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23話 ルルティーナのポーション
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私以外が作ると特級ポーションの効力が下がる件について。理由は判明し、対処法もわかりました。
その対処法をふまえて作成すれば、私が小屋で作っていた頃の特級ポーションの効力に近いものが出来るようになったのです。
シェルシェ様とカルメ様は、一安心といった様子です。
「少し効力は落ちますが、理由が理由ですから仕方ありません。真の特級ポーションはルルティーナ様にしか作れない。これが確定したことは大きい。それに、実用するなら他のポーション職人が作った特級ポーションで充分でしょう」
「そうだね。ただ、効力の差があるのだから呼び名は変えよう」
便宜上、私が小屋時代に作っていた特級ポーションは【旧特級ポーション】、ポーション職人の皆さまが作る特級ポーションを【準特級ポーション】、いま私が作っている特級ポーションは【新特級ポーション】と呼ぶことになりました。
「ルルティーナちゃんのポーションは、ますます効力が上がるかもしれないけどね。便宜上はこれでいいだろう。国に報告するのは団長閣下が帰って来てからだね」
「ですね。あとは……これまでの事を踏まえて、ポーションの査定をどう乗り切るかですね……」
シェルシェ様が青ざめながら言うと、カルメ様が盛大に顔をしかめました。
「ああ、そうだったねえ。絶対に大騒ぎになるよ」
ポーションの査定期間は、夏と冬の年二回。
【旧特級ポーション】が査定に出された時は、王侯貴族、ポーション職人、治癒魔法師を中心に国中が大騒ぎだったそうです。
「アンブローズ侯爵家お抱えのポーション職人ではなく、ルルティーナ様個人の名前で出しますからね。確実に、王家や高位貴族に狙われますね」
「ご安心下さい。ルルティーナ様の素晴らしさを踏まえれば予想の範囲内です。団長閣下が対応されます」
アドリアン様が話題に出たので胸が高鳴ります。顔には出なかったはずですが……。
「団長閣下がかい?まあ、ルルティーナちゃんのことだから出張るのも当然か。なんか執着が凄いし」
「ええ。それに、実に都合の良い時期ですので」
シアンが意味深に微笑みます。
恐らく、何か意図があるのでしょう。私はアドリアン様とシアンを信じるだけです。
「……血生臭いことにならないと良いけど」
「師匠、それは無理じゃないですか?」
カルメ様とシェルシェ様が心配していますが、きっと大丈夫です。
……多分。
◆◆◆◆◆
ビオラ師匠の薬学と医術の授業は、ポーション作成と検証の合間、私の執務室で受けることになりました。
専門書をいくつか読んではいましたが、治癒院で現場経験を積んだビオラ師匠のおかげで、より理解が深まります。
特に薬草の効能、利用法、注意点、生息域、流通状況が興味深かったです。
本日も、ビオラ師匠の授業を受けています。
ビオラ師匠は、わかりやすく数字や図を使って説明して下さります。
「価格差については、この数字の差を見て。
我がヴェールラント王国では、ほとんどの薬草が南部と西部の一部地域で採れるの。質も非常に高い。気候と土の違いが原因と言われているわ。
反対に、北部と東部は薬草が少ない。だから、南部か西部あるいは他国から輸入するしかない。だから、北部と東部は薬草とポーションをはじめとする薬が高額なの」
西部に位置するアンブローズ侯爵領が、薬草の産地だということは知っていました。ですが、ここまで地域差があるとは思いませんでした。
アンブローズ侯爵家から運ばれた特級ポーション用薬草の在庫はまだまだありますが、いずれは購入していかなくてはなりません。
「もし、この北部辺境ミゼール領でも薬草が栽培できたら……。例えば開墾地を活用して……。一朝一夕で出来ることではありませんが、産業に出来ればかなりの利益になる。いずれ、農業についても学びたくなってきました」
ビオラ師匠はため息を吐きました。
「ルルティーナさんは優秀ね。母が気にかけてたのが良くわかるわ」
「いえ、まだまだです。当たり前の常識も知りませんでしたので……」
「ご家族のせいでしょう。貴女が恥じることはないわ。それに、昔から専門家は常識知らずが多いものよ。
……母もそういう所があったわ。良い薬草を見かけると、どれだけ高額でも買っちゃうのよね。自分が作る薬やポーションの値付けも大雑把で……。両親が経営していた薬屋は、父と私が目を光らせてたから持ったようなものよ」
「確かに。パンセ師匠はそういう所がありましたね」
私に特級ポーションのレシピを開発させるため、ありとあらゆる薬草を準備させた豪快さを思い出します。
しかも試作の大半は使えなかったのです。今さらですが、無駄で勿体ないことをしました……。
「でもね、それは必要な無駄だったと思うわ。だからこそ特級ポーションが生まれたのだもの」
「はい。そう思うことにします」
でなければ、アドリアン様ともお会い出来なかったでしょうし。
脳裏に眩い金髪と鮮やかな青い瞳、雄々しく凛々しい騎士姿が浮かびます。
ああ、アドリアン様はいつお帰りになられるでしょうか?今回の討伐は長引いています。
ご無事だと聞いてはいますが……早く会いたい。お話がしたいです。
「今日の授業はここまでにしましょう」
「はい。ありがとうございま……」
私は授業で使った本と帳面を持って行こうとしましたが、ビオラ師匠に取り上げられてしまいます。
「明日は休養日でしょ。駄目よ。持ち帰ったらまた寝る間も惜しんで予習復習するでしょう?」
ギクっと肩が跳ねました。確かに明日は、七日に一度の休養日です。
「そ、そんな事は……」
壁に控えていたシアンがさっと近寄り、私を優しく取り押さえます。
「ビオラ様、ご配慮に感謝いたします」
「ああぁ……せめて薬草大全だけでも……」
「ルルティーナさん、休養日は仕事のことを考えちゃ駄目よ。じゃあ、また休養日明けにね」
「あうう……薬草大全……」
ビオラ師匠はさっさと執務室から出て行ってしまいました。
そして私も、シアンによって居住区域まで連行……送られたのでした。
◆◆◆◆◆
休養日は、朝から柔らかな雨が降っていました。
「中庭でお散歩はできないわね」
残念ですが、雨でしっとりとした空気も好きです。
小屋で暮らしていた頃は、体が冷えて仕方なかったですが、今はそんな事もありません。
シアンと、少し前から私付き侍女になったニトとリルが私の支度をしてくれます。ニトとリルは、シアンよりも淡い水色の髪と瞳をしている双子です。まだ十五歳だそうですが、とても優秀です。
今日は、薄紅色のワンピースです。腰を大きなリボンで結んでいて、とても可憐です。髪は三つ編みにして、鮮やかな青いリボンでまとめてもらいました。
のんびりと朝食を頂いたあと、シアンが確認します。
「ルルティーナ様、本日はどうされますか?」
休養日は、仕事以外の興味のあることをする日です。
「ちょっとだけ薬学の本を……」
「ルルティーナ様」
「……じゃあ、今日はお菓子作りか刺繍がしたいな」
「かしこまりました。料理長がお菓子を焼くはずです。少し参加させてもらいましょう。ニト、厨房に伝えて下さい」
「かしこまりました」
ニトは音もなくこの場を去ります。
「それまではお茶でもお召し上がりになって、のんびりされて下さい」
「工程の最初から参加したいのだけど……」
料理やお菓子作りは、一番楽しいところをちょっとだけお手伝いさせて頂いています。
ポーション作成の過程で、火や刃物の扱いはわかっていますが……。
「生地とかゼリー液から作ると、ルルティーナ様の場合は息抜きにならないんですよ」
シアンがそう言うと、リルも頷きました。
「きっちり計量して寸分違わず教えられた動作を繰り返して……お仕事中と変わらない集中力でした」
「ルルティーナ様、刺繍も正確な運針をしようと集中しすぎて目が充血してしまいましたものね」
「出来上がった作品、もといハンカチは素晴らしい出来でしたが、息抜きじゃありませんよねえ……」
私は息抜きをする、適度に手を抜く、緩急をつけるのが苦手だそうです。
そういえば、師匠にも言われましたね……ポーション作成以外は手を抜けと。
「でも、息抜きって難しいの……」
シアンは微笑みます。
「その辺りは団長閣下が得意ですから、教えてもらえるといいですね」
「え?アドリアン様が?」
「ええ。たまーに副団長閣下が愚痴をこぼされていますよ。もう少し書類仕事にも熱心になって欲しいって」
「ああ、私もお聞きしました。それでも上手く回ってるので、文句を言えないとかなんとか」
「意外だわ。今度、教えて頂くわね」
私は、アドリアン様の知らないところを知れて嬉しくなりました。
すると、シアンがにやりと笑います。
「ところでルルティーナ様、いつのまに団長閣下を名前で呼ぶようになったんですか?
「あ、えっと、これは……」
いつの間にか戻ったニトとリルもにやにやしています。
「うふふ。シアンは、お二人が仲睦まじくて嬉しいです。いずれお聞かせくださいね
どうせヘタレ閣下は大したこと出来ないでしょうし」
その後、クッキー作りを手伝わせて頂きました。
私は生地を型で抜いて、木の実やジャムを乗せただけですが。それでも、初めて作ったクッキーです。
とても美味しく焼けました。居住区域の居間で、シアンたちと一緒にお茶にします。
窓から柔らかな雨に烟る景色を見ながら、楽しくお喋りしました。
普段のお茶会や食事は、シアンたちは「臣下ですので」と言って絶対にご一緒してくれません。休養日だけの楽しみなのです。
シアンは「ルルティーナ様のクッキー!食べずに保管して家宝にしたい!」などと冗談を言っていましたが、美味しく食べてもらえました。
アドリアン様にも食べていただきたい。あの方も甘いものがお好きですから。
息抜きのやり方を教えて頂きつつ、二人でこのクッキーを食べれたら。
きっと、とても幸せな一時になるでしょう。
「ルルティーナ様、とっても嬉しそうですね」
「ええ。楽しみが増えたから」
「それはひょっとして、閣下が関係……。失礼、誰か来たようです」
シアンは他所行きの顔になり、ドアに向かいました。
しばらくして、私の元に歩み寄ります。
「ルルティーナ様、ベルダール団長閣下が討伐から帰還されました」
「まあ!」
お迎えに上がろうと立ち上がりますが、シアンに止められてしまいます。
「閣下から伝言です。『俺が会いに行くから、君は部屋で待っていてくれ』との事です」
会いに来る。
アドリアン様が私に。
椅子に座り直しましたが、私の心は舞い上がってダンスを踊っています。
シアンたちはその様子をニコニコにやにやと眺めるのでした。
それから間もなく。アドリアン様が居間にいらっしゃいました。
「やあ、久しぶりだね。ルルティーナ嬢、変わりはないかな?」
「アドリアン様!」
私ははしたなくも、大声をあげて駆け寄ってしまいました。
アドリアン様は弾けるような笑顔で迎えてくれます。
「元気そうで嬉しい。ああ、やっと君に会えた……」
そっと、手を包まれます。私は幸せで倒れそうです。今にも心臓が壊れないかしら?
「私も、アドリアン様がご無事で嬉しいです」
「ルルティーナ嬢……」
鮮やかな青い瞳が甘く潤んで……目が離せません。
「……コホンッ!」
「「!?」」
咳払いの音で我に帰ります。アドリアン様は真っ赤な顔で、手を離されてしまいました。
「団長閣下、恐れながらルルティーナ様にお伝えするべき事があるかと存じます」
「あ、ああ。そうなんだルルティーナ嬢。君に伝えたいことが二つある」
アドリアン様は真面目な顔で、私に告げました。
「まずは一つ目だ。
君がここに来てから作った特級ポーションが瘴気を浄化した」
その対処法をふまえて作成すれば、私が小屋で作っていた頃の特級ポーションの効力に近いものが出来るようになったのです。
シェルシェ様とカルメ様は、一安心といった様子です。
「少し効力は落ちますが、理由が理由ですから仕方ありません。真の特級ポーションはルルティーナ様にしか作れない。これが確定したことは大きい。それに、実用するなら他のポーション職人が作った特級ポーションで充分でしょう」
「そうだね。ただ、効力の差があるのだから呼び名は変えよう」
便宜上、私が小屋時代に作っていた特級ポーションは【旧特級ポーション】、ポーション職人の皆さまが作る特級ポーションを【準特級ポーション】、いま私が作っている特級ポーションは【新特級ポーション】と呼ぶことになりました。
「ルルティーナちゃんのポーションは、ますます効力が上がるかもしれないけどね。便宜上はこれでいいだろう。国に報告するのは団長閣下が帰って来てからだね」
「ですね。あとは……これまでの事を踏まえて、ポーションの査定をどう乗り切るかですね……」
シェルシェ様が青ざめながら言うと、カルメ様が盛大に顔をしかめました。
「ああ、そうだったねえ。絶対に大騒ぎになるよ」
ポーションの査定期間は、夏と冬の年二回。
【旧特級ポーション】が査定に出された時は、王侯貴族、ポーション職人、治癒魔法師を中心に国中が大騒ぎだったそうです。
「アンブローズ侯爵家お抱えのポーション職人ではなく、ルルティーナ様個人の名前で出しますからね。確実に、王家や高位貴族に狙われますね」
「ご安心下さい。ルルティーナ様の素晴らしさを踏まえれば予想の範囲内です。団長閣下が対応されます」
アドリアン様が話題に出たので胸が高鳴ります。顔には出なかったはずですが……。
「団長閣下がかい?まあ、ルルティーナちゃんのことだから出張るのも当然か。なんか執着が凄いし」
「ええ。それに、実に都合の良い時期ですので」
シアンが意味深に微笑みます。
恐らく、何か意図があるのでしょう。私はアドリアン様とシアンを信じるだけです。
「……血生臭いことにならないと良いけど」
「師匠、それは無理じゃないですか?」
カルメ様とシェルシェ様が心配していますが、きっと大丈夫です。
……多分。
◆◆◆◆◆
ビオラ師匠の薬学と医術の授業は、ポーション作成と検証の合間、私の執務室で受けることになりました。
専門書をいくつか読んではいましたが、治癒院で現場経験を積んだビオラ師匠のおかげで、より理解が深まります。
特に薬草の効能、利用法、注意点、生息域、流通状況が興味深かったです。
本日も、ビオラ師匠の授業を受けています。
ビオラ師匠は、わかりやすく数字や図を使って説明して下さります。
「価格差については、この数字の差を見て。
我がヴェールラント王国では、ほとんどの薬草が南部と西部の一部地域で採れるの。質も非常に高い。気候と土の違いが原因と言われているわ。
反対に、北部と東部は薬草が少ない。だから、南部か西部あるいは他国から輸入するしかない。だから、北部と東部は薬草とポーションをはじめとする薬が高額なの」
西部に位置するアンブローズ侯爵領が、薬草の産地だということは知っていました。ですが、ここまで地域差があるとは思いませんでした。
アンブローズ侯爵家から運ばれた特級ポーション用薬草の在庫はまだまだありますが、いずれは購入していかなくてはなりません。
「もし、この北部辺境ミゼール領でも薬草が栽培できたら……。例えば開墾地を活用して……。一朝一夕で出来ることではありませんが、産業に出来ればかなりの利益になる。いずれ、農業についても学びたくなってきました」
ビオラ師匠はため息を吐きました。
「ルルティーナさんは優秀ね。母が気にかけてたのが良くわかるわ」
「いえ、まだまだです。当たり前の常識も知りませんでしたので……」
「ご家族のせいでしょう。貴女が恥じることはないわ。それに、昔から専門家は常識知らずが多いものよ。
……母もそういう所があったわ。良い薬草を見かけると、どれだけ高額でも買っちゃうのよね。自分が作る薬やポーションの値付けも大雑把で……。両親が経営していた薬屋は、父と私が目を光らせてたから持ったようなものよ」
「確かに。パンセ師匠はそういう所がありましたね」
私に特級ポーションのレシピを開発させるため、ありとあらゆる薬草を準備させた豪快さを思い出します。
しかも試作の大半は使えなかったのです。今さらですが、無駄で勿体ないことをしました……。
「でもね、それは必要な無駄だったと思うわ。だからこそ特級ポーションが生まれたのだもの」
「はい。そう思うことにします」
でなければ、アドリアン様ともお会い出来なかったでしょうし。
脳裏に眩い金髪と鮮やかな青い瞳、雄々しく凛々しい騎士姿が浮かびます。
ああ、アドリアン様はいつお帰りになられるでしょうか?今回の討伐は長引いています。
ご無事だと聞いてはいますが……早く会いたい。お話がしたいです。
「今日の授業はここまでにしましょう」
「はい。ありがとうございま……」
私は授業で使った本と帳面を持って行こうとしましたが、ビオラ師匠に取り上げられてしまいます。
「明日は休養日でしょ。駄目よ。持ち帰ったらまた寝る間も惜しんで予習復習するでしょう?」
ギクっと肩が跳ねました。確かに明日は、七日に一度の休養日です。
「そ、そんな事は……」
壁に控えていたシアンがさっと近寄り、私を優しく取り押さえます。
「ビオラ様、ご配慮に感謝いたします」
「ああぁ……せめて薬草大全だけでも……」
「ルルティーナさん、休養日は仕事のことを考えちゃ駄目よ。じゃあ、また休養日明けにね」
「あうう……薬草大全……」
ビオラ師匠はさっさと執務室から出て行ってしまいました。
そして私も、シアンによって居住区域まで連行……送られたのでした。
◆◆◆◆◆
休養日は、朝から柔らかな雨が降っていました。
「中庭でお散歩はできないわね」
残念ですが、雨でしっとりとした空気も好きです。
小屋で暮らしていた頃は、体が冷えて仕方なかったですが、今はそんな事もありません。
シアンと、少し前から私付き侍女になったニトとリルが私の支度をしてくれます。ニトとリルは、シアンよりも淡い水色の髪と瞳をしている双子です。まだ十五歳だそうですが、とても優秀です。
今日は、薄紅色のワンピースです。腰を大きなリボンで結んでいて、とても可憐です。髪は三つ編みにして、鮮やかな青いリボンでまとめてもらいました。
のんびりと朝食を頂いたあと、シアンが確認します。
「ルルティーナ様、本日はどうされますか?」
休養日は、仕事以外の興味のあることをする日です。
「ちょっとだけ薬学の本を……」
「ルルティーナ様」
「……じゃあ、今日はお菓子作りか刺繍がしたいな」
「かしこまりました。料理長がお菓子を焼くはずです。少し参加させてもらいましょう。ニト、厨房に伝えて下さい」
「かしこまりました」
ニトは音もなくこの場を去ります。
「それまではお茶でもお召し上がりになって、のんびりされて下さい」
「工程の最初から参加したいのだけど……」
料理やお菓子作りは、一番楽しいところをちょっとだけお手伝いさせて頂いています。
ポーション作成の過程で、火や刃物の扱いはわかっていますが……。
「生地とかゼリー液から作ると、ルルティーナ様の場合は息抜きにならないんですよ」
シアンがそう言うと、リルも頷きました。
「きっちり計量して寸分違わず教えられた動作を繰り返して……お仕事中と変わらない集中力でした」
「ルルティーナ様、刺繍も正確な運針をしようと集中しすぎて目が充血してしまいましたものね」
「出来上がった作品、もといハンカチは素晴らしい出来でしたが、息抜きじゃありませんよねえ……」
私は息抜きをする、適度に手を抜く、緩急をつけるのが苦手だそうです。
そういえば、師匠にも言われましたね……ポーション作成以外は手を抜けと。
「でも、息抜きって難しいの……」
シアンは微笑みます。
「その辺りは団長閣下が得意ですから、教えてもらえるといいですね」
「え?アドリアン様が?」
「ええ。たまーに副団長閣下が愚痴をこぼされていますよ。もう少し書類仕事にも熱心になって欲しいって」
「ああ、私もお聞きしました。それでも上手く回ってるので、文句を言えないとかなんとか」
「意外だわ。今度、教えて頂くわね」
私は、アドリアン様の知らないところを知れて嬉しくなりました。
すると、シアンがにやりと笑います。
「ところでルルティーナ様、いつのまに団長閣下を名前で呼ぶようになったんですか?
「あ、えっと、これは……」
いつの間にか戻ったニトとリルもにやにやしています。
「うふふ。シアンは、お二人が仲睦まじくて嬉しいです。いずれお聞かせくださいね
どうせヘタレ閣下は大したこと出来ないでしょうし」
その後、クッキー作りを手伝わせて頂きました。
私は生地を型で抜いて、木の実やジャムを乗せただけですが。それでも、初めて作ったクッキーです。
とても美味しく焼けました。居住区域の居間で、シアンたちと一緒にお茶にします。
窓から柔らかな雨に烟る景色を見ながら、楽しくお喋りしました。
普段のお茶会や食事は、シアンたちは「臣下ですので」と言って絶対にご一緒してくれません。休養日だけの楽しみなのです。
シアンは「ルルティーナ様のクッキー!食べずに保管して家宝にしたい!」などと冗談を言っていましたが、美味しく食べてもらえました。
アドリアン様にも食べていただきたい。あの方も甘いものがお好きですから。
息抜きのやり方を教えて頂きつつ、二人でこのクッキーを食べれたら。
きっと、とても幸せな一時になるでしょう。
「ルルティーナ様、とっても嬉しそうですね」
「ええ。楽しみが増えたから」
「それはひょっとして、閣下が関係……。失礼、誰か来たようです」
シアンは他所行きの顔になり、ドアに向かいました。
しばらくして、私の元に歩み寄ります。
「ルルティーナ様、ベルダール団長閣下が討伐から帰還されました」
「まあ!」
お迎えに上がろうと立ち上がりますが、シアンに止められてしまいます。
「閣下から伝言です。『俺が会いに行くから、君は部屋で待っていてくれ』との事です」
会いに来る。
アドリアン様が私に。
椅子に座り直しましたが、私の心は舞い上がってダンスを踊っています。
シアンたちはその様子をニコニコにやにやと眺めるのでした。
それから間もなく。アドリアン様が居間にいらっしゃいました。
「やあ、久しぶりだね。ルルティーナ嬢、変わりはないかな?」
「アドリアン様!」
私ははしたなくも、大声をあげて駆け寄ってしまいました。
アドリアン様は弾けるような笑顔で迎えてくれます。
「元気そうで嬉しい。ああ、やっと君に会えた……」
そっと、手を包まれます。私は幸せで倒れそうです。今にも心臓が壊れないかしら?
「私も、アドリアン様がご無事で嬉しいです」
「ルルティーナ嬢……」
鮮やかな青い瞳が甘く潤んで……目が離せません。
「……コホンッ!」
「「!?」」
咳払いの音で我に帰ります。アドリアン様は真っ赤な顔で、手を離されてしまいました。
「団長閣下、恐れながらルルティーナ様にお伝えするべき事があるかと存じます」
「あ、ああ。そうなんだルルティーナ嬢。君に伝えたいことが二つある」
アドリアン様は真面目な顔で、私に告げました。
「まずは一つ目だ。
君がここに来てから作った特級ポーションが瘴気を浄化した」
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