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『極剣聖』と『天魔王』
二つの厄災
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オールティアから遠く離れた西の荒野——その場所を突き進む、一つの影があった。
人間、ではない。その影を人間とするなら巨大過ぎるし、そもそも——その影には、八本もの腕があった。
左右にそれぞれ四つ。そしてその全ての手に、形や長さや大きさの違う剣を握っていた。
「………………近い」
影——八本腕の異形が呟く。驚くほどに低い声だった。
「近い、近いぞ。気配が近い——我が主の気配が」
進む。進む。進む。前へ。前へ、前へ、前へ、前へと。
ただひたすらに。
目指すは視線の先。遠き、街。其処に、その場所に、求める存在がいる。
だから、この異形はその歩みを止めない。
「我らが主。我らの祖——今、御迎えに参ります。我を創造りし偉大なる御方よ」
八本の手に持つ、得物を揺らして。異形は進む————と、
「…………む」
女——である。眼前を、女が歩いていた。
軽装、という訳ではないが生地の薄い衣服。さらりと流れるように伸びる、濡羽色の髪。そして、腰に差した一本の刀。
「おい、そこの人の子よ。止まれ」
八つの得物の刃先を向けて、異形が声をかける。すると少し遅れて、その女は立ち止まった。
「…………なにか、御用でもお有りで?」
美しい、貌だった。だが同時に、底冷えするかのように、酷く冷たい美貌だ。形容するならば——さながら抜身の刃。
小首を傾げるその女に対して、異形が不快そうに言葉をぶつける。
「退け。愚劣なる人の子の分際で、我の前を歩くな。せめてもの慈悲に、その命だけは取らないでやろう」
「……………………」
女は、無言で異形を見つめる。その黒曜石のような瞳で、じいっと。
異形が、腹を立てるように八つの得物の刃先を、さらに近づける。
「我の言葉が聞こえていないのか?退けと言っているのだ。人の子よ」
「…………ふむ」
そこでようやく、女は再び口を開いた。
「一つ、貴殿に対して尋ねたいことがあるのだが……宜しいか?」
「……………………なん、だと?人の子の分際で、我に、物を尋ねたいだと?そんなこと許す訳が「もしだ」
異形の言葉を遮って、女は尋ねる。
「その提案を拒否した場合、私はどうなるのかな?」
「……………………」
異形は、なにも答えない。ただ女に突きつけていた得物を遠ざけ、それからゆっくりと、口を開いた。
「もういい」
ブンッ——そして、言うが早いか、八つある腕の一本を振り下ろした。
「愚劣にして矮小なる人の子よ」
ザンッッッ——数秒遅れて、女のすぐ側の地面が、両断された。一瞬にして無数の地層が露出し、永遠に続くのではないかというほどに斬撃の傷跡ができていく。
「決して赦しはしない。そして我が慈悲を拒絶したことを後悔するがいい——想像を絶する苦痛の中で悶え死ね」
八つの得物全てを振り上げ、異形は宣告した。
「我は『剣戟極神』天元阿修羅。かの厄災の予言に記されし、滅びの一つ形り」
オールティアから遠く離れた東の荒野——そこにも、別の影がいた。
巨大な歯車を背負い、周囲にそれぞれ七色に輝く球体を漂わせ、浮遊しながらその影も先を目指す。
「嗚呼、嗚呼……お待ちください我らが主。尊き主。今、今御迎え致します」
不気味に蠢くローブを揺らして、影は進む。
「全てを創造せし御方。全てを生みし御方。今馳せ参じましょう偉大なる我がお「あの」……ん?」
不意に、影は背後から声をかけられ、その場に止まった。依然周囲の球体を漂わせながら、振り向くと——そこには、少女が立っていた。
不愉快そうな表情を少しも隠そうともしていない、少女だった。相当上質な素材を使用しているだろう白のローブ。そしてそのローブと全く同じ色の髪。
だがこちらを睨めつける瞳は違い、かなり奇異なものだった。
なにせ、驚くことに決まった色が——存在していない。
光の反射などで変化しているのだろうか。時に赤だったり、または青だったり。とにかく、その少女の瞳は、複数の色を内包していた。
他に二つとない瞳を有した少女が、その可愛らしい表情を歪めて、口を開く。
「ちょっと邪魔なんで、退いてくれません?そこ」
「……………ほう」
一瞬にして、ローブの影が放つ雰囲気が、一変した。
「小娘風情が、この我に対し、物を言うだと?」
徐々に、ゆっくりと。周囲の大気が————震え出す。
「面白い、実に面白く——実に愚かで甚だしい。そして酷く傲慢で不遜で、何処までも無謀だ」
大気の振動の度合いが増すにつれ、歯車を背負った影の周囲に浮かぶ、球体の輝きも増していく。
七色の光を浴びながら、影が激怒のままに喋る。
「不愉快。不愉快、不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快————不愉快だァアアァアァァアァアッッッッ!!!!」
そして、弾けた。
「喜べ、不幸なる薄幸の少女よ」
背には、七つの後光。頭上には、銀の輪。
左に純白を。右に漆黒を。四つに対する八枚の翼。
その姿を見た者は、総じてこう呟くだろう————堕天使、と。
「その特異なる双眸にて刻むがいい、この姿を。尊き我らが主が創造せしこの、完璧なる姿を」
まるで謳うかのように、影——いや、堕天使は少女に語りかける。
「そして聞くがいい。我らが主に賜うた、この名を」
絶大に過ぎる魔力を放ち、堕天使は宣告した。
「我こそは『輝闇堕神』フォールンダウン。かの厄災の予言に記されし、滅びの一つ形り」
人間、ではない。その影を人間とするなら巨大過ぎるし、そもそも——その影には、八本もの腕があった。
左右にそれぞれ四つ。そしてその全ての手に、形や長さや大きさの違う剣を握っていた。
「………………近い」
影——八本腕の異形が呟く。驚くほどに低い声だった。
「近い、近いぞ。気配が近い——我が主の気配が」
進む。進む。進む。前へ。前へ、前へ、前へ、前へと。
ただひたすらに。
目指すは視線の先。遠き、街。其処に、その場所に、求める存在がいる。
だから、この異形はその歩みを止めない。
「我らが主。我らの祖——今、御迎えに参ります。我を創造りし偉大なる御方よ」
八本の手に持つ、得物を揺らして。異形は進む————と、
「…………む」
女——である。眼前を、女が歩いていた。
軽装、という訳ではないが生地の薄い衣服。さらりと流れるように伸びる、濡羽色の髪。そして、腰に差した一本の刀。
「おい、そこの人の子よ。止まれ」
八つの得物の刃先を向けて、異形が声をかける。すると少し遅れて、その女は立ち止まった。
「…………なにか、御用でもお有りで?」
美しい、貌だった。だが同時に、底冷えするかのように、酷く冷たい美貌だ。形容するならば——さながら抜身の刃。
小首を傾げるその女に対して、異形が不快そうに言葉をぶつける。
「退け。愚劣なる人の子の分際で、我の前を歩くな。せめてもの慈悲に、その命だけは取らないでやろう」
「……………………」
女は、無言で異形を見つめる。その黒曜石のような瞳で、じいっと。
異形が、腹を立てるように八つの得物の刃先を、さらに近づける。
「我の言葉が聞こえていないのか?退けと言っているのだ。人の子よ」
「…………ふむ」
そこでようやく、女は再び口を開いた。
「一つ、貴殿に対して尋ねたいことがあるのだが……宜しいか?」
「……………………なん、だと?人の子の分際で、我に、物を尋ねたいだと?そんなこと許す訳が「もしだ」
異形の言葉を遮って、女は尋ねる。
「その提案を拒否した場合、私はどうなるのかな?」
「……………………」
異形は、なにも答えない。ただ女に突きつけていた得物を遠ざけ、それからゆっくりと、口を開いた。
「もういい」
ブンッ——そして、言うが早いか、八つある腕の一本を振り下ろした。
「愚劣にして矮小なる人の子よ」
ザンッッッ——数秒遅れて、女のすぐ側の地面が、両断された。一瞬にして無数の地層が露出し、永遠に続くのではないかというほどに斬撃の傷跡ができていく。
「決して赦しはしない。そして我が慈悲を拒絶したことを後悔するがいい——想像を絶する苦痛の中で悶え死ね」
八つの得物全てを振り上げ、異形は宣告した。
「我は『剣戟極神』天元阿修羅。かの厄災の予言に記されし、滅びの一つ形り」
オールティアから遠く離れた東の荒野——そこにも、別の影がいた。
巨大な歯車を背負い、周囲にそれぞれ七色に輝く球体を漂わせ、浮遊しながらその影も先を目指す。
「嗚呼、嗚呼……お待ちください我らが主。尊き主。今、今御迎え致します」
不気味に蠢くローブを揺らして、影は進む。
「全てを創造せし御方。全てを生みし御方。今馳せ参じましょう偉大なる我がお「あの」……ん?」
不意に、影は背後から声をかけられ、その場に止まった。依然周囲の球体を漂わせながら、振り向くと——そこには、少女が立っていた。
不愉快そうな表情を少しも隠そうともしていない、少女だった。相当上質な素材を使用しているだろう白のローブ。そしてそのローブと全く同じ色の髪。
だがこちらを睨めつける瞳は違い、かなり奇異なものだった。
なにせ、驚くことに決まった色が——存在していない。
光の反射などで変化しているのだろうか。時に赤だったり、または青だったり。とにかく、その少女の瞳は、複数の色を内包していた。
他に二つとない瞳を有した少女が、その可愛らしい表情を歪めて、口を開く。
「ちょっと邪魔なんで、退いてくれません?そこ」
「……………ほう」
一瞬にして、ローブの影が放つ雰囲気が、一変した。
「小娘風情が、この我に対し、物を言うだと?」
徐々に、ゆっくりと。周囲の大気が————震え出す。
「面白い、実に面白く——実に愚かで甚だしい。そして酷く傲慢で不遜で、何処までも無謀だ」
大気の振動の度合いが増すにつれ、歯車を背負った影の周囲に浮かぶ、球体の輝きも増していく。
七色の光を浴びながら、影が激怒のままに喋る。
「不愉快。不愉快、不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快————不愉快だァアアァアァァアァアッッッッ!!!!」
そして、弾けた。
「喜べ、不幸なる薄幸の少女よ」
背には、七つの後光。頭上には、銀の輪。
左に純白を。右に漆黒を。四つに対する八枚の翼。
その姿を見た者は、総じてこう呟くだろう————堕天使、と。
「その特異なる双眸にて刻むがいい、この姿を。尊き我らが主が創造せしこの、完璧なる姿を」
まるで謳うかのように、影——いや、堕天使は少女に語りかける。
「そして聞くがいい。我らが主に賜うた、この名を」
絶大に過ぎる魔力を放ち、堕天使は宣告した。
「我こそは『輝闇堕神』フォールンダウン。かの厄災の予言に記されし、滅びの一つ形り」
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