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第1部
37話 夏星の大宴 お喋りと誓い
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アドリアン様は、明るい笑顔で私をエスコートして下さります。
「ルルティーナ嬢、こっちだ。俺は夜会は好かないが、出される料理は別だ。特に宮廷舞踏会の料理は別格なんだ」
「わあ!美味しそうですね!」
アドリアン様は、お料理のテーブルの前でややはしゃいだご様子です。よっぽど、お料理が楽しみだったのでしょう。
確かに、素晴らしいお料理の数々が並んでいます。
ほのぼのしていると、美しいお料理を次々にお皿に入れて下さります。
「この三色は魚介と野菜のテリーヌだ。これは生ハムと桃のカクテルで、これはチーズと夏だけに摂れる茸のキッシュ、それから羊肉のパイ包み焼きと……」
「アドリアン様?立ったままで、こんなには食べれないですよ?」
「あそこで座って食べればいいさ」
アドリアン様が指差す方向には、テーブルとソファや椅子が置かれたコーナーがあります。テーブルごとに、カーテンや衝立があり、数人づつ別れて座るようになっています。
「君とダンスを踊った後、こうやって食事するのが楽しみだったんだ」
「っ!わかりました。頂きましょう」
私たちは、浮き浮きした足取りで席につき、ゆっくりとお料理を味わいます。
「このテリーヌ、おすすめなだけあって美味しいです!」
「口にあって良かったよ」
給仕の方がシャンパンと果実水を持ってきて下さります。アドリアン様はシャンパン、私は果実水を頂きます。
果実水は桃とベリーの味がします。甘さがひかえめで、微かに発泡していてお酒のようです。
「夢のような一時ですね……」
「ああ。色々なことが終わった。後は、国王陛下にお任せしておけばいい。俺たち辺境騎士団の扱いも変わっていくだろう」
「ええ。先程から、アドリアン様に話しかけたそうにされている方が沢山いらっしゃいますし」
「半分は君目当てだよ。……渡さないけどね」
アドリアン様は、意味深に笑います。またドキドキしてしまいました。
「私だって……渡したくないです」
「っ!ルルティーナ嬢……」
見つめあう内に、とろんと甘い気持ちになっていきます。
私はこの人のことが……。【お茶会のお兄様】かどうかより先に、想いを伝えたい。
「アドリアン様、私……私は貴方のことが……」
長く節くれだった指が、私の唇を押さえました。切なげな青い瞳と目が合います。
「……遮ってすまない。先に、俺から君に伝えたいことがある。やっと覚悟が決まった」
指が、名残惜しげに唇を撫でて離れます。唇から全身に、ゾクゾクとした未知の感覚が広がって、私は何も言えなくなりました。
「両陛下とのお茶会後、君だけに告げるよ。待たせてしまうけど、許してもらえるだろうか?」
「……ずるい。そんな風に言われたら、許すしか無いじゃない……あっ」
敬語が抜けてしまいました。アドリアン様は目を丸くした後、気恥ずかしそうに笑います。
まるで、少年のような笑みです。
「うん。ごめん。俺は君に甘えてるね」
「もういいわ……いいです。私も貴方に甘えてますから」
「もっと甘えて欲しい。前から思ってたけど、敬語もいらないよ」
「立場上、そうもいかないでしょう」
「全くだ」
「本当ね」
ハッと、アドリアン様と一緒に声の方を向くと、呆れた顔のお義父様とお義母様がいらっしゃいました。
どこからかわかりませんが、気恥ずかしい……。アドリアン様も気まずそうです。
お義母様は、そんな私たちを鼻で笑いました。
「ベルダール辺境伯閣下、閉会までルルティーナを囲い込むおつもりですか?」
「そうだそうだ。お義父さんだって、ルルティーナと話したかったし踊りたい。お前の義姉さんと義兄さんも、お前を探していたぞ」
「ご、ごめんなさい。お義父様、お義母様」
「ルルティーナが踊ってくれたら許すよ」
「その後で構いませんからご挨拶回りをなさいませ。ベルダール辺境伯閣下もご一緒に。お二人とも、ミゼール領辺境騎士団の代表でもあるのですから、はしゃぐ前に最低限の社交をなさいませ」
「「はい。仰る通りです……」」
その後、私はお義父様とお義兄様とダンスを踊りました。お二人とも、とてもお上手でお話も楽しかったです。
お義兄様とのダンスが終わると、周りの方々から誘われます。丁寧に断ろうとする前に、アドリアン様が顔の迫力だけで蹴散らしてしまいました。
アドリアン様、凄いです!
「ルルティーナ嬢。もう一度、俺とダンスを……」
「はい、ぜひお願……」
「ベルダール辺境伯閣下、ルルティーナ、早くご挨拶回りに行きなさい」
「「……はい」」
お義母様には勝てない私たちは、閉会までご挨拶周りに専念しました。
たくさんの方々と色々なお話をしました。
アドリアン様のご生家であるブルーエ男爵家の皆様、その寄親であるサフィリス公爵家の皆様、私と血縁であるコルナリン侯爵家の皆様、アメティスト子爵家のご親戚、薬事局の関係者様方、ミゼール領辺境騎士団団員のお身内の皆様……。
中でも印象深かったのが、アガット辺境伯とのお話でした。
◆◆◆◆◆
「おいコラ。ベルダールよう。人前でデレデレしすぎだぞ」
「ずいぶんなお言葉ですね。アガット辺境伯」
アガット辺境伯テオドール・アガット様は、呆れた口調で話しかけて下さりました。
間近で見ると、アドリアン様よりも大きな身体は迫力があり、オレンジ色の髪と相まって正に緋獅子といったお姿です。
ですが、表情と雰囲気は気さくです。威圧感を与えぬよう配慮してくださっているのでしょう。
きちんとご挨拶しようとしましたが、「堅苦しい挨拶はいらない」と、止められてしまいます。
「あのベルダールが幸せそうな顔をしてるからな。気になって話しかけちまった。まあ、大事な子がいれば、流石の惨殺伯爵もそうなるか!」
豪快に笑いながらアドリアン様の肩を叩くアガット様。アドリアン様も、あの渾名で呼ばれているのに嫌ではなさそうです。むしろ、気を許していらっしゃるご様子です。
私はと言うと『アドリアン様の大事な子』と言われたようで照れてしまいました。誤魔化す為に話題を変えます。
「お二人は長いお付き合いなのですか?」
「おう!コイツがひよっこの頃からな!昔話聞きたいか?」
「ぜひ!」
「アガット辺境伯、ご自分の昔話もされるお覚悟あっての事でしょうね?もちろんプランティエ伯爵だけでなく、あちらでご歓談中の奥方様にも」
「そりゃねえだろ!卑怯だぞベルダール!」
「どっちがですか」
その後も楽しく歓談していましたが、ふと、アガット辺境伯様は真剣な顔になりました。
「プランティエ伯爵、ベルダール辺境伯。ジュリアーノの馬鹿が世話になった。親戚の一人として礼を言う」
「ジュリアーノ……もしかしてジュリアーノ・ナルシス様ですか?」
「ああ、あいつは甥の一人なんだ。王都でやらかした挙句、ミゼール領辺境騎士団で狼藉を働いたと聞いた。叩っ斬ってやろうかと思ったが……。プランティエ伯爵、ベルダール。二人のおかげで、奴も改心出来たらしい。やっとまともな手紙を寄越すようになった」
「お気になさらず。再び道を誤るような事があれば、また魔獣の囮にするだけですから」
「アド……ベルダール団長!なんて事を仰るのですか!」
「いいや。プランティエ伯爵、温情ある処罰だ。問答無用で切り捨てるのではなく、名誉の戦死になるのだから」
「ええ、全くです。俺も最期はそうありたいものです」
当たり前のように仰るお二人に、私の中で何かが切れました。
「お言葉ですが、せっかく立ち直られたナルシス様を信じなくてどうしますか。戦死などと、不吉な事を仰らないで下さい」
「……それは、まあ、そうだな」
「……る、ルルティーナ嬢?怒っているのか?」
怒っている?当然です。
「アドリアン様、最期は戦死したいだなんて言わないで下さい。そうならないよう、私たちはポーションを作っているのですよ」
少し涙がにじみました。泣かないようこらえながらアドリアン様をにらみます。
アドリアン様の顔から血の気が引いていき、床に頭をめり込ます勢いで謝りました。
「君の言う通りだ!すまなかった!もう二度と言わない!私はどんな過酷な戦場に往ったとしても、必ず君のもとに帰る!」
「……約束ですよ」
アドリアン様は跪き、私の手を取りました。
「ああ、君に誓う」
よかった。この方はきっと誓いを破らない。何故か確信があります。
私はほっとして、力が抜けました。
「……お前ら、お熱いのはいいけどな。人前で大胆すぎるぞ」
「「あっ」」
この後、しばらく様々な方にからかわれたり、お義母様からやんわり叱られたりしました。
けれど、アドリアン様の誓いを聞けてよかった。お話できてよかった。
そう思います。
◆◆◆◆◆
だからきっと、アドリアン様からのお話も悪い事にはならないと、そう信じれたのです。
「ルルティーナ嬢、こっちだ。俺は夜会は好かないが、出される料理は別だ。特に宮廷舞踏会の料理は別格なんだ」
「わあ!美味しそうですね!」
アドリアン様は、お料理のテーブルの前でややはしゃいだご様子です。よっぽど、お料理が楽しみだったのでしょう。
確かに、素晴らしいお料理の数々が並んでいます。
ほのぼのしていると、美しいお料理を次々にお皿に入れて下さります。
「この三色は魚介と野菜のテリーヌだ。これは生ハムと桃のカクテルで、これはチーズと夏だけに摂れる茸のキッシュ、それから羊肉のパイ包み焼きと……」
「アドリアン様?立ったままで、こんなには食べれないですよ?」
「あそこで座って食べればいいさ」
アドリアン様が指差す方向には、テーブルとソファや椅子が置かれたコーナーがあります。テーブルごとに、カーテンや衝立があり、数人づつ別れて座るようになっています。
「君とダンスを踊った後、こうやって食事するのが楽しみだったんだ」
「っ!わかりました。頂きましょう」
私たちは、浮き浮きした足取りで席につき、ゆっくりとお料理を味わいます。
「このテリーヌ、おすすめなだけあって美味しいです!」
「口にあって良かったよ」
給仕の方がシャンパンと果実水を持ってきて下さります。アドリアン様はシャンパン、私は果実水を頂きます。
果実水は桃とベリーの味がします。甘さがひかえめで、微かに発泡していてお酒のようです。
「夢のような一時ですね……」
「ああ。色々なことが終わった。後は、国王陛下にお任せしておけばいい。俺たち辺境騎士団の扱いも変わっていくだろう」
「ええ。先程から、アドリアン様に話しかけたそうにされている方が沢山いらっしゃいますし」
「半分は君目当てだよ。……渡さないけどね」
アドリアン様は、意味深に笑います。またドキドキしてしまいました。
「私だって……渡したくないです」
「っ!ルルティーナ嬢……」
見つめあう内に、とろんと甘い気持ちになっていきます。
私はこの人のことが……。【お茶会のお兄様】かどうかより先に、想いを伝えたい。
「アドリアン様、私……私は貴方のことが……」
長く節くれだった指が、私の唇を押さえました。切なげな青い瞳と目が合います。
「……遮ってすまない。先に、俺から君に伝えたいことがある。やっと覚悟が決まった」
指が、名残惜しげに唇を撫でて離れます。唇から全身に、ゾクゾクとした未知の感覚が広がって、私は何も言えなくなりました。
「両陛下とのお茶会後、君だけに告げるよ。待たせてしまうけど、許してもらえるだろうか?」
「……ずるい。そんな風に言われたら、許すしか無いじゃない……あっ」
敬語が抜けてしまいました。アドリアン様は目を丸くした後、気恥ずかしそうに笑います。
まるで、少年のような笑みです。
「うん。ごめん。俺は君に甘えてるね」
「もういいわ……いいです。私も貴方に甘えてますから」
「もっと甘えて欲しい。前から思ってたけど、敬語もいらないよ」
「立場上、そうもいかないでしょう」
「全くだ」
「本当ね」
ハッと、アドリアン様と一緒に声の方を向くと、呆れた顔のお義父様とお義母様がいらっしゃいました。
どこからかわかりませんが、気恥ずかしい……。アドリアン様も気まずそうです。
お義母様は、そんな私たちを鼻で笑いました。
「ベルダール辺境伯閣下、閉会までルルティーナを囲い込むおつもりですか?」
「そうだそうだ。お義父さんだって、ルルティーナと話したかったし踊りたい。お前の義姉さんと義兄さんも、お前を探していたぞ」
「ご、ごめんなさい。お義父様、お義母様」
「ルルティーナが踊ってくれたら許すよ」
「その後で構いませんからご挨拶回りをなさいませ。ベルダール辺境伯閣下もご一緒に。お二人とも、ミゼール領辺境騎士団の代表でもあるのですから、はしゃぐ前に最低限の社交をなさいませ」
「「はい。仰る通りです……」」
その後、私はお義父様とお義兄様とダンスを踊りました。お二人とも、とてもお上手でお話も楽しかったです。
お義兄様とのダンスが終わると、周りの方々から誘われます。丁寧に断ろうとする前に、アドリアン様が顔の迫力だけで蹴散らしてしまいました。
アドリアン様、凄いです!
「ルルティーナ嬢。もう一度、俺とダンスを……」
「はい、ぜひお願……」
「ベルダール辺境伯閣下、ルルティーナ、早くご挨拶回りに行きなさい」
「「……はい」」
お義母様には勝てない私たちは、閉会までご挨拶周りに専念しました。
たくさんの方々と色々なお話をしました。
アドリアン様のご生家であるブルーエ男爵家の皆様、その寄親であるサフィリス公爵家の皆様、私と血縁であるコルナリン侯爵家の皆様、アメティスト子爵家のご親戚、薬事局の関係者様方、ミゼール領辺境騎士団団員のお身内の皆様……。
中でも印象深かったのが、アガット辺境伯とのお話でした。
◆◆◆◆◆
「おいコラ。ベルダールよう。人前でデレデレしすぎだぞ」
「ずいぶんなお言葉ですね。アガット辺境伯」
アガット辺境伯テオドール・アガット様は、呆れた口調で話しかけて下さりました。
間近で見ると、アドリアン様よりも大きな身体は迫力があり、オレンジ色の髪と相まって正に緋獅子といったお姿です。
ですが、表情と雰囲気は気さくです。威圧感を与えぬよう配慮してくださっているのでしょう。
きちんとご挨拶しようとしましたが、「堅苦しい挨拶はいらない」と、止められてしまいます。
「あのベルダールが幸せそうな顔をしてるからな。気になって話しかけちまった。まあ、大事な子がいれば、流石の惨殺伯爵もそうなるか!」
豪快に笑いながらアドリアン様の肩を叩くアガット様。アドリアン様も、あの渾名で呼ばれているのに嫌ではなさそうです。むしろ、気を許していらっしゃるご様子です。
私はと言うと『アドリアン様の大事な子』と言われたようで照れてしまいました。誤魔化す為に話題を変えます。
「お二人は長いお付き合いなのですか?」
「おう!コイツがひよっこの頃からな!昔話聞きたいか?」
「ぜひ!」
「アガット辺境伯、ご自分の昔話もされるお覚悟あっての事でしょうね?もちろんプランティエ伯爵だけでなく、あちらでご歓談中の奥方様にも」
「そりゃねえだろ!卑怯だぞベルダール!」
「どっちがですか」
その後も楽しく歓談していましたが、ふと、アガット辺境伯様は真剣な顔になりました。
「プランティエ伯爵、ベルダール辺境伯。ジュリアーノの馬鹿が世話になった。親戚の一人として礼を言う」
「ジュリアーノ……もしかしてジュリアーノ・ナルシス様ですか?」
「ああ、あいつは甥の一人なんだ。王都でやらかした挙句、ミゼール領辺境騎士団で狼藉を働いたと聞いた。叩っ斬ってやろうかと思ったが……。プランティエ伯爵、ベルダール。二人のおかげで、奴も改心出来たらしい。やっとまともな手紙を寄越すようになった」
「お気になさらず。再び道を誤るような事があれば、また魔獣の囮にするだけですから」
「アド……ベルダール団長!なんて事を仰るのですか!」
「いいや。プランティエ伯爵、温情ある処罰だ。問答無用で切り捨てるのではなく、名誉の戦死になるのだから」
「ええ、全くです。俺も最期はそうありたいものです」
当たり前のように仰るお二人に、私の中で何かが切れました。
「お言葉ですが、せっかく立ち直られたナルシス様を信じなくてどうしますか。戦死などと、不吉な事を仰らないで下さい」
「……それは、まあ、そうだな」
「……る、ルルティーナ嬢?怒っているのか?」
怒っている?当然です。
「アドリアン様、最期は戦死したいだなんて言わないで下さい。そうならないよう、私たちはポーションを作っているのですよ」
少し涙がにじみました。泣かないようこらえながらアドリアン様をにらみます。
アドリアン様の顔から血の気が引いていき、床に頭をめり込ます勢いで謝りました。
「君の言う通りだ!すまなかった!もう二度と言わない!私はどんな過酷な戦場に往ったとしても、必ず君のもとに帰る!」
「……約束ですよ」
アドリアン様は跪き、私の手を取りました。
「ああ、君に誓う」
よかった。この方はきっと誓いを破らない。何故か確信があります。
私はほっとして、力が抜けました。
「……お前ら、お熱いのはいいけどな。人前で大胆すぎるぞ」
「「あっ」」
この後、しばらく様々な方にからかわれたり、お義母様からやんわり叱られたりしました。
けれど、アドリアン様の誓いを聞けてよかった。お話できてよかった。
そう思います。
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