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第1部
35話 夏星の大宴 祝辞と断罪 後編
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「気安く触るな!離しなさい!」
「おやめくださ……ぎゃあ!」
ララベーラ様は、周囲を扇で叩いて振り切り、シャンティリアン王太子殿下に縋り付きます。
「リアン様!先日も!その前の夜会でも!私と共に過ごされていたではありませんか!これはどういうことですか!」
シャンティリアン王太子殿下が、やっとララベーラ様に目を向けました。
ですが、そのエメラルドの瞳には何の感情もありません。
「君は、誰だったかな?」
「ご冗談を仰らないで!私は貴方の婚約者のララベーラ・アンブローズで……」
「ああ。何度、口頭で注意しても抗議文を送っても、私を愛称で呼んでまとわりつく無礼者か」
「へ?リアン様?」
「親からちゃんとした教育を受けていないのか、子供のまま大きくなったような有様が哀れだった。私の婚約者に選ばれたなどと妄言を吐いていたのも知っていたが、誰も信じていなかったので放置していたのだが……間違いだったな」
「は?」
王太子殿下の、常に優しげで穏やかだったエメラルドの瞳と声が、怒りと軽蔑に染まりララベーラ様を捉えます。
「私の大切なイザベルを侮辱し、祝いの場に水を差した者を私は許さない。
王太子シャンティリアンの名において命ずる。この無礼者を拘束しろ!両親もだ!」
近衛騎士の皆様が速やかに三人を拘束します。アンブローズ侯爵夫妻は無抵抗でしたが、ララベーラ様はさらに暴れて叫びます。
「ふざけないで!私を王太子妃にしないと後悔するわよ!私は【癒しの聖女】よ!」
「ああ、詐欺行為をする時にそう名乗っているらしいな」
「詐欺ですって!?」
「下級治癒魔法師資格すら持っていない貴様が、資格保持者のように振る舞い治癒魔法を使っていると知っている。
我が国では禁じられている行為だ。立派な詐欺にあたる。
無論、貴様が得意げに治した者の半数近くが不調を訴えていることも把握している。脅してもみ消したようだがな」
王太子殿下は、アンブローズ侯爵様をじっと見つめます。
「この件も、抗議文に記載していた。釈明と令嬢への指導と教育も求めていたのだが……。侯爵家当主が把握していなかったのか?」
アンブローズ侯爵様は、壇上からでもわかるほど脂汗を垂らし、羞恥と屈辱で顔を赤黒くしました。
「ぐっ……は、その……全て初耳でして」
「そうか。まあ、もうどうでもいいことだ。どちらにせよ、貴様の娘を婚約者にすることはな……」
「私が婚約者になるべきよ!その女の瞳は赤でも緑でもないもの!」
「……は?瞳の色?それがどうしたというのだ?」
「どうって……【緑目の王は飢え知らず】【赤目の王は負け知らず】と言いますでしょう?その女の瞳は薄い黄色!【淡い色合いの髪や瞳は愚者の証】!
引きかえて私は濃い赤い瞳です!いずれ国王となる私とリアン様の子は、必ず緑目か赤目かどちらかです!だから私が王太子妃にな……」
「ああ、例のくだらない迷信か。イザベルが愚者だと本気で言っているのか?
どちらにせよ、私はそんな理由で伴侶を選ばない。国王陛下もそうであったように」
「その通りだ。シャンティリアン」
国王陛下が、大広間を見渡して語り出します。
「いい機会だ。皆の者にも言っておく。緑目を持つ余の治世において、飢饉を防げていることは事実だ。しかしこれは我が国の農業技術と流通の発展、つまり諸侯をはじめとする民の努力の賜物である。
断じて、根拠のない迷信のためではない」
大広間のあちこちで、ため息のような感嘆の声が上がり、涙ぐむ方が現れました。
また国王陛下は、過去の緑目の王の治世において飢饉があったこと。赤目の王の治世もまた同じであることを説明されました。
「我が国には、根拠のない数々の迷信がある。過去、そのために多くの民が苦しみ、理不尽な目にあった。
皆も聞いたことがあるだろう。
【雨の日に子を産むと貧しくなる】【双子の王族は乱を呼ぶ】【淡い色合いの髪や瞳は愚者の証】【魔力無しが生まれると血筋が絶える】全て根拠のない迷信だ」
国王陛下が、アドリアン様と同じように迷信を否定して下さった。
幼い頃の私が歓喜し、心の底から安堵します。きっと私は、この国で生きていける。
「余は信心を否定せぬ。何かを信じる事。それ自体は、時に迷いを払い生きる活力を与えるものだ。迷信も信心の一つゆえ、これ以上厳しく禁じることはないが……。
迷信を他者に押し付け、あまつさえ愚弄し差別する者は、法による裁きを受ける。これはデビュタントを迎えるまでに、全国民に教育される法であり常識だ。
アンブローズ侯爵、夫人、令嬢よ。先ほどの罪と合わせて、追って沙汰を下す。今すぐこの場を去り自邸にて謹慎せよ」
「離して!嫌!触らないで!」
ララベーラ様たちは近衛騎士によって連れて行かれます。大広間を出る直前、壇上の私と目が合い、薔薇のような赤い瞳が憎悪に燃えました。
「なぜお前ごときがそこにいるのよ!魔力無しのルルティーナごときが!どんな手を使って惨殺伯爵に取り入ったの!?」
ララベーラ様に呼応するように、アンブローズ侯爵夫妻も吠え、暴れます。
「そ、そうだ!お前のせいだ!お前が辺境などに行ったせいだ!惨殺伯爵に取り入ったのなら私を助けろ!」
「そうよ!私を助けなさい!家族でしょう!貴女は私が産んで育ててやったのよ!今こそ恩を返しなさい!」
私は憎悪と怒りにさらされましたが、もう恐ろしくも悲しくもありませんでした。
最近覚えた感情、怒りすらわきません。少し懐かしいな。不快だなと思うくらいです。
心底、どうでもいいと思いました。
「ルルティーナ嬢、外道共の声を聞くことはない」
私の隣で、私を支えて守ろうとしてしてくれる方が、怒りと悲しみを抱いていることの方が心配です。
「アドリアン様、私は大丈夫ですよ」
そっと、手に触れます。大きくて立派な、戦う人の手を。アドリアン様は、鮮やかな青い瞳を甘やかに細めて下さります。
この鮮やかな青が曇らぬよう。私も強くなりたい。
私はアンブローズ侯爵家の三人を見下ろし、視線を合わせます。
「私はポーション職人としてミゼール領辺境騎士団に入団し、功績を認められたのでこの場にいます。
ポーション職人になれたのは、私の師匠が指導して、私の命を守って下さったからです。
確かにあなた方は私を産み、育てて下さりました。ポーションの材料を与えて下さりました。
しかし同時に、長年にわたり心身に対する虐待を加え、迷信によって差別してきました。ポーションによる利益の還元もほとんどありません。
あなた方が、魔力無しのルルティーナ、魔力無しのクズと言って罵倒し、裏庭の小屋に追いやり、暴行を加え続けたことを私は忘れません。
もし、師匠がいなければ私は殺されていたでしょう」
「それがなんだって言うのよ!あんたが魔力無しに生まれたせいでしょう!」
「いいえ。あなた方が、異常な犯罪者だっただけです。私は何一つ悪くありません」
「っ!な、こ、この……!」
「い、異常だと……!この私に向かって!」
「ルルティーナ!お前えぇ!」
「許さないわよルルティーナ!」
「ルルティーナ!やはり殺しておくべき……!」
「気安く私の名を呼ばないで下さい!」
お腹の底から声が出ました。アンブローズ侯爵家の三人は、ぽかんとした顔で固まっています。
「あなた方は私の家族でもなんでもありません!あなた方のした事を私は決して許しません!己の罪に向き合い罰を受け入れなさい!」
「うむ。プランティエ伯爵の言う通りだ。もういい。連れて行け」
三人は呆然とした顔のまま、今度こそ連れて行かれました。
事前に取り決めていた、私とアドリアン様がすべき事……『流れに身を任せ、アンブローズ侯爵家が去るまで見守る』は、これで完全に終わりました。
後は全て、国王陛下にお任せします。
この日以降、私がアンブローズ侯爵家の三人に会うことは二度とありませんでした。
三人がどのように裁かれ罰せられたか。私が知るのは少し先です。
「おやめくださ……ぎゃあ!」
ララベーラ様は、周囲を扇で叩いて振り切り、シャンティリアン王太子殿下に縋り付きます。
「リアン様!先日も!その前の夜会でも!私と共に過ごされていたではありませんか!これはどういうことですか!」
シャンティリアン王太子殿下が、やっとララベーラ様に目を向けました。
ですが、そのエメラルドの瞳には何の感情もありません。
「君は、誰だったかな?」
「ご冗談を仰らないで!私は貴方の婚約者のララベーラ・アンブローズで……」
「ああ。何度、口頭で注意しても抗議文を送っても、私を愛称で呼んでまとわりつく無礼者か」
「へ?リアン様?」
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「は?」
王太子殿下の、常に優しげで穏やかだったエメラルドの瞳と声が、怒りと軽蔑に染まりララベーラ様を捉えます。
「私の大切なイザベルを侮辱し、祝いの場に水を差した者を私は許さない。
王太子シャンティリアンの名において命ずる。この無礼者を拘束しろ!両親もだ!」
近衛騎士の皆様が速やかに三人を拘束します。アンブローズ侯爵夫妻は無抵抗でしたが、ララベーラ様はさらに暴れて叫びます。
「ふざけないで!私を王太子妃にしないと後悔するわよ!私は【癒しの聖女】よ!」
「ああ、詐欺行為をする時にそう名乗っているらしいな」
「詐欺ですって!?」
「下級治癒魔法師資格すら持っていない貴様が、資格保持者のように振る舞い治癒魔法を使っていると知っている。
我が国では禁じられている行為だ。立派な詐欺にあたる。
無論、貴様が得意げに治した者の半数近くが不調を訴えていることも把握している。脅してもみ消したようだがな」
王太子殿下は、アンブローズ侯爵様をじっと見つめます。
「この件も、抗議文に記載していた。釈明と令嬢への指導と教育も求めていたのだが……。侯爵家当主が把握していなかったのか?」
アンブローズ侯爵様は、壇上からでもわかるほど脂汗を垂らし、羞恥と屈辱で顔を赤黒くしました。
「ぐっ……は、その……全て初耳でして」
「そうか。まあ、もうどうでもいいことだ。どちらにせよ、貴様の娘を婚約者にすることはな……」
「私が婚約者になるべきよ!その女の瞳は赤でも緑でもないもの!」
「……は?瞳の色?それがどうしたというのだ?」
「どうって……【緑目の王は飢え知らず】【赤目の王は負け知らず】と言いますでしょう?その女の瞳は薄い黄色!【淡い色合いの髪や瞳は愚者の証】!
引きかえて私は濃い赤い瞳です!いずれ国王となる私とリアン様の子は、必ず緑目か赤目かどちらかです!だから私が王太子妃にな……」
「ああ、例のくだらない迷信か。イザベルが愚者だと本気で言っているのか?
どちらにせよ、私はそんな理由で伴侶を選ばない。国王陛下もそうであったように」
「その通りだ。シャンティリアン」
国王陛下が、大広間を見渡して語り出します。
「いい機会だ。皆の者にも言っておく。緑目を持つ余の治世において、飢饉を防げていることは事実だ。しかしこれは我が国の農業技術と流通の発展、つまり諸侯をはじめとする民の努力の賜物である。
断じて、根拠のない迷信のためではない」
大広間のあちこちで、ため息のような感嘆の声が上がり、涙ぐむ方が現れました。
また国王陛下は、過去の緑目の王の治世において飢饉があったこと。赤目の王の治世もまた同じであることを説明されました。
「我が国には、根拠のない数々の迷信がある。過去、そのために多くの民が苦しみ、理不尽な目にあった。
皆も聞いたことがあるだろう。
【雨の日に子を産むと貧しくなる】【双子の王族は乱を呼ぶ】【淡い色合いの髪や瞳は愚者の証】【魔力無しが生まれると血筋が絶える】全て根拠のない迷信だ」
国王陛下が、アドリアン様と同じように迷信を否定して下さった。
幼い頃の私が歓喜し、心の底から安堵します。きっと私は、この国で生きていける。
「余は信心を否定せぬ。何かを信じる事。それ自体は、時に迷いを払い生きる活力を与えるものだ。迷信も信心の一つゆえ、これ以上厳しく禁じることはないが……。
迷信を他者に押し付け、あまつさえ愚弄し差別する者は、法による裁きを受ける。これはデビュタントを迎えるまでに、全国民に教育される法であり常識だ。
アンブローズ侯爵、夫人、令嬢よ。先ほどの罪と合わせて、追って沙汰を下す。今すぐこの場を去り自邸にて謹慎せよ」
「離して!嫌!触らないで!」
ララベーラ様たちは近衛騎士によって連れて行かれます。大広間を出る直前、壇上の私と目が合い、薔薇のような赤い瞳が憎悪に燃えました。
「なぜお前ごときがそこにいるのよ!魔力無しのルルティーナごときが!どんな手を使って惨殺伯爵に取り入ったの!?」
ララベーラ様に呼応するように、アンブローズ侯爵夫妻も吠え、暴れます。
「そ、そうだ!お前のせいだ!お前が辺境などに行ったせいだ!惨殺伯爵に取り入ったのなら私を助けろ!」
「そうよ!私を助けなさい!家族でしょう!貴女は私が産んで育ててやったのよ!今こそ恩を返しなさい!」
私は憎悪と怒りにさらされましたが、もう恐ろしくも悲しくもありませんでした。
最近覚えた感情、怒りすらわきません。少し懐かしいな。不快だなと思うくらいです。
心底、どうでもいいと思いました。
「ルルティーナ嬢、外道共の声を聞くことはない」
私の隣で、私を支えて守ろうとしてしてくれる方が、怒りと悲しみを抱いていることの方が心配です。
「アドリアン様、私は大丈夫ですよ」
そっと、手に触れます。大きくて立派な、戦う人の手を。アドリアン様は、鮮やかな青い瞳を甘やかに細めて下さります。
この鮮やかな青が曇らぬよう。私も強くなりたい。
私はアンブローズ侯爵家の三人を見下ろし、視線を合わせます。
「私はポーション職人としてミゼール領辺境騎士団に入団し、功績を認められたのでこの場にいます。
ポーション職人になれたのは、私の師匠が指導して、私の命を守って下さったからです。
確かにあなた方は私を産み、育てて下さりました。ポーションの材料を与えて下さりました。
しかし同時に、長年にわたり心身に対する虐待を加え、迷信によって差別してきました。ポーションによる利益の還元もほとんどありません。
あなた方が、魔力無しのルルティーナ、魔力無しのクズと言って罵倒し、裏庭の小屋に追いやり、暴行を加え続けたことを私は忘れません。
もし、師匠がいなければ私は殺されていたでしょう」
「それがなんだって言うのよ!あんたが魔力無しに生まれたせいでしょう!」
「いいえ。あなた方が、異常な犯罪者だっただけです。私は何一つ悪くありません」
「っ!な、こ、この……!」
「い、異常だと……!この私に向かって!」
「ルルティーナ!お前えぇ!」
「許さないわよルルティーナ!」
「ルルティーナ!やはり殺しておくべき……!」
「気安く私の名を呼ばないで下さい!」
お腹の底から声が出ました。アンブローズ侯爵家の三人は、ぽかんとした顔で固まっています。
「あなた方は私の家族でもなんでもありません!あなた方のした事を私は決して許しません!己の罪に向き合い罰を受け入れなさい!」
「うむ。プランティエ伯爵の言う通りだ。もういい。連れて行け」
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事前に取り決めていた、私とアドリアン様がすべき事……『流れに身を任せ、アンブローズ侯爵家が去るまで見守る』は、これで完全に終わりました。
後は全て、国王陛下にお任せします。
この日以降、私がアンブローズ侯爵家の三人に会うことは二度とありませんでした。
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