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RESTART──先輩と後輩──

こんなことの為に(その四)

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 ──あと、十二。

 周囲をざっと見渡し、この部屋に残っている男の人数を確認して。僕は内心でそう呟いて、気怠さと鬱陶しさが入り混じった感情を注ぎ込んだ嘆息を、静かに吐き出す。

 今、僕の頭の中は先輩のことで一杯一杯だ。他のことなんて、到底考えられそうにない。

 早く先輩の元に行きたい。なのに、どうにもこうにもいかない。そんな理不尽極まる現実を前に、募る苛立ちは止まることを知らず、さらに加速していく。

 ──クソが……。

 口には出さず、心の中でとはいえ。その所為で、普段から出ないよう気をつけているガラの悪い、乱暴で汚い言葉を僕は使ってしまう。と、その時。

「やりやがったなてめえ!」

「調子に乗るんじゃあねえぞこのボンボンがぁあッ!」

 一応、彼らもそれなりの場数は踏んでいるらしい。ものの数秒で仲間三人をされたというのに、それでも勇敢に吠えながら新たに二人の男が拳を振り上げ、僕に襲い来る。

 ……けれど、今の僕にはその行為は非常に疎ましく、募る苛立ちを不愉快にも刺激し、助長させるものでしかなかった。

 右と左。僕を挟むようにして、拳は迫る。それをまるで他人事のように眺め、僕はその場から一歩退いた。

 そして流れるように、右の男へと接近し。続け様、その後頭部を無造作に掴む。この一連の行動を終えるのに、一秒もかからなかった。

「んなッ!?」

 僕が視界から消えたことを、今になって気づいた左の男が声を上げ。それとほぼ同時に、僕は掴んでいた男の顔を無理矢理前に押し出し、迫っていた左の男の拳へと。

 メキャ──掴んでいる右の男の顔に拳がめり込み、左の男の手首があらぬ方向とあらぬ角度に折れ曲がる。

「いぎゃあっ!?」

 左の男が悲痛な叫び声を上げ、無理に折り曲げたことで痛めた手首を残る片手で押さえて、その場から跳び退く。

 一方、己の意思とは無関係に顔面に拳をめり込ませた右の男は、声を上げることすら叶わない程に悶絶しているようだった。しかしそうなるのも必然、当然。何故ならそうなるように、普通に受けるよりもさらに痛むように、僕が顔面を押しつけたのだから。肝心の顔面が見えないのでそうとは断言できないが、恐らく顔の骨は歪み、鼻は砕け、歯も五、六個は抜けていることだろう。

 そんな惨状を軽く想像しながら、僕は掴んでいるその頭を無理矢理下げ。

 ゴチャッ──遠慮容赦なく、その顔面に膝を打ち込んだ。男の顔面と僕の膝が衝突すると同時に、さらに男の頭を下げさせて。

 ビクン、と。男の身体が一瞬痙攣したかと思うと、そのままピクリとも動かなくなった。そんな男の頭を、僕はパッと離す。

 重力に従って床に沈む男を背後に、未だ手首を押さえて痛がる男に僕は歩み寄る。

「ぐ、ッ……このクソや────

 ドス──呑気にもこちらのことを睨みつけ、恐らく罵りの言葉を叫ぼうとしたその男の鳩尾に。僕は鋭く貫手を突き込み、そしてさらにグッと深く、指先を抉り込ませた。

 ────ぁ゛ッ……ぅ゛ぇ゛……ッ」

 目玉が飛び出るのではないかと、思わず危惧してしまう程に。男は目を限界まで見開かせ、その口から舌を突き出し。そして、グルンと白目を剥いたかと思えば、そのまま意識を手放した。

 そのまま僕に向かって倒れ込んで来ようとするその男の身体を、僕は力任せに突き飛ばす。突き飛ばされた男の身体が、僕に迫っていた男にぶつかり、その足を止める。

「くっ、邪魔だ!」

 慌てて意識のない男を退かそうとする男を尻目に、僕はすぐ側のテーブルの上にあった灰皿を手に取り、そのまま背後を振り向きながら、勢いをつけて投げ飛ばす。

 パキャッ──音もなく、背後から忍び寄っていた別の男の額に。宙を滑るように飛んでいた灰皿が直撃し、芸術的なまでに砕け破片を飛び散らせ。それに続くようにして、額から一筋の血を流しながら男が崩れ落ちる。

「いい加減にしやがれこの小僧めがァッ!!」

 ようやっと男を退かしたらしいその男が、怒鳴りながら僕に襲い来る。しかし、その動作も何もかもが僕にとっては遅過ぎて、振り上げているその拳が届く距離にまで近づく頃には、その横面に振り返った勢い全てを乗せ切った、僕の回し蹴りが炸裂していた。

「がッ」

 男がそんな短い悲鳴を上げたが、果たしてそれは僕以外に聞き取れたのかは定かではない。何故ならば、僕の蹴撃を受けたその男は。

 バキャッッッ──ろくな抵抗も許されず、すぐ側にあったテーブルに叩きつけられ、割って砕いて。それだけに止まらず、床にまで到達し、そして突き破ったのだから。

 床に首から上だけを突き破らせて、男はピクピクと全身を力なく震わせることしかできない。そんな彼を見下ろして、僕は心の中で淡々と呟く。

 ──八。

「こんの、若造が……!」

「黙って見てりゃあライザー傭兵団、精鋭隊である俺たちの面目潰しやがって」

「ああ。調子に乗り過ぎだ。こうなったら……おいお前ら!得物だ得物出せ!本気で殺るぞ!!」

 一人の男はそう言うや否や、その腰に下げていた剣の柄を握り、そして鞘から抜いてみせる。他の男たちも同様に、各々の得物を抜く。

「今さら泣いて命乞いしようが絶対ぜってえ許さねぇ……ブチ殺してやるよおぉッ!」

「バラバラにしてやんぜ!!」

「血祭りだぜヒャッハァッ!!!」

 異様な程に士気を昂らせ、男たちは意気揚々に叫ぶ。そんな彼らのことを、僕は冷めた眼差しで眺めていた。

 ……そもそも、男たちは最初から間違えている。戦闘における、最も基本的で初歩的で、そして重要なことに対して、致命的な間違いを犯している。

 それは────この場所だ。こんなテーブルと椅子だらけの、戦闘に於いてただただ邪魔でしかない障害物だらけの場所を戦場にするなど、無理がある。その障害物を苦にもせず、むしろ戦闘に利用する訓練でも積んでいたのなら話はまた別だったが、こんな傭兵気取りの、兵士崩れのチンピラ共がそんな訓練を積んでいる訳もない。

 だから数の利を活かして、僕を取り囲むこともできない。取り囲んで一斉に飛びかかろうとしても、周囲のテーブルや椅子の所為で、精々二、三人でしか同時に僕に襲いかかれない。そして僕は二、三人程度だったら問題なく対処できる。

 現にさっきの男たちは僕との間合いを詰める際、テーブルや椅子が邪魔になってそれが数瞬遅れていたし、それが致命的な隙となってしまっていた。

 明らかに質が足りていない。明白に練度が足りていない。この程度が精鋭隊というのだから、呆れてしまう。

「うらァァァ!!」

「おらァァァ!!」

 得物たる、一般的に多く出回っている長剣ロングソードを振り上げ、無駄に威勢の良いかけ声と共に二人の男が僕の方に駆ける。その馬鹿正直で愚直なまでに真っ直ぐな突進に対し、僕は冷ややかな視線を注ぎつつ、一気に────二人の前へと

なぁにィ!?」

「血迷ったかッ!?」

 僕の行動に驚きつつも、咄嗟に二人は剣を振り下ろす────が。

 ガキン──二人の剣が交差し、それぞれの剣身は僕の身体を斬りつけることなく、あらぬ方向に逸れてしまった。

「んなっ、邪魔すんなこの野郎!」

「はぁ!?それはこっちの台詞だ馬鹿野郎!」

 互いが互いに妨害の原因が平等にあるというのに、その責を片方に一方的になすりつけようとする二人。だがしかし、それは少なくとも無傷健在の敵を目前にしてすべき行為ではない。

 だから、こうして。

「んぎっ」

「おごっ」

 両方僕に頭を掴まれ、互いの顳顬こめかみと顳顬を衝突させられてしまうのだ。

 その手から長剣を手放し、揃ってその二人は床に沈む。

 ──六。

 心の中でそう呟くと同時に、僕は正面を向いたまま足でテーブルを引き寄せる。すると僕の背後から狼狽の声が上がった。

「うおっととっ?」

 恐らく、背後から斬りかかろうとしたのだろう。僕は背後に迫るその気配に感づき、テーブルを使いその攻撃を阻止する。

「このクソ野郎めがああああああッッッ!」

 という、激昂の咆哮を上げながら。テーブルや椅子を跳ね除けながら男が突っ込んで来る。そして振り上げていた得物の長剣を、僕に向かって振り下ろす────その直前。

 僕は床に転がっていたまた別の男の首根っこを掴み持ち上げ、咄嗟に前へ突き出し、まるで盾の如く構えた。

 ザクッ──瞬間、振り下ろされた剣の刃は僕が構えた男の身体を滑り、直後バッと鮮血が噴き出し宙を赤く染める。

「ぎゃああああっ!いでええええっ!?」

「あ、やべ」

 肉盾にされた男の悲鳴に、仲間を斬ってしまったその男が呆然と呟き、剣を振り下ろしたままその場で立ち尽くしてしまう。

 そんな僅かな一瞬の隙も、僕にとっては格好の瞬間。掴んでいた男を乱雑に投げ捨て、一息で立ち尽くす男との間合いを詰め、そしてその首筋に手刀を叩き込む。

 直後、先程の男たちと同様にその男も床に倒れ込んだ。

 ──五。

 呟き、すぐさま僕は背後に手をやり、人差し指と親指で振り下ろされた剣の腹を摘み、その振り下ろしを止めた。

「いっ!?」

 僕が引き寄せたテーブルを退かし、僕との間合いを詰め、僕の背中へ剣を振るうのに。数秒もかかったその男が驚愕の声を上げる。そんな男を他所に、僕は剣身を摘んでいる指に力を込め、軽く捻った。

 パキンッ──妙に澄んだ音が響いて、剣身の少し半分が折れる。そして僕は折ったその剣身を、手首の力だけで後ろに投擲した。

「ぎゃあっ」

 そんな短い悲鳴の後に、テーブルと椅子を巻き込んで何かが倒れる音が部屋に響き渡る。視線だけ背後に向けて見てみれば、少し半分に折れた剣身が肩に突き刺さった男が倒れていた。

 ──四。

 視線を前に戻せば、四人の男たちは剣を構えていた。しかしその切先はどれも情けなく震えており、どころか全身すらもガタガタと揺らしていた。

「このバケモンが……!」

「こ、こんなの聞いてねえぞ!おい!?」

「これが《S》冒険者ランカーだってのか……?じ、実力が違い過ぎる……!」

「おま、お前ら!びビビってんじゃねえよ!ここで逃げたら、ライザーさんに殺されるぞっ!?や、やるしかねえッ!!」

 最初の強気な態度は、もはや完全に消え失せていた。彼ら四人はもう使い物にならない。全員が全員、恐怖に憑かれ、呑まれ、支配されてしまっている。

 そんな男たちに、僕は平然とこう告げた。

「別に僕はあなたたちを潰しにここへ訪れた訳じゃありません。最初にも言った通り、僕はただ先輩を迎えに来ただけなんですよ。……だから、先輩を返してくれませんか?」

 僕とて、これ以上無駄な労力をかけるのはごめんだ。だから彼らに対し、降参を持ちかけた。彼らだって、わざわざ痛い目には遭いたくないだろうし、その恐慌ぶりから簡単に僕の言葉に頷く────そう、思っていた。

「ふっざけんなド鬼畜野郎!言っただろ!?ここで逃げたら、ライザーさんに殺されるってなぁあッ!!」

 しかし、そんな僕の考えに反して、男たちが下した判断は抵抗の続行で。一人がそう叫び終えると同時に、全員が剣を振り上げ僕に立ち向かってくる。僕が散々利用した為にこの部屋にあったテーブルやら椅子やらは殆ど壊れてしまっていて、今では彼らでも容易に立ち回れるだろう。

 テーブルだった残骸と椅子の破片を蹴散らしながら、まるで纏わりつくその恐怖を誤魔化すように雄叫びを上げて、その手で得物である剣の柄を縋るかのように必死に握り締めながら、四人の男たちはこちらに駆けて来る。

 そんな彼らに対して、僕は堪らず眉を顰めた。

「クソが」
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