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『極剣聖』と『天魔王』
DESIRE────ギルザ=ヴェディスという男(その二──後編)
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扉が開かれた瞬間、感じ取ったのは──香ばしい、食欲をそそられるような、焼けた肉の匂い。
「よお、待ってたぜ」
無骨な鉄扉や所々劣化の目立つ廊下に比べて、その部屋は不自然なほどに広く、そして豪華であった。
目にしただけで相当に上等なのだとわかる数々の調度品。敷かれた絨毯も一級品の類だろう。
部屋の中央。そこにはテーブルとソファが置かれてあり、そしてテーブルには先ほどの匂いの正体──まだ焼かれてそう経っていないのだろう、鉄板皿に乗せられたステーキが二人前が用意されている。
…………いや、そんなことよりも────
「まあ突っ立って話すのもアレだ。とりあえずそこのソファにでも腰かけるといい」
予想だにしない光景を前に、呆気に取られるオグウ兄弟に、部屋の奥の執務机に座る男が声をかける。
その言葉に、二人は顔を向ける。執務机に座る男は、テーブルに置かれているのと同じものだろう、ステーキを食していた。
「ああ、ちょいと失礼なんだが見逃してくれや。まだ夕食を済ませてなかったもんでな──あぁぐ」
言いながら、男はナイフがあるというのにそれを使わず、フォークでステーキを突き刺し、持ち上げ豪快に食らう。僅かに血の入り混じった肉汁が滲み、ソースと合わさって鉄板皿にへと滴り落ちた。
ジュゥ──滴り落ちたそれが、音を立てて鉄板に焼かれる。
「最上級のステーキだ。夕食済ませてないんなら、遠慮なく食えや」
まるで獣のように肉を食らいながら、男──ギルザ=ヴェディスがそう話しかけるが、しかし二人はそれどころではなかった。
釘付けになっていた。今、オグウ兄弟はその光景から目を離せられないでいた。
彼らの視線の先──それは、ギルザの背後の壁。そう、その壁に、
「んぐゥウウウウウウウッ」
磔にされ、猿轡を噛まされ、目隠しされた全裸の男がいたのだから。
「むぐォオオオオ」
拘束から抜け出そうと必死に、男が身体を捻り、両腕両足を滅茶苦茶に動かす。
ガシャンジャララッ──だが、結果は鎖が揺れ、擦れ合う金属音が虚しくその場に響くだけだった。
「どうした?そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔なんかしやがってよぉ……ほら、座れよ」
しかし、すぐ背後だというのにギルザは気にしていない。ただ平然と執務机に座り、ただ平然とステーキを食べている。
異様の一言に尽きるその光景に、二人は唖然として、しかしギルザの言葉にハッと我に返り、慌てて言われた通りソファに腰かけた。
「………」
「………」
無言になって、目の前にあるステーキに視線を注ぐ。食欲をそそられる香ばしい匂いが鼻腔を撫でるが、今もなお暴れている全裸の男の唸り声により、食べる気にはなれなかった。
「わざわざこんな場所にまで足を運んでくれてありがとうな。オグウ兄弟」
そう言いながら、空のワイングラスにへとワインを注ぐギルザ。トポトポと静かに音を立てながら、まるで血のように赤いそれがグラスを満たしていく。
ある程度注ぎ終えて、ボトルを傍らに置きグラスをゆっくりと掴んで、ギルザは己の口元にその縁を押し当て、傾けた。中身のワインが僅かに開かれた口の隙間を通って、ギルザの喉奥にへと流れていく。
「こんな時間だ。難しい話はナシにしよう」
ステーキに手をつけず、動揺を隠せない表情のまま固まっているオグウ兄弟に、ギルザはそう語りかける。
「お前ら二人を、俺の|組織(ファミリー)に加えたい」
言って、最初の半分ほどまでの面積に減ったステーキを、大口開けて一息に頬張った。ギルザの口の端にソースが伝う。
数回咀嚼した後、それを嚥下すると、ギルザはナプキンを手に取り、口元を軽く拭う。その間、部屋は静寂に包まれていた。
数秒経って、再度ギルザが口を開いた。
「望むモンは全部くれてやる。金も酒も、女も」
そう言って、彼は立ち上がった。立ち上がって、背後の方──磔にされた全裸の男の前に、立った。
「……まあ、元よりそのつもりでここに来たんだろうけどな。お前ら二人は」
オンゼンとバンゼンは黙ったままではあったが、それをギルザが指摘する様子はない。寧ろ二人の言葉など、求めていないかのようにも思える。
それはともかく。全裸の男の前に立ったギルザは無言で『次元箱』を発動させ、それを手元に滑らせた。
「お前ら兄弟の噂は耳にしているし、期待もしているんだ」
……恐らく、ギルザには見えていないだろう。彼は今、オグウ兄弟に背を向けている。だから、わからない。
今、二人の表情が青ざめて凍りついていることに。二人の視線がそれに向けられていることに。
──お、おい……まさか……?
彼がその手に握っているのは──ナイフ。鈍く輝く刃は凹凸状となっており、また鮫の歯のように細やかに突起している。もしそれで切りつけられようものなら、想像を絶する激痛を伴って肌を、肉を裂かれてしまうことだろう。
そんな凶器をギルザは掲げると────
ズッ──特に躊躇うこともなく、全裸の男の肌にへと突き刺した。
「んぐオォォオオオオオオッ?!」
「だから是非とも、俺の部下になってもらいたい」
ブチブチと繊維が千切れていく音がする。グチャグチャと肉が切れていく音がする。
くぐもった絶叫を上げる全裸の男の身体からナイフが引き抜かれ、鮮血が噴く。鉄臭さを伴うそれは、ギルザの顔を汚した。
「ちょ、っ……!?」
思わず声を上げかけたオンゼンだったが、それはすぐさま引っ込むこととなる。何故なら──
「なって、くれるよなあ?」
ズッ──血濡れたナイフの刃を、ギルザが再び全裸の男に突き刺したのだから。
「んごオオオオオオオオッ!!?」
そして再び、ゆっくりとそれを引き抜く。鮮血が噴く。ギルザの顔がさらに汚れる。
そうしてまた突き刺す。絶叫。引き抜く。鮮血が噴く。汚れる。
突き刺す。引き抜く。突き刺す。引き抜く。突き刺す。引き抜く。突き刺す。引き抜く。突き刺す。引き抜く。突き刺す。引き抜く。
突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く────
グズュ──力なく垂れていた頭に、血と肉と油に塗れたナイフが突き立てられ、根元近くまで沈んだ。
「歓迎するぜ──オグウ兄弟」
そして、ペンキでもブチ撒けられたのかと思うほどに全身を真っ赤に染めたギルザは、背後を振り返り、ブルブルと身体を震わせている二人にそう言った。
「よお、待ってたぜ」
無骨な鉄扉や所々劣化の目立つ廊下に比べて、その部屋は不自然なほどに広く、そして豪華であった。
目にしただけで相当に上等なのだとわかる数々の調度品。敷かれた絨毯も一級品の類だろう。
部屋の中央。そこにはテーブルとソファが置かれてあり、そしてテーブルには先ほどの匂いの正体──まだ焼かれてそう経っていないのだろう、鉄板皿に乗せられたステーキが二人前が用意されている。
…………いや、そんなことよりも────
「まあ突っ立って話すのもアレだ。とりあえずそこのソファにでも腰かけるといい」
予想だにしない光景を前に、呆気に取られるオグウ兄弟に、部屋の奥の執務机に座る男が声をかける。
その言葉に、二人は顔を向ける。執務机に座る男は、テーブルに置かれているのと同じものだろう、ステーキを食していた。
「ああ、ちょいと失礼なんだが見逃してくれや。まだ夕食を済ませてなかったもんでな──あぁぐ」
言いながら、男はナイフがあるというのにそれを使わず、フォークでステーキを突き刺し、持ち上げ豪快に食らう。僅かに血の入り混じった肉汁が滲み、ソースと合わさって鉄板皿にへと滴り落ちた。
ジュゥ──滴り落ちたそれが、音を立てて鉄板に焼かれる。
「最上級のステーキだ。夕食済ませてないんなら、遠慮なく食えや」
まるで獣のように肉を食らいながら、男──ギルザ=ヴェディスがそう話しかけるが、しかし二人はそれどころではなかった。
釘付けになっていた。今、オグウ兄弟はその光景から目を離せられないでいた。
彼らの視線の先──それは、ギルザの背後の壁。そう、その壁に、
「んぐゥウウウウウウウッ」
磔にされ、猿轡を噛まされ、目隠しされた全裸の男がいたのだから。
「むぐォオオオオ」
拘束から抜け出そうと必死に、男が身体を捻り、両腕両足を滅茶苦茶に動かす。
ガシャンジャララッ──だが、結果は鎖が揺れ、擦れ合う金属音が虚しくその場に響くだけだった。
「どうした?そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔なんかしやがってよぉ……ほら、座れよ」
しかし、すぐ背後だというのにギルザは気にしていない。ただ平然と執務机に座り、ただ平然とステーキを食べている。
異様の一言に尽きるその光景に、二人は唖然として、しかしギルザの言葉にハッと我に返り、慌てて言われた通りソファに腰かけた。
「………」
「………」
無言になって、目の前にあるステーキに視線を注ぐ。食欲をそそられる香ばしい匂いが鼻腔を撫でるが、今もなお暴れている全裸の男の唸り声により、食べる気にはなれなかった。
「わざわざこんな場所にまで足を運んでくれてありがとうな。オグウ兄弟」
そう言いながら、空のワイングラスにへとワインを注ぐギルザ。トポトポと静かに音を立てながら、まるで血のように赤いそれがグラスを満たしていく。
ある程度注ぎ終えて、ボトルを傍らに置きグラスをゆっくりと掴んで、ギルザは己の口元にその縁を押し当て、傾けた。中身のワインが僅かに開かれた口の隙間を通って、ギルザの喉奥にへと流れていく。
「こんな時間だ。難しい話はナシにしよう」
ステーキに手をつけず、動揺を隠せない表情のまま固まっているオグウ兄弟に、ギルザはそう語りかける。
「お前ら二人を、俺の|組織(ファミリー)に加えたい」
言って、最初の半分ほどまでの面積に減ったステーキを、大口開けて一息に頬張った。ギルザの口の端にソースが伝う。
数回咀嚼した後、それを嚥下すると、ギルザはナプキンを手に取り、口元を軽く拭う。その間、部屋は静寂に包まれていた。
数秒経って、再度ギルザが口を開いた。
「望むモンは全部くれてやる。金も酒も、女も」
そう言って、彼は立ち上がった。立ち上がって、背後の方──磔にされた全裸の男の前に、立った。
「……まあ、元よりそのつもりでここに来たんだろうけどな。お前ら二人は」
オンゼンとバンゼンは黙ったままではあったが、それをギルザが指摘する様子はない。寧ろ二人の言葉など、求めていないかのようにも思える。
それはともかく。全裸の男の前に立ったギルザは無言で『次元箱』を発動させ、それを手元に滑らせた。
「お前ら兄弟の噂は耳にしているし、期待もしているんだ」
……恐らく、ギルザには見えていないだろう。彼は今、オグウ兄弟に背を向けている。だから、わからない。
今、二人の表情が青ざめて凍りついていることに。二人の視線がそれに向けられていることに。
──お、おい……まさか……?
彼がその手に握っているのは──ナイフ。鈍く輝く刃は凹凸状となっており、また鮫の歯のように細やかに突起している。もしそれで切りつけられようものなら、想像を絶する激痛を伴って肌を、肉を裂かれてしまうことだろう。
そんな凶器をギルザは掲げると────
ズッ──特に躊躇うこともなく、全裸の男の肌にへと突き刺した。
「んぐオォォオオオオオオッ?!」
「だから是非とも、俺の部下になってもらいたい」
ブチブチと繊維が千切れていく音がする。グチャグチャと肉が切れていく音がする。
くぐもった絶叫を上げる全裸の男の身体からナイフが引き抜かれ、鮮血が噴く。鉄臭さを伴うそれは、ギルザの顔を汚した。
「ちょ、っ……!?」
思わず声を上げかけたオンゼンだったが、それはすぐさま引っ込むこととなる。何故なら──
「なって、くれるよなあ?」
ズッ──血濡れたナイフの刃を、ギルザが再び全裸の男に突き刺したのだから。
「んごオオオオオオオオッ!!?」
そして再び、ゆっくりとそれを引き抜く。鮮血が噴く。ギルザの顔がさらに汚れる。
そうしてまた突き刺す。絶叫。引き抜く。鮮血が噴く。汚れる。
突き刺す。引き抜く。突き刺す。引き抜く。突き刺す。引き抜く。突き刺す。引き抜く。突き刺す。引き抜く。突き刺す。引き抜く。
突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く突き刺す引き抜く────
グズュ──力なく垂れていた頭に、血と肉と油に塗れたナイフが突き立てられ、根元近くまで沈んだ。
「歓迎するぜ──オグウ兄弟」
そして、ペンキでもブチ撒けられたのかと思うほどに全身を真っ赤に染めたギルザは、背後を振り返り、ブルブルと身体を震わせている二人にそう言った。
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