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RESTART──先輩と後輩──

二人が知らぬ間にも運命は

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 雪辱を果たす為、ラグナがスライムに再戦を挑み、その戦いをクラハが見守っている頃合いのこと。

 場所は変わり、オヴィーリス四大陸がその一つ────セトニ大陸。全大陸中最も人間の技術と文明が発達し、それに伴い近代化が進むこの大陸の代表国、中央国中央首都。

 その中央首都に構えられた『世界冒険者組合ギルド』本部、大円卓会議室にて。





「…………はあぁぁぁ……」





 冒険者組合『大翼の不死鳥フェニシオンGMギルドマスター────グィン=アルドナテは独り、用意された席に座って。今にでも崖から身投げでもしそうな、そんな絶望という絶望に染まり切った表情を浮かべ。そして、言葉では決して言い表すことのできない様々で色々としたものが詰め込まれた、ひたすらに重々しいため息を深々と吐いていた。

 恐らく、いやきっと。絶対に、これから先に待っているのだろう自分の未来を、この上なく憂いて。

 グィンがこの世全てに対して絶望を抱く最中、今は彼以外には誰一人として人間がいないこの部屋に、不意に一つの足音が響く。

 その足音が響く方向にグィンがぎこちない動きで顔を振り向かせると、彼の視線の先では────ゆっくりとした足取りで一人の女性がこちらへ歩いて来ていた。

 荒々しくもそれでいて美しい、まるで猛々しく気高い獣────そう、さながら獅子を彷彿とさせる、凶暴で危険ではあるが、故に惹かれる確かな魅力のある美貌を持つ女性だった。

 首筋が薄く隠れる程度にまで伸ばされた紫紺色の髪を揺らしながら、その女性はグィンの傍まで来る。そして開口一番に繰り出したのは──────



「何だい。しみったれてつまらない辛気臭いその面、今は中々に面白いことになってるじゃないか。いやいや、こいつは傑作だねえ」



 ────という言葉で。それを言い終えた女性は、口の端を禍々しく吊り上げさせ、本当に心の底から愉しそうな笑みを浮かべる。お世辞にも趣味が良いとは言えない笑みを浮かべた彼女に、グィンは多少を無理をしながらも対抗するように微笑んで、掠れた声で呻くように言葉を返す。

「……先のことを考えると、どうしてもね。それよりも久しぶりだね、アルヴァ。実に元気そうで、何よりだよ」

 グィンにそう言われて、女性────冒険者組合『輝牙の獅子クリアレオ』GM、アルヴァ=クロミアは依然その笑みを浮かべて言う。

「ああ。アンタがやらかせばアタシは愉快だからねえ。今回の件でGMを辞任させられることになればもっと、もっと愉快だ」

「ははは……全く、縁起でもないことを言わないでくれ」

 そう言って、力なく笑いを零すグィン。そんな彼の様子にアルヴァは浮かべていた笑みを消して、スッと細めた瞳で見つめる。その猛禽類が如き紫紺色の双眸の奥には、若干の淋しさが込められている────気がした。

「……たかが十数年会わない内に、あの『剛剣』もすっかり腑抜けになっちまったもんだ」

「…………」

 アルヴァの言葉に、グィンはすぐには何も答えない。少しの沈黙を挟んでから、彼女とは対照的に微笑みを浮かべたまま、その口を開いた。

「それで良いんだよ、アルヴァ。何せ、自分たちの時代はもう終わったんだから。それにもう私は……どうやったって戦えない身だしね」

 グィンの言葉に、アルヴァもまたすぐには答えなかった。心情を上手く読み取れない無表情のまま沈黙して、唐突に懐から一本の煙草と赤い小石を取り出した。

 煙草を咥え、その先端に赤い小石を近づける。すると一拍置いて小石が一瞬輝き、小さな炎が弾けて瞬いた。

 ボッ、と。音を立てて煙草の先端にその火が灯る。役目を終えた小石を再び懐へと仕舞い、アルヴァは煙草を咥えたまま深く息を吸い込む。そして実に美味しそうに、吸った分だけ息を吐き出した。

「アンタなんかの言葉に同感するなんざ嫌だねえ。本当に嫌だよ。……でもまあ、腑抜けはお互い様だ。今やこのアタシも小っぽけな魔石一つにでも頼らなきゃ、煙草一本に火を灯すことすらできやしない」

 実にしみじみとそう言いながら、紫煙をくゆらすアルヴァ。そんな彼女にグィンは浮かべていた微笑を僅かに困ったように変えて、無駄だと悟りつつも一応はという風に言葉をかける。

「アルヴァ。ここっていうか……本部内は禁煙なんだけど?」

「知ったこっちゃないね」

 グィンの親身な注意を一蹴して、アルヴァは彼の隣の席へと座る。それと、ほぼ同時のこと。



「おや。見覚えのある背中が二つ、並んでいるな」



 グィンでも、アルヴァのものでもない。新たな第三者の声がこの部屋に、静かに響き渡った。

 その声に釣られて、グィンとアルヴァが顔を向けると────彼らの視線の先に、その者は立っていた。

 短く切り揃えられた、燻んで鈍く輝く銀髪。髪によって右目は隠されているが、そうでない左目は金色で、まるで月明かりを彷彿とさせる輝きを放っていた。

 高身長とも言えるグィンよりもなお高いその背丈と、軽く微笑みかけただけで街中の女性という女性を虜にできるであろう、甘くも凛々しいその美貌。そしてその身を包む厚手のジャケット、その下にあるベスト、そしてスラックス。そのどれもが正真正銘の男物である。

 その所為で一見すると他の追随を欠片程も許さない、まさに絶世の美青年に思えるその者であったが────目を凝らし、注意して見れば。それは間違いであると知ることだろう。

 ベストにジャケットと、それでもなお完全には誤魔化し切れていない胸元の僅かな膨らみ。またスラックスが包み隠すその腰も男にしてはやや豊かに思え、こちらは背後からでなければわからないことではあるが、その臀部も張りがあって、肉付きも良い。

 これらが指し示す、その者の真実。それは──────その者は美青年などではなく、歴とした女性であるということだ。

 彼────否、彼女の姿を見やったアルヴァが、僅かに眉を顰めながらも言う。

「アンタ、良い歳にもなってまだそんな格好してるのかい……カゼン」

 アルヴァにそう言われて、彼女────冒険者組合『影顎の巨竜シウスドラ』GM、カゼン=ヴァルヴァリサは世の女性が黄色い歓声を上げてしまうような微笑みを浮かべて、その口を開かせる。

「これに関してはもう仕方ない。女物の服を着るにしても、今さらな話だ」

 カゼンの返事を聞いて、やれやれという風にアルヴァは肩を竦めさせた。そしてすっかり呆れた声音で彼女が言う。

「その様子だと、どうやらの方もちっとも変わってないようだね」

「ああ。ちなみに僕はまだ、君のことは諦めてないぞ?」

 そう言って、カゼンはアルヴァに笑いかける。が、当然彼女の反応は芳しいものではなく、その顔を嫌そうに僅かながら歪めていた。

アタシにその気はないって昔からずっと言ってるはずなんだけどねえ」

「まあそう言わずに。案外、悪くないものだぞ?騙されたと思って、一回くらい」

 カゼンの言葉に、もうやっていられるかと言わんばかりにアルヴァは顔を逸らして、うんざりした様子で紫煙を吐き出した。

 と、その時。不意に軽く、グィンが咳払いをした。それから彼はカゼンの方に顔を向けて、口を開く。

「やあ、カゼン。君も元気そうで何よりだよ」

 グィンの言葉に対して、カゼンはチラリと一瞥だけして。数秒の沈黙の後────彼女は何も言わず、アルヴァの隣へと座ったのだった。

 そのあんまりにもあんまりなカゼンの態度に、しかしグィンは苦笑いを浮かべつつも慣れたように呟く。

「……本当に、君たちは昔からずっと変わらないなあ」

 そしてグィンは腕時計を見やる。気がつけば、がすぐ迫っていた。










 あれから十数分。先程までグィンたち三人しかいなかった大円卓会議室内は────今や、十数人という大勢の者たちが集まっていた。

 その者たち全員が全員、GMギルドマスターである。そんな最中、未だ一つだけ。誰も座っていない空席があった。

 彼らGMは待っていた。その空席に座すべき人物を。その人物こそが、この場にいるGMたちを先導する者。この世界に現存する全ての冒険者組合ギルドを管理統括する、『世界冒険者』の長。

 そうして、まで後一分まで差し迫った頃────閉じられていた大円卓会議室の扉が、開かれた。

 開かれたその扉を抜け、この部屋に足を踏み入れさせたその者に、この部屋にいる全ての者たちが視線を向ける。その数々の視線に込められているのは、確かな敬意と畏怖。

 女性であった。それもまだ若い、二十歳前後の女性である。だがしかし、全身から放たれるその雰囲気は、とてもではないが若年のものではなかった。

 前を真っ直ぐ見据えるその双眸は褪せた灰色をしており、言い表すことのできない異様な眼光を携えている。そして何よりも目を引くのは────その外見に似つかわしい、一本に至る全てが染められている、老人が如き白髪であった。

 容姿と雰囲気がどうにも合致しないその女性は、軍服を踏襲したかのような意匠の服を着込んでおり。その上から袖に腕を通さず羽織っただけのコートの裾を揺らしながら、ゆっくりと歩く。この場にいるGMたちの視線を注がれながら、それを存分に浴びながら、空席へと向かう。

 そして、満を持して────遂に、空席が埋まった。椅子に腰かけた女性は、大円卓会議室を見渡し。女性────『世界冒険者組合』三代目GDMグランドマスター、オルテシア=ヴィムヘクシスはその口を静かに、開かせた。





「ではこれより、『炎鬼神』ラグナ=アルティ=ブレイズ弱体化とそれに伴ったオヴィーリス『五大厄災』への今後の対策に関する、『世界冒険者組合』緊急GM会議を始める」



















「……」

 僕は一体、どれくらいのスライムを倒したのだろう。何体倒しても、迫り来るスライムの大群。……彼らは、それ程までに恨んだのだろうか。憎いと思ったのだろうか。

「あの、先輩……その、大丈夫ですか……?」

 恐る恐る僕はそう訊ねる。この周囲一帯から無尽蔵に湧いて出てくるスライムの大群相手に、ほんの僅かな抵抗も一切許されず、そして一方的に蹂躙された先輩に。

「…………」

 先輩は、沈黙していた。感情の死んだ表情で、スライムの粘液に塗れたまま、気がつけば昇っていた太陽が傾き、薄い茜に染まりつつある空を見上げながら。

 数秒の間を置いて。ようやっと、先輩は閉ざしていたその口を開いた。

「……これが、大丈夫に見えんのか?」

「い、いいえ。……えっと、すみません」

 僕と先輩の間に静寂が流れる。その時、ヴィブロ平原に微風そよかぜが吹いて。それに頬を撫でられながら、僕は再度口を開いた。

「先輩。とりあえず今日はもう、街に戻りましょう」

 僕の提案に、先輩は何も言わず。ただ小さく頷いた。










 クラハとラグナはまだ知らない。知る由もない。今こうしている間にも、確実に、着実に己らの運命は廻り往くことを。
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