【第1部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活【第2部連載開始】

花房いちご

文字の大きさ
上 下
41 / 94
第1部

40話 赤薔薇の破滅 四輪目 前編(ララベーラ視点)

しおりを挟む
 時は少し遡る。
 ルルティーナが宮廷舞踏会を満喫している頃、アンブローズ侯爵家では。

 ◆◆◆◆◆

 ララベーラが気がつくと、アンブローズ侯爵家の自室のベッドの上だった。
 身を起こし、周りと我が身を見る。どうやら、ドレス姿のまま寝かされていたらしい。

(ドレス……。そうよ。私は【夏星の大宴】に出てたはず……っ!)

「痛い!」

 頬が痛い。触れると腫れていて熱っぽかった。生まれて初めての強い痛みに涙が出る。

「痛い痛い!なによこれ!やだぁ!《治癒魔法ヒール》!」

 ララベーラは慌てて治癒魔法で治した。痛みが引いてホッとしたところで、魔力量を慎重に調節する。
 癒してやっている下僕たちのように、加減を間違えないように。
 間違えると、魔力酔いで倒れたり、肌が盛り上がったり、皮がボロボロ剥がれたりなど、悲惨なことになるのだ。

(美しくもない下僕たちはともかく、私の美貌が損なわれたら国の損失よ……治ったようね)

 肌を撫でてホッとする。念のため姿見か手鏡で確認しようとして、部屋の外の喧騒に気づいた。

「……!貴様の……!クソ……!」

「!……じゃない!……アンタが……!」

 レリックとリリアーヌ。ララベーラの両親の怒鳴り声だ。

(はあ……お父様とお母様、またなの?うるさいわねえ。下僕どもは何をやってるの。さっさと止めなさいよ)

 鬱陶しい。最近の両親は変だ。常に仲違いしていてうるさい。

(何が原因で……ああ、特級ポーションが用意できないとかなんとか……ポーション……そうよルルティーナが!)

 そこまで考えたララベーラは、これまでのことを一気に思い出した。



 ◆◆◆◆◆



【夏星の大宴】を追い出されたララベーラたちは、アンブローズ侯爵家の馬車に乗せられて帰された。
 もちろん騎士の監視のもとだ。逆らうことはできなかった。
 その近衛騎士たちも、屋敷の中には入らない。
 移動中は私語を禁じられていたララベーラは、堰を切ったように話し始めた。

「どうしてあんな地味な女がリアン殿下の婚約者に?それにあの魔力無しのルルティーナが伯爵ですって?おまけに私たちが謹慎だなんて……こ、こんなの何もかも間違いよ!ねえそうですよね?お父様、お母様……聞いていらっしゃいますか?ねえ!……え?」

 濁った二対の赤い瞳と目が合う。
 不気味さにララベーラが身を引いた瞬間、ララベーラの頬に痛みが炸裂した。

「お父さ……ぐぎゃ!」

「ララベーラ!この恥知らずの役立たずが!」

 身体が床に崩れる。ララベーラは当惑と痛みになす術もない。

「旦那様!落ち着いてください!」

「誰かお止めしろ!ぐああっ!」

「離せ!この下民どもが!」

 使用人たちはレリックを抑えようとしたが、あっさりと吹き飛ばされる。
 レリックは憎悪を込めた目でララベーラを睨む。

「ひっ!な、なに?なんなの……?」

 助けを求めようとリリアーヌを見る。が、二十は老けたように見える母は、何か呟きながら立ち尽くすだけだ。

「あぁ……どうしてこんなことに……もう終わりだわ……私のせいじゃない……私のせいじゃ……」

「黙れええ!リリアーヌ!何もかも貴様せいだ!こんなクズを産みおって!貴様の腹が賤しいからだ!」

「ぎゃっ!い、いたっ……!いや!離して!ララベーラが恥知らずになったのは!私のせいじゃない!アンタの種が悪かったのよ!この無能!」

「何だと貴様ああ!」

(お父様が私を殴った?ルルティーナにするように?恥知らず?役立たず?クズ?私が?)

「アンタが!ララベーラの代わりにルルティーナを辺境にやらなければ!こうならなかったのに!」

「うるさい!貴様も賛成しただろうが!」

(この私がルルティーナ……魔力無しのクズ以下?)

「こんなの嘘……嘘よ……」

 両親の怒鳴り声を聞きながら、ララベーラは意識を失ったのだった。



 ◆◆◆◆◆


 全てを思い出したララベーラは混乱した。

「ど、どうしてこんな目に……わ、私はリアン殿下の婚約者よ?どうして……」

「まだそんな事を言っているのか」

「だ、誰っ!?……あ、貴方……ガスパル様?」

 声がした方を見ると、ソファに男が座っていた。
 輝く金髪に血のような赤い瞳。ルビィローズ公爵令孫ガスパル・ルビィローズだ。
 ガスパルの眼差しは冷ややかだったが、穏やかな笑みで塗り替えられた。

「驚かせてすまなかった。訪問したら君が失神して倒れていたので、ここまで運んだんだ。心配したよ。傷と気分は大丈夫かな?」

「え、ええ。もう大丈夫です」

 本音では「最悪に決まっているでしょう!」と、叫びたいところだったが頷いた。
 ルビィローズ公爵家はアンブローズ侯爵家の寄親だ。その嫡孫であるガスパルに対しては、流石のララベーラも丁寧だった。
 欲望を垂れ流し感情のまま話していた【夏星の大宴】の時とは違って。

(待って。あの時の私は何故あんなことを?ベラベラと言わなくていい事までまくし立てて……いえ、【夏星の大宴】の時だけじゃない。最近おかしいわ)

 引っかかったが、それよりも確認したいことがある。
 ガスパルがアンブローズ侯爵家に訪問した理由と、ララベーラを運んだ後も寝室にいる理由だ。

(まあ、私の美貌と有能さが目当てでしょうね。ガスパル様は確か三十歳だったかしら。顔は良いし、身体も鍛えてそうで悪くないわ。体力もありそう。今日は気分じゃないけど、日を改めてるなら遊んであげてもいいかしら)

 ララベーラが内心で舌舐めずりしていると、ガスパルが話し出した。

「二人きりではないとはいえ、令嬢の部屋に居座って申し訳ない」

(え?……ああ、メイドがいたのね)

 それまで全く気づかなかったが、ガスパルの背後に茶髪のメイドが立っている。
 顔はよく見えないし、見たところでララベーラにはわからないが、大勢いる使用人の一人だろう。

(うちのメイドが着るお仕着せ姿ですもの。間違いないわ)

 ララベーラは単純にそう思った。

「君もこちらに座りたまえ。好きだという茶を用意させた」

 だからララベーラは、素直にガスパルの対面に座り、メイドが差し出したお茶を飲んだ。

(【星屑の花茶】はやっぱり美味しいわね。頭の中がスッキリする……いい気分……)

 ララベーラが茶を飲み干したタイミングで、ガスパルが再び口を開いた。

「私がこの部屋にいる理由だが、アンブローズ侯爵夫妻が君に危害を加えないようにするためだ。理性が無くなってしまった彼らも、私の目の前では君を殴れないからね」

 治したはずの頬に痛みが走る。

 実の父に生まれて初めて殴られて罵倒された。母も自分を庇わず軽蔑した。

 その事実を再確認したララベーラの胸に到来したのは、悲しみでは無い。
 燃え上がる怒りと煮えたぎる憎悪だった。

(二人とも許さない!なによ役立たずの中年と年増の癖に!殺してやる!)

「それにしても……今宵の【夏星の大宴】での失態をどうするべきか。アンブローズ侯爵と話し合いたかったのだが、とても冷静に話せる状態ではない。
 このままではアンブローズ侯爵家は取り潰される。君もただでは済まないだろう」

「はぁ!?なぜ私が!?私はシャンティリアン王太子殿下の婚約者よ!あれは間違いよ!」

 ララベーラは、先ほどまでの最低限の礼儀をかなぐり捨て感情に任せて叫ぶ。
【夏星の大宴】の時とまったく同じように。

「いいや、ララベーラ。あれは夢でも間違いでもない。ヴェールラント王家は君を断罪した。懲役刑かあるいは……いずれ罰が与えられるのは間違いない」

「違う違う間違いよおおお!嘘よ嘘よ私が王太子妃よおおお!あんな地味女なんて!クズなんてえ!……ぎゃぁっ!」

 ララベーラは髪を振り乱して叫んだが、すぐにソファに押し付けられた。
 あのメイドがやったらしい。振り払おうとするが、びくともしない。

「落ち着きたまえ。私は君を助けたいんだ。君も助かりたいだろう?」

「あ、当たり前よ!」

「ならば、君は現実を見るべきだ。まず、君の罪を整理しよう」

 ガスパルは淡々とララベーラの罪を並べたてた。

 シャンティリアン王太子殿下の婚約者だと詐称し、付き纏っては不敬な言動を繰り返した事。
 さらに、本来の婚約者であるイザベル・スフェーヌへ暴言と侮辱を吐いた事。
 プランティエ伯爵ことルルティーナを、長年に渡り虐待していた事。および、ポーションによる利益を還元せず搾取していた事。
 他にも無資格および無許可での治癒魔法行使と詐欺、傷害、恐喝などなど……。

「婚約者の詐称と暴言は、王族侮辱罪と不敬罪が適用されるだろう。やはり、極刑も視野に入れた方がいいな」

「きょっ!ひいぃ!い、嫌よ!そんなのいやぁ!」

「ああ、私も君がそんな目にあうのは忍びない。……だが、君を救えるのは【帝国】に繋がりがある我が祖父であるルビィローズ公爵だけだろう。流石に【帝国】に逃げれば追ってはこれない」

「な、なら公爵閣下にとりついでよ!なんでもするから!」

「私もそうしたいが難しいな。祖父は【特級ポーション】が手に入らなくなってお怒りだ。
 まあ、無理もないが」

「金の問題!?金ならあるわ!なんならお父様を殺して財産を……」

「金の問題じゃない。実は【特級ポーション】は祖父も愛用していてね。
 ここだけの話だが、祖父は寝たきりになってしまった。もう長くないかもしれない」

「な、そんなの治癒魔法で……!」

「ああ。病に罹れば、国家治癒魔法師に治させている。しかし、身体の健やかさや体力は失われてしまったままなんだ。既存の【上級ポーション】では回復しきれなくて……。だから治しても治しても、また病に罹ってしまう。
 これまでは【特級ポーション】で健康を保てていたのだが……」

「じゃ、じゃあ、貴方が【帝国】に……!」

「残念ながら【帝国】と繋がっているのは祖父だけなんだ」

「そ、そんな……」

「ああ!なんという悲劇だろう!」

 ガスパルは天を仰いで嘆いた。

「【特級ポーション】さえあれば、祖父と帝国の使者にかけあえる!君だけでも【帝国】に逃がせるというのに!
 ……だが、仕方ないな。【特級ポーション】はルルティーナ・プランティエ伯爵にしか作れない。君には作れないのだから」

 ララベーラの怒りと自尊心が弾けた。

「ふざけるな!あのクズが作れて私が作れないわけない!」

「……そうか。それは良かった。では、裏庭にあるという小屋へ向かおうか」

 ガスパルの唇が大きく弧を描いた。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

公爵令嬢は占いがお好き

四宮 あか
恋愛
0時投稿で更新されます。 辺境の爵位だけは立派な公爵令嬢ティアは条件の悪さと特殊な加護を持っているせいで全然婚約者が見つからなかった。 相手探しはとっくに諦めていたティアは王都で行われた仮面パーティーを抜け出し、異国の衣装を身にまとい街の一室で今日も趣味の占い師ごっこをしていた。 そんなティアの下に美しい容姿と物ごとを面白いか面白くないかで判断する性格から、社交界でゴシップネタが絶えない奇人 ノア・ヴィスコッティがやってきて占いを的中させてみせろといいだした。 加護を使って占いを的中させたところまではよかったのだけれど。 彼はティアに興味を持ってしまったから、さぁ大変。 占いの館をつぶしてトンズラしたのはいいものの、それで逃げ切れる相手ではなかった。 ※なろう、カクヨムにも上げてたのですが。 いろいろ書き足したいところ足してあげます。 表紙はイラストは。 フリー素材サイト『illust AC』さまより アイコさんの占い師①の作品を利用規約を確認してお借りしております。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...