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『極剣聖』と『天魔王』

DESIRE────Battle party(その二)

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「相手はガキ一人だ!さっさと撃ち殺すぞ!」

 部下の一人がそう叫ぶと、他の部下たちも一斉に銃を構える。その冷たい銃口の全てが、フィーリアにへと無遠慮に向けられた。

 傍目から見れば、絶体絶命の状況──だが、それに対してフィーリアは絶望することはなく、むしろ不敵に、薄く笑みを浮かべていた。

「お、おい……あのガキ、なんか笑ってねえか?」

「はっ、気でも狂ったんだろ。んじゃぶっ放すとしますかあ!!」

 そして部下たちは、少しの躊躇も遠慮もなく、引き金を引いた。

 バララララララッ──連なった銃声が大広間に響き渡る。銃口から吐き出された灼熱の銃弾は、大気を裂き焦がしながら、中央に佇むフィーリアに向かって殺到する。

 このままでは数秒後には、その全ての銃弾が無慈悲にもフィーリアの身体に突き刺さり、そして風穴を空けられるだけ空けることだろう。

 そんな誰にだって予見できる、変わりようのない確定された未来まつろ──だが、それでも、フィーリアはその場から一歩も動かなかった。

 彼女であれば【転移】を使えば銃弾の回避など容易いこと。しかし、その【転移】を使用する素振りもない。

 男たちが浮かべる下衆な笑みに見送られながら、哀れにもフィーリアに銃弾が到達する──────




「ばーか」



 ──ことは、なかった。彼女に殺到していた銃弾は宙に飲まれ・・・・・、そして全くの逆方向・・・・・・にへと吐き出された。

「……は?」

 目の前で起きたそのありえない現象を理解する前に、フィーリアに向かっていた全ての銃弾が全ての銃口にへと戻され、瞬間男たちが手に持つ銃が異音を立て爆発四散する。

「いぎっ?」

「あぎゃ!」

「うげぇ!?」

 異口同音。それぞれ悲鳴を上げながら、銃だった鉄塊を床に投げ捨て、手を押さえる男たち。そんな彼らに対して、フィーリアはただ冷たい眼差しを送る。

「【次元箱ディメンション】の応用で、私の周囲の空間を少し歪めました。これで私に飛来する物理的な攻撃全てが、そのまま逆方向に返ります──って、説明してもあなたたちには理解できませんか」

 その声も眼差しと同様に、いやそれ以上に冷たく、無感情。そんなフィーリアに対して、己の武器を破壊された男たちは恐怖を抱く──その時だった。

 バゴォッ──突如として、大広間の壁が轟音と共にぶち破られた。壁の残骸やら破片やらが落ちる中、それ・・は姿を現した。

『ガルルルォアアッ!!』

 一見すれば、それは犬であった。だがその全てが異常であった。

 人間よりも遥かに巨大で、全身を包む毛皮は硬く、まるで鎧のよう。床を踏み砕く四肢は丸太の如く太く強靭。その先に続く足からは、触れただけで切り裂かれそうなほどに鋭い爪が伸びている。

 そして最も目を引くのは──その頭部。その犬らしき動物は、驚くことに三つの首を持っていた。

『ガアアアアアア!』

 三つの首が、三つの咆哮を放つ。それだけで周囲の大気が震え、その場にいる全員の鼓膜を激しく叩いた。

「う、うるさ……!ちょ、なんですかコレ?」

 突如として大広間に乱入してきたその限りなく犬に近いなにかを、眉を顰めながらフィーリアは指差す。そんな彼女に対して、破壊された壁から出てきたギルザの部下らしき男が答えた。

「はっはぁ!耳の穴かっぽじって聞きな。そいつは我らがボス、ギルザ様が飼い慣らした地獄の番犬……〝殲滅級〟の魔物、イフリートケルベロスだ!」

「イフリート……ケルベロス……?」

 フィーリアの困惑した声に、三つ首の犬──〝殲滅級〟イフリートケルベロスが吠える。僅かに開いた口の隙間からは尖り切った牙が並んでおり、その間から涎が滴り落ちた。

「このイフリートケルベロスは人肉が大好物でなぁ。ボスはよく処分・・に使っていたもんさ。だからお前も餌にしてやるよ!そら、喰っちまえイフリートケルベロス!」

 イフリートケルベロスの足元に立つ男がそう叫ぶと、三つのうち一つの首が大きく口を開けた。かと思えば──

「……へっ?」

 ──首を伸ばし、足元の男を床ごと喰らってしまった。床が砕け瓦礫と化す破砕音と、それに混じってぐちゃぐちゃと水気のある粘土を捏ねるような音が大広間に響く。

『ガォオオオォォオォオオォッ!!!』

 そして数秒も経たないうちにイフリートケルベロスはその場から駆け出した。二つの首は涎を、一つの首は瓦礫と血を垂らしながら、ただ真っ直ぐにフィーリアに突撃する。

 床を踏み砕きながら迫るイフリートケルベロス──だが、それでもフィーリアは大して動揺することはなかった。

 特に焦る訳でもなく、特に慌てる訳もなく、そして特に恐怖することもなく──ただイフリートケルベロスを見つめていた。

 そしてイフリートケルベロスとフィーリアの距離が詰め終わる、直前だった。



「止まりなさい」



 瞬間、フィーリアから凄まじい勢いで魔力が放たれた。その魔力に当てられたイフリートケルベロスが、唸ると同時に、彼女に言われた通りに止まる。

『ガ、ガウ……ウ…』

 彼女の魔力に当てられただけだというのに、イフリートケルベロスは完全に萎縮し、怯えてしまっていた。地獄の番犬と言われ恐れられた魔物のその姿を目の当たりにして、部下たちがざわつき、慌てふためく。

「う、嘘だろ……?あの、イフリートケルベロスが……」

「あ、ありえねえ……こんなのありえねえよ」

「バケモンかよ、あのガキ……」

 恐怖が伝染していく部下たち。しかしフィーリアがそれを気にすることはなく、己の眼前に立つイフリートケルベロスに対して──ただ一言、言い放った。

「下がれ、駄犬」

 たった一言。たったの一言だけだったというのに、イフリートケルベロスは情けない鳴き声を上げて、背を向け一目散にフィーリアの前から逃げ出してしまう。

 自ら破壊した壁に、全速力で駆けるイフリートケルベロス──しかし、そこに到達することはできなかった。



「あらぁ?駄目じゃない番犬が逃げちゃあ」



 ザンッ──人を小馬鹿にするような、甘ったるい声。それに続いて床を走った三つの血飛沫が、イフリートケルベロスの三つの首を切り落とした。

「臆病な番犬なんていらないわよねぇ?。あははっ」

 首を失い、床に倒れ臥すイフリートケルベロス。その横を、一人の女が歩いていた。

 鮮血を浴びたかのように全身が赤いその女は、そう言いながらフィーリアに微笑みかける。

「あなたもそう思うでしょ──『天魔王』様?」
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