上 下
67 / 440
RESTART──先輩と後輩──

狂源追想(その八)

しおりを挟む
 それは、俺が予想だにしない言葉であった。

「……残念ながら、それはできない。何故なら今、ラグナは……の身なんだ」

 グィンさんの返事に、俺の反応は一瞬遅れた。一瞬遅れて、動揺で震える声を絞り出すので精一杯だった。

「ゆ、行方不明……ですか?」

 不甲斐なく、そして情けない俺の言葉に。グィンさんはその首を重々しく縦に振り、それから申し訳なさで満ちた声で話し始めた。

「二年と少しにもうなるかな。我々の前から、『大翼の不死鳥フェニシオン』からラグナが姿を消して」

 ──に、二年……!?

 グィンさんの言葉に、俺は堪らず絶句してしまう。硬直し、その場に立ち尽くすしか他ないでいる俺へ、グィンさんが困ったように、依然申し訳なさそうに言葉を続ける。

「ラグナには昔から放浪癖があってね。こうして行方を晦ますのは、実はしょっちゅうのことなんだ。……ただ、それでも数日、長くとも一週間くらいでいつもはちゃんと帰って来てくれるんだけどもね。『世界冒険者組合ギルド』の助けも借りて捜索してるけど、流石と言うべきか彼は尻尾の先すら我々に掴ませてくれないんだ。……おかげさまで、こちらもほとほと困り果ててしまっているよ」

「……な、なるほど。そう、だったんですね……」

 世界オヴィーリス最強の一人、《SS》冒険者ランカー。『炎鬼神』の異名で世界中から畏れられ、敬われている人に。俺の夢で、俺の目標で、俺の憧れであるその人に。まさか、そんな放浪癖があるとは全く知らなかった。……まあそもそもの話、《SS》冒険者について『世界冒険者組合』から公開されている情報はごく僅かで、それも最低限のものしかないので、知らないのも無理はないのだが。

 しかし、今それは重要なことではない。今重要なのは、現在この街には、この『大翼の不死鳥フェニシオン』には俺の夢はいないということ。目標はいないということ。そして……憧れはいないということ。その事実と現実が、俺の頭の中に染み込み、溶け込んで。どうしようもなく、俺の意識を呆然とさせてしまう。

「野良猫並みに気紛れな気分屋だからな、ラグナの奴は。にしても、やっぱり目当ては最強冒険隊チームじゃなく、《SS》冒険者だったか……まあ薄々わかっていたが、こうはっきりとそれを認めざるを得ねえと、流石のジョニィさんも堪えるもんだな」

 俺が呆然としていると、横に立つジョニィさんがそう呟いて、その雰囲気を暗く重く変化させていた。俺はハッとし、慌てて弁明の言葉を繰り出す。

「すっ、すみませんっ!勿論ジョニィさんのことだって尊敬しています!……ただ、その……俺が一番最初に凄いって思えたのは……」

「ハハッ!別に構いやしねえよ。だって俺も凄えなって、敵わねえなって思っちまってんだからよ。そうさ、ラグナの奴は凄えんだ。アイツは『大翼の不死鳥』の誇りさ!」

 流石はジョニィさんというべきか。俺の言葉を聞き、彼は豪快に笑い飛ばしていた。そしてそこには、一切の偽りなどなく、それが本当の、心の底からの言葉なのだと思わせた。

「……という訳で、今君にラグナを会わせることはできない。彼がいつ『大翼の不死鳥』に帰って来るのかすらも、今やわからない。……それでも、君はこの組合の試験を受けてくれるのかい?」

「…………」

 俺の夢は、俺の目標は、俺の憧れは。《SS》冒険者、『炎鬼神』──ラグナ=アルティ=ブレイズさんだ。それは変わらないし、変わることもない。……けれど、だからといって。

「受けます。受けさせてください。だって俺は、その為に冒険者ランカーを選んだんですから」

 この選択を、拒否する理由にはなり得ないのだ。


















 俺は待つことにした。『大翼の不死鳥フェニシオン』が、『世界冒険者組合ギルド』の助けを借りてなお、見つけられないのだから。俺なんかが、見つけられる訳がない。だから、待つことにした。

「『大翼の不死鳥』の冒険者ランカーたちに告ぐ!今日、ここに今。新たな同胞一人、立った!」

 ほんの僅かでもいい。たったの一言二言でも構わない。だからせめて、それに見合うだけの実力を。それに叶う実績を。待っている間に、俺は身に付けることにしたのだ。

「名はライザー、ライザー=アシュヴァツグフ!『大翼の不死鳥』の新しき────《S》冒険者だ!」

 俺は待つ。俺の夢が、俺の目標が、そして俺の憧れが。いつか帰って来る、その日まで。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

女体化入浴剤

シソ
ファンタジー
康太は大学の帰りにドラッグストアに寄って、女体化入浴剤というものを見つけた。使ってみると最初は変化はなかったが…

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

処理中です...