266 / 440
『極剣聖』と『天魔王』
DESIRE────情報収集一日目(サクラとフィーリアの場合)
しおりを挟む
「……この辺りで、いいですかね」
ラディウスの薄暗い路地裏の中で、クラハたちと別れたフィーリアは独り呟くと、改めて周囲に人の気配がないかどうかを確かめる。
──人影なし……と。
まあ、それも当然といえば当然である。彼女は人が近づかないような場所を探して、ここを見つけたのだから。
確認し終えたフィーリアが、静かに呟く。
「召喚」
瞬間、彼女の足元から薄紫色に輝く魔法陣が出現し、それは地面を滑るように移動する。そして──
「お呼びでしょうか、御主人様」
──いつぞやの燕尾服姿の青年、従魔が現れた。現れた彼に、フィーリアは淡々とした口調で告げる。
「仕事です従魔。今からあなたには、この男について集められるだけの情報を集めてもらいます」
言いながら、フィーリアはいつの間にか取り出していた写真を従魔に手渡す。それに写っているのは当然──今回の依頼の目標であるギルザ=ヴェディスの横顔である。
「この写真の男についての情報を収集すればよいのですね?畏まりました」
「はい。ちなみに時間はどれくらい欲しいですか?まあ今日中しか与えられませんけど」
「それで充分です」
ダンッ──従魔はフィーリアにそう返すと、自らの足元を蹴りつけた。
少し遅れて、伸びていた彼の影に亀裂が走り、やがて細やかなに枝分かれしていく。
「一人の人間を調べ上げるなど、造作もありません。今日中と言わず、半日でその男の全てを暴いてみせましょう」
従魔の言葉に続くように、枝分かれした彼の影が、宙に浮かび上がる。そしてその一つ一つが無数の鴉となって、その翼をはためかせラディウスの空にへと飛び立っていった。
だが、それだけでは終わらない。まだ残っていた従魔の影が、今度は小さな鼠の群れにへと変わっていく。数こそ先ほどの鴉には敵わないが、それでも充分に多い。
「さあ、行きなさい」
従魔の言葉に従って、鼠たちは蜘蛛の子を散らすようにしてその場を駆け出した。
駆けていく鼠たちを見送りながら、従魔はフィーリアへ顔を向ける。
「では私も行って参ります。御主人様の期待に添えられるよう、必ずや情報を持ち帰ってきましょう」
それだけ彼女に言って、従魔は深々と一礼をしたかと思うと、すぐさま地面に溶けるようにして消えてしまった。
この裏路地から彼の気配が完全に消えたことを確認すると、再び独りになったフィーリアは呟く。
「さて。じゃあ私も行くとしましょうか」
そう言うが早いか、ゆっくりと彼女はその場から歩き出した。
「協力ありがとう。お嬢さん」
そう言って、サクラはこちらの話を聞いてくれた女性に、女が浮かべるには些か爽やか過ぎる笑顔を送った。その笑顔を目の当たりにした女性が、相手は同性だというのに思わず微かに頬を染めてしまう。
「い、いえ……こちらこそなにも知らなくてすみません」
「気にすることはないよ。ではまた、機会があればどこかで」
言いながら踵を返し、去っていくサクラの後ろ姿を見送りながら、半ば無意識に女性は呟いてしまう。
「素敵……」
先ほどの女性の熱を帯びた視線に気づくこともなく、人が入り乱れる街中をサクラは歩く。普通であればここまでの人混みに一度紛れてしまうと、特定の人物を見つけるのには苦労を有するのだろうが、彼女の場合その身長や格好から、それを心配する必要はないだろう。
とまあ、そんなことは置いておくとして。人混みの中で目立ちながら、サクラは考えていた。
──ホテルを出てから色々と聞き込んでみたが……やはりというか、誰も知らないな。
考えながら、彼女は懐から一枚の写真を取り出す。その写真はフィーリアが持っていたものと同じものだ。
その写真を、サクラは歩きながら眺める。
──まあ、一応裏社会の住人というくらいだ。そう簡単に見つかるほど間抜けではないということか。
そこで一旦写真から視線を外し、周囲を軽く見渡す。
「む…?」
視線の先。視界に入ってきたのは──黒を基調とした色の看板。
『butterfly』。看板には金文字でそう書かれている。
「…………」
あの店は恐らく、酒場だろう。サクラ自身、そういった店にはあまり立ち入ったことはないのだが、ふと思った。
──その手の情報を仕入れるのならば、ああいった場所が最適だと相場が決まっていると聞いたな……。
思い立ったが吉日。どうせこのままぶらぶらと歩き続けても、大した情報を手に入れることはないだろう。
そこまで考えて、サクラは人混みから抜け出るのだった。
ラディウスの薄暗い路地裏の中で、クラハたちと別れたフィーリアは独り呟くと、改めて周囲に人の気配がないかどうかを確かめる。
──人影なし……と。
まあ、それも当然といえば当然である。彼女は人が近づかないような場所を探して、ここを見つけたのだから。
確認し終えたフィーリアが、静かに呟く。
「召喚」
瞬間、彼女の足元から薄紫色に輝く魔法陣が出現し、それは地面を滑るように移動する。そして──
「お呼びでしょうか、御主人様」
──いつぞやの燕尾服姿の青年、従魔が現れた。現れた彼に、フィーリアは淡々とした口調で告げる。
「仕事です従魔。今からあなたには、この男について集められるだけの情報を集めてもらいます」
言いながら、フィーリアはいつの間にか取り出していた写真を従魔に手渡す。それに写っているのは当然──今回の依頼の目標であるギルザ=ヴェディスの横顔である。
「この写真の男についての情報を収集すればよいのですね?畏まりました」
「はい。ちなみに時間はどれくらい欲しいですか?まあ今日中しか与えられませんけど」
「それで充分です」
ダンッ──従魔はフィーリアにそう返すと、自らの足元を蹴りつけた。
少し遅れて、伸びていた彼の影に亀裂が走り、やがて細やかなに枝分かれしていく。
「一人の人間を調べ上げるなど、造作もありません。今日中と言わず、半日でその男の全てを暴いてみせましょう」
従魔の言葉に続くように、枝分かれした彼の影が、宙に浮かび上がる。そしてその一つ一つが無数の鴉となって、その翼をはためかせラディウスの空にへと飛び立っていった。
だが、それだけでは終わらない。まだ残っていた従魔の影が、今度は小さな鼠の群れにへと変わっていく。数こそ先ほどの鴉には敵わないが、それでも充分に多い。
「さあ、行きなさい」
従魔の言葉に従って、鼠たちは蜘蛛の子を散らすようにしてその場を駆け出した。
駆けていく鼠たちを見送りながら、従魔はフィーリアへ顔を向ける。
「では私も行って参ります。御主人様の期待に添えられるよう、必ずや情報を持ち帰ってきましょう」
それだけ彼女に言って、従魔は深々と一礼をしたかと思うと、すぐさま地面に溶けるようにして消えてしまった。
この裏路地から彼の気配が完全に消えたことを確認すると、再び独りになったフィーリアは呟く。
「さて。じゃあ私も行くとしましょうか」
そう言うが早いか、ゆっくりと彼女はその場から歩き出した。
「協力ありがとう。お嬢さん」
そう言って、サクラはこちらの話を聞いてくれた女性に、女が浮かべるには些か爽やか過ぎる笑顔を送った。その笑顔を目の当たりにした女性が、相手は同性だというのに思わず微かに頬を染めてしまう。
「い、いえ……こちらこそなにも知らなくてすみません」
「気にすることはないよ。ではまた、機会があればどこかで」
言いながら踵を返し、去っていくサクラの後ろ姿を見送りながら、半ば無意識に女性は呟いてしまう。
「素敵……」
先ほどの女性の熱を帯びた視線に気づくこともなく、人が入り乱れる街中をサクラは歩く。普通であればここまでの人混みに一度紛れてしまうと、特定の人物を見つけるのには苦労を有するのだろうが、彼女の場合その身長や格好から、それを心配する必要はないだろう。
とまあ、そんなことは置いておくとして。人混みの中で目立ちながら、サクラは考えていた。
──ホテルを出てから色々と聞き込んでみたが……やはりというか、誰も知らないな。
考えながら、彼女は懐から一枚の写真を取り出す。その写真はフィーリアが持っていたものと同じものだ。
その写真を、サクラは歩きながら眺める。
──まあ、一応裏社会の住人というくらいだ。そう簡単に見つかるほど間抜けではないということか。
そこで一旦写真から視線を外し、周囲を軽く見渡す。
「む…?」
視線の先。視界に入ってきたのは──黒を基調とした色の看板。
『butterfly』。看板には金文字でそう書かれている。
「…………」
あの店は恐らく、酒場だろう。サクラ自身、そういった店にはあまり立ち入ったことはないのだが、ふと思った。
──その手の情報を仕入れるのならば、ああいった場所が最適だと相場が決まっていると聞いたな……。
思い立ったが吉日。どうせこのままぶらぶらと歩き続けても、大した情報を手に入れることはないだろう。
そこまで考えて、サクラは人混みから抜け出るのだった。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
声楽学園日記~女体化魔法少女の僕が劣等生男子の才能を開花させ、成り上がらせたら素敵な旦那様に!~
卯月らいな
ファンタジー
魔法が歌声によって操られる世界で、男性の声は攻撃や祭事、狩猟に、女性の声は補助や回復、農業に用いられる。男女が合唱することで魔法はより強力となるため、魔法学園では入学時にペアを組む風習がある。
この物語は、エリック、エリーゼ、アキラの三人の主人公の群像劇である。
エリーゼは、新聞記者だった父が、議員のスキャンダルを暴く過程で不当に命を落とす。父の死後、エリーゼは母と共に貧困に苦しみ、社会の底辺での生活を余儀なくされる。この経験から彼女は運命を変え、父の死に関わった者への復讐を誓う。だが、直接復讐を果たす力は彼女にはない。そこで、魔法の力を最大限に引き出し、社会の頂点へと上り詰めるため、魔法学園での地位を確立する計画を立てる。
魔法学園にはエリックという才能あふれる生徒がおり、彼は入学から一週間後、同級生エリーゼの禁じられた魔法によって彼女と体が入れ替わる。この予期せぬ出来事をきっかけに、元々女声魔法の英才教育を受けていたエリックは女性として女声の魔法をマスターし、新たな男声パートナー、アキラと共に高みを目指すことを誓う。
アキラは日本から来た異世界転生者で、彼の世界には存在しなかった歌声の魔法に最初は馴染めなかったが、エリックとの多くの試練を経て、隠された音楽の才能を開花させる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる