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『極剣聖』と『天魔王』

負けるな先輩

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 場所は変わって冒険者組合ギルドの応接室。今ではすっかり見慣れてしまった部屋だが、今回ばかりは雰囲気が一変していた。

「本日は遠路遥々はるばる、我が冒険者組合『大翼の不死鳥フェニシオン』に訪れて頂き、誠にありがとうございます。『極剣聖』殿、『天魔王』殿」

 そう言って、グィンさんは向かいに座る二人——《SS》冒険者ランカーたちに恭しく頭を下げる。

「そう畏まる必要はない、『大翼の不死鳥』GMギルドマスター。それに私のことは気軽にサクラと呼んでくれても構わない」

「右に同じく。私も堅苦しいのは苦手なんで」

「……わかりました。では私も肩の力を抜かせてもらうことにしましょう」

 そんな三人の会話のやり取りを、僕は他人事のように呆然と聞いていた。

 ——『極剣聖』、『天魔王』……《SS》冒険者……。

 未だに、信じられない。今目の前に座るこの二人が、かつての先輩と並び評されている、世界最強の《SS》冒険者。

『極剣聖』——なんでも、一振りで海を割り、地を裂き、天を斬ったと語られ、この世界オヴィーリスに生きる全ての剣士にとっての伝説となっている。

『天魔王』——全ての魔法をその知性の元に収め、気紛れ一つで災害も、天変地異を起こすことも思うがままと。そう恐れられながらも、魔道士の頂点として崇められている。

 ——《SS》、冒険者…………。

 その事実を認識しようとする度、嫌でも先ほどの光景が脳裏を過ぎる。

 テーブルに突っ伏して威厳もなく、くうくう寝ていた『天魔王』の姿と。

 どれだけ先輩に拒否されようとも、めげずに喫茶店に誘おうとしていた『極剣聖』の姿が。

 ——…………なんだろう。何故か酷い裏切りにあった気分だ。

 今まで抱いていた、《SS》冒険者に対しての憧憬というか尊敬というか畏怖というか、そういう諸々の類の感情が、残らず全て吹っ飛んだ。

 そして心底驚いた——まさか先輩が《SS》冒険者唯一の常識人であったことに。

 ——先輩は大の甘党なのと、極度に面倒がるのを除けば至って普通の人だし。

 それか《SS》冒険者、というよりLv100になるためには……まさか人として少々アレな者にならなければいけないのだろうか………?

「そんなの絶対に嫌だ…」

「ん?なんか言ったかクラハ?」

「いえ何も」

 まあ、心配する必要はないはずだ。僕なんかがLv100になれる訳がないのだし。

「それでは改めて名乗らせてもらおう——私はサクラ=アザミヤ。冒険者組合『影顎の巨竜シウスドラ』に所属する、《SS》冒険者だ。人からはよく『極剣聖』なんていう大それた名でも呼ばれているが、私はそんな大した奴じゃないさ」

 そう言って、キモノ姿の女性——『極剣聖』サクラ=アザミヤさんは気の良い笑顔を僕とグィンさんに送って、それから先輩には無駄に爽やかな笑顔を向けた。ぶるりと先輩が身体を震わせる。

「私もそんな《SS》冒険者の一人、フィーリア=レリウ=クロミアです。所属する冒険者組合は『輝牙の獅子クリアレオ』で、私も他人からはよく『天魔王』と呼ばれますね」

 サクラ=アザミヤさんに続いて自己紹介をする『天魔王』——フィーリア=レリウ=クロミアさん。こうしている間も、彼女の瞳は絶えずその色を変えていた。

「自己紹介ありがとう。私はグィン=アルドナテ。さっき言ってくれた通り、この冒険者組合のGMをやっているよ。それでこっちは我が『大翼の不死鳥』が誇る《S》冒険者、クラハ=ウインドア君だ」

「よ、よろしくお願いします……」

 グィンに紹介されて、僕はサクラさんとフィーリアさんにぎこちなく会釈する。

 緊張、なんてものではない。何せこの世界オヴィーリスで最高峰、最強の二人の冒険者を目の前にしているのだ。

 たとえ先ほどの残念な姿を見ていても、戦々恐々としてしまう。

 そんな僕に対して、二人はそれぞれの反応を返してくれた。

「その若さで《S》冒険者か。将来が楽しみだな——こちらこそよろしく頼むよ、ウインドア」

「Lvは……80ですか。まあ、悪くはないですね——よろしくです。ウインドアさん」

「は、はい。お願いします……」

 …………あれ?やっぱりこの人普通に常識人なのでは?と。対応を受けた僕は密かにそう思った。

 まあそれはともかく。一つ、僕にはどうしても気になるというか、到底無視できない疑問があった。

「えっと……それで、なんですけど。無礼を承知で訊きたいことがあるんですが、いいですか?」

 恐れながらも僕はそう訊くと、二人は揃って首を傾げた。

「訊きたいこと、ですか?」

「別に構わないが……」

 そこで一旦僕は深呼吸して、二人に訊いた。



「あの、お二人はなんで『大翼の不死鳥』ここに…………?」



 ————そう。僕はずっとそれが気になっていた。

 《SS》冒険者が、それも二人同時に一つの冒険者組合に訪れた理由。普通ならば、絶対にあり得ないことである。

「それには私が答えるよ。ウインドア君」

 だが、そこですかさずグィンさんが会話に割って入ってきた。

「彼女たちにはね、この街の防衛・・のために来てもらったんだよ」

「防衛……ですか?」

「うん」

 頷きながら、グィンさんは僕に対して説明を始める。

「思い出してほしいんだ、『魔焉崩神』の時のことを。厄災の予言には『魔焉崩神』を含めた五つの滅びの名が記されていたけど、それらが一体どこに降臨するのかは『魔焉崩神』だけしか記されていなかった。だからまあ、残りの滅びたちも、もしかしたらこの街に降りてくるんじゃないかって話になってね。王都に出張して、そこで他のGM……まあ主に『輝牙の獅子』と『影顎の巨竜』とだったけど。相談して、彼女たち《SS》冒険者を借りたんだよ」

『大翼の不死鳥』の《SS》冒険者は諸事情で使えなくなっちゃったしね——そう小声で僕の耳元近くで囁くグィンさん。それから決して見えないように先輩を指差す。

「…………なるほど。納得できました」

 僕も、チラリと先輩を一瞥してそう返す。

 ……一刻も早く、先輩を元に戻さなければ…………!

「まあ、そういうことだ。なのでこの街にはしばらく滞在することになる」

「この街で一番オススメのホテルってあります?」

 その時だった。そこで唐突に、二人の《SS》冒険者がほぼ同時に「あっ」と声を上げた。

「そうだそうだ、忘れていた」

「はい。私も忘れてましたよ」

 ——なんだ?

 僕とグィンさんが視線だけを交わす中、サクラさんとフィーリアさんが揃って訊いてきた。



「「『炎鬼神』はどこにいるん(です)だ(か)?」」



「…………………………」

「………………えっ、と」

 僕とグィンさんは、どもる。先輩は意味がわかっていないのか、やや困惑しながら小さく首を傾げていた。

 ………『炎鬼神』というのは、二つ名である。

 ………………誰の、二つ名かというと。それは—————



「「ここにいます」」



 —————先輩、のだ。…………まだ、男でLv100の、《SS》冒険者だった時の先輩の、だが。

 ——ていうか知らなかったのか先輩………。

 僕とグィンさんが口を揃えてそう言うと、当然目の前の《SS》冒険者二人はきょとんとする。

「ここにいるって……」

「この場にはウインドアとアルドナテ殿と、ラグナ嬢の姿しか見えないが」

 それを聞いて、僕はさらに頭を抱えたくなった。

 ——まさかこの人先輩の名前を知らない……!?

 そしてどうやらそれは隣のフィーリアさんも同じようだった。

 なので僕は、恐る恐るゆっくりと——未だ自分の所在を尋ねられているのだと理解できていない先輩を、遠慮がちに指差した。

「…………?どうした、ウインドア、アルドナテ殿。二人してラグナ嬢を指差して」

「…………………………」

 サクラさんはまだ気づいていないみたいだったが、フィーリアさんは違ったらしい。神妙な顔つきになって、先輩のことを見つめていた。

 そしてようやく——合点がいったのか先輩が得意げに胸を張った。

「おう!その『炎鬼神』?ってのは俺のことだ!……だよな?」

 ——先輩、胸を張ったなら最後まで自信持ってください。

 不安そうに顔を向けてくる先輩に、僕がそう思った直後だった。



「……く、んふ…あ、あはははっ!はははは、あっはははははははっ!」



 ……笑っていた。

『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミアが、最初こそ堪えていたが、堪え切れず吹き出して笑っていた。

 隣のサクラさんが驚いたような眼差しも気にすることなく、僕とグィンさんの戸惑いの視線も受けながらも。

 げらげらと一人で笑い転げていた。

「いひっ、ふふっ……!お、おかし——あはははははっ!!」

「な、なにそんな笑ってんだよっ!?」

「い、いやだって………ふふふっ…………こ、これが笑わずにいられますか…っ………あはっ…!」

 怒る先輩に対して、フィーリアさんは笑いを堪えて、真面目に答えようとするが——

「はーっ……はーっ………わ、私が聞いたところによると、《SS》冒険者——『炎鬼神』は、男性の方らしいですよ?少なくともあなたのような女の子じゃないですし、それに………くふっ………あ、あなたLv5————だあああもう駄目我慢できないあはははははっ!あっはっはっはっ!!」

 ——結局堪え切れずまた一人で大笑いし始めてしまった。

「おなかっおなかいたい笑い過ぎてっ!無理無理こんなの我慢できないってあはははははははは!!!」

 そこに、もう『天魔王』の威厳など欠片ほどもなかった——と、

「あははっ!あはは、ははは……はは…?」

 まるで油の切れた機械人形のように、徐々にフィーリアさんの笑いが収まっていく——何故なら、彼女に笑われ過ぎた先輩が、涙目になっていたのだから。

「………俺、なのに。本当に俺なのに………男、なのにぃ…………!!」

 僕とグィンさんとサクラさん、三人揃って非難の視線をフィーリアさんにぶつける。

「……………………いや、あの、その……す、すみませんでした…………」
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