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27話 謁見の間

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 今回の謁見は公式のものですが、一部の関係者にしか知らされていません。
 そのため、私とアドリアン様は密かに謁見の間まで案内されました。

「辺境騎士団団長アドリアン・ベルダール様、同じくポーション職人長ルルティーナ・アメティスト様ご入来!」

 巨大な扉が開き、私たちは入室しました。

 階の上にいらっしゃる両陛下と王太子殿下のお顔を見ないよう、目線は下に。大理石の床に敷かれた絨毯を見つめながら、アドリアン様の斜め後ろを歩きます。
 アドリアン様が所定の位置に止まり跪くのに合わせ、私も同じようにします。
 ややあって、国王陛下の重みのある低い声が響きました。

「双方、面を上げよ。この場において直答を許す」

 まずはアドリアン様が立ち上がり、臣下の礼をもってご挨拶します。

「王国の輝ける太陽、美しき月、若き星にご挨拶申し上げます。北部辺境ミゼール領辺境騎士団団長アドリアン・ベルダール。拝謁の栄に浴しましたこと、身に余る光栄に存じます」

 続いて、私が立ち上がりカーテシーをもってご挨拶する番になりました。
 立ち上がり眼前の光景を見た瞬間、気が遠くなりかけました。
 謁見の間の豪奢さ、壁に沿ってずらりと並ぶ近衛騎士様方の壮麗さ……。
 そして何より階の上の玉座におわす我が国で最も尊きお三方の神々しさ!

 濃い金髪にエメラルドの瞳、威厳をたたえた国王陛下。青みがかった銀髪に鮮やかな青い瞳、気品と美しさを備えた王妃陛下。国王陛下と同じ色彩を持つ絶世の貴公子である王太子殿下。

 ああ!今すぐ気を失いたい!
 いいえ!馬鹿を言っては駄目よルルティーナ!今日の貴女は辺境騎士団のもう一人の代表なのだから!

 私は内心で混乱しつつ必死になって淑女の笑みを保ち、足の爪先まで意識してカーテシーをしてご挨拶申し上げました。

「王国の輝ける太陽、美しき月、若き星にご挨拶申し上げます。北部辺境ミゼール領辺境騎士団ポーション職人長ルルティーナ・アメティスト。拝謁の栄に浴しましたこと、身に余る光栄に存じます」

「うむ。遠路はるばる良く来た。楽にせよ」

 無事にご挨拶できました。カーテシーをやめて、右手を左胸に当てる姿勢をとります。

「まずは辺境騎士団団長アドリアン・ベルダールよ。
 我がヴェールラント王家およびヴェールラント王国は、卿と辺境騎士団の長年の献身に深く感謝しておる」

「過分のお言葉、痛み入ります」

「余の感謝は言葉では言い尽くせぬ。
 辺境騎士団による長年の魔境討伐と浄化、そして卿が発案し実行した開墾。どちらも素晴らしい成果を示した。
 北部辺境に現れた魔境は、実に国土の一割を越える広大なものであった。魔境の瘴気は土地と大気を穢し、魔獣は民を食い殺した。そして、二百五十年に渡り我がヴェールラント王国を苛み続けた。
 その魔境を浄化しきるまで、魔法局の試算で残り三年以内とある。偉業である。
 また、浄化後も魔境であった土地は迷信によって忌避され、放置されてきた。魔境討伐において武功を重ねた卿が開墾を主導し、移住を促進したことにより、迷信は否定され土地が有効活用されつつある。
 辺境騎士団の精強さと努力は元より、卿個人の武勇と知略によるところが大きい。この偉業は、卿無くして成し遂げられなかったであろう」

 斜め前にいるアドリアン様の肩が微かに揺れました。全身が喜びに包まれていらっしゃるのが、気配でわかります。

 私も喜びで心が震えます。アドリアン様と辺境騎士団の皆様の努力が報われて、本当によかった。

「よって、辺境騎士団の全団員に臨時恩給と褒賞を与える。また、褒賞はすでに退団した元団員と遺族にも与えるものとする。
 さらに役職者と功績著しい者には、功績に見合った褒賞と勲章を追加で授ける」

「っ!辺境騎士団全員に頂けるのですか?」

「うむ。臨時恩給は今夏中に届けさせる。
 褒賞と勲章授与に関しては、功績の審査などもあるゆえ来春となる。中には陞爵や新たな家名を与えるに相当する功績者もいるだろう。
 授与式はミゼール領で行い、余と王太子が授与する」

 国王陛下と王太子殿下御自らが、ミゼール領にいらっしゃる。あの地は王家直轄領ですが、王族がいらしたことは数えるほどしかないとお聞きしています。
 それもまた、ミゼール領が蔑まれる一因だという事も。
 ここで、今まで黙っていたシャンティリアン王太子殿下が口を開きました。

「陛下、恐れながら発言をお許し下さい」

「許す」

 王太子殿下は、エメラルド色の瞳を真っ直ぐにアドリアン様と私へと向けました。

「卿らには、私からも感謝を述べたい。そして謝罪させて欲しい。辺境騎士団とミゼール領は、長らく不遇の扱いを受けていた。
 これは、無知と迷信に惑わされる者たちを制し切れなかった。私たち王家の罪だ。
 私たちは、罪を償い卿らに報いたい。受けてもらえるだろうか?」

「はっ!辺境騎士団を代表しご高配に感謝申し上げます!」

 再び国王陛下が口を開きました。

「アドリアン・ベルダール伯爵よ。卿の功績の審査は終わっている。
 これまでの功績を讃え、卿を辺境伯に陞爵する。
 今この時より、卿はベルダール辺境伯である。魔境浄化完了の暁には、北部辺境ミゼール領を下賜する」

 なんということでしょうか!

 辺境伯は、我が国では侯爵とほぼ同等の地位です。おまけに、開墾が必要とはいえ広大な領地まで下賜されるのです。
 大抜擢です。
 流石のアドリアン様も呆然としていらっしゃるご様子です。

「それは……あまりにも……」

 王妃陛下が口を開きました。

「ベルダール卿。これは、すでに議会でも承認された正当な褒賞であり陞爵です。卿は堂々と受ける権利と義務があります。
……北部辺境の守護も含め、卿の今後の働きに期待しています」

 腑に落ちました。魔境が完全に浄化されると、北端の山岳地帯まで国土が広がります。
 山岳地帯の向こうには、我が国の北部と西部に接する【帝国】があります。
 この【帝国】と我がヴェールラント王国は、決して良好な関係ではありません。

 特に、【帝国】の最近の動きは不穏です。

 魔境は土地を穢し民を害しましたが、【帝国】との壁でもありました。
 王家はすでに、その壁が無くなった後の未来を見据えてアドリアン様を辺境伯に封じるおつもりなのです。
 流石のお考えに感心致しました。

「……はっ!謹んでお受けいたします!このアドリアン・ベルダール、身命を賭してミゼール領の開墾と統治につとめます!」

「うむ。その意気や良し!」

 あら?

 アドリアン様のお言葉に、お三方がとても嬉しそうな顔になりました。一瞬だけでしたが……。それにやはり、誰かに似ているような……。
 しかし、私に考える暇はありませんでした。

「……次に、ルルティーナ・アメティストよ。前に出でよ」

「はい」

 私はアドリアン様の前に歩み出て、再び右手を左胸に当てる姿勢になります。

「卿のポーション作成による長年の献身に感謝する。不遇の身でありながら、よくぞポーション作成と研究を続けた。その不断の努力こそが卿の偉業だ。
 卿の作成した特級ポーションがなければ、今日までに数え切れぬ民が天に召されたであろう。辺境騎士団もミゼール領も未だに不遇の身であったであろう。
 また、新特級ポーションによって魔境浄化が著しく進んでいる。快挙である。すでに査定は終わり、新しい等級として登録されるのが決まった。
ポーションと共に提出されたレシピと、長く失われていた【薬の女神の秘薬】の情報によって、ポーションの研究は飛躍的に進むであろう。
ルルティーナ・アメティストよ。大義であった」

 涙があふれそうです。私はただ、私が作ったポーションを飲んだ方が少しでも救われればいいと願い、ポーションを作成し続けていただけです。

 作成し研究し続けたことを偉業だと、国王陛下にお認め頂けるだなんて、夢にも見ていませんでした。

「よって、ルルティーナ・アメティスに伯爵位と家名を与える。卿は、今この時よりプランティエ伯爵だ」

「っ!」

 絶句。と、しか言いようがありません。

 確かに我が国では、功績に対し爵位や家名を与えて報いることが多いです。
 また、女性でも家長となり爵位を所有することができます。
 義両親からも「恐らく爵位が与えられるだろう」とは言われていました。

 ですが、いきなり伯爵位が与えられるとは。完全に予想外でした。
 しかし、とにかくお返事をしなければなりません。

「謹んでお受けいたします。今後もヴェールラント王家およびヴェールラント王国がため、微力を尽くし御恩に報います」

「うむ。ああ、そうだ。今後もアメティストを名乗るか、プランティエ伯爵を名乗るかは、卿の自由とする。公式行事ではプランティエ伯爵を名乗ってもらうがな。
 ……フッ。最もすぐに、他の家名を名乗るやもしれんが」

 最後、国王陛下の雰囲気が変わりました。ニヤリと、実に楽しそうに口の端とエメラルド色の瞳を曲げたのです。
 王妃陛下が鮮やかな青い瞳を細め、たしなめます。

「陛下、おふざけは大概になさいませ。
 ……この場では、ルルティーナとお呼びします。ルルティーナ。戸惑いもあるとは思いますが、卿の働きは伯爵位に相当します。これからも、我がヴェールラント王国、辺境騎士団、そしてアドリアン・ベルダール辺境伯の力となって下さいね」

 それは、私自身の願いでもあります。

 私は、ほとんど無意識のうちに再びカーテシーをしていました。
 王家と王国への敬意が高まり、そのようにしてしまったのです。

「……九年前と同じね。卿の志が良く現れた、美しいカーテシーですこと」

「ああ、全くだ」

「本当ですね」

 ハッと顔を上げます。両陛下と王太子殿下が、とても優しい眼差しを向けて下さっています。
 まるで、九年前の【蕾のお茶会】の時のように。

 あの時も今も、私を心から讃えて下さっている。

 私は退室するまで、栄光と幸福に浸ったのでした。
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