上 下
59 / 62

番外編【帰還後の婚約者たち】1話

しおりを挟む
 本編最終話直後からはじまるお話です。

 ◆◆◆◆


「もう知っているだろうが、俺とルティは婚約した!うらやましいだろうが嫉妬するなよ!」

「あの冷血団長が惚気てる!」

「うらやましくはありますが!よかったですね!」

「プランティエ伯爵閣下ー!おめでとうございます!どうかお幸せに!」

「はい!」

 これから先、特に国王陛下と王太子殿下が訪問される春の表彰式まで、きっとやるべき事が多くて大変でしょう。
 でも、私もドリィも一人ではありません。

「私たち、これからもミゼール領で幸せに暮らします!」



 ◆◆◆◆◆




 そして、私たちは辺境騎士団の皆様に囲まれました。
 笑顔のカルメ様、シェルシェ様と目が合います。

「ルルティーナちゃん、よかったね。団長閣下がなかなか煮え切らないからヤキモキしたよ」

「ですよね。バレバレなのに、いつまで腹を括らないのかって……ひっ!ごめんなさい!」

 圧を出すドリィに、シェルシェ様が謝罪します。シアンがすかさず前に出ました。

「シェルシェ様、謝ることなどございません。このヘタレ閣下にもっと言って差し上げて下さい!このヘタレと!」

「シアン!その呼び名はやめろって言っただろ!あと俺はもうヘタレじゃない!」

「いやあ、私ら的にはシアンちゃんの気持ちもわかるよ」

「そうですねえ」

 カルメ様に頷くのはビオラ先生。冷ややかな紫色の瞳でドリィを見つめます。

「団長閣下は、ルルティーナさんに想いを伝えていないというのに、囲い込んで自分以外とは婚約出来ない状態にされましたね。ルルティーナさんの師匠の一人として思うところがあります」

「うぐっ……!」

「だよねえ。結果的に放置していた私らが言うのもなんだけどさ。誠実さに欠けるよ。
 団長、私らの可愛いルルティーナちゃんを幸せに出来るのかい?」

「全くその通りですわ」

「何度か締めたが改めなかったな」

 馬車から出てきたお義母様まで加わります。お義父様も渋い顔です。
 場が不穏な空気になっていきます。
 ドリィがはっきり伝えなかったのには、理由があるのです。お義母様たちは知っているはずですが……。
 お義母様と目が合います。考えていることが、なんとなく通じます。

『それでも、親としてちょっと思うところがあるのよ』と。

 大切にして頂けて嬉しい。でもこのままでは、ドリィが可哀想です。たぶん、自業自得ではあるのですが……。
 例えば、【夏星の大宴】の時です。あの時の私はドリィにエスコートされ、ファーストダンスを踊りました。

 今から振り返ると、ドリィはかなり大胆に私を囲い込んでいました。

 我が国では、公的な夜会でエスコートするのは夫婦か婚約者です。どちらもいない場合は、家族か親族か家長の許可を得た知人が担います。
 ドリィはお義父様から許可を得ているので、これは問題ありません。

 問題はダンスです。ダンスの相手は交流の一環として自由ではありますが、ファーストダンスは別です。
 ファーストダンスは、原則として夫婦か婚約者と踊るのが決まりです。未婚で婚約者がいない場合は、家族または親族と踊るのが暗黙の了解となっています。
 そうでない場合は【私たち二人は婚約するのが決まっています】と、宣言したとみなされます。
 
 ですから、ドリィから『俺とファーストダンスを踊ってほしい』と言われて『私でいいのかしら?』と戸惑いました。
 最終的にドリィに『問題ない。俺と踊るのは嫌だろうか?』と言われたので頷いたのです。

『問題ないと仰っていたわ。私は知らないけれど、ファーストダンスを上司と部下が踊ることもあるのね』と、納得して。

 シアンとお義母様には呆れられました。特にお義母様は難色を示しましたが『ルルティーナが嫌ではないのなら……』と、最終的に許して頂けたのです。

 もちろん、私の想像したような『ファーストダンスを上司と部下が踊ることもある』慣例などどこにもありませんでした。
 ファーストダンスを踊り、夜会の開始から閉会までエスコートされた私。
 社交界は当然、『プランティエ伯爵はベルダール辺境伯と間もなく婚約する』と、認知したのでした。

 振り返ってみると、想いを伝え合っていない上に婚約の話すら出ていない状態で、かなり軽率だったとは思います。

 でも私はドリィに囲い込み……大切にされて嬉しかったもの!他の方とお近づきになる気もありませんし!
 だから私にもかなり責任があるのです!

「大丈夫です!私とドリィは協力しあって幸せになりますから!」

 宣言すると、「おおおおお!」「プランティエ伯爵……俺たちのポーション職人長かっこいい!」と、ミゼール城が揺れそうなほどの歓声が響きます。

「ルルティーナさんがそう言うなら……」

「何かあったら、いつでも私らに相談するんだよ」

「私たちも居ますからね」

 渋々納得するお二人と義両親。ひとまず不穏な空気は霧散しました。

「プランティエ職人長閣下万歳!最高!」

「アドリアン・ベルダール団長閣下とお幸せに!」

「団長うらやましい!ハゲろ!」

 代わりに、騎士様たちにもみくちゃにされます。熱気がすごい!

「おい!俺にハゲろと言った奴!前に出ろ!」

「まあまあ、落ち着いてください。それよりも無事のご帰還と婚約の前祝いですよ!」

「は?」

「え?前祝いですか?」

 私たちが正式に婚約するのは、早くて半年後です。婚約のお祝いも婚約式も、それからする予定なのですが……。

「はい!すでに準備は出来ていますよ!明日から三日三晩の大宴会です!」

「だ、大宴会?」

「おい。祝い事のたびに宴会をやるのはいつものことだが、三日三晩だと?お前らが騒ぎたいだけじゃないか?」

「そ、そんなことないですよー!お祝いの気持ち!好意です好意!」

「我々の、このあふれんばかりの祝う想い!大宴会でもなければ表せないですから!」

 ドリィは呆れ返った様子です。

「お前らなあ……。よくアイツが許したな」

「そんな暇がないと言っても、誰も聞きませんからね」

「ひっ!副団長!」

 どよんとした暗い声に、その場にいた騎士様方の背が伸びます。
 声の主は、灰色の長い髪赤茶色の瞳の騎士様。長身で眼光鋭く、討伐では炎をまとわせた長槍で活躍する武人……辺境騎士団副団長エドガール・オレール様です。

「君たち、はしゃぐのもほどほどにしなさい。挨拶が済んだのなら持ち場に戻るよう言いましたよね?」

「はい!すいませんでした!」

「失礼します!」

 逃げていく皆様を見送り、オレール様はドリィに書類を渡します。

「団長、こちらをご確認下さい。辺境騎士団およびミゼール城の、明日以降の日程および人員の配置をまとめたものです。これでなんとかなるかと……ヤケクソで調整しました」

「あ、ああ。オレール、いつも悪いな。助かっているよ」

「本気で悪いと思っているなら、もっと書類仕事をして下さい」

「うぐっ……すまん」

 ピシャリと言われて目を逸らすドリィ。
 言われて当然だと思っているのでしょう。言い訳はしません。
 それも当然なのでしょう。
 私は最近まで知らなかったのですが、オレール様は文官たちと共に、辺境騎士団が滞りなく活動できるようにして下さっているのです。
 書類仕事をサボりがちなドリィたち騎士を叱り飛ばしつつ。
 すごく、大変だと思います……。

 ドリィはゆっくり読んだ後で「問題無い」と、頷きました。

「それはそうと、お前はしばらく休んだ方がいい。酷い隈だ。宴会が終わったら休暇を……」

 赤茶色の眼光が鋭くなります。

「は?休めると思います?貴方がいない間に溜まった、貴方の決裁待ちの書類が大量にあるんですが?大宴会の皺寄せの調整もしなければなりませんし?」

「……すまん。早めに片付けるから、片付いたらゆっくり休んでくれ……」

 オレール様は片眉を上げ、何故か私を見ました。

「では、プランティエ職人長に誓って下さい」

「え?私に?」

 オレール様の目がにんまりと弧を描きます。

「はい。サボり魔の団長閣下も、愛しき婚約者様に誓えば破れないでしょう」

「オレール!卑怯だぞ!」

「お黙りなさい。貴方がサボるからです」

「往生際が悪いですよ。サボり魔閣下」

「シアンまで!る、ルティ!ルティは俺を信じてくれるよな?誓わずともサボったりはしな……」

 私はドリィに微笑みかけました。

「駄目です。オレール様が安心するためにも誓いなさい」

「……はい」

 しょんぼりするドリィ。とても可愛らしいので、定期的に誓わせようかしら?

 とりあえず、オレール様やカルメ様たちとは別れて居住区域に向かいます。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

公爵令嬢の立場を捨てたお姫様

羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ 舞踏会 お茶会 正妃になるための勉強 …何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる! 王子なんか知りませんわ! 田舎でのんびり暮らします!

ハチ切れ令嬢は、笑みを浮かべながら復讐する。

晴海りく
恋愛
「痩せないと婚約破棄だ!」 と言われてしまったアイナ。 どっどうしよう…私は、どうしたい? 決めた!!やっぱり……ねぇ…?

【完結】呪言《ことほぎ》あなたがそうおっしゃったから。

友坂 悠
恋愛
「君はまだ幼い、私は君を大事にしたいのだ」  あなたがそうおっしゃったから。  わたくしは今までお飾りの妻でがまんしてきたのに。  あなたがそうおっしゃったから。  好きでもない商会のお仕事を頑張ってこなしてきたのに。  全部全部、嘘だったというの?  そしたらわたくしはこれからどうすればいいっていうの?  子供の頃から将来の伴侶として約束された二人。  貴族らしく、外あたりが良く温厚に見えるように育ったラインハルト。  貞淑な令嬢、夫を支えるべき存在になるようにと育てられたアリーシア。  二人は両家に祝福され結婚したはず、だった。  しかし。  結婚したのはラインハルトが18になった歳、アリーシアはまだ14歳だった。  だから、彼のその言葉を疑いもせず信じたアリーシア。  それがまさか、三年後にこんなことになるなんて。  三年間白い結婚を継続した夫婦は子を残す意思が無いものと認められ、政略的な両家のしがらみや契約を破棄し離縁できる。  それがこの国の貴族の婚姻の決まりだった。  元は親同士の契約に逆らって離縁しやり直すための決まり事。  もちろん、そんな肉体的繋がりなど無くても婚姻を継続する夫婦は存在する。  いや、貴族であれば政略結婚が当たり前、愛はなくても結婚生活は続いていく。  貴族の結婚なんて所詮そんなもの。  家同士のつながりさえあれば問題ないのであれば、そこに愛なんてものがなくってもしょうがないのかも、知れない。  けれど。  まさかそんなラインハルトから離婚を言い出されるとは思ってもいなかったアリーシア。  自分は傾いた家を立て直すまでのかりそめの妻だったのか。  家業が上手くいくようになったらもう用無しなのか。  だまされていたのかと傷心のまま実家に戻る彼女を待っていたのは、まさかのラインハルトと妹マリアーナの婚約披露。  悲しみのまま心が虚になったまま領地に逃げ引き篭もるアリーシアだったが……  夫と妹に、いや、家族全てから裏切られたお飾り妻のアリーシア。  彼女が心の平穏を取り戻し幸せになるまでの物語。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々

神田柊子
恋愛
【2024/3/10:完結しました】 「双子の聖女」だと思われてきた姉妹だけれど、十二歳のときの聖女認定会で妹だけが聖女だとわかり、姉のステラは家の中で居場所を失う。 たくさんの人が気にかけてくれた結果、隣国に嫁いだ伯母の養子になり……。 ヒロインが出て行ったあとの生家や祖国は危機に見舞われないし、ヒロインも聖女の力に目覚めない話。 ----- 西洋風異世界。転移・転生なし。 三人称。視点は予告なく変わります。 ヒロイン以外の視点も多いです。 ----- ※R15は念のためです。 ※小説家になろう様にも掲載中。 【2024/3/6:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】

公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます

柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。 社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。 ※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。 ※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意! ※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。

【完結】この地獄のような楽園に祝福を

おもち。
恋愛
いらないわたしは、決して物語に出てくるようなお姫様にはなれない。 だって知っているから。わたしは生まれるべき存在ではなかったのだと…… 「必ず迎えに来るよ」 そんなわたしに、唯一親切にしてくれた彼が紡いだ……たった一つの幸せな嘘。 でもその幸せな夢さえあれば、どんな辛い事にも耐えられると思ってた。 ねぇ、フィル……わたし貴方に会いたい。 フィル、貴方と共に生きたいの。 ※子どもに手を上げる大人が出てきます。読まれる際はご注意下さい、無理な方はブラウザバックでお願いします。 ※この作品は作者独自の設定が出てきますので何卒ご了承ください。 ※本編+おまけ数話。

処理中です...