上 下
39 / 70
第1部

38話 貴方と街歩き 前編

しおりを挟む
 夏星の大宴の翌朝。

 私は、アメティスト子爵家の屋敷で目覚めました。天蓋付きの可愛らしい寝台は、お義姉様が娘時代に使っていたものです。
 ふわふわの寝台から出て、大きく伸びをします。

「よく寝たわ……」

 昨日は、【夏星の大宴】から帰って、湯浴みしてすぐ寝てしまいました。
 とても疲れていましたが、いつもの時間にしっかり目覚めることができました。

「おはようございます。ルルティーナ様」

「シアン、ニト、リル、おはようございます」

 シアンたちが身支度を手伝ってくれます。
 今日は、淡い紫色に白い小花柄のワンピースを着ましょう。

「昨夜はいかがでしたか?」

「とっても楽しくて素敵だったわ!アドリアン様に踊って頂いたの!踊るたびに、シアンたちが整えてくれたドレスと髪が広がってキラキラして……」

 うっとりと語ると、シアンは嬉しそうに聞いてくれました。
 どんな風に踊ったか、美味しかったお料理の感想。そして初めて出来た友人と、友人になれるかもしれない方々の話。
 シアンたちは、にこにこ笑って聞いてくれます。
 アンブローズ侯爵家の方々が頭をよぎりましたが、話したいとは思いません。薄情かもしれませんが。
 それよりも聞きたいことがあります。

「シアンはどうだった?ご家族と過ごしたのよね?」

 昨日のシアンは、私を見送った後でご家族に会いに行くと言っていました。

「ええ。とても有意義な時間を過ごせましたよ。……ところで、本日の髪型はどうされますか?」

「ええっと……。昨日は半分おろしていたから、今日はまとめて欲しいかな。リボンはワンピースの色に合わせて……」

 髪はおまかせで結ってもらいました。両サイドに三つ編みで輪を作る、可愛らしい髪型です。ワンピースの色に近いリボンで結びます。
 着替え終わったら、食堂まで移動します。

 席についてしばらくすると、お義母様、お義父様もいらっしゃいました。離れに滞在中のアドリアン様は、すでにお仕事に向かわれているそうです。
 言伝があり、両陛下とのお茶会は三日後になったそうです。
 三人で朝食を頂きます。

 夏野菜のサラダ、コンソメスープ、チーズ入りオムレツを頬張りながら、今日の予定をお話しました。

「私とイアンはそれぞれ予定があるわね。ルルティーナは?」

「私は特にございません」

 元々、夏星の大宴がどのような結果になるかわからなかったので、ミゼール領に帰還する五日後まで予定を入れていませんでした。

 イザベルさんたち、友人や友人になれそうな方とお話できれば嬉しいですが、お誘いするにしても急すぎますね……。

「お義父さんがルルティーナを案内したかった……」

「イアンは仕事でしょう。ルルティーナ、せっかくの王都よ。買い物に行くとか観光するとか色々あるわ。シアン、任せたわよ」

「かしこまりました。ルルティーナ様、何かご入り用の物はございますか?ドレスでも装飾品でも……」

 欲しい物。そうです!

「シアン!種苗を仕入れたいわ!」

「かしこまりました」

「はい?」

「え?種苗?」

 ドレスや装飾品にも興味はありますが、種苗の方が気になります。
 私はお義父様とお義母様に、ミゼール領の今後の為に薬草と野菜の種苗が欲しいことを説明しました。
 特に、野菜は必要です。
 ミゼール領で薬草栽培ができないか調べてわかったのです。

「魔境を開墾した土地では、一部の麦と豆しか栽培できないのです」

 同じミゼール領でも、魔境に侵されたことのない土地は違います。
 例えば、ミゼール城の中と周辺がそうです。芋や青菜などの野菜がしっかり育ちます。
 しかし、かつて魔境だった場所は育ちません。しかも範囲は広く、ミゼール領の八割をこえます。
 その為、多くの野菜を魔獣素材による収益で購入しているのです。

「今後が心配です。魔境が完全に浄化されれば、魔獣の素材は採れなくなりますし、移住者も増え続けています。現在育てている麦と豆以外にも、育てられる野菜がないか試してみたいのです」

 私の作る【新特級ポーション】も、残念ながら土壌改良に使えないようです。

【新特級ポーション】の特殊性から言って、今後はわかりませんが……。

「原因もわかりません。現在の研究では、 瘴気が消えた後も土に影響が残っているのだと推察されていま……」

「ルルティーナ、わかりましたから落ち着いて」

「はっはっは!うちの末娘は興味がある事に真っ直ぐだなあ。シアン、種苗を扱っている商会に心当たりはあるか?」

「お任せ下さい。ルルティーナ様がそう仰るかと思い、手配しておきました」

「先回り凄いな……」

 目指す商会は、王都中央市場の外れにあるそうです。
 ルパール商会といい、国内外の様々な種苗を扱っています。現在ミゼール領で育てている麦と豆もこの商会から仕入れているそうです。

 最寄りまで馬車で送ってもらいます。
 王都のあらゆる通りに、八重咲の向日葵と黄緑色のダリアがあふれています。
 また、どの建物も美しい花で飾られています。昨日よりも、黄色と黄緑色の花の比率が高いです。
 王都中が、シャンティリアン王太子殿下とイザベル様の婚約をお祝いしています。
 とても素敵です。

 馬車を降りた後は、シアンと歩いて目的地に向かいます。

 街歩きがしやすいよう、下級貴族のご令嬢風の服装にしてもらいました。

 と言っても、朝着替えたワンピースに白いつば広の帽子を被っただけですが。
 帽子は淡い紫のリボンに花飾りが付いていて、とても爽やかで可愛らしいです。

 シアンがお仕着せのままなのが、ちょっと残念です。

「シアンと私服で街歩きしたかったな」

「ふふ。またの機会にお願いいたします。王都のような都会は物騒ですから、虫除けのためにも侍女のお仕着せの方がいいのです」

 侍女を連れているご令嬢は、護衛もいるか侍女が護衛を兼ねている場合が多いので、狙われにくいそうです。

 やっぱり、シアンもただの侍女じゃないのかな?

 シアンは話したくなさそうなので聞きませんが。



 ◆◆◆◆◆


「勉強になったわ!」

「はい。良い仕入れが出来て良かったですね」

 ルパール商会での仕入れは実りあるものでした。
 仕入れた種苗は、直接ミゼール領に送ってもらいます。

「もうお昼ですね。ルルティーナ様、何かお召し上がりになりたいものはございますか?」

「そうねえ……何がいいかしら?」

 今日は特別に、シアンも一緒に昼食を食べる予定です。とりあえず、カフェやレストランがある通りへ行こうと相談していると……。

「ルルティーナ嬢!」

「え?アドリアン様?」

 人混みの向こうから現れたのは、アドリアン様でした。

 アドリアン様は王城でのお仕事が終わったので、私たちを探しに来てくださったそうです。

 街歩きするからか、シャツにチュニックとズボンという平服です。髪型も崩していて、いつもと雰囲気が違います。
 少年のようなあどけなさといいますか、砕けた雰囲気です。

「行き先はルパール商会だったね」

「はい。おかげさまで、良い仕入れができました。今回は薬草と野菜を五種類ずつ仕入れたのですが……」

 三人で話しながら歩きます。アドリアン様おすすめのカフェが近くにあるそうです。

「いつか君を連れて行きたかったんだ。シアンも気に入っていたから三人で……」

「なんでそうなるんですかヘタレ閣下。失礼しました。私は用事を思い出したので帰ります。
 ……ルルティーナ様、街歩きデートを楽しんで下さいね」

 シアンは前半を大声でアドリアン様に言い、後半を小声で私に囁き、目にも止まらない速さで去ってしまいました。

 デートだなんて!シアンったら!

「あいつ本当に口が悪いな。給金減らしてやろうか。……まあいいか。ルルティーナ嬢、人が多いから手を握ってもいいかな?」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

義母様から「あなたは婚約相手として相応しくない」と言われたので、家出してあげました。

新野乃花(大舟)
恋愛
婚約関係にあったカーテル伯爵とアリスは、相思相愛の理想的な関係にあった。しかし、それを快く思わない伯爵の母が、アリスの事を執拗に口で攻撃する…。その行いがしばらく繰り返されたのち、アリスは自らその姿を消してしまうこととなる。それを知った伯爵は自らの母に対して怒りをあらわにし…。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます

柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。 社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。 ※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。 ※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意! ※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜

津ヶ谷
恋愛
 ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。 次期公爵との婚約も決まっていた。  しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。 次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。  そう、妹に婚約者を奪われたのである。  そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。 そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。  次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。  これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。

処理中です...