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番外編【毒針のシアンは迷わない】1話
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お久しぶりです。今日からしばらくの間、番外編を更新します。
この話はルルティーナの専属侍女シアンの話です。時系列は43話の前日に当たります。3話か4話で完結する予定でしたが、さらに伸びそうです。
◆◆◆◆◆
ルルティーナの専属侍女、シアンは何事においても迷わない。
即断即決の有能侍女である。
例えば、ルルティーナの衣装を決める時もそうだ。
「シアン、どちらの髪飾りがいいかしら?」
下らない野暮用を済ませて部屋に戻ったシアンに、心底困った様子のルルティーナがたずねる。シアンの後輩であるニトとリルも困り顔だ。
(なんて愛くるしい表情!ニトとリルもなかなか……。いえ、今は堪能している場合ではありませんね)
明日、ルルティーナはアドリアンと共に王族とのお茶会に出席する。しかも国王陛下、王妃陛下、王太子殿下というそうそうたる顔ぶれとだ。
そのためルルティーナとシアンたちは、朝からドレスや小物を総動員して衣装合わせをしていた。今はもう夕方だ。
ドレスをはじめとする殆どが決まったが、髪飾りだけが決まらなかった。シアンが野暮用を片付けている間に、やっと二つに絞れたらしい。
「かしこまりました。拝見いたします」
お洒落に悩むルルティーナを微笑ましく思いながら、シアンは髪飾りを手に取った。
片方は薄紅のリボンに青い宝石をつけた髪飾り。もう片方は薄紅色と青色に塗られた木彫りの髪飾りだ。
どちらも派手すぎず地味すぎず。ルルティーナの銀髪と、濃い桃色の生地に白いフリルとレースを重ねたドレスによく合う。
(それにどちらも薄紅と青。ルルティーナ様とアドリアン様の瞳の色が上手く調和しています)
甲乙つけ難い。これは難題だ。だが、シアンは迷わない。
「木彫りの髪飾りがよろしいかと思います。透かし彫りの軽やかさが、華やかな装いをより引き立てるでしょう」
「着けてみせて」
「かしこまりました。……いかがでしょうか?」
ルルティーナの髪をハーフアップにまとめ、髪飾りをつける。とても華やかな仕上がりになった。
日の光の中では、もっと華やぐだろう。
「素敵!これにするわ!シアン、ありがとう」
眩しい笑顔に、こちらがお礼を言いたくなった。
シアンはルルティーナが大好きで大切だ。第一に忠誠を捧ぐのはアドリアンと王家だが、その次はルルティーナだ。
そして、この世で最も尊い存在はルルティーナだと思っている。
そのルルティーナが幸せそうで嬉しい。
ずっと蔑まれ虐げられてきたルルティーナが、お洒落に悩んだり楽しんだり出来るようになって。
(心身共にお健やかになられて、本当に良かった)
折れそうなほど痩せていた身体は、この数ヶ月でまろやかな肉がついた。背もぐんと伸びている。
灰色にくすんでいた銀髪は、薄紅の輝きに艶めいている。
何より、生き生きとした表情をするようになった。
ルルティーナを助け出せれてよかったと、心底そう思う。
ただ。
(もっと早くお助けするべきでした。
九年前のあの日か、二年前のあの日のうちに……)
シアンは後悔と共に、二つの出来事を思い出す。シアンが珍しく迷い、後悔した出来事を。
まずは、九年前の【蕾のお茶会】での出来事だ。
その頃、シアンは今と全く違う姿だった。
二十歳ぐらいの女性の姿でグリシーヌと名乗り、アドリアンの専属侍女として付きそっていた。
◆◆◆◆◆
王城の庭園。蕾のお茶会の会場は、春の花よりも華やかなに着飾った貴族の子女と付き添いたちで賑わっていた。
付き添いの一人であるグリシーヌは、主に気づかれないよう溜め息を吐いた。
(王侯貴族の坊ちゃんにしては、しっかりした方だと思っていましたが……やはりまだ十四歳。子供ですね)
主、アドリアンは己の本当の出自……産まれてすぐ隠された第二王子であることと、それゆえに近衛騎士になるという夢が叶わないと知ってしまった。
知ってからのアドリアンは酷かった。育ての親に怒りをぶつけて反抗し、蕾のお茶会への参加から逃げようとした。
グリシーヌは、アドリアンを取り押さえた時のことを思い出す。
◆◆◆◆◆
【蕾のお茶会】から五日ほど前のことだ。
アドリアンはブルーエ男爵家の離れに軟禁されていた。
王都に出発する前日。そこから逃げようとしたのだが、監視していたグリシーヌに取り押さえられてしまう。
縄で拘束し、念のため魔封じの首輪をつけた。
『グリシーヌ!これを離せ!俺はここから出るんだ!』
『なりません。両陛下と第一王子殿下より、必ず連れてくるよう言付かっております』
『父上ではなく両陛下……グリシーヌ!お前も俺を騙していたのか!なんで言ってくれなかったんだ!俺の味方だと信じていたのに!』
甘えたことを言う。グリシーヌは少し腹が立ったので、この際だと己の考えを述べた。
『人聞きの悪い。私は、王命に従い黙っていただけです』
『王命?どういうことだ?』
『そもそも私は【影】。アドリアン様の護衛と観察を任されているだけの存在です』
そう。グリシーヌの正体は【影】の一人だ。【影】は、国王を頂点とする王家のための諜報機関。また、諜報だけでなく護衛や暗殺などの汚れ仕事も熟す。
グリシーヌは卓越した能力がある有能な【影】。複数の魔道具を与えられて任務に当たっていた。
魔道具によって姿を自在に変え、ある時は侍女、ある時は騎士見習いの少年としてアドリアンを守ってきたのだ。
アドリアンは衝撃の事実に怒鳴り出した。
『護衛なんかいらない!余計なことをするな!俺を自由にしろ!』
『周りの迷惑も考えられない子供の駄々ですね。そんな命令など聞けません』
『なっ!?』
今まで専属侍女として当たり障りなく接してきたグリシーヌに口答えされたのが衝撃なのか、アドリアンは絶句した。
(所詮は成人もしていない子供か)
グリシーヌはがっかりした。今までのアドリアンは、騎士になるため努力し、周囲を大切にしていた。
まだまだ未熟だが先が楽しみだと思っていたのに。
(出生に秘密があることも、それゆえ夢が叶わないことも、好きに生きれないことも珍しくはないというのに。私のように)
グリシーヌは生みの親を知らない。どのような生まれかすら知らないまま【影】候補として育てられた。
とはいえ、虐待されるようなことはなかった。育ての親も、出来る限り慈しんでくれていた事も理解している。
とはいえ、他の【影】候補たちに対するものと同じ淡いものだったが。
(私と違い貴方は、生みの親からも育ての親からも家族として愛されて、幸福を望まれているというのに)
アドリアンは敵が多い。出生の秘密ゆえではない。才能豊かで見目がいいため、邪な思いや嫉妬を抱かれやすいのだ。
グリシーヌをはじめとする周囲が守っていなければ、とうの昔に手籠にされるか死んでいただろう。
しかも、本人はそれに気づいていない。周りが守っているゆえだが、呑気なものである。
(羨ましくて腹が立つ。いっそ、仕えるのをやめたい)
だが、【血の誓い】と裏切り防止の魔道具がある限り、主を変えることは出来ない。
グリシーヌは目を逸らし、己の心を落ち着かせた。
(……アドリアン様のお気持ちもわかります。他人がどうであれ、我が身に降りかかった理不尽を怒るのは、当たり前のことです。それを未熟と断じるのは傲慢というもの。
私こそ未熟者ですね)
自戒するが、苛立ちは燻ったままだ。
こうしてグリシーヌとアドリアンは、ギスギスした空気のまま王都に出発し、【蕾のお茶会】に参加したのだった。
自分とアドリアンが、【蕾のお茶会】で運命の出会いを果たすとは知らぬまま。
この話はルルティーナの専属侍女シアンの話です。時系列は43話の前日に当たります。3話か4話で完結する予定でしたが、さらに伸びそうです。
◆◆◆◆◆
ルルティーナの専属侍女、シアンは何事においても迷わない。
即断即決の有能侍女である。
例えば、ルルティーナの衣装を決める時もそうだ。
「シアン、どちらの髪飾りがいいかしら?」
下らない野暮用を済ませて部屋に戻ったシアンに、心底困った様子のルルティーナがたずねる。シアンの後輩であるニトとリルも困り顔だ。
(なんて愛くるしい表情!ニトとリルもなかなか……。いえ、今は堪能している場合ではありませんね)
明日、ルルティーナはアドリアンと共に王族とのお茶会に出席する。しかも国王陛下、王妃陛下、王太子殿下というそうそうたる顔ぶれとだ。
そのためルルティーナとシアンたちは、朝からドレスや小物を総動員して衣装合わせをしていた。今はもう夕方だ。
ドレスをはじめとする殆どが決まったが、髪飾りだけが決まらなかった。シアンが野暮用を片付けている間に、やっと二つに絞れたらしい。
「かしこまりました。拝見いたします」
お洒落に悩むルルティーナを微笑ましく思いながら、シアンは髪飾りを手に取った。
片方は薄紅のリボンに青い宝石をつけた髪飾り。もう片方は薄紅色と青色に塗られた木彫りの髪飾りだ。
どちらも派手すぎず地味すぎず。ルルティーナの銀髪と、濃い桃色の生地に白いフリルとレースを重ねたドレスによく合う。
(それにどちらも薄紅と青。ルルティーナ様とアドリアン様の瞳の色が上手く調和しています)
甲乙つけ難い。これは難題だ。だが、シアンは迷わない。
「木彫りの髪飾りがよろしいかと思います。透かし彫りの軽やかさが、華やかな装いをより引き立てるでしょう」
「着けてみせて」
「かしこまりました。……いかがでしょうか?」
ルルティーナの髪をハーフアップにまとめ、髪飾りをつける。とても華やかな仕上がりになった。
日の光の中では、もっと華やぐだろう。
「素敵!これにするわ!シアン、ありがとう」
眩しい笑顔に、こちらがお礼を言いたくなった。
シアンはルルティーナが大好きで大切だ。第一に忠誠を捧ぐのはアドリアンと王家だが、その次はルルティーナだ。
そして、この世で最も尊い存在はルルティーナだと思っている。
そのルルティーナが幸せそうで嬉しい。
ずっと蔑まれ虐げられてきたルルティーナが、お洒落に悩んだり楽しんだり出来るようになって。
(心身共にお健やかになられて、本当に良かった)
折れそうなほど痩せていた身体は、この数ヶ月でまろやかな肉がついた。背もぐんと伸びている。
灰色にくすんでいた銀髪は、薄紅の輝きに艶めいている。
何より、生き生きとした表情をするようになった。
ルルティーナを助け出せれてよかったと、心底そう思う。
ただ。
(もっと早くお助けするべきでした。
九年前のあの日か、二年前のあの日のうちに……)
シアンは後悔と共に、二つの出来事を思い出す。シアンが珍しく迷い、後悔した出来事を。
まずは、九年前の【蕾のお茶会】での出来事だ。
その頃、シアンは今と全く違う姿だった。
二十歳ぐらいの女性の姿でグリシーヌと名乗り、アドリアンの専属侍女として付きそっていた。
◆◆◆◆◆
王城の庭園。蕾のお茶会の会場は、春の花よりも華やかなに着飾った貴族の子女と付き添いたちで賑わっていた。
付き添いの一人であるグリシーヌは、主に気づかれないよう溜め息を吐いた。
(王侯貴族の坊ちゃんにしては、しっかりした方だと思っていましたが……やはりまだ十四歳。子供ですね)
主、アドリアンは己の本当の出自……産まれてすぐ隠された第二王子であることと、それゆえに近衛騎士になるという夢が叶わないと知ってしまった。
知ってからのアドリアンは酷かった。育ての親に怒りをぶつけて反抗し、蕾のお茶会への参加から逃げようとした。
グリシーヌは、アドリアンを取り押さえた時のことを思い出す。
◆◆◆◆◆
【蕾のお茶会】から五日ほど前のことだ。
アドリアンはブルーエ男爵家の離れに軟禁されていた。
王都に出発する前日。そこから逃げようとしたのだが、監視していたグリシーヌに取り押さえられてしまう。
縄で拘束し、念のため魔封じの首輪をつけた。
『グリシーヌ!これを離せ!俺はここから出るんだ!』
『なりません。両陛下と第一王子殿下より、必ず連れてくるよう言付かっております』
『父上ではなく両陛下……グリシーヌ!お前も俺を騙していたのか!なんで言ってくれなかったんだ!俺の味方だと信じていたのに!』
甘えたことを言う。グリシーヌは少し腹が立ったので、この際だと己の考えを述べた。
『人聞きの悪い。私は、王命に従い黙っていただけです』
『王命?どういうことだ?』
『そもそも私は【影】。アドリアン様の護衛と観察を任されているだけの存在です』
そう。グリシーヌの正体は【影】の一人だ。【影】は、国王を頂点とする王家のための諜報機関。また、諜報だけでなく護衛や暗殺などの汚れ仕事も熟す。
グリシーヌは卓越した能力がある有能な【影】。複数の魔道具を与えられて任務に当たっていた。
魔道具によって姿を自在に変え、ある時は侍女、ある時は騎士見習いの少年としてアドリアンを守ってきたのだ。
アドリアンは衝撃の事実に怒鳴り出した。
『護衛なんかいらない!余計なことをするな!俺を自由にしろ!』
『周りの迷惑も考えられない子供の駄々ですね。そんな命令など聞けません』
『なっ!?』
今まで専属侍女として当たり障りなく接してきたグリシーヌに口答えされたのが衝撃なのか、アドリアンは絶句した。
(所詮は成人もしていない子供か)
グリシーヌはがっかりした。今までのアドリアンは、騎士になるため努力し、周囲を大切にしていた。
まだまだ未熟だが先が楽しみだと思っていたのに。
(出生に秘密があることも、それゆえ夢が叶わないことも、好きに生きれないことも珍しくはないというのに。私のように)
グリシーヌは生みの親を知らない。どのような生まれかすら知らないまま【影】候補として育てられた。
とはいえ、虐待されるようなことはなかった。育ての親も、出来る限り慈しんでくれていた事も理解している。
とはいえ、他の【影】候補たちに対するものと同じ淡いものだったが。
(私と違い貴方は、生みの親からも育ての親からも家族として愛されて、幸福を望まれているというのに)
アドリアンは敵が多い。出生の秘密ゆえではない。才能豊かで見目がいいため、邪な思いや嫉妬を抱かれやすいのだ。
グリシーヌをはじめとする周囲が守っていなければ、とうの昔に手籠にされるか死んでいただろう。
しかも、本人はそれに気づいていない。周りが守っているゆえだが、呑気なものである。
(羨ましくて腹が立つ。いっそ、仕えるのをやめたい)
だが、【血の誓い】と裏切り防止の魔道具がある限り、主を変えることは出来ない。
グリシーヌは目を逸らし、己の心を落ち着かせた。
(……アドリアン様のお気持ちもわかります。他人がどうであれ、我が身に降りかかった理不尽を怒るのは、当たり前のことです。それを未熟と断じるのは傲慢というもの。
私こそ未熟者ですね)
自戒するが、苛立ちは燻ったままだ。
こうしてグリシーヌとアドリアンは、ギスギスした空気のまま王都に出発し、【蕾のお茶会】に参加したのだった。
自分とアドリアンが、【蕾のお茶会】で運命の出会いを果たすとは知らぬまま。
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