には僅かながらの驚愕と動揺が滲み出ている。
「…………小僧」
ギルザの声には、確かな苛立ちが混じっている。それを無視して僕は甲板から立ち上がる。先ほどまで全く言うことを聞かなかったはずの身体が、今度は素直過ぎるほどに自分の思い通りに動かせた。
身体が軽い。それも異様なくらいに。血を流し過ぎたせいだろうか。このままでは間違いなく失血死するだろうが──その前に目の前の男をどうにかできれば問題ない。
肺にあった空気を絞り出すように吐き、僅かに鉄錆の臭いが混じった空気を新たに吸い込む。そして僕は自分でも驚くほど冷静に口を開いた。
「あなたに一つ、聞かせてほしいことがあります」
そう言う僕に対してギルザは不可解そうな表情を浮かべ、納得がいかないというように彼も口を開く。
「一滴でグラヴォロアも動けなくなる神経毒だぞ?それにそもそもその出血量でなんで立ち上がれる?何故喋れる?小僧」
「質問しているのはこちらです」
即座にそう返すと、ギルザは沈黙する。遅れてそれが彼なりの肯定なのだと判断し、僕は訪ねた。
「ギルザ=ヴェディス──あなたは、本当に元冒険者だったんですか?」
ギルザは、黙ったままだった。それから少し静寂を挟み──心底うんざりだというように彼が顔を歪ませた。
「だったらなんだ?俺が元冒険者でなにが悪い?ああそうだ。元冒険者さ、俺は」
その声は、荒み切っていた。億劫とした響きに満ち溢れていた。彼は俯くと、凄まじい勢いで喋り出した。
「冒険者なんて糞食らえだ。あんなモン百害あって一利なしだ。正気の奴がやるもんじゃねえ。ああそうだ、冒険者は正気じゃない」
それは怨嗟の呟きだった。呪詛の連なりだった。まるで壊れた機械人形のようにギルザは喋り続ける。
「俺だって最初はやったさやっていたさ真面目になだけどなそれが駄目だったんだそれが駄目だったんだよなあどいつもこいつも俺を頼りやがる俺に縋りやがる平気で命をかけさせやがる張らせやがる何度も何度も何度も」
ギルザの右手が揺れる。振り子時計のように規則正しく、正確に。その度に握られた『三刃鞭』の刃が甲板に細やかな傷を残していく。
「数え切れないほどの不安を抱いた数え切れないほどの恐怖を覚えたそれでもギルドの連中は塵芥屑ばかりで誰一人も手を差し伸ばしもしなかったそれでも俺は堪えた俺は堪えた俺は堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた」
揺れる。ギルザの身体も揺れる。ゆらゆらと、まるで幽鬼のように、微塵の生気も感じさせることなく。
「ずっと堪えた堪え続けた堪え続けて続けて続けてでもそれでもやっぱりなんにも変わりはしなかったそれどころか不安と恐怖は増した重くなっただがそれでも俺は堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えて堪えて堪えて堪えて堪えて堪えて堪えて堪えて」
同じ言葉の羅列。もはや、ギルザ=ヴェディスが正気ではないことは、誰の目にも明らかだった。
そして、ピタリと彼の声は止まった。かと思えば────
「殺してやった」
────そう言って、顔を上げた。
「ぶっ殺してやった全員さァ!この手で、この手でよォオ!!もう俺は誰にも頼られない。もう俺に誰も縋らせない。不安も恐怖も抱かない!」
ありのままの狂気をそこに宿らせて、彼は叫ぶ。金色の怪物が叫ぶ。
「お前も殺す小僧!それで俺は頂点に立つ!誰にも頼らせねえ!誰にも縋らせねえ!ヒャハハハハハハッ!ハハハハハッ!!」
そこに立っているのは、もはや人間ではなかった。人間の形を真似た、真正の怪物であった。
怪物──ギルザ=ヴェディス。元《S》冒険者である彼を、僕は睨みつけた。そして、血が伝う口をゆっくりと開く。
「……何故あなたがそうなってしまったのか、大方理解できました。あなたの境遇には少しばかり同情はします」
はっきりと、その耳に届くよう、僕はギルザにこの言葉を突きつけた。
「僕はあなたのようにはならない。あなたのような冒険者には、絶対に」
僕の言葉に、ギルザは固まった。表情を狂気に染めたまま、まるで静止画のように。
それから、怖気立つほどの無表情になって──直後、彼は激昂した。
「ならないんじゃあねえ!なれねえんだよ!!!」
そして、彼は『三刃鞭』を振り上げた。
真っ白になっていく頭の中、僕はゆっくりと甲板に倒れ始めていく。もう、身体を動かそうだとか、なにも考えられなかった。
そんな僕を一瞥して、ギルザは踵を返し、離れていく。それを止めようとも、思えなかった。彼の背中をただ、見つめることしかできなかった。
──……ああ、やっぱり僕なんかには無理だった。僕なんかに、できることじゃなかったんだ。
薄れていく意識に、サクラさんの姿が映り込む。彼女は僕を信頼してくれたが、それに応えることはできなかった。それが悔しくて……けど、なにもできない。
──すみません。サクラさん……フィーリアさん……。
そうして、身体から外に流れ出る血の生温さを感じながら、僕は──────
──………………あ…。
甲板に倒れる直前、偶然にも僕の視界に『それ』が映った。ギルザの左手にある、『それ』が。
『それ』は──白いリボン。僕が、先輩に買ってあげた白いリボン。
瞬間、真っ白に染まっていくだけだった僕の脳内を埋め尽くさんばかりの記憶が浮かび上がってくる。
『おい起きろ、クラハ!』
『ありゃなんだ?あれも店……なのか?』
『これでいいんだろこれで!?』
『あ、あんがと……』
『な、なに言ってんだこの馬鹿ぁぁぁあっっっ』
『よろしく、お願いします。クラハ』
それはこの街で繰り広げた、ほんの少しばかり変わった、日々。そのどれもが忘れ難い、思い出。
笑っていた。先輩が────笑っていた。
ダンッ──床に倒れ臥す直前、僕は甲板に手を突きなんとか持ち堪えた。ボタボタと血が垂れ落ちて甲板を赤く染める。
顔を上げれば、ギルザがこちらに振り返っていた。その顔には僅かながらの驚愕と動揺が滲み出ている。
「…………小僧」
ギルザの声には、確かな苛立ちが混じっている。それを無視して僕は甲板から立ち上がる。先ほどまで全く言うことを聞かなかったはずの身体が、今度は素直過ぎるほどに自分の思い通りに動かせた。
身体が軽い。それも異様なくらいに。血を流し過ぎたせいだろうか。このままでは間違いなく失血死するだろうが──その前に目の前の男をどうにかできれば問題ない。
肺にあった空気を絞り出すように吐き、僅かに鉄錆の臭いが混じった空気を新たに吸い込む。そして僕は自分でも驚くほど冷静に口を開いた。
「あなたに一つ、聞かせてほしいことがあります」
そう言う僕に対してギルザは不可解そうな表情を浮かべ、納得がいかないというように彼も口を開く。
「一滴でグラヴォロアも動けなくなる神経毒だぞ?それにそもそもその出血量でなんで立ち上がれる?何故喋れる?小僧」
「質問しているのはこちらです」
即座にそう返すと、ギルザは沈黙する。遅れてそれが彼なりの肯定なのだと判断し、僕は訪ねた。
「ギルザ=ヴェディス──あなたは、本当に元冒険者だったんですか?」
ギルザは、黙ったままだった。それから少し静寂を挟み──心底うんざりだというように彼が顔を歪ませた。
「だったらなんだ?俺が元冒険者でなにが悪い?ああそうだ。元冒険者さ、俺は」
その声は、荒み切っていた。億劫とした響きに満ち溢れていた。彼は俯くと、凄まじい勢いで喋り出した。
「冒険者なんて糞食らえだ。あんなモン百害あって一利なしだ。正気の奴がやるもんじゃねえ。ああそうだ、冒険者は正気じゃない」
それは怨嗟の呟きだった。呪詛の連なりだった。まるで壊れた機械人形のようにギルザは喋り続ける。
「俺だって最初はやったさやっていたさ真面目になだけどなそれが駄目だったんだそれが駄目だったんだよなあどいつもこいつも俺を頼りやがる俺に縋りやがる平気で命をかけさせやがる張らせやがる何度も何度も何度も」
ギルザの右手が揺れる。振り子時計のように規則正しく、正確に。その度に握られた『三刃鞭』の刃が甲板に細やかな傷を残していく。
「数え切れないほどの不安を抱いた数え切れないほどの恐怖を覚えたそれでもギルドの連中は塵芥屑ばかりで誰一人も手を差し伸ばしもしなかったそれでも俺は堪えた俺は堪えた俺は堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた」
揺れる。ギルザの身体も揺れる。ゆらゆらと、まるで幽鬼のように、微塵の生気も感じさせることなく。
「ずっと堪えた堪え続けた堪え続けて続けて続けてでもそれでもやっぱりなんにも変わりはしなかったそれどころか不安と恐怖は増した重くなっただがそれでも俺は堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えた堪えて堪えて堪えて堪えて堪えて堪えて堪えて堪えて」
同じ言葉の羅列。もはや、ギルザ=ヴェディスが正気ではないことは、誰の目にも明らかだった。
そして、ピタリと彼の声は止まった。かと思えば────
「殺してやった」
────そう言って、顔を上げた。
「ぶっ殺してやった全員さァ!この手で、この手でよォオ!!もう俺は誰にも頼られない。もう俺に誰も縋らせない。不安も恐怖も抱かない!」
ありのままの狂気をそこに宿らせて、彼は叫ぶ。金色の怪物が叫ぶ。
「お前も殺す小僧!それで俺は頂点に立つ!誰にも頼らせねえ!誰にも縋らせねえ!ヒャハハハハハハッ!ハハハハハッ!!」
そこに立っているのは、もはや人間ではなかった。人間の形を真似た、真正の怪物であった。
怪物──ギルザ=ヴェディス。元《S》冒険者である彼を、僕は睨みつけた。そして、血が伝う口をゆっくりと開く。
「……何故あなたがそうなってしまったのか、大方理解できました。あなたの境遇には少しばかり同情はします」
はっきりと、その耳に届くよう、僕はギルザにこの言葉を突きつけた。
「僕はあなたのようにはならない。あなたのような冒険者には、絶対に」
僕の言葉に、ギルザは固まった。表情を狂気に染めたまま、まるで静止画のように。
それから、怖気立つほどの無表情になって──直後、彼は激昂した。
「ならないんじゃあねえ!なれねえんだよ!!!」
そして、彼は『三刃鞭』を振り上げた。
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