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『極剣聖』と『天魔王』

『極剣聖』対『天魔王』——その決着、誰も知らず

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 ザンッ——不可視の斬撃が宙を走り、無防備にも晒されていたフィーリアの首筋に叩き込まれ、そしてそのまま突き抜けた。

「——か、ッ…はっ……?!」

 途轍もない衝撃に、フィーリアの小柄な身体が僅かばかり浮き上がり、一瞬だけその足が地面から離れた。

 一秒にも満たない時間をかけて、再び彼女は地面にへと足をつける。それから前のめりになって、数歩先に進む。

「………………なに、が」

 鈍痛が全身を殴打する。首筋に至っては、まるで折れてしまっているかのような、激しい違和感に包まれており、堪えようのない不快感が伝っていた。

 ぐらぐらとする視界に、吐き気を覚える。それに意識を強く保たなければ、すぐにでも気を失いそうにもなっていた。

 そんな状態に陥ってるフィーリアだったが、突如背後から襲い来たソレの正体を確かめずにはいられず、身体に鞭打って無理矢理にでも、彼女は振り返った。



「敵を前に、背を向けるなど愚の骨頂だな——『天魔王』」



 …………そこに立っていたのは、ぶらりと力なく刀を下げた、『極剣聖』——サクラ=アザミヤであった。

 身に纏っている着物は、もはやボロ切れ同然となっており、肩や足は当然として、括れた白い腹部や臍、太腿などかなり際どい部分までもが完全に露出してしまっていた。

 そして至る箇所から、鮮血を流し、滴らせていた。

「…………あれを受けて、立っていられる、なんて」

 到底信じられないというように、呆然とフィーリアは呟く。そんな彼女に対しても、サクラは同じような面持ちで伝える。

「私も首を落とすつもりで斬ったのだがな」

「………………」

 無意識に、フィーリアは己が纏っている真白のローブを握り締める。

 実を言うと、彼女はこのローブに対してもとある防御魔法をかけてあったのだ。

 このローブを身につけている者を、守るための防御魔法を。念のため、万が一のためにとびきり堅固で特別な防御魔法を。

 だが、それすらもたったの一撃で木っ端微塵に砕かれた。

 まあ、その魔法のおかげで首は飛ばずに済んで、その代わりに全身を殴られたかのような鈍痛に襲われているが。

「……正真正銘の、化け物ですね。あなた」

 つう、と。フィーリアの口端を血が伝う。

 どの程度までかはわからないが、どうやら内臓にまで衝撃のダメージは及んでいるらしい。

「それはお互い様だろう」

 無言で、二人は見合う。数秒——数分。

 何度目かの沈黙。そして、再びそれは唐突に破られた。

「なんで、しょうね。なにか、よくわからない気持ちになってます——私」

「奇遇だな——私もだよ」

『極剣聖』と『天魔王』は依然見合う——その言葉通り、今両者の胸の内に、不思議な感情が渦巻いていた。

 数秒以て、それが一体なんであるかを、二人は理解した。



 高揚——である。



 どくり、どくりと。心臓が高鳴る。徐々に、その鼓動を高めていく。

 胸の内を満たしていく、充足感。だが次の瞬間、もっと、と。それを求め始める。

 心地の良い痺れが脳裏を浸す。ゾクゾクと快感にも似た感覚が、背筋を突いて駆け上がる。

 身体が熱い。身体中を巡る血液が、まるで沸騰しているかのように熱い。歓喜——激しい歓喜が、心を満たしていく。




 そう、それは—————確かな、『生』の実感。




『極剣聖』と『天魔王』は、久しく忘れていた。埒外な強さというものを得たばかりに、彼女らは今の今まで忘れていたのだ。

 今、生きている。今を生きている。この瞬間いまを自分たちは確かに生きている。

 それが嬉しい。それが——途轍もなく楽しい。

「………………ふふ、ふふふ」

『極剣聖』が、口元を綻ばせる。

「………………あは、あはは」

『天魔王』が、口元を綻ばせる。

「楽しい、な」

「楽しい、ですね」

 それは心の底からの、言葉であり————直後、様変わりした荒野にて、二人の声が高らかに響いた。



「ふふ、はははっ…ははははッ!」

「あはっ……あはははっ!!」



 嗤う。二人は嗤う。二人の嗤い声が響く。

 ずっと、ずっとずっと。




 ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと—————




『極剣聖』と『天魔王』が、嗤う。そして、ひとしきり嗤って————彼女たちは、顔を狂喜に染めたまま言葉を交わす。

「もっと楽しむとしようか」

「もっと楽しみましょうか」

 血に塗れて、『極剣聖』は己の得物を構えて。

 血を垂らし、『天魔王』は魔力を練り上げて。

「『極剣聖』」

「『天魔王』」

 《SS》冒険者ランカーの二人は、互いに言い放った。





「「殺す気でかかって来い(来なさい)」」
















 その日、『ログバード荒野』にて激突した『極剣聖』と『天魔王』。

 その二人の戦いはもはや人の常識外であり、そして人がその全容を理解することは決してできないだろう。

 広大な荒野の地形を、いとも容易く変えた戦いなど、我々常人が理解できるはずがない。

 理解できるのは——彼女たちと同じ境地に至った存在モノだけだ。

 故に、二人の戦いの結末を知る者などいない。

 何故なら——最初からその戦いを目撃していた人物は、もう既にその場から去ってしまっていたのだから。



 ただ、一人を除いて。
















 夜。オールティアの酒場——『大食らいグラトニー』にて、僕は——クラハ=ウインドアは、呆然としながら目の前に置かれたグラスを眺めていた。

「………クラハ?本当にお前、大丈夫か……?」

 そんな僕の様子を見かねて、隣に座る先輩が心配そうにそう尋ねてくる。そんな先輩に顔を向けて、僕は力なく答えた。



「大丈夫です、先輩。僕は…………大丈夫です」



 《SS》冒険者。Lv100————自分とは住んでいる世界が、あまりにも違い過ぎるということを、その日嫌になるほど思い知らされた。
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