【第1部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活【第2部連載開始】

花房いちご

文字の大きさ
上 下
26 / 82
第1部

25話 ダンスレッスン

しおりを挟む
 王都へ出発するまでの間に、他にもするべき事があります。
 新特級ポーションの作成はもちろん、ポーション職人の皆さまへの指導と今後の作成計画の立案、ビオラ師匠の薬学と医学の授業、そして礼儀作法とダンスの特訓です。
 仕事後、広間を借りて練習します。

「よろしい。礼儀作法は問題ないわ。その代わり、ダンスは全く踊れないようね。重点的に特訓するわよ」

「はい。お義母かあ様」

 にっこりと微笑むのは、紫の光沢を持つ銀髪に青紫色の瞳の、すらっと背が高い壮年の女性です。
 名は、リラ・アメティスト子爵夫人……私を養子として受け入れてくださった、お義母様です。
 王妃様の侍女を務められた頼もしいお方です。ご夫妻そろって、わざわざ王都から私のために来てくださいました。
 今回初めてお会いしましたが、とてもお優しい義両親なのです。

「それにしても、親である私たちにもドレスを選ばせて欲しかったわ。イアンも「娘にドレスを用意するのだ!」と張り切っていたのに、機会を失って拗ねてしまったもの」

 イアン様とはお義父様のことです。近衛騎士団に長く所属し、現在は教官として後進の育成に当たられているそうです。
 とても気さくなおじ様で、初めてお会いした時「大切な娘にやっと会えた!」と、言って下さりました。

「お義母様、申し訳ございません……」

「あら!ルルティーナのせいじゃありませんよ!アドリアン坊ちゃんが狭量なせいです!よほど貴女を独占したいのね」

「っ!そう……なのでしょうか……?」

 だったら、とても嬉しいです。お義母様はやや呆れた様子で頷きます。

「そうに決まっているでしょう。
ルルティーナ、アドリアン坊ちゃんが表情豊かでお喋りなのは、貴女の前だけですよ」

 シアンたちからも聞いていますが、私は朗らかで気さくなアドリアン様しか知りません。

「お義母様とお義父様は、アドリアン様がお小さい頃からのお付き合いでしたね」

「ええ。アドリアン坊ちゃんの生家ブルーエ男爵家は、我がアメティスト子爵家とは親しい仲ですからね。それに派閥も同じです」

「王妃陛下のご生家であるサフィリス公爵家の派閥ですね」

 サフィリス公爵家は、ヴェールラント王国で王族に次ぐ高位貴族家をです。
 代々、子女が王族に嫁がれたり、逆に王族が降嫁されたりしていらっしゃいます。また、現サフィリス公爵をはじめ要職に就かれている方が非常に多いです。
 派閥の勢力の偏りを避けるためか、現宰相は別の公爵家出身ですが、前公爵を初め宰相を最も多く輩出されている家でもあります。
 アメティスト子爵家は武官、ブルーエ男爵家は文官の家系で、古来からサフィリス公爵家と王家にお仕えされているのです。
 ですから、お義母様たちとアドリアン様が親しいのは頷けますが……。

 王妃陛下のお顔を思い浮かべると、なにか引っ掛かるのです。

 王妃陛下は銀髪で鮮やかな青い瞳で……誰かに似ている気がするのです。それは、濃い金髪の国王陛下もそうです。

「さあ!お喋りはここまでよ!ダンスに必要なのは美しい姿勢と体力!ルルティーナは体力が無いわ!まずは体力作りよ!」

「はい!お義母様!」

 気になりましたが、まずは宮廷舞踏会が先です。私はお義母様の猛特訓を受けたのでした。
 何度か悲鳴を上げたり、失神しかけましたが、これもエスコートして下さるアドリアン様のためです。


◆◆◆◆◆


 半月後、努力の甲斐あって基本のステップだけは出来るようになってきました。
 これも、お義母様とシアンが男性役を担当し、私を導いて下さったお陰です。
 今日も、シアンが男性役でレッスンしてくれます。
 お義母様からは「優雅に微笑み会話しながら踊るように」と、指導されたのでお喋りしながらです。
 私は黄色いプリンセスラインのドレス、シアンはいつものお仕着せです。

「シアンって、何でも出来るのねえ」

「そんなことはありませんよ。出来ないこと、苦手なことばかりですよ」

「あら?例えば?」

「実は、料理は苦手です。後は……」

ーーーコン、コン、コンーーー

 シアンの言葉に被さるように、ドアを叩く音がします。対応するお義母様が、意味深にこちらを見ました。

「やあ、ルルティーナ嬢」

「アドリアン様!どうしてこちらに?」

 嬉しくて少し大きな声を出してしまいました。出発までお仕事の引き継ぎがあるので、ドレス選びからは殆どお会い出来なかったのです。
 アドリアン様は私に歩み寄り、片膝をついて手を伸ばしました。

「君にダンスを申し込みに来たんだ。……美しい方、俺と踊って頂けますか?」

「っ!」

 お義母様の方を見ると、やや呆れた顔ながら頷いて下さります。

「基本は出来ています。後はパートナーと練習した方がいいでしょう」

 私はアドリアン様の手を取りました。

「素敵な騎士様、ぜひ私と踊って下さいませ」

 それからは、目くるめく一時でした。アドリアン様はダンスもお上手でした。拙い私のステップを補い、揺るぎない体幹で支えて下さります。

「上手だよルルティーナ嬢、そう、もっと大胆に動いていい。俺の足を踏んでもいいよ」

「そんなこと出来ませ……きゃっ」

 私の身体が宙に浮き、ドレスの裾が軽やかに広がります。

「ダンスは楽しむものらしいよ。俺は君と踊れてとても楽しい。君にも、もっと楽しんで欲しいな」

 少年のようなキラキラした笑顔!

「もう!こんな悪戯しなくたって、私は充分楽しんでますよ!」

 私は咄嗟に言い返しながら、ステップを踏みます。
 さっきまでよりも速く楽しく!

「ははっ!よかった!なら、これからは俺とだけ踊ってく……」

「ベルダール伯爵閣下、それはまだお早いのでは?物事には順序というものがございます。お分かりでしょう?」

「うっ!」

 お義母様の鋭い声がけ。アドリアン様の笑顔が一気に曇り、叱られた子犬のようになりました。
 しかし、踊るスピードも足捌きも淀みがないのは流石です。私も騎士様のような訓練を積めば、もっと優雅に踊れるかもしれません。

「た、確かにアメティスト伯爵夫人の仰る通りです。……ですが、もう間もなく順序を踏んで申し出……」

「ベルダール伯爵閣下」

「……わかりました。俺が浅慮でした……」

 叱られた子犬が、さらに雨に濡れた風情です。

 私より七歳も歳上なのに歳下の男の子みたい!

「うふふ……あははは!」

 私は今まで上げたことがないくらい、明るい笑い声を上げます。
 先ほどのアドリアン様のキラキラが、きっと私にうつったのでしょう。

「アドリアン様!今は私とダンス中ですよ!楽しみましょう!」

「っ!あ、ああ!もちろんだ!ルルティーナ嬢!」

 こうして私たちは、夕飯の時間が来るまで踊り続けたのでした。



◆◆◆◆◆



 寝る前、私はシアンが何を言いかけたかたずねました。シアンは生温い笑みを浮かべます。

「団長閣下のように、ここぞと言うタイミングで現れるのは苦手です。と、言いかけたのです。もっとも、あれは天性のものでしょうが。
その割にはヘタレなのが謎なんですよねえ……」

 時々聞く【ヘタレ】とはどういう意味なのか気になりましたが、シアンが遠い目をしたので聞けませんでした。

「ルルティーナ様、おやすみなさい」

「ええ、おやすみなさい。シアン……」

 たくさん踊って疲れていたからか、すぐに眠りました。そして、とても懐かしい夢を見ました。

 九年前の【蕾のお茶会】の夢です。



◆◆◆◆◆


 ララベーラ様の声が聞こえます。

『お前などがいるから!私は恥をかいたのよ!』

『っ!』

 ララベーラ様の扇が、ドレスの上から私を打ちのめします。打たれた場所が燃えるように痛くて涙が滲みます。

『ふん!何が薄紅色の薔薇よ!我がアンブローズ家に相応しくない!老婆の白髪!淫売の薄紅色の目のクズが!この!』

 同派閥に属する同年代の皆様は『やり過ぎでは?』『当然だろ』『構う事はない。どうせクズだ』『そうですわよ』『むしろララベーラ様がお労しいですわ』と、囁きを交わします。
 私は崩れ落ちそうになりながら、ひたすら痛みに耐え続けました。
 そして。


『おーい!どこだー?あっ!声が聞こえたぞ!こっちに居るのかもしれない!』

 声と共に人影がこちらに向かってきました。

『ララベーラ様、誰かが……』

『ちっ!皆さま、あちらに行きましょう。……お前、今度こそ余計なことはしないように。わかっているわよね?』

『……はい』

 私はなんとか頷き、ララベーラ様たちが去っていくまで顔を伏せていました。

 気配が完全になくなった。その時でした。

『君、大変だったね』

『え?』

 顔を上げると、綺麗な金髪と鮮やかな青い瞳の少年がいます。
 シャンティリアン王太子殿下と同じ十四歳か、少し歳上でしょうか?とても美しいお顔立ちで、青と紺を基調とした礼服がお似合いです。
 美しいお方は、わざわざしゃがんで目線を合わせてくださりました。

『やり取りはある程度聞いていた。救護室に案内したいところだけど、それは君にとってもあまり良くないことだね?』

『……はい』

『若様、ですが』

『グリシーヌ、許可は取ってある。それに、先ほどの愚行はすでに衆目が知るところだ。ここで、君がこの子を治しても問題ないだろう』

『……かしこまりました。お嬢様、失礼します。《治癒魔法ヒール》』

 グリシーヌ様が唱えると、すぐに身体が楽になりました。

『あ、ありがとうございます』

 そして美しいお方は、片膝をついて手を差し出して下さいました。

『移動しよう。美しいお嬢様、お手をどうぞ』

 私は天に昇る気持ちで、その手を取りました。



◆◆◆◆◆



 そこで、夢から覚めました。
 ぼんやりと、朝日でほんのりと明るくなった天井を眺めながら考えます。

 ああ、あの時のあのお方、【お茶会のお兄様】のキラキラした笑顔は、今日見たアドリアン様の笑顔とそっくりだったと。

 やはり、アドリアン様が【お茶会のお兄様】なの?

 もしそうならとても幸せだけど……。

「……今は、それどころじゃないわ」

 私は夢の余韻から逃れるため、目を瞑りました。やがて眠りに落ちてゆきます。
 今度は、夢を見ませんでした。




◆◆◆◆◆



 夢を振り切るようにダンスレッスンに取り組み、準備をしている間に夏になりました。
 私は、なんとか人並みには踊れるようになりました。
 夏空の美しいある日。
 アドリアン様が、四頭建ての立派な馬車へとエスコートして下さります。

「ルルティーナ嬢、君は俺が守る」

「はい。アドリアン様」

 こうして私は、アドリアン様をはじめとする大切な方々と共に、王都へと旅立ったのです。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

完結 白皙の神聖巫女は私でしたので、さようなら。今更婚約したいとか知りません。

音爽(ネソウ)
恋愛
もっとも色白で魔力あるものが神聖の巫女であると言われている国があった。 アデリナはそんな理由から巫女候補に祀り上げらて王太子の婚約者として選ばれた。だが、より色白で魔力が高いと噂の女性が現れたことで「彼女こそが巫女に違いない」と王子は婚約をした。ところが神聖巫女を選ぶ儀式祈祷がされた時、白色に光輝いたのはアデリナであった……

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

処理中です...