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RESTART──先輩と後輩──
狂源追想(その一)
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「それじゃあ、そろそろ出発します」
陽もまだ昇って間もない、朝焼けの空の下で。振り返って、俺は別れの挨拶を告げた。
「この六年間……今まで本当にお世話になりました。この御恩は生涯決して忘れません」
と、今考えられる限りを全て詰め込んだ感謝の言葉を贈ると。長旅に発つ俺のことを見送ってくれるこの人は、良く言えば勇ましく、悪く言ってしまえば険しいその表情を。僅かばかりに、恐らく付き合いが長く親しい間柄の者にしかわからない程の微かさではあったが。嬉しそうに弛緩させ、緩ませてくれた。
「気にするな。私もこれ程までに成長を遂げ、そしてそんな素晴らしいものを間近で見ることができて、嬉しかった。お前は私の誇りだ」
「そんな滅相もない……俺の方こそ、貴方には感謝してもし足りてない。こんな程度の言葉では到底足りないんです。本当なら目に見える形で、最大限の感謝を贈りたかった……」
「ハッハッハ!いい、いい!私はその言葉だけで充分だ。充分に事足りているよ」
項垂れる俺に対して、この人は豪快に笑い飛ばしながらそう言葉をかけてくれる。それから数秒という大した間も挟まず、先程までの雰囲気から一変して、その人が神妙な面持ちとなった。
「……お前の師として、最後に伝えよう。いいか、お前には才能がある。それも凄い才能だ。成長した今のお前に比べれば、もはや私など遠く足元にも及ばない」
「……」
師匠からの言葉を、俺は黙って聞く。
「しかし、ゆめ忘れるな。その才能を使って、その才能を利用して私欲を満たしてはならん。決して自分の為に振るってはならんぞ。何故ならば、お前の凄まじい才能はそんなことを成す為の力ではないからだ。……いいな?」
聞きようによっては忠告と、も警告とも取れるその言葉に対して、俺は当たり前かのように頷き、言葉を返す。
「はい。俺の才能は、この力は世の為、人の為のものです。偉大な師から教わったことを、俺は決して、絶対に忘れません」
俺に返事に対し、我が偉大なる師──シュトゥルム=アシュヴァツグフさんは安堵と満足が混じり合った表情を浮かべ、大きく深く、一度だけ頷いた。
そして、シュトゥルムさんはスッと俺の後方を指差しながら、声高らかに言う。
「我が最後の愛弟子よ、今こそ旅立ちの刻だ!その目で見て、その足で歩け!この、広い世界を!そして、お前が幼い頃より見て抱き追い続けたその憧憬を、確かな現実にしてみせろッ!」
それは、この六年という、決して短くはない月日幾年の中で。初めて耳にする、ようやっと聞くことを許された門出の言葉。そしてそれは同時に、もうこの場所へ戻ることは許さないという、巣立ちの言葉。
それを聞き、俺は堪らず目頭を熱くさせてしまう。しかしシュトゥルムさんの言葉を無駄にしない為に、それを堪えて。そして俺は彼に背を向け、ゆっくりと。彼との別れを惜しみながら、一歩一歩を踏み締めながら。その場から歩き出し、進み行く。
そうして俺は────ライザー=アシュヴァツグフは、ここから遥か先にある街、オールティアへ。更に詳しく言うのならば、オールティアにその居を構える、世界四大陸が一つ────このファース大陸を代表する最高最強の冒険者組合。
『大翼の不死鳥』を目指した、長き旅路の始まりを迎えたのだ。
六年前、十四を迎えてすぐに俺は家名を捨てて、屋敷を飛び出した。まだ世間というものをろくに知らない子供の頃から、ずっと。ずっとずっと見てきた夢の為に。ずっとずっと抱き続けた目標の為に。ずっとずっと追いかけ続けた憧れの為に。
俺の家は『四大』と呼ばれる、この世界に数多く存在する貴族、大貴族など比較にもなり得ない、あの『世界冒険者組合』にすら強い発言力を有する四つの貴族。
エインへリア家、ニベルン家、オルヴァラ家、オトィウス家。
そして俺の家こそ『四大』が一家────オトィウス家。俺はその長男であり、オトィウス家の次期当主であった。
だが俺はそんな地位など欲しくはなかった。何故ならば、俺には夢があったからだ。目標があったからだ。憧れが、あったからだ。
まだ十にも満たない、齢一桁の子供の頃からの。ただただ純粋で、ひたすらに純粋な想いで────けれど、それら全てを否定された。くだらないと一蹴され、無価値であると切り捨てられた。
こんな家に生まれてしまった、こんな血筋を引いてしまった俺には許されなかった。そんな実に子供らしい夢を見ることを、目標を抱くことを、憧れを追いかけることを。決して、許されはしなかったのだ。
当然、俺は反対した。反論した。反発した。……だが、やはりというべきか。
俺は子供だった。子供の俺の、子供の言葉はまともに聞き入れられることなんてなく。終いには途中で遮られ、この一言を冷淡に告げられる。
「お前は『四大』オトィウス家次期当主だ。お前には決められた将来がある」
生まれながらにして、生まれる前から決められていた将来。こちらの都合など一切顧みない、意志や自由の尊重など欠片程もない、他人に用意された未来。
夢もなければ希望だってありやしない。そんなのは、ごめんだった。俺には俺としての将来が、未来があるはずなんだ。
だから、俺は家を飛び出した。オトィウス家次期当主の座を捨てた。オトィウスを投げ捨てた。
しかし、所詮十四の子供に過ぎない俺は知らなかった。この世界が如何に過酷であるかを。どれほど残酷であるのかを。
家を飛び出して、俺が命の危機に晒されるのはそう間もなかった。
唯一持ち出した一振りの剣の柄を、恐怖心から必死に握り締めて。無茶苦茶の滅茶苦茶に呼吸を荒れ乱れさせて。俺は数匹の内の一匹の魔物と睨み合う。
完全に囲まれていた。逃げ場を奪われていた。……俺が魔物たちに一斉に飛びかかれられるのも、もはや時間の問題だった。
数秒ともしない内に、自分が喉笛を噛み千切られ、この魔物たちに食われる最期が容易に想像できてしまう。だからこそ、先程から恐怖が心の奥底から込み上がって込み上がって、足の震えが止まらない。思うように頭が働かない。
そして、遂にその時がやってくる。一瞬魔物は低く唸ったかと思えば、俊敏な動作でその場から駆け出し、一気に俺に迫る。
──クソッ……こんなところで、俺は……!
堪らず、そう心の中で吐き捨てた、その瞬間。
ザンッ──不意に、唐突に。俺へ迫っていたその魔物の首が、斬り飛ばされた。
「え……っ?」
斬り飛ばされたその首が地面へ落下し、首を失った胴体が地面に倒れるのはほぼ同時のことで。あまりにも突然のことで困惑する他ないでいる俺の視界が、ようやっとその姿を捉える。
白髪の、初老に差しかかった男性だった。その男性は魔物の血に濡れた剣を軽く振るったかと思えば、羽織っている麻の外套の裾をはためかせながら、その場から一瞬にして姿を掻き消す。
そして気がつけば、二つの魔物の首が宙を飛んでいた。遅れて、その切断面から凄まじい勢いで血が噴き出し、その場に局所的な赤い雨を降らせる。
だが、男性が赤く濡れることはない。何故ならば、彼に降りかかる寸前で見えない何かに遮られていたからだ。その様はまるで、男性の全身が薄い膜に包まれているようだった。
まだ残っている魔物たちへ、男性は黙ったまま剣を向ける。仲間の血で真っ赤に濡れたその切先が、魔物たちを恐ろしく威圧する。
その膠着は数秒だけ続き、そして呆気なく崩れた。一匹が情けない呻き声を上げたかと思うと、途端に一斉に、魔物たちはその場から逃げ出した。
絶体絶命の状況から、一瞬にして、あっという間に救われた俺は。その場で立ち尽くし、固まることしかできなかった。お礼の言葉どころか、微かな呻き声一つすら出せないでいたのだ。
そんな俺に男性は振り向き、今の今まで閉ざしていたその口を開いた。
「大丈夫か、小僧」
男性の言葉に対して、俺はただ黙って、ぎこちなく首を縦に振らすので精一杯だった。
そしてこれが、俺の命の恩人にして冒険者としての全てを教えてくれた人生の師────シュトゥルム=アシュヴァツグフさんとの出会いだった。
「……あれから六年経ったのか。あんまり、実感はないな」
シュトゥルムさんとの出会いを思い出しながら、俺は森の中を進む。夜明けと日没の回数と、そして己の日数感覚を信じるのであれば、彼の元から発って約一ヶ月が過ぎていた。
冒険者になる為の経験を積む為、あえて徒歩で向かうことを選択した訳だが……正直、予想以上に長く、そして険しい旅路となった。
だがそれも、この手に持つ地図通りならば。あともう少しで終わりを迎える。この森を抜けた先に、その街は、その冒険者組合はある。
そう考えると、この旅路で酷使し続けた両足に否応にも力が入る。……そうだ。ようやく、ようやっとだ。
──遂に、会うことができる……!
と、その時────
「きゃああぁぁっ!!」
────という、甲高い女性の悲鳴が森を貫いた。
陽もまだ昇って間もない、朝焼けの空の下で。振り返って、俺は別れの挨拶を告げた。
「この六年間……今まで本当にお世話になりました。この御恩は生涯決して忘れません」
と、今考えられる限りを全て詰め込んだ感謝の言葉を贈ると。長旅に発つ俺のことを見送ってくれるこの人は、良く言えば勇ましく、悪く言ってしまえば険しいその表情を。僅かばかりに、恐らく付き合いが長く親しい間柄の者にしかわからない程の微かさではあったが。嬉しそうに弛緩させ、緩ませてくれた。
「気にするな。私もこれ程までに成長を遂げ、そしてそんな素晴らしいものを間近で見ることができて、嬉しかった。お前は私の誇りだ」
「そんな滅相もない……俺の方こそ、貴方には感謝してもし足りてない。こんな程度の言葉では到底足りないんです。本当なら目に見える形で、最大限の感謝を贈りたかった……」
「ハッハッハ!いい、いい!私はその言葉だけで充分だ。充分に事足りているよ」
項垂れる俺に対して、この人は豪快に笑い飛ばしながらそう言葉をかけてくれる。それから数秒という大した間も挟まず、先程までの雰囲気から一変して、その人が神妙な面持ちとなった。
「……お前の師として、最後に伝えよう。いいか、お前には才能がある。それも凄い才能だ。成長した今のお前に比べれば、もはや私など遠く足元にも及ばない」
「……」
師匠からの言葉を、俺は黙って聞く。
「しかし、ゆめ忘れるな。その才能を使って、その才能を利用して私欲を満たしてはならん。決して自分の為に振るってはならんぞ。何故ならば、お前の凄まじい才能はそんなことを成す為の力ではないからだ。……いいな?」
聞きようによっては忠告と、も警告とも取れるその言葉に対して、俺は当たり前かのように頷き、言葉を返す。
「はい。俺の才能は、この力は世の為、人の為のものです。偉大な師から教わったことを、俺は決して、絶対に忘れません」
俺に返事に対し、我が偉大なる師──シュトゥルム=アシュヴァツグフさんは安堵と満足が混じり合った表情を浮かべ、大きく深く、一度だけ頷いた。
そして、シュトゥルムさんはスッと俺の後方を指差しながら、声高らかに言う。
「我が最後の愛弟子よ、今こそ旅立ちの刻だ!その目で見て、その足で歩け!この、広い世界を!そして、お前が幼い頃より見て抱き追い続けたその憧憬を、確かな現実にしてみせろッ!」
それは、この六年という、決して短くはない月日幾年の中で。初めて耳にする、ようやっと聞くことを許された門出の言葉。そしてそれは同時に、もうこの場所へ戻ることは許さないという、巣立ちの言葉。
それを聞き、俺は堪らず目頭を熱くさせてしまう。しかしシュトゥルムさんの言葉を無駄にしない為に、それを堪えて。そして俺は彼に背を向け、ゆっくりと。彼との別れを惜しみながら、一歩一歩を踏み締めながら。その場から歩き出し、進み行く。
そうして俺は────ライザー=アシュヴァツグフは、ここから遥か先にある街、オールティアへ。更に詳しく言うのならば、オールティアにその居を構える、世界四大陸が一つ────このファース大陸を代表する最高最強の冒険者組合。
『大翼の不死鳥』を目指した、長き旅路の始まりを迎えたのだ。
六年前、十四を迎えてすぐに俺は家名を捨てて、屋敷を飛び出した。まだ世間というものをろくに知らない子供の頃から、ずっと。ずっとずっと見てきた夢の為に。ずっとずっと抱き続けた目標の為に。ずっとずっと追いかけ続けた憧れの為に。
俺の家は『四大』と呼ばれる、この世界に数多く存在する貴族、大貴族など比較にもなり得ない、あの『世界冒険者組合』にすら強い発言力を有する四つの貴族。
エインへリア家、ニベルン家、オルヴァラ家、オトィウス家。
そして俺の家こそ『四大』が一家────オトィウス家。俺はその長男であり、オトィウス家の次期当主であった。
だが俺はそんな地位など欲しくはなかった。何故ならば、俺には夢があったからだ。目標があったからだ。憧れが、あったからだ。
まだ十にも満たない、齢一桁の子供の頃からの。ただただ純粋で、ひたすらに純粋な想いで────けれど、それら全てを否定された。くだらないと一蹴され、無価値であると切り捨てられた。
こんな家に生まれてしまった、こんな血筋を引いてしまった俺には許されなかった。そんな実に子供らしい夢を見ることを、目標を抱くことを、憧れを追いかけることを。決して、許されはしなかったのだ。
当然、俺は反対した。反論した。反発した。……だが、やはりというべきか。
俺は子供だった。子供の俺の、子供の言葉はまともに聞き入れられることなんてなく。終いには途中で遮られ、この一言を冷淡に告げられる。
「お前は『四大』オトィウス家次期当主だ。お前には決められた将来がある」
生まれながらにして、生まれる前から決められていた将来。こちらの都合など一切顧みない、意志や自由の尊重など欠片程もない、他人に用意された未来。
夢もなければ希望だってありやしない。そんなのは、ごめんだった。俺には俺としての将来が、未来があるはずなんだ。
だから、俺は家を飛び出した。オトィウス家次期当主の座を捨てた。オトィウスを投げ捨てた。
しかし、所詮十四の子供に過ぎない俺は知らなかった。この世界が如何に過酷であるかを。どれほど残酷であるのかを。
家を飛び出して、俺が命の危機に晒されるのはそう間もなかった。
唯一持ち出した一振りの剣の柄を、恐怖心から必死に握り締めて。無茶苦茶の滅茶苦茶に呼吸を荒れ乱れさせて。俺は数匹の内の一匹の魔物と睨み合う。
完全に囲まれていた。逃げ場を奪われていた。……俺が魔物たちに一斉に飛びかかれられるのも、もはや時間の問題だった。
数秒ともしない内に、自分が喉笛を噛み千切られ、この魔物たちに食われる最期が容易に想像できてしまう。だからこそ、先程から恐怖が心の奥底から込み上がって込み上がって、足の震えが止まらない。思うように頭が働かない。
そして、遂にその時がやってくる。一瞬魔物は低く唸ったかと思えば、俊敏な動作でその場から駆け出し、一気に俺に迫る。
──クソッ……こんなところで、俺は……!
堪らず、そう心の中で吐き捨てた、その瞬間。
ザンッ──不意に、唐突に。俺へ迫っていたその魔物の首が、斬り飛ばされた。
「え……っ?」
斬り飛ばされたその首が地面へ落下し、首を失った胴体が地面に倒れるのはほぼ同時のことで。あまりにも突然のことで困惑する他ないでいる俺の視界が、ようやっとその姿を捉える。
白髪の、初老に差しかかった男性だった。その男性は魔物の血に濡れた剣を軽く振るったかと思えば、羽織っている麻の外套の裾をはためかせながら、その場から一瞬にして姿を掻き消す。
そして気がつけば、二つの魔物の首が宙を飛んでいた。遅れて、その切断面から凄まじい勢いで血が噴き出し、その場に局所的な赤い雨を降らせる。
だが、男性が赤く濡れることはない。何故ならば、彼に降りかかる寸前で見えない何かに遮られていたからだ。その様はまるで、男性の全身が薄い膜に包まれているようだった。
まだ残っている魔物たちへ、男性は黙ったまま剣を向ける。仲間の血で真っ赤に濡れたその切先が、魔物たちを恐ろしく威圧する。
その膠着は数秒だけ続き、そして呆気なく崩れた。一匹が情けない呻き声を上げたかと思うと、途端に一斉に、魔物たちはその場から逃げ出した。
絶体絶命の状況から、一瞬にして、あっという間に救われた俺は。その場で立ち尽くし、固まることしかできなかった。お礼の言葉どころか、微かな呻き声一つすら出せないでいたのだ。
そんな俺に男性は振り向き、今の今まで閉ざしていたその口を開いた。
「大丈夫か、小僧」
男性の言葉に対して、俺はただ黙って、ぎこちなく首を縦に振らすので精一杯だった。
そしてこれが、俺の命の恩人にして冒険者としての全てを教えてくれた人生の師────シュトゥルム=アシュヴァツグフさんとの出会いだった。
「……あれから六年経ったのか。あんまり、実感はないな」
シュトゥルムさんとの出会いを思い出しながら、俺は森の中を進む。夜明けと日没の回数と、そして己の日数感覚を信じるのであれば、彼の元から発って約一ヶ月が過ぎていた。
冒険者になる為の経験を積む為、あえて徒歩で向かうことを選択した訳だが……正直、予想以上に長く、そして険しい旅路となった。
だがそれも、この手に持つ地図通りならば。あともう少しで終わりを迎える。この森を抜けた先に、その街は、その冒険者組合はある。
そう考えると、この旅路で酷使し続けた両足に否応にも力が入る。……そうだ。ようやく、ようやっとだ。
──遂に、会うことができる……!
と、その時────
「きゃああぁぁっ!!」
────という、甲高い女性の悲鳴が森を貫いた。
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